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7. 魔法と魔力

前回アンケートにご協力、ありがとうございました。

アンケートの結果、「皆を守ってね」がトップとなりました。

https://twitter.com/usagi_ya/status/1217057703014498304


さて、幼馴染に後をたのんだアリスティアに、いよいよ大神官の長めの話が始まります。

 アリスティアは、馬車から身を乗り出して叫んだのだ。


「孤児院の皆を守ってね!」


 孤児院は、見捨てられたような荒野にあった。あまりにも人が少なくなったせいで、却って安全なように思われる場所だ。魔族はおろか、強盗だって来やしない。

 でも、それはただの幸運で、そして幸運とは永遠につづくものではないことを、アリスティアは知っていた。

 孤児たちは、皆、それを知っていた。


「……ごちそうさまでした」


 アリスティアが皿を空にすると、大神官は盆を持ち上げ、小さな机の上に置いた。


「あの、この部屋は?」

「わたしの部屋です」


 薄々、そうではないかと思ってはいたのだが、それにしても、とアリスティアはあらためて室内を見回して思う。

 ひとことでいえば、質素。

 アリスティアが一夜を過ごした部屋と、ほとんど印象が変わらない。違うのは、机と椅子、書架があることくらいだ。


 ――これは、大神官様の寝台……ということよね……。


 年頃の乙女らしく恥じらうべき場面かもしれないが、それよりも、アリスティアには心配なことがあった。


「敷布を汚してしまったかもしれません」

「気にしないでください。どうせ、滅多に使いませんし」

「……はい?」

「夜は、〈祈りの間〉で瞑想していることが多いので」

「それでは、いつお休みになるのですか?」

「瞑想中に寝ているようです」


 なぜ他人事みたいな表現になるのか、説明してほしい。

 ため息をつきそうになるのを、すんでのところで堪える。仮にも相手は大神官。話を聞かせてもらっておいて、ため息をつくとか……どう考えても不遜である。

 それでも、どうしても黙っていられなかったのは、たぶん、小さな子たちの面倒をみるのは、アリスティアの役目だったからだ。

 目の前の大神官は、少しも小さくなかったけれど、生活するということに関しては、幼子よりも常識がなさそうに見える。


「〈祈りの間〉は寝るための場所ではないと思いますし、瞑想と睡眠は違うと思います。きちんと寝ないと、心も身体も休まりません。すぐにでも、お休みになってください」


 大神官は眼をしばたたいた。

 そのまま、アリスティアは身体の向きを変え、布団のあいだから自分の脚を引っこ抜いた。靴がない、と足で床を探りながら、どう考えてもこれは行儀が悪いな、と思う。

 大神官は、そのアリスティアの裸足のつま先を眺めてから、答えた。


「わたしは元気ですが、あなたはまだ元気ではないですよ」

「大丈夫です。若いですし、鍛えられてます」

「鍛えられてはいないでしょう。魔力を流すのは、はじめてだったようですからね。鍛えるのは、これからです」


 身体の向きを変えたせいで、真正面から見ることになった大神官の顔は、やはり、聖像のようだった。

 ひょっとすると、このひとには休息や睡眠なんてものは不要なのかもしれない……という考えが、ちらりとでも頭を過ってしまう程度には。


「体力がある、と申し上げてます」

「経験がないといっているのですよ。それに、今すぐあなたが立ち上がったとしても、わたしがそこに寝たりはしません。べつに眠くもありませんし」

「でも、〈祈りの間〉って、あの場所ですよね? 今日、わたしが――」


 途切れた言葉を、大神官が引き継いだ。


「――倒れそうになった。そうです、あの場所です」

「あんなところで、眠れるはずないです」

「アリスティア、あなたはなにを感じたのですか?」


 大神官の言葉は静かだが、これは意味のある問いだ、とアリスティアは感じた。

 荒野の孤児院にたどり着く前、アリスティアは寂れた街を彷徨っていた時期があった。身寄りのない子どもに親切なひと、不親切なひと、悪意をもって接するひと、利用するひと、搾取しようとするひと……さまざまな体験を経て、アリスティアは人の気配に敏感になった。

 これは、間違ったらいけないたぐいの問いだ。


 ――でも、正解がわからない。


 アリスティアの知識では、類推さえ難しい。

 こういうときは、できるだけ単純に、そして正直に伝えることだ。


「怖かったです」

「なにが怖かったのです?」

「わかりません。ただ……あの部屋の中央に置かれていたのが〈聖女の御遺灰〉なのでしたら、それが怖かったのだと思います」

「〈聖女の御遺灰〉の、なにが怖かったのですか?」

「強かったから」


 反射的に答えて、アリスティアは眉根を寄せた。

 もっと落ち着いて、ちゃんと考えて答えなければ。そんなの、わかってるのに。

 でも、思いだすだけで怖かった。脅されたような気分になるのだ。神聖な存在であるはずなのに。

 大神官が、かすかに眼をほそめた。水色の眼に、アリスティアの顔が映っている。とても不満そうな表情だ。


「〈試練の乙女〉をあの場に連れて行くのは、適性を見るためです」


 大神官が眼を閉じる。ゆっくり。

 睫毛が長いなぁ、とアリスティアは思う。その睫毛がふたたび持ち上がり、大神官は言葉をつづけた。


「あれを怖い、強い、と表現するあなたは、感受性が高い」

「感受性……」

「魔法については、教育を受けていないのですね?」


 アリスティアがうなずくと、大神官は少し考えるように、視線を室内にさまよわせた。考えをまとめているのだろう。

 やがて、では基本的なことからにしましょう、と語りだす。


「この世で魔法と呼ばれるものは、魔力によってまかなわれています。そして、魔力は生き物にしか存在しません。つまり、死者は魔法を使えませんし、無機物は魔法への感応が低く、効きが悪いのです」


 眼をしばたたくのは、アリスティアの番だった。

 今までに考えたことがない話だったからだ。

 アリスティアは、あまり魔法にふれたことがない。孤児院の老神官が、ごく稀に――焚付けが湿気てしまってふつうの方法では火を熾しづらいとか、そういうときにだけ――魔法で灯してくれたことがあって、それが実際に見たことがある魔法のすべてだ。

 燃えないものに火を灯せれば楽なのにな、とアリスティアがそれとなく水を向けると、笑いながら答えてくれたものだ。


 ――そんなことができるのは、よほど強い力をもつ者だけだし、できても長続きはしないよ。燃えないものは、燃えないのだからね。


 そうはいっても、老神官が不得意なだけなのでは、と疑う気もちもあったのだが。

 大神官の説明によれば、たしかに、魔法ならなんでもできるというものではないようだ。


「魔力は、生まれつき多寡がありますが、訓練によって、ある程度は変化をもたらすことができます。つまり、体質的に魔力が少ない者でも、適切な訓練を(たゆ)まずにおこなえば、魔力の総量は増える、ということです」


 神殿では、この訓練の質が非常に高いのです、と大神官はつづけた。


「わたしでも、魔法を使えるようになりますか?」

「それにもまた、適性というものがあります。これも魔力の総量と同じように、生まれつきのもので、やはり訓練で多少は矯正ができますが、こちらは、あまり効果的とはいえません」


 え、と思わず声が漏れた。

 感受性が高いとか、魔力は訓練で増やせるとか期待を持たせておいて、でも魔法が使えるかは別問題ですよ……と落とすとは思わないではないか。


「ただ、魔力さえあれば、しかもあなたほどの感受性があれば、魔法が得意な仲間に魔力を供給することは可能です。実際に使うだけが、魔法ではありません。結局、魔力がなければ、なにもできなくなってしまいますから、神殿では研鑽(けんさん)を勧めています」

「……魔力の供給っていうのは、さっきみたいに、ですか?」

「そうです」

「供給する側にも、訓練が必要なんですか?」

「ええ。誰に、どれくらい与えるかの制御を覚えなければ、悪意の第三者から魔力を吸い取られることになりかねませんからね」


 いきなり、おそろしい話になった。

 いわれてみれば、当然のことだ。他人を便利な魔力袋としか見ない術者がいても、まったく不思議はない。そして、アリスティアはどうやら、魔力袋としての性能は悪くないようなのだ。


「魔力を吸い取られきったら、どうなるんですか?」

「最悪の場合は死に至りますが、ふつうは、そのようなことは起きません。本人側の意志に反して吸い取るのは、効率が悪いのです。魔力を吸い取るために、それ以上の魔力を要する、みたいなことになってしまうので」

「……なるほど」

「たとえ気を失った状態でも、身体が勝手に魔力の流出を止めますから、まず案じる必要はないでしょう」


 大神官の言葉は理にかなっていたが、それでも、吸い取られて倒れそうになったばかりの身としては、いまひとつ説得力が薄い。

 相手もそれを自覚しているらしく、先ほどの例ですが、と話を戻した。


「特に手順を踏まなくても、あなたの魔力がわたしに供給されたのは、事前に師弟の絆を結んでいたからです。わたし以外の人間には、こんなことはできませんから、安心してください」

「はい」

「ただ――わたしはまた、やってしまうかもしれませんが」

「……はい?」

「魔法には適性があるという話はしましたね。わたしは、癒しの魔法が不得意です」

「あっ。先ほども、おっしゃってましたね」


 たしかに、大神官は癒しが得意ではないといっていた。


「はい。それだけでなく、魔力にもそれぞれに性質があるのですが――わたしの魔力は、とことん戦闘向きなので」

「戦闘向き?」


 思わず、くり返してしまった。

 こんな虫も殺さないような顔の人が、戦闘向き?


「もっといえば、攻撃向きなのです」

「攻撃向き……」

「魔法の技術自体は、学べます。効果が低くても、治癒をまったく使えないわけではありません。ただ、魔力が向いていない上に、向いていない魔法を使うと、相乗効果で、それはもう、残念な結果しかもたらさないのです」

「……意外です」

「意外ですか?」

「はい。だって――大神官様って、死者だってよみがえらせるような、凄い癒しのわざを使えそうなのに」


 うっかり、考えたことをそのまま口走ってしまうと、大神官は少し眼をみはってから、小さく笑った。


「そうですか。でも、わたしは癒しが苦手なのです。ですから、今後も、場面によっては、あなたの魔力を吸い取ってしまうかもしれません」

「わたしの魔力は癒し向きなのですか?」


 アリスティアの問いに、大神官は答えた。


1)今後、精査してからでないとわかりません。

2)あなたの魔力は、癒しに向いていますね。

3)あなたの魔力は、かなり特殊です。

今回も、アンケートは twitter のトップに固定しておきますので、ご参加のほどを、よろしくお願いします。

皆さんの投票で、アリスティアの適性を決めて(あるいは匂わせて?)ください!


https://twitter.com/usagi_ya


魔法と魔力の説明が楽しくて長くなり過ぎたので、ちょっと削ったりしていましたが……そういう説明はどんどこ出てくるのに、相変わらずキャラクターがなかなか増えません。

まぁ今の場面ではどうしようもないとはいえ、この先、冒頭のキャラクター紹介に書いたキャラクターが全員ちゃんと揃ってくれるのか、不安が否めませんね。


いや、……大丈夫だ! きっとできる! できると思いたい! 思いたい。

応援よろしくお願いします……。

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