43. 秘密
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なんと、孤児院の老神官ことダレンシオが、アリスティアの親を知っていた……という、「えっそんなの聞いてないよ」展開が選ばれました。
というわけで、親御さんの話になります。
「結局、おまえの親がいっていた通りになった」
なにをいわれたのか、とっさに意味を掴みそこねた。
頭の中で、ダレンシオの言葉をくり返す。
――おまえの親がいっていた通りに……。
不意に心臓がどきどきしはじめた。呼吸が苦しくなるほどに。呼吸のしかたがわからなくて、少し、困った。
そんなこと、考えるからわからなくなるのだ。今、考えるべきは、そんなことじゃない。
「……わたしの親を、ご存じなのですか」
「知っていたといえば、そうだな」
――そんなの。……そんなの!
「はじめて……聞きました」
「おまえが〈聖女〉に選ばれなければ、話すつもりはなかった」
どういうことだろう。意味がわからない。
知らぬ間に、胸元をおさえていた。聖痕が刻まれた場所だ。
「わたしの両親と〈聖女〉にどんな関係が――」
「おまえの父親は、歴代の〈聖女〉を輩出している家系の出だった。本人も、神官として修行を積んでいた。……彼とはじめて会ったのは、大神殿だった。自分もまだ若かったが、おまえの父は、もっと若かった」
――なんで? どうして?
今になって……という思いがこみ上げる。孤児院で暮らしていたときには、そんなことは知らなかった。……まさか、父を知っていただなんて。
知っていたなら、なぜ教えてくれなかったのか。おまえの父はこんな人だったよと、話してくれたら――。
――少しは、寂しさもやわらいだ?
そんなことはないだろう、と冷笑する自分がいる。そんなことはない。むしろ、より際立っただけではないのか。
教えてくれなくても、よかったのだ。
両親の思い出は、あまりに遠い。アリスティアが必要としていたのは、むしろ、両親に代わって彼女を庇護してくれる存在だ。やさしくて、たよりになって、信じられる大人。
ダレンシオこそが、まさにそうだと思っていたのに。
――そうじゃなかったんだ。
アリスティアは、なにか、話そうとした。なにか――でも、なにを? わからない。
なにを話せばいいのか、ちっとも思いつかない。
「彼は、昨今の〈聖女〉の実態が空疎なものであると、気づいてしまった。つまり――選ばれているのは、本来はその資格のない者ばかりだと。いわば、偽の〈聖女〉だとな」
「偽の……」
「まことの〈聖女〉の出現は、稀なことなのだ。神殿が選んできた〈聖女〉のほとんどは、名ばかりの存在。乙女の肌に聖痕があらわれることなど、絶えてなかった」
アリスティア、と老神官は彼女の名を呼んだ。
けれど、それに応えることができない。どうして、という疑念が頭の中でぐるぐる回っている。どうして、どうして?
「おまえの父は、神殿を信じることができなくなった。神官を辞めて、出奔した。おまえの母は、当時〈試練の乙女〉として大神殿に上がった娘のひとりで――有力な、〈聖女〉候補だった」
それは、〈聖女〉の魂に選ばれるのではなく。神殿の都合で選ばれる、偽の〈聖女〉としての……。
――そういうことだったのね。
今に伝わる〈聖女〉の力が曖昧なのは、ほんものが滅多に出ていなかったから。
歴代の〈聖女〉が次々と儚く散っていったのも、特別な力などない偽物だったから。
それでも――〈聖女〉がいなければ、人々をまとめることができない。希望を持たせるために、彼女らは大神殿の都合で選ばれ、そして……。
――もうじき死ぬひとのための部屋だよ。
不意に、宮殿で出会った魔族の少年を思いだした。
もう長いあいだ、あまり念頭にのぼることもなかったのに。今、ありありとその声がよみがえった。
次々と選ばれる偽の〈聖女〉を、魔族はどんな想いで眺めていたのだろう。なんと愚かなと笑っただろうか。それとも、面白い遊びだとでも感じただろうか。
「当時は、〈教導師〉が乙女を連れて逃げたといって、騒ぎになったものだ。いや……違うな。騒ぎといっても、事情を知る者はわずかだった。神殿は、すべてを隠蔽した。〈教導師〉が乙女を連れて駆け落ちしたなど、外聞が悪過ぎる」
「……では、神官様は、わたしの両親を追って来られたのですか」
「まさか。こちらはこちらで、もう神殿にいられなくなっただけのこと……情けない話だが、耐えがたくなったのだ。あそこにいれば、どうしても次の〈聖女〉を探しつづけることになる。それで希望を繋ぐことができるのか、わからなくなった。人を助けたいという気もちが、空回りしているとしか感じられなかった。実感が得られなかった。辺境に行けば、少なくともその場にいる誰かの助けにはなれる。それを望んで――まぁ、なにをどういっても、みっともない話だ。おまえの両親との再会は、偶然だった」
アリスティアは、なにもいえなかった。
偶然だといわれて、そのまま信じられるかといえば、もう無理だ。
――自分で訊いたのにね。
答えを信じられないなら、尋ねることに、なんの意味があるだろう。
心の底が、冷え冷えとしている。
ダレンシオにはダレンシオの事情があるのだろう。失った両親を思いださせても……というのは、思いやりの一種だったのかもしれない。神殿のごたごたに巻き込みたくないなら、事情を話してもしかたがない。それこそ、おまえは〈教導師〉と〈試練の乙女〉が、手をとって逃げだした結果の罪の子だ、などといわれても、アリスティアだって困る。
理屈はわかる。
けれど、感情がすべてを否定している。
「おまえの父は、少なくともひとりの乙女を救った。連れて逃げることで」
――そうね。でもそれは、ほかの乙女を〈聖女〉として選ばせただけ。なんの解決にもなっていない。
アリスティアは、乙女たちの恐れを知っている。次は自分が選ばれるのではないか、と。留め置かれているのはそういう意味だと、皆が静かに諦めている。
両親は、順番待ちの列を抜け出した。短くなった列から、次の〈聖女〉は選ばれたはずだ。
――この二十年近く。試練の突破から、正式に「在位」とされる一年を耐えた者は、いなかった。
魔族の襲撃で命を落とした者もいれば、任に耐えがたいとして辞退した者もいる。前者はともかく、後者はあやしいと、今は思う。
まがりなりにも次期〈聖女〉として選ばれた乙女が、ころころと死んでは困るだろう。その死が隠蔽されていたとしても、アリスティアはおどろかない。希望を与えるために無理につくりあげた〈聖女〉を、絶望の糧にするわけにはいかないからだ。
――世の中は、なんて欺瞞に満ちているのだろう。
そんなこと、わかっていたつもりだった。年齢相応に、さまざまな事情を飲み込んでいる気でいた。
けれど今、信じていた老神官から告げられた事実は、アリスティアの世界をあらためて崩しにかかっている。
「おまえの父には、予見の才があった。だから、ただ逃げたのではなかったのやもしれん。直接そう聞いたわけではないが、理由があったのではないかと、今は思っている」
「理由?」
投げやりな気もちで問うたことは、否めない。
話の流れで返しただけで、こんな答えがあることは予想もしていなかった。
「次代の、まことの〈聖女〉を産み育てるため」
そのまま大神殿にいれば、アリスティアの母は偽の〈聖女〉候補となった可能性が高かった。それを逃れて辺境に身を隠したのは。
――ほんものの〈聖女〉を産み、育てるため……?
たしかに、神殿にとどまっていれば、母は資格もないのに〈聖女〉の任を押しつけられて早逝し、アリスティアは生まれなかったのかもしれない。
なんだか笑いたくなってきた。
「では、わたしははじめから〈聖女〉として望まれ、産み落とされた、ということですか」
「彼の考えを、どこまで理解できているかはわからない。あまり会わないようにしようということで、我らは同意した。だから、かわした言葉も少ないのだ。ただ、彼にはいわれていた――いずれ、我が娘が寄る辺のない身の上となったら、どうか助けてやってください、と」
――アリスティア。
――アリィ。
父の声。母の声。ほんとうに覚えているのかもあやしい、曖昧な記憶。
かれらは、世界を救うための子どもを欲したのか。
それがどうしようもなく哀しくて、アリスティアは口を引き結んだ。うっかりすると、泣いてしまいそうだ。
「当時は、聞き流していた。よくある親心だろうと。だが、思い返してみると、彼はあまりに真剣だった。いずれ、魔族に殺されることを覚悟していたのではないかと思うほど」
――やめて。
想いは、声にならない。
ダレンシオの話は、つづく。
「よくある話なのに覚えていたのは、印象深い内容がつづいたからだ。彼は、こうも語っていた――きっとあなたは、まことの〈聖女〉様にお仕えするようになるでしょう。そのときに、どうか〈聖女〉様を、ひとりの人間として見てあげてください。我々は、神殿の者たちは、〈試練の乙女〉を含めた彼女たちをこそ、救う義務があると思うのです――と、な」
息が止まるかと思った。
「ひとりの……」
「人間として。おまえの親は、おまえを愛していたのだよ、アリスティア」
わたしもだ、とダレンシオはつぶやいた。
「でも」
「たしかに、人の世には〈聖女〉が必要なのかもしれん。人生を捧げるに足るつとめかもしれん。しかしな、〈聖女〉の魂の欠片を受け継いだからといって、それだけがその者のすべてではない。役目のみに生きることを強いられるなど、あってはならない。そんなことは、許されてはならぬのだ」
アリスティアは目をみはった。
――神官様は、怒っていらっしゃる。
それも、アリスティアのために。
ダレンシオは、小さく息を吐いた。ため息と呼ぶには、かすかに。それでも、ただの呼吸というには、深く。
「両親の話をおまえにするべきか、ずっと気にはなっていた。それが重荷となっても困るしな。だが、おまえの父の言葉は。このことだけは、伝えたいと思ったのだ――おまえが〈聖女〉となった以上、これだけは」
「……ありがとうございます」
「今まで黙っていて、悪かった。ほんとうは、おまえを〈試練の乙女〉などに、したくはなかった。だが、魔法も使えぬ、血筋もわからぬ田舎出の乙女が〈聖女〉に選ばれるなど、思ってもみなかったのだ。所詮、人の浅知恵だったわけだ」
ダレンシオが考えたのは、神殿に選ばれるか否かだけだ。実際に、身代わりとして選ばれたファラーナは、それなりの家柄で、いかにも〈聖女〉らしい癒しの力の持ち主だった。
アリスティアが〈聖女〉の魂に感応して聖痕を獲得しなくても、やはりファラーナは選ばれただろう。神殿の都合で。
「おまえの親は、素晴らしい人間だった。及ばずながら、育ての親として――その志を継ぎたいと思う。アリィ、おまえは〈聖女〉である以前に、ひとりの人間だ。世の役に立つとか、希望になるとか、そんなことはどうでもいい。ただ、おまえが幸せになってくれることを望む者がいることを、忘れないでくれ」
立ち上がったダレンシオは、アリスティアを見下ろして微笑んだ。
なにか、伝えねばならない気がした。けれど、なにも言葉にならなかった。
そのまま、老神官は踵を返して部屋を出て行こうとした――そのとき、扉の外で人の声がした。
――レニィ?
なんだか揉めているようだ。相手は誰だろう。
「騒がしいな。見てこよう」
ダレンシオがそういったときには、もう扉が開いていた。
立ちふさがろうとするレニィを押しのけて、入って来たのは
1)クリャモナ領主
2)王子の部下
3)難民の代表を自称する男
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