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43. 秘密

アンケートにご参加、ありがとうございます。

前回の結果!

https://twitter.com/usagi_ya/status/1297157478426148865

なんと、孤児院の老神官ことダレンシオが、アリスティアの親を知っていた……という、「えっそんなの聞いてないよ」展開が選ばれました。

というわけで、親御さんの話になります。

「結局、おまえの親がいっていた通りになった」


 なにをいわれたのか、とっさに意味を掴みそこねた。

 頭の中で、ダレンシオの言葉をくり返す。


 ――おまえの親がいっていた通りに……。


 不意に心臓がどきどきしはじめた。呼吸が苦しくなるほどに。呼吸のしかたがわからなくて、少し、困った。

 そんなこと、考えるからわからなくなるのだ。今、考えるべきは、そんなことじゃない。


「……わたしの親を、ご存じなのですか」

「知っていたといえば、そうだな」


 ――そんなの。……そんなの!


「はじめて……聞きました」

「おまえが〈聖女〉に選ばれなければ、話すつもりはなかった」


 どういうことだろう。意味がわからない。

 知らぬ間に、胸元をおさえていた。聖痕が刻まれた場所だ。


「わたしの両親と〈聖女〉にどんな関係が――」

「おまえの父親は、歴代の〈聖女〉を輩出している家系の出だった。本人も、神官として修行を積んでいた。……彼とはじめて会ったのは、大神殿だった。自分もまだ若かったが、おまえの父は、もっと若かった」


 ――なんで? どうして?


 今になって……という思いがこみ上げる。孤児院で暮らしていたときには、そんなことは知らなかった。……まさか、父を知っていただなんて。

 知っていたなら、なぜ教えてくれなかったのか。おまえの父はこんな人だったよと、話してくれたら――。


 ――少しは、寂しさもやわらいだ?


 そんなことはないだろう、と冷笑する自分がいる。そんなことはない。むしろ、より際立っただけではないのか。

 教えてくれなくても、よかったのだ。

 両親の思い出は、あまりに遠い。アリスティアが必要としていたのは、むしろ、両親に代わって彼女を庇護してくれる存在だ。やさしくて、たよりになって、信じられる大人。

 ダレンシオこそが、まさにそうだと思っていたのに。


 ――そうじゃなかったんだ。


 アリスティアは、なにか、話そうとした。なにか――でも、なにを? わからない。

 なにを話せばいいのか、ちっとも思いつかない。


「彼は、昨今の〈聖女〉の実態が空疎なものであると、気づいてしまった。つまり――選ばれているのは、本来はその資格のない者ばかりだと。いわば、偽の〈聖女〉だとな」

「偽の……」

「まことの〈聖女〉の出現は、稀なことなのだ。神殿が選んできた〈聖女〉のほとんどは、名ばかりの存在。乙女の肌に聖痕があらわれることなど、絶えてなかった」


 アリスティア、と老神官は彼女の名を呼んだ。

 けれど、それに応えることができない。どうして、という疑念が頭の中でぐるぐる回っている。どうして、どうして?


「おまえの父は、神殿を信じることができなくなった。神官を辞めて、出奔した。おまえの母は、当時〈試練の乙女〉として大神殿に上がった娘のひとりで――有力な、〈聖女〉候補だった」


 それは、〈聖女〉の魂に選ばれるのではなく。神殿の都合で選ばれる、偽の〈聖女〉としての……。


 ――そういうことだったのね。


 今に伝わる〈聖女〉の力が曖昧なのは、ほんものが滅多に出ていなかったから。

 歴代の〈聖女〉が次々と儚く散っていったのも、特別な力などない偽物だったから。

 それでも――〈聖女〉がいなければ、人々をまとめることができない。希望を持たせるために、彼女らは大神殿の都合で選ばれ、そして……。


 ――もうじき死ぬひとのための部屋だよ。


 不意に、宮殿で出会った魔族の少年を思いだした。

 もう長いあいだ、あまり念頭にのぼることもなかったのに。今、ありありとその声がよみがえった。

 次々と選ばれる偽の〈聖女〉を、魔族はどんな想いで眺めていたのだろう。なんと愚かなと笑っただろうか。それとも、面白い遊びだとでも感じただろうか。


「当時は、〈教導師(サパータ)〉が乙女を連れて逃げたといって、騒ぎになったものだ。いや……違うな。騒ぎといっても、事情を知る者はわずかだった。神殿は、すべてを隠蔽した。〈教導師〉が乙女を連れて駆け落ちしたなど、外聞が悪過ぎる」

「……では、神官様は、わたしの両親を追って来られたのですか」

「まさか。こちらはこちらで、もう神殿にいられなくなっただけのこと……情けない話だが、耐えがたくなったのだ。あそこにいれば、どうしても次の〈聖女〉を探しつづけることになる。それで希望を繋ぐことができるのか、わからなくなった。人を助けたいという気もちが、空回りしているとしか感じられなかった。実感が得られなかった。辺境に行けば、少なくともその場にいる誰かの助けにはなれる。それを望んで――まぁ、なにをどういっても、みっともない話だ。おまえの両親との再会は、偶然だった」


 アリスティアは、なにもいえなかった。

 偶然だといわれて、そのまま信じられるかといえば、もう無理だ。


 ――自分で訊いたのにね。


 答えを信じられないなら、尋ねることに、なんの意味があるだろう。

 心の底が、冷え冷えとしている。

 ダレンシオにはダレンシオの事情があるのだろう。失った両親を思いださせても……というのは、思いやりの一種だったのかもしれない。神殿のごたごたに巻き込みたくないなら、事情を話してもしかたがない。それこそ、おまえは〈教導師〉と〈試練の乙女〉が、手をとって逃げだした結果の罪の子だ、などといわれても、アリスティアだって困る。

 理屈はわかる。

 けれど、感情がすべてを否定している。


「おまえの父は、少なくともひとりの乙女を救った。連れて逃げることで」


 ――そうね。でもそれは、ほかの乙女を〈聖女〉として選ばせただけ。なんの解決にもなっていない。


 アリスティアは、乙女たちの恐れを知っている。次は自分が選ばれるのではないか、と。留め置かれているのはそういう意味だと、皆が静かに諦めている。

 両親は、順番待ちの列を抜け出した。短くなった列から、次の〈聖女〉は選ばれたはずだ。


 ――この二十年近く。試練の突破から、正式に「在位」とされる一年を耐えた者は、いなかった。


 魔族の襲撃で命を落とした者もいれば、任に耐えがたいとして辞退した者もいる。前者はともかく、後者はあやしいと、今は思う。

 まがりなりにも次期〈聖女〉として選ばれた乙女が、ころころと死んでは困るだろう。その死が隠蔽されていたとしても、アリスティアはおどろかない。希望を与えるために無理につくりあげた〈聖女〉を、絶望の糧にするわけにはいかないからだ。


 ――世の中は、なんて欺瞞に満ちているのだろう。


 そんなこと、わかっていたつもりだった。年齢相応に、さまざまな事情を飲み込んでいる気でいた。

 けれど今、信じていた老神官から告げられた事実は、アリスティアの世界をあらためて崩しにかかっている。


「おまえの父には、予見の才があった。だから、ただ逃げたのではなかったのやもしれん。直接そう聞いたわけではないが、理由があったのではないかと、今は思っている」

「理由?」


 投げやりな気もちで問うたことは、否めない。

 話の流れで返しただけで、こんな答えがあることは予想もしていなかった。


「次代の、まことの〈聖女〉を産み育てるため」


 そのまま大神殿にいれば、アリスティアの母は偽の〈聖女〉候補となった可能性が高かった。それを逃れて辺境に身を隠したのは。


 ――ほんものの〈聖女〉を産み、育てるため……?


 たしかに、神殿にとどまっていれば、母は資格もないのに〈聖女〉の任を押しつけられて早逝し、アリスティアは生まれなかったのかもしれない。

 なんだか笑いたくなってきた。


「では、わたしははじめから〈聖女〉として望まれ、産み落とされた、ということですか」

「彼の考えを、どこまで理解できているかはわからない。あまり会わないようにしようということで、我らは同意した。だから、かわした言葉も少ないのだ。ただ、彼にはいわれていた――いずれ、我が娘が寄る辺のない身の上となったら、どうか助けてやってください、と」


 ――アリスティア。

 ――アリィ。


 父の声。母の声。ほんとうに覚えているのかもあやしい、曖昧な記憶。

 かれらは、世界を救うための子どもを欲したのか。

 それがどうしようもなく哀しくて、アリスティアは口を引き結んだ。うっかりすると、泣いてしまいそうだ。


「当時は、聞き流していた。よくある親心だろうと。だが、思い返してみると、彼はあまりに真剣だった。いずれ、魔族に殺されることを覚悟していたのではないかと思うほど」


 ――やめて。


 想いは、声にならない。

 ダレンシオの話は、つづく。


「よくある話なのに覚えていたのは、印象深い内容がつづいたからだ。彼は、こうも語っていた――きっとあなたは、まことの〈聖女〉様にお仕えするようになるでしょう。そのときに、どうか〈聖女〉様を、ひとりの人間として見てあげてください。我々は、神殿の者たちは、〈試練の乙女〉を含めた彼女たちをこそ、救う義務があると思うのです――と、な」


 息が止まるかと思った。


「ひとりの……」

「人間として。おまえの親は、おまえを愛していたのだよ、アリスティア」


 わたしもだ、とダレンシオはつぶやいた。


「でも」

「たしかに、人の世には〈聖女〉が必要なのかもしれん。人生を捧げるに足るつとめかもしれん。しかしな、〈聖女〉の魂の欠片を受け継いだからといって、それだけがその者のすべてではない。役目のみに生きることを強いられるなど、あってはならない。そんなことは、許されてはならぬのだ」


 アリスティアは目をみはった。


 ――神官様は、怒っていらっしゃる。


 それも、アリスティアのために。

 ダレンシオは、小さく息を吐いた。ため息と呼ぶには、かすかに。それでも、ただの呼吸というには、深く。


「両親の話をおまえにするべきか、ずっと気にはなっていた。それが重荷となっても困るしな。だが、おまえの父の言葉は。このことだけは、伝えたいと思ったのだ――おまえが〈聖女〉となった以上、これだけは」

「……ありがとうございます」

「今まで黙っていて、悪かった。ほんとうは、おまえを〈試練の乙女〉などに、したくはなかった。だが、魔法も使えぬ、血筋もわからぬ田舎出の乙女が〈聖女〉に選ばれるなど、思ってもみなかったのだ。所詮、人の浅知恵だったわけだ」


 ダレンシオが考えたのは、神殿に選ばれるか否かだけだ。実際に、身代わりとして選ばれたファラーナは、それなりの家柄で、いかにも〈聖女〉らしい癒しの力の持ち主だった。

 アリスティアが〈聖女〉の魂に感応して聖痕を獲得しなくても、やはりファラーナは選ばれただろう。神殿の都合で。


「おまえの親は、素晴らしい人間だった。及ばずながら、育ての親として――その志を継ぎたいと思う。アリィ、おまえは〈聖女〉である以前に、ひとりの人間だ。世の役に立つとか、希望になるとか、そんなことはどうでもいい。ただ、おまえが幸せになってくれることを望む者がいることを、忘れないでくれ」


 立ち上がったダレンシオは、アリスティアを見下ろして微笑んだ。

 なにか、伝えねばならない気がした。けれど、なにも言葉にならなかった。

 そのまま、老神官は踵を返して部屋を出て行こうとした――そのとき、扉の外で人の声がした。


 ――レニィ?


 なんだか揉めているようだ。相手は誰だろう。


「騒がしいな。見てこよう」


 ダレンシオがそういったときには、もう扉が開いていた。

 立ちふさがろうとするレニィを押しのけて、入って来たのは


1)クリャモナ領主

2)王子の部下

3)難民の代表を自称する男

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