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5. 闖入者

アンケートにご参加くださり、ありがとうございます。

前回アンケートでは、「ま、おう……さ、ま……」がトップ当選を果たしました。


https://twitter.com/usagi_ya/status/1215547547319590913


選ばれた台詞のつづきをどうぞ。

「ま……おう、さ、ま……」


 途切れ途切れに、しかし聞き間違いがないほどはっきりと。

 魔王、と乙女は口にした。

 アリスティアは、おどろいた。なにしろ、自分を見ていわれたのだ。


 ――わたし、魔王に似てるの!?


 はじめに浮かんだ疑念は、突拍子もなさ過ぎた。まさかのまさか、だ。

 魔王の容姿についてはなにも知らないが、田舎出の冴えない小娘に似ているはずがない。そんなのは当然だけど、でも、どうすればいいかわからない。

 必然、偉い人の指示を仰ぎたくなって、大神官を見た。

 大神官は、アリスティアの視線にすぐ気がついた。そこが凄いな、とアリスティアは思う。この緊迫した状況で――おそらく、危険が及ばないように魔力で防護を巡らせた上で、けが人を癒しつつ――弟子の不安な視線に即座に反応できる。

 大神官とは、人という存在を突破した、なにか凄いものなのではないだろうか……。


「かわいそうに。幻覚を見ていますね」


 なるほど、しかない。いわれるまでもなく、わかっているべきだ。

 こんなに血を流すほどの傷を負い、正常な思考をたもてるはずがない。自己弁護するならば、アリスティアもそうなのだ。突然、こんな状況に直面して、冷静ではいられない。

 大丈夫、とアリスティアは自分にいいきかせる。

 しっかりしろ。自分はけがをしていない。それどころか、大神官様に守られている。なにも怖いことはない。

 怖がっても当然なのは、目の前に横たわっている、このひとだ。

 アリスティアは、乙女の手を握る手に力をこめた。


 ――頑張って。どうか、助かって。


 いつのまにか、治療のわざを持つらしい神官も駆けつけていた。手際よく、乙女の服の前を切り開き、傷をあらためている。アリスティアはそれを見なかった。見ても、なんの力にもなれないからだ。

 自分にできることなんて、ただ手を握ってあげるくらいだから。

 だから、その「できること」をこそ、全力で。

 アリスティアは乙女の眼を覗きこんで、訴えかけた。


「大丈夫、大丈夫よ。今、治療してもらってるからね」


 励ましが届いているのかどうか。乙女はふたたび、口を開けた。

 なにか話したいことがあるらしいと察して、アリスティアはさらに深く身をかがめ、乙女のくちもとに耳を寄せた。


「……裏切り……ま……ま、ぞ……、駄目……んっ……」


 苦しげに息を吸い込んだと思うと、乙女の全身から力が抜けた。


「ここでできることは、終えました。医局に運びます」

「わかりました。あとは、たのめますね?」

「はい」


 さらに数名が駆けつけて、乙女の身体が浮き上がった――これも魔法だろう。

 さすが大神殿、アリスティアの人生で最初の魔法体験からこちら、魔法、魔法、そして魔法の連打だ。


「お疲れさまでした」


 アリスティアは、眼をしばたたいた。

 大神官に、なぜか、ねぎらわれた――逆なのでは?

 呆然とするアリスティアの指を、大神官が剥がしている――乙女の手を握ったままだったことに、そこでようやく気がついた。自分で剥がそうとしたが、手がこわばって、うまくできない。

 結局、ぜんぶの指を大神官がまっすぐにしてくれて、ようやく、乙女は医局に運ばれて行った。無駄に手間取らせてしまって、アリスティアは恥じ入るしかない。


「ごめんなさい。動かなくて……」

「頑張りましたね」


 アリスティアは大神官を見上げた。

 あんなことがあったのに、大神官の表情は、やはり慈愛に満ちている。静謐で、なにものにも動じず、すべてを受け入れてくれそうな……。

 少し乱れた銀の髪や、額にわずかに滲んだ汗だけが、こっそりと、彼の奮闘を物語っていた。


「あのかたは、大丈夫でしょうか」

「大丈夫、といってあげたいですが、難しいかもしれません。わたしは医療の才には恵まれていないのです。なにもしてあげられなかった」

「大神官様……じゃなかった、〈教導師(サパータ)〉様が、なにもなさらなかったなんてことはないです。ほかのかたが近づけるようになったのは、〈教導師〉様のお力ですし、それに――あの……」

「ありがとう、アリスティア」


 やわらかな声で名を呼ばれて、アリスティアはどきどきした。

 どきどきするところではないと思うのだが、心臓がまずい。凄く、頑張っている。


「とにかく、なにもしていないというなら、わたしの方です」

「手を握ってあげたでしょう。呼びかけたのも、とてもよかったと思います。わたしは気がまわらないので、助かりました」


 いつもの微笑とは違う感じでにっこりされて、アリスティアの心臓は、さらに頑張りはじめた。呼吸がおぼつかなくなりそうだ。


「いえ、その……」

「そろそろ行きましょう」


 そういって、大神官は立ち上がった。

 アリスティアも一緒に立として、足に力が入らないことに愕然とする。


「えっ……あれっ?」

「ああ、これは……申しわけないことをしました。限度を越さないように気をつけてはいたのですが、はじめてのことで、あなたの身体がびっくりしてしまったんですね」

「びっくり……」

「ずいぶん魔力をもらったんですよ。この場所を守ったのは、あなたの魔力です、アリスティア」

「えっ? でもわたし、魔法は使えないです」

「魔法と魔力は別ですよ。魔法は技術ですが、魔力はその技術を発揮するための力です」


 なるほど、心臓がこんなにどきどきしているのは、大神官の美しさにやられたのではなく、魔力を提供したせいなのか……。

 なんだそうか、よかった、と思ってアリスティアは大神官を見上げた。

 そして、やっぱり美貌でやられてるのでは? と思うくらい心臓に打撃を受けた。


 ――そっちの方が、納得いくわ……。


 あるかなきかの魔力のせいで胸が苦しいという説明より、人生ではじめてこんなに美しいひとを見た、と断言できるほどの美貌にやられている説の方が、現状に即している気がする。

 大神官は心配そうだが、まさか、あなたが美し過ぎて心臓がもちません、とは報告できない。


「立てそうにないですね」


 大神官は、アリスティアの両脇の下に手を入れると、意外なほど強い力で、彼女を立ち上がらせた。それでも足に力が入らないと見ると、なんの躊躇もなく、こう告げた。


「抱きついてもらえますか?」

「……はい?」

「抱えて運びましょう。魔法で浮かせてもいいですが、これ以上、余分な魔力を通したくありません。それとも、おぶさる方がいいですか?」


 大神官の抱っこかおんぶ、という究極の二択である。

 心臓がさらに自己主張を激しくしはじめて、アリスティアはもう呼吸するのすら苦しくなってきた。

 どちらを選んでも、弱った心臓にとどめをさされそうな気がする……。

 と、大神官が眉根を寄せ、それと同時に声がかかった。


「どうした、セレスティオ。その娘が容疑者か? 捕まえたのか」


 訊きながら、ぐいぐいと近づいて来たのは、はじめて会う男だった。

 一見して、身分の高い人物だろうと見当がつく。赤と黒、金をあわせた衣装は、豪華でありながら品良くまとまって、男の姿を際立たせている。まわりが、質素な白い衣の神官ばかりだから、あざやかな色をまとった彼が目立つのは当然とはいえ、凄まじい存在感だ。

 ただでさえ心臓が限界なのに、この男が近づいてくるだけで、まずい。炎で炙られるような心地がする。

 ぎりぎり肩に届くか届かないかくらいの長さの、ゆるく波打つ黒い髪をかきあげて、男はにやりと笑った。


「そいつが魔王の眷属か?」

「前触れもなしにお出ましになるのは、お控えください、と。申し上げたはずです」


 アリスティアを抱き寄せながら答えた大神官の声は静かだが、いつもよりいくぶん硬質に響いた。


「うるさいな。それより、魔王が姿をあらわしたと聞いたぞ。ここにはいないようだが。幻術か? それとも――」


 ――魔王?


 アリスティアははっとした。同時に、肩を抱く大神官の手に力がこもったのがわかる。


 ――じゃあ、さっきのあの、魔王っていう言葉は……。


 出血で朦朧としたけが人の妄想ではなく、実際に、この場に魔王がいたというのか?

 魔王が、この大神殿に?


「――おい、おまえ。なんとかいえ」


 黒髪の男は無遠慮に距離を詰めると、アリスティアの顔を覗き込んだ。

 男の眼は、晴れた日の空のように青い。彫りの深いはっきりとした顔は、浅黒く日に焼け、顎にはうっすらと髭が生えかかっている。

 すっと通った形よい鼻梁の下にあるくちびるが、ふたたび動いた。


「答えないとは、ふざけた女だ」

「殿下、彼女は〈試練の乙女〉です。同輩の治療に力を尽くし、弱っております。早急に休ませねばなりません。わたしは失礼しますが、現場に居合わせた者にご聴取いただいて結構です」


 大神官が一気に畳み掛けると、男は苦笑して半歩、下がった。


「そんな風に隠したがるところが、怪しいではないか。大神殿は、やはり魔族とつるんでいるのか?」

「お戯れを。ケイ、殿下にご説明をお願いします」

「はい。殿下、こちらにおいでください。この場所は、あぶのうございます」


 灰色の〈飾り帯(スーラ)〉をかけた神官が、黒髪の男を呼んだ。


 ――殿下?


 アリスティアの思考はどんどん靄がかかったようになって来ている。たぶん、自分はまともにものを考えられる状態ではない。

 しかし、神官たちが男をなんと呼んだか、くらいはわかる。


 ――殿下って?


 人生初殿下に遭遇したらしい。これも、さすが大神殿の一環なのだろうか。

 大神官は、ちらりとアリスティアを見下ろすと――


1)一切の躊躇を捨て、アリスティアを抱き上げた

2)アリスティアをケイに預け、男に向き直った

3)なにかいおうとしたが、そこへさらなる闖入者を迎えた

今回も三択です。

アンケートはトップに固定しますので、よろしければご参加ください。


https://twitter.com/usagi_ya/


神官たちの〈飾り帯〉は、色が白っぽいほど偉い感じです。色相で系統が変わります。

今回出てきた灰色は、無彩色系の上の方で、事務方とか、外部との折衝とか、そういう職務についている人たちが使う色です。

魔力以外の素質を高く評価されていて、基本的に「大人げがある」人がこの色の帯をつけています。


魔力至上主義タイプからは馬鹿にされますが、反面、「魔力だけじゃ人としてどうかと思うんだ……」系の思考回路を持つ人たちからは、憧れの的って感じです。


(ただし、無彩色帯だからといって、魔力がないとは限らないのです。馬鹿にして痛い目を見るという大馬鹿も、世の中には存在します。すごく……残念な感じですね)

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