48. 宴
いつもお読みくださり、ありがとうございます。
前回アンケートでは、王子が気づいて来てくれるパターンが一位を獲得!
https://twitter.com/usagi_ya/status/1309829675921801218
というわけで、王子が王子力を発揮する場面になります……頑張れ王子!
――どうしても、あの人混みを突っ切らなきゃ。
無謀としか思えないが、やるしかない。そう決意をあらたにしていると、王子と視線があったように感じた。
レニィが、あ、と小さく声をあげる。
「殿下が来てくださる……」
王子を囲む人の輪は、二重三重どころではない。十重二十重、というべきありさまだ。
「無理じゃない?」
「今、待ってろって目線来たよね、だって」
「えっ? 目線っていった? 目線でなにかわかるの?」
「そういうの、わかるときあるじゃない」
アリスティアには、さっぱりだ。
「そうなの?」
「アリィって、たまにこう……」
「なに?」
「なんでもない」
「え、なに、気になる。途中でやめないで、ちゃんと教えてよ」
思わず、レニィの手をとり、懇願した。
けれど得られたのは回答ではなく、やれやれという表情だけ。
「そんなこといってる場合じゃないよ。ほら、こっちも少しは進んでお出迎えしなきゃ。ここで突っ立ってたら、殿下もお外へどうぞ、ってことになっちゃうよ。殿下とは親しくしているんだって、周りに示さないとでしょ?」
レニィにいわれてそちらを見ると、王子は自分を囲んでいた人々を華麗にいなし――挨拶をしたり、笑顔をふりまいたりと、実に如才なくふるまい――ながら、着実にこちらへの距離を詰めていた。
アリスティアの視線に気づくと、口角を少し上げる。そしてまた、横合いから話しかけてきた青年に、なにか挨拶をした。それでも足は止めず、着実に近づいて来ている。
「……ねえ、おかしくない? あんなの無理じゃない?」
「現実を受け入れようよ。さ、参りますわよ〈聖女〉様」
レニィはアリスティアの手を、ぎゅっと力をこめて握り返してきた。しっかりついて来るのよ、とでもいうように。そして、人と人のあいだにするりと割り込んだ。
――え、なにこれ。
アリスティアなら通ろうとは思いつかない場所。なぜか、ちょうどいいくらいの空間が生まれ、ふたりは広間に入り込んでいた。
得意だというだけのことはあるのね、と。そうレニィに声をかけようとして、アリスティアはためらった。
広間に入ってしまった以上、アリスティアはもう〈聖女〉としてふるまわねばならない。人の目がなくても、〈聖女〉であることに違いはないのだが、こうした場では、もっとこう……望まれる〈聖女〉であらねばならない。そんな気がする。やさしくて、気高くて……本来のアリスティアではない存在に、なりきる必要がある。
――もうずっと長いあいだ、殿下は、こういうことをなさっているんだろうな。
不意に、それが実感できた。前から知っていたはずなのに――自分のことになって、ようやくわかった。
レニィは無理に進もうとはせず、ほんの少し、アリスティアを移動させた。それだけでもう、近くの人々の視線が集まるのがわかる。〈聖女〉様だ、といわんばかりの眼差しがつきささる。
とても軽口がたたけるような状況ではない。
――注目されるのに、慣れる日が来るのかな。
そうなったら、楽になるのだろうか。しかし、慣れるよりも、こういう環境に身を置かずに済ませたいという想いの方が強い。早くクリャモナでの調停が終わり、大神殿に帰れれば――いや、帰っても解決しないのかもしれない。今まではファラーナが注目を浴びていたけれど、今後はアリスティアがその役目を引き継ぐのだ。
やはり、慣れるしかない。
「〈聖女〉様」
人波を縫ってこちらに近づきながら声をかけてきた、ザナーリオ王子のように。
ふたりのあいだに立っていた数名が、王子の進路にいるのが〈聖女〉だと気づき、場所を空ける――王子はそこに歩を進めた。見られていることを意識しているだろうに、そうと感じさせない所作だ。
――なんだろう、確信に満ちた感じの……ああ、そうか。
大神官がいっていたのは、きっとこれだ。自分こそがこの場を支配する者である、あるいはそれに近い存在だということを信じてふるまう――王子は、それができている。呼吸するのと同じくらい、意識もせずに。
「殿下」
「お加減がすぐれないのではと、案じておりました」
「ええ……いつも神殿に閉じこもっておりますせいか、人に酔ってしまったようです」
「それはお気の毒なことを。気遣いが至りませんでした」
「殿下がお気になさるようなことではありません」
この流れだと、領主の気配りがたりない、という話になりかねない。それはまずいと思いながら、なんとか笑顔をとりつくろったアリスティアの前に、王子はいきなり膝をついた。
「いいえ、そうは参りません」
「殿下――」
アリスティアは、あっけにとられた。
なにをしようとしているのだ、このひとは。
言葉に詰まった彼女の前に頭を垂れ、王子は詫びの言葉をつむいだ。
「〈聖女〉様のお出ましに、すっかり浮かれておりました。こうした空気に馴染んでおいででないことを理解し、〈聖女〉様がご無理をなさらないように気をまわせるのは、何年も前から〈聖女〉様を存じあげていた、わたしだけだったというのに。王都の大神殿にも通い、あの清冽な空気を知っているのですから、当然、気づくべきでした。もっと配慮せねばならなかった……お許しください」
すらすらと出てきた大仰な長台詞は、アリスティアが危惧していた領主への責めを否定し、あくまで自分が至らなかったと主張しつつ、論拠として以前からの知り合いであり、つながりが深いという事実を持ち出している――完全に、そういう意図の発言だ。
「殿下、ほんとうにもう。お顔をお上げになって」
王子は顔を上げ、少し困ったような表情でアリスティアを見上げた。黒い巻き毛の下に、青い眸がきらめいている――どうやら、この演技を楽しんでいるようだ。
「お許しくださいますか?」
「もちろんです。殿下がご自分をお責めになるなら、わたしもそうせねばなりません。慣れぬ場所にいることもわきまえず、いつまでもこの宴を眺めていたいと思ってしまったのですから。それに、もうすっかり大丈夫なのですよ」
肩が凝っているのは否めないが、先ほどまでの頭痛は遠のいている。もう少しなら、頑張れるはずだ。
王子は華やかな笑顔を見せた。
「ほんとうに? それなら、暫しはご一緒させていただいても?」
「もちろんです」
――そういえば、明るい場所で正面から向き合うのって、珍しいかも。
横顔はよく見た。最近はとくに、並ぶ場面が多かったからだ。
でも、こんな正面から、しかも間近に笑顔を見るのは……久しぶりではないだろうか。
――王子も、よく見ると綺麗なお顔立ちなのよね。ととのっている、というか。
ものすごくどうでもいいことを考えているなと思いながら、アリスティアも笑顔を返し、手をさしのべた。
その手をかるく握ると、王子は立ち上がった。一見、アリスティアの手に支えられている風でいながら、実はなんの負担もない。純粋に、自分の力で立ち上がっている。
ちょっとしたことだが、実にありがたい配慮だ。
いつのまにか、レニィはするりと身を引いていた。どれだけ社交界で鍛錬を積んだのか、時間があるときに聞いてみたい。
「よかった。実はずっと、お話しする機会を窺っていたのです」
「わたしなど、なんの話題もない小娘に過ぎませんのに。殿下を独り占めして、皆さんに叱られてしまいそう」
「それは、わたしの台詞ですよ。ですが、〈聖女〉様を独り占めできるなら、少しばかり叱られても気にはなりません」
〈聖女〉に直接声をかけるのは、はばかられるらしく、皆はふたりを遠巻きにしている。王子は、アリスティアを同伴している方が楽なのかもしれない。アリスティアとしては――早くこの場を辞去したい。
そのためには、やることを終えねばならないし、姿を消したレニィが領主側と話をつけてくれるのを待つ必要もある……。
――あー、なにもかもめんどくさい。
アリスティアが、そっと息を吐いたのを、王子は見逃さなかった。
「やはりお疲れのようですね。無理はいけない。――おい」
王子は領主の使用人を呼び止めて、休憩できる部屋はないかと尋ねた。なければ今すぐ準備しろ、と。自分の部下でもないのに平然と命令しているのは、さすが王子としかいいようがない。慣れている。
「ほんとうに、大丈夫ですのに」
「〈聖女〉様の御身をお守りすることは、我が国に与えられたこの上ない栄誉です。どうか、わたしをあなたを守る騎士とお考えください」
――殿下、凄い。
きらきらした眼でみつめられて、これは自分が知っているあの王子なのか、別人ではないのかと疑いたくなった。
もちろん、本人なのだろうけど……。
「そこまでおっしゃるなら」
しかたなく王子の意向に従ったアリスティアは、別室へと通された。広間とは廊下を挟んだ位置にある小部屋で、扉を閉じてしまうと、楽の音すらほとんど聞こえなくなってしまう。
「やれやれ。これで少しは休める。〈聖女〉様も休むといい。姿勢を崩して、こう、ぐんにゃりするといいぞ。不意に人が入って来ないよう、見張りは立ててある」
まずアリスティアを長椅子に腰掛けさせてから、王子は自分も対面する椅子に座った。部屋は広くも狭くもない――ふたりでいても、親密過ぎないあたりだ。王子を護衛する騎士もいるので、ふたりきりではないのだが。
「お疲れさまです。もう少し、顔見せをつづけるつもりだったのですけれど……」
「まだ必要なら、後刻。でも、大丈夫だろう? 皆、〈聖女〉様のことは拝見しただろうし、声をかけて親しく話しましょうというほど踏み込む勇気のある者もいなかったようだ。ま、いたら排除したが」
人目がなくなったことで、王子の態度はずいぶん変わっている。変わったというか、ふつうに戻った。
「この方が、ほっとします」
「この方?」
「殿下の、話しかたとか」
「ああ、そういうのか。あれはさすがに、必要がないとやらないな。面倒だ」
「……楽しそうにしていらしたかと、思ったのですけど。勘違いでした?」
王子は服の襟元を緩めていたが、その動きを止める、にやりと笑った。
「まぁまぁ楽しかった。王都では誰も騙されてくれんが、ここなら俺のことを知らぬ者が多いからな」
「献身的に〈聖女〉に尽くす王子様、になっちゃいましたよ?」
「そう思われないと困る」
実態はこうなのに、とアリスティアは思ったが、くだらない不満を漏らしている場合でもなかった。
「それより殿下、神殿が〈聖域〉として機能していない恐れがあるという報せを受けました」
王子は表情を引き締めた。
「まことか」
「つい先ほど、聞いたばかりですが、たしかな情報です。わたしは城に留まるよう助言されました」
「……ああ、それであの娘が交渉に行ったんだな。くっついて来ないから、おかしいと思った」
レニィが姿を消したことを、いぶかしんでいたようだ。そこまで把握しているとは、視野が広いというか、なんというか。
「殿下はどうなさいますか?」
「うーん、俺は一回、領主と喧嘩してここを飛び出してるからな。今は一応、和解したことにはなっているが……まぁ、魔族も俺のことは狙わんのじゃないか?」
「まさか」
「いや、俺は大した利用価値はないぞ。まだ王ではないし、陛下の直系の息子は……公的には俺がさいごのひとりだが、ほかにも親戚はいるしな。そもそも、俺は剣の腕はかなりのものと自負しているが、魔法は使えん。魔族にとっては、最後まで放っておいても問題ない相手だろう。邪魔だなと思ったときに、命を獲ればよいのだから」
「殿下、そのようなこと冗談でもおっしゃいませんよう」
「率直な意見だ。おまえの命の重さとは、まったく比較にならんよ」
「でも、わたしは――」
――わたしだって、そんなに重要な存在じゃない。
重要なのは〈聖女〉の魂であって、それはアリスティアに宿っているだけ。アリスティアが死ねば、次の〈聖女〉が出現する。それが〈聖女〉だ。
1)王子に死んでほしくないと訴える
2)自分の命もさほど重くはないと説明する
3)言葉をつづける前に[シークレット]が入って来る
今回は、シークレットを3番に入れました。
シークレットが誰かについては、一応決めてありますが、そんなにシークレット感ないかな〜……というところです。
前回同様、シークレットの得票率にかかわらず、投票終了後には内容をお知らせします。




