45. 協力
前回アンケートの結果、アリスティアは「手伝いを申し出る」ことになりました。
https://twitter.com/usagi_ya/status/1302219017977917440
さて、手伝わせてくださいといわれた領主の反応は?
「お手伝いさせてください」
「なんの話だ」
「難民の受け入れです。難しいのであれば、神殿がお手伝いいたします。ですから、どうか」
すべてを、はねのけないでほしい。
領主は難民を受け入れないというが、彼女が拒んでいるのはそれだけではない。なにもかも、なのだ。
アリスティアは彼女から、圧倒的な孤独を感じる。
――ひとりでできることには、限りがある。
それが、アリスティアが神殿で学んだことだ。
たとえば、大神官はおそろしく有能だ。それでも、彼ひとりでできることには、限度がある。皆が神殿に集まるのは、役割を分担し、より大きなことを成し遂げるためだ。
――このひとは、すべてを拒んでしまう。
きっとそれは、彼女のこれまでの人生で必要な戦略だったのだろう、とは察することができる。
女性が領主になるのは異例のことだ。きっと、数多の困難をくぐり抜けて来たのだろう。厳しくあらねば、生き延びることさえかなわなかったのかもしれない。誰も信じず、誰の手をもとらないことを選んだ、あるいは疑わしきを切り捨てつづけたからこそ、彼女はこうしてここにいるのだ。
だが、彼女を救ってきたその生きかたは、同時に彼女の限界をも決めてしまう。ひとりでできる範囲でしか、彼女は動けない。クリャモナの民を救うだけでも辛い、難しい、というのは事実だろう。おそらく、彼女は非常に有能だ。その有能さをもってしても、ここまでだ。
ひとりでなすことの限界が、もう見えている。
だから、助けあおうと申し出た。アリスティアの思考に、迷いはない。
領主はわずかに眼をみはったあと、くく、と喉の奥を鳴らすように笑った。
「手伝いか。甘いな、〈聖女〉。甘い……熟れ過ぎて腐り落ちる果物のような、悪どい甘さだ」
「失礼なことをいいに来たなら、もうお帰りください」
すかさず、レニィが口を挟んだが、アリスティアはそれを制した。
「いいの、レニィ。このかたは、甘くない世界に生きておいでなのでしょう。少なくとも、そう思っていらっしゃる――でも、それこそが甘やかな幻想に過ぎない」
「手伝いなどとほざいておいて、なにが幻想か。現実を見よ。我が領は飢えておる。食料の備蓄も多くはない。この上、難民の受け入れなどできようはずもない。せめて、神殿がすべて引き受けるとでもいうかと思えば、お手伝いと来た! これをして、甘いといわずにすませられようか?」
「神殿が難民をすべて引き受けても、解決はしないでしょう。今、ご自分でおっしゃったように――」
クリャモナの民も、この先が保証されているわけではないのだから。
「そうだな。どんな奇跡も、我が民を救いはしない」
「奇跡ではありません。手をとりあい、協力することを選べば、その先にこそ、我らの生き延びる道があります」
「きれいごとだな」
「よいではありませんか、きれいごと」
「なに?」
「きれいごとが、まかり通る世。わたしは、その方がよいと思っています。きれいごとだからと、はじめから諦めることに、なんの意味がありましょう? それを実現させてこその、善政ではないのですか。力たりぬ部分はほかから借り受け、あるいはみずからの得意でほかを支え、手をとりあって進むことの、なにが間違っておりますか」
そんなこと、神殿で暮らしているあいだに考え尽くした。
アリスティアは〈聖女〉だ。〈聖女〉だから人を守ることを期待されている。だから逆に、皆が彼女を守ってくれる。事情を知っている大神官をはじめとするわずかな人々はもちろん、知らずに身代わりとして立ってくれていたファラーナだって、周りの乙女たちだって。
自分の力に疑問はあった。不安しかなかった。けれど、だからといって〈聖女〉ではない、とはいえなかった――聖痕が、アリスティアを縛っていた。これは、彼女が〈聖女〉である証。
――誰の役にも立てていない〈聖女〉に、できることって、なんだろう?
ずっと、ずっと、考えていた。
その果てに辿り着いた、今のところ唯一の解が、これだった。
「わたしは……。いえ、わたしでなくとも〈聖女〉ならば、きれいごとの核になれます」
「きれいごとの、核?」
「ええ。〈聖女〉が語れば、そこにはある程度の強制力が生まれます。進んで従うにせよ、仕方なく受け入れるにせよ、違いはありません。でしたら、きれいごとの方がよろしいでしょう? 皆が、そうできれば……と夢を抱けるようなことの方が」
「……なるほど?」
語尾が上がっているのは、完全に納得したわけではないからだろう。
それでも、領主の声音はずいぶんやわらかくなっている。
「もうひとつ。〈聖女〉の言に人を動かす力があったとしても、それが中心になってはいけないと、わたしは思っております」
「……手伝うというのは、そういうことか」
「はい。〈聖女〉のためといわれる、その『ため』の位置をあやまってはならない。それが、わたしの思う〈聖女〉の在りかたです」
なにもかも〈聖女〉が、神殿が引き受ける――そこまでの力が神殿にあるかという問題もあるが、それ以上に難しいのは、では既存の政治権力をはじめとする社会の機構はどうなるのか、という点だ。
神殿がすべて面倒をみてくれるなら、王も領主も不要になってしまう。
支配層とのあいだに無駄な分断を招くのは、良策とはいえない。そもそも、神殿にとっては同じ「信徒」なのだ。〈聖女〉だけが目立ち過ぎてはいけない。
あくまで、手をとって協力するという立ち位置でなければならない。
それは大神官の教えでもあるが、アリスティア自身も同意している方針だった。
対立を招かず。強権を発動させず。ただ、お願いして、希望を見せる。〈聖女〉が与えるのは、夢だ。人をまとめるための、美しい幻想だ。
「具体的な策はあるのか?」
領主がようやく前向きな返答をしたのは、長い沈黙のあとだった。
彼女も、さまざまに考えたのだろう。考えた上で、アリスティアの提案を、ある程度は「是」としたのだ。
「神殿の備蓄は、王都以外にもございます。クリャモナは隣国からの難民受け入れの窓口。それは、この街がここに位置する以上、動かしようがありません。それは、魔族の尖兵との交戦をも運命づけられている、ということ。まず、戦闘力にならない民を、穀倉地帯に避難させることをご提案します」
「民の移動?」
「あくまで一時的なものです。食料を運ぶより、それを必要としている民を、備蓄がある場所に連れて行く方が、手間が省けますので」
食料を運ぶ場合、何度も往復が必要になる。魔族はもちろん、食い詰めた流民や野盗の襲撃も警戒せねばならず、戦力を割く必要も出る。
人を動かしてしまえば、そうはならない。
「しかし、それではクリャモナは立ち行かなくなるぞ」
「おとなしく移動してくれる者の方が、少ないと思います。郷里への愛着は、なかなか思い切れるものではありません」
それも、アリスティアは身にしみて知っている。なにもない辺境の地でさえ、生まれ育った土地や家を捨てられないからと、死を覚悟で残った人々を見ているからだ。
もちろん、移動した先を気に入って、もう戻りたくないという者も出るだろう――そうした動きも、多少は含んでおくべきだが、それでも。
「邪魔者がいなくなってくれるなら、大助かりだが、そう都合よくもいかんだろうな」
領主が考え込んでいるところへ、ダレンシオが戻って来た。手にした盆から、酒の強い香りがする。
レニィが眉根を寄せた。
「神官様、これはちょっと……〈聖女〉様には」
「酒精は飛ばしてある。匂いだけだ」
アリスティアが〈聖女〉と判明して以来、レニィの態度がずいぶん変わった。こわれものを扱ってでもいるかのようだ。いきなり倒れたのが悪かったのもしれないが、本来、アリスティアはいたって健康だ。
レニィを目顔で黙らせて、アリスティアは杯を受け取った。
「いただきます。領主様もどうぞ」
差し出された杯を、領主はろくに見もせずに受け取った。そのまま一気に中身を煽ると、口の端をかすかに上げた。
「いい腕だ」
「上等な酒を使いましたので」
「神殿の厨房には、美味い酒が蓄えられているのだな。覚えておこう。さて、毒味も済んだことだ、わたしはこれで失礼する。〈聖女〉様のお申し出については、前向きに検討する……ということで、かまわないか?」
「正式なお話は、また後日」
「……後日があれば、よいがな」
なにやら不吉なことをつぶやいて、領主は部屋を出て行った。
その後ろ姿を見送って、扉を閉めると、ダレンシオは向き直って尋ねた。
「申し出とは?」
アリスティアが説明するより、レニィが口を開く方が早かった。
「難民受け入れの話ですよ。あの領主、ほんっとに無礼!」
よほど腹に据えかねていたらしい。苦笑混じりに、アリスティアは領主を弁護した。
「しかたないでしょう。どちらが偉いかを、つねに示さねばならないお立場なのでしょうし……それにしても、後日があればって、どういうこと?」
レニィとダレンシオは顔を見合わせた。
答えたのは、ダレンシオだった
「領主殿は、魔族との戦いにも参加なさるご予定だから、ではないかな」
「攻撃魔法がお得意なのですって」
レニィが言葉を添え、ダレンシオもうなずいた。
「そのようだ。おひとりで、魔族を退けたこともあると聞いた」
「その話は信憑性が高いみたい。ただ、神殿騎士などいらぬと暴言を吐いたこともあるとかで、まぁ……神殿では、評判はよくないわね。もちろん、強いからっておもねる者はいるけど。人望があるって感じではなさそう」
「でも民には人気なのでは? お綺麗だし、お勇ましいとあればなおさら」
「それも、そうでもないみたいなのよ……」
アリスティアが倒れているあいだに、レニィはいろいろ情報を仕入れていたらしい。ぐっと詳しくなっている。
「なんで?」
「呪いの子とかいわれてて。前の領主様――つまり、あのかたのお父上ね。それと、弟君や母君が亡くなられたのも、今の領主様のせいだって、噂されていて」
「呪い? なんの呪いなの」
「これは神殿の人間は知らないことになってる話なんだけど、噂よ? あくまで噂」
「うん。教えて」
「魔族がとりあげた子だ、って」
アリスティアは眼をしばたたいた。とりあげた?
「当時の目撃者は誰も生きてないんだけど、今の領主様がお生まれになったとき、お産の手伝いをしたのが魔族だったっていう噂があって。その後、母君は気がふれてしまわれて、塔から落ちて亡くなられたとか。後妻に入られた次の奥方も、同じ塔から落ちて……」
「お産の手伝いと、なにも関係ないじゃない」
「不吉なことがつづいたら、なにかのせいになるでしょう。そもそも、魔族の血が混ざってるんじゃないかって噂もあるくらいで」
ダレンシオを見やると、老神官は、渋い表情で答えた。
「そういう噂は、流れている。城下はもちろん、神殿でも聞かされた。よそから来たなら知らないだろうが、実は今の領主は呪われている……、とな」
「でも、噂は噂でしょう?」
「そうだけど、結局、人なんて噂で動くものじゃない? 誰も真実を確認しようなんてしない。わかりやすい話をそうだと信じる方が、容易だし、楽だもの」
あっけらかんといわれて、アリスティアは返答に窮した。
きっとそうなのだろうとは思うが、それにしても。
「でも、魔族の血だなんて……。弟君が亡くなられたのは?」
「遠乗りで、魔族に襲われたそうよ。これは事実みたい。神殿の騎士団が救出にあたっていて、記録が残ってる」
「先代は?」
「先代は、息子の死に絶望して塔から」
アリスティアは愕然とした。
いたましい話だが、それ以上に腹が立つ。
「まだ娘がいるのに、ひとり残して?」
「いいとこの親なんて、そういうの多いわよ。うちの父だって、息子に家を継がせることしか考えてないもの。三人姉妹のあとに弟が生まれたときの、舞い上がりっぷりと来たら、見ものだったよ」
いわゆる「いいとこ」の出身であるレニィの言葉には、実感がある。
しかし、絶望した前領主が身罷ったあと、その家を支えているのは娘なのだ。
――孤高になっても無理ないわ……。
生い立ちを知ってみれば、納得しかない。領主は、あのようになるしかなかったのだ。
アリスティアは、渡された杯を両手で支え、湯気を吸い込んだ。それはじんわりと喉に染み込んで、ほとんど意識していなかった痛みをくるみ、どこか遠くへ押しやってくれるように感じた。
そう、意識しないようにしても、痛みはあるのだ。それは本人の気づかぬところで、気力を蝕んでいく。
「領主様に、人気をとってもらいましょう。なにをどうするにせよ、その方が、今後がやりやすいし」
「どうやってよ」
「いっしょに考えてよ、レニィ。ダレンシオ様も、お願いします」
「アリィのお願いとあっては、無下にもできぬが……。しかし、これは難しいぞ」
「難しいことこそやり甲斐があると、〈教導師〉様がおっしゃってました」
「大神官様……どうか、この子に変なことを吹き込むのは、おやめください……」
「レニィ、なに祈ってるの」
「おかげで我々が無理難題に立ち向かうことになるのだから、セレスティオも罪深い」
それぞれの反応を見せながら、それでも三人は頭を寄せ、知恵を出しあった。
1)実戦で、魔族討伐の先頭に立って活躍してもらう
2)仕込んで、「襲われる〈聖女〉を救う」役をやってもらう
3)魔族討伐に先立って、戦意高揚のための宴を開催してもらう
*説明*
上から順に、危険度が高く、下は危険度が低くなります。
上から順に、領主を説得して仲間に引き入れる必要が少なく、下に行くほど綿密な打ち合わせが必要になります。
要は、上は勝手にできるけど危険、下は領主に人気とりの必要性を説いて同意をとりつけねばならないけど安全、となります。
(2番は、領主の同意があってもなくても、どちらでも実行は可能とします)
今週も、三択アンケートを作者 twitter に設置します。
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