39. 力
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ヴァレインが一位をとりましたので、魔王が〈聖女〉を助けるという展開に!
https://twitter.com/usagi_ya/status/1287042908315504640
不意に椅子を引く音がした。誰かが立ち上がったのだ。
そちらを見たアリスティアは、おどろいた。
――ヴァレイン様!?
この部屋にいるとは気づいていなかった――しかし、彼はいた。神官長の隣の隣。大柄な神官の向こうに。
「領主様、お初にお目にかかります。クリャモナ神殿副司、ヴァレインと申します。発言の許可をいただけますか?」
アリスティアがヴァレインと知り合ってから今までのあいだで、最高に真面目くさった表情をしている。
――ふつうの神官様みたい。
そんな感想を抱いてしまう。ヴァレインはいつも、変だから。
緊張している風ではなさそうだった。語り口はなめらかだし、立ち姿にも不自然さはない。適度に力が抜けた、それでいて美しい姿勢だ。
この場で、しかも全員の注目を集めても平然としているのだから、やはり、ふつうではないのだろうが。
「神殿副司?」
「はい。最近の任命ですゆえ、領主様への御目通りもこれがはじめてとなります」
曇りのない笑顔を向けられて、領主がはじめて困惑した――ように見えた。
それはそうだろうと思う。常人離れした魔法をふるって魔族をしりぞけたという衝撃的な出会いを経ているからこそ、アリスティアは、納得できる。神殿副司という微妙な――いわば扱いが難しいものを神殿の枠におさめるための曖昧な、しかしそれなりの権能もある――位階にあるといわれても、なるほどそれはそうでしょう、となる。
しかし、知らなければ違和感を覚えるだろう。見た目はまだ若いのだ。少年と呼ぶには少々歳がいっているが、青年というには線がほそい。なにより、彼の佇まいには子どものような純真さがある。高い位階に就いているようには見えるまい。
「知らなかったな」
「無理からぬことと存じます。神殿の人事は、領主様とは関係ありませんので」
さらりと答えて、ヴァレインは席を離れた。ゆっくりと卓の周囲をまわると、彼は王子とアリスティアのあいだに割り込んだ。間隔にはゆとりがあるから、べつに身体をねじ込む必要もない。
ヴァレインは微笑をたもったまま、その位置で――つまり、領主のほぼ正面に立って、発言した。
「ですので、〈聖女〉様がどのような位置付けでいらっしゃるかも、あなた様が口出しをなさることではありません」
「なるほど。しかし、それは同時に〈聖女〉に敬意を払う必要もないということではないか。なんのありがたみもない〈聖女〉など、今すぐ我が領内から叩き出したとしても、文句が出る筋合いもないと思うが?」
「ありがたみがないとは、なにをもっておっしゃるのでしょう。〈聖女〉様がいらっしゃれば、どんな魔族も立ち向かえないとでもご期待なさいましたか? それが〈聖女〉というものだとでも? まったく! あなたがたは、なにもご存じない。ですが――」
不意に口調がやわらかくなったと思ったら、ヴァレインはアリスティアを見た。彼を注視していたアリスティアは、間近で、まともにみつめあうことになってしまった。
――綺麗、ほんとうに。
今さらながら、そんな感想を抱いてしまう。その肌膚はなめらかで、内側から光を発しているかのようだ。人ではなく、実は天の御使いですよといわれても、納得できる。夢か幻だといわれる方が、納得がいくだろう。
ヴァレインは領主の方に向き直った。
「――〈聖女〉様ご自身も、御身にそなわるものの真価をはかりかねていらっしゃるご様子。皆様のお心得違いを咎めだてするのは難しいのでしょう。ですから、責めはしません。ただ、お教えします。〈聖女〉の力とは、代々の〈聖女〉が魔族との戦いに勝利してきた理由とは、なんなのかを」
領主は、うなずいた。
「是非、お聞かせ願いたいものだ」
「喜んで」
ヴァレインは室内をぐるりと見渡してから、あらためて口を開いた。
「〈聖女〉の歴史は、神殿より新しい。よって、神殿はすべてを記録しておくことが可能であり、且つ、その責務を負っていたといえましょう。しかし、このつとめが誠実に守られなかったことは、今に残る記録の貧弱さからあきらかです。人々を教導するに都合のよい事実ばかりが喧伝され、苦い真実は闇に閉じ込められる傾向があります。これは神殿に限ったことでもない――人の世の常というもの」
ヴァレインの声は、よく響いた。皆が静かにしているせいもあるだろうが、一語ずつが妙にはっきり聞こえる。
――今度こそ、〈聖女〉の力を教えてくれるというの?
あんなに焦らされたのに。同等の重みのある回答をという遊戯まで持ちかけられて、うんざりしたのに。どうせまた、はぐらかされるに決まっているのに。
それでも、心のどこかで期待してしまう。ようやく、真実が告げられるのではないか、と。
「ですが、敢えて申し上げれば、人々を導く地位にある者がこれを知らず、あるいは知ろうともしないのは、怠慢でしかありません。僭越ながら、〈聖女〉様ご自身は、それを知りたいと希っておいででした。そのことは、よく存じ上げております。ですが、王子殿下ならびに領主閣下はどうでしょう。そして誰よりも責を問いたいのは神職にある我が同朋。皆様は、知りたいとお思いでしたか? 正確な事実を知ろうとなさいましたか? いいえ、皆様はただなんとなく〈聖女〉が都合よく魔族を退けてくれれば善し、もしそれが不可能ならば〈聖女〉とはただの飾りに過ぎぬ、とお思いのはず。勝手な都合で〈聖女〉を想い、勝手に評価なさるのみ。それは――」
ヴァレインは、ここで間を置いた。
「――ずいぶんと、身勝手なお考えです。そこを、よくよく省みていただきたい。〈聖女〉様は道具ではないのです。便利に使って、不便になったら捨てるというような扱いはおやめください」
「副司殿、話がまったく進んでいないようだが?」
「おや、そうですか? ここまでの話で、おわかりいただけたこともあるはずですが。皆様は、〈聖女〉様は、そこにいらっしゃるだけで都合よく魔族をしりぞけてくださるとお考えのようですし、そんな都合のよい力があるわけがないから、〈聖女〉自体に意味がないとまでお思いのご様子。もちろん、〈聖女〉様のお力はそのようなものではありません。ですから、そんな力がないというのは事実です。同時に、だから〈聖女〉は胡散臭いなどという考えもまた、浅薄な考え違いに過ぎません」
「長広舌は聞き飽きた。さっさとその力とやらを明白にしてもらえないだろうか?」
領主の声は冷ややかだったか、ヴァレインはまったく動じなかった。
「僕に教えられねばわからないという事実を、よく噛み締めていただけましたか? 本来、そんなことがあってはならないのに。誰も、ちゃんとわかっていない。実に無様ですね。お教えしますから、今度こそ忘れないようになさい。〈聖女〉様のお力は――魔族がどこを狙って来るか、その出現を予告するものです」
アリスティアは、はっとした。
――夢で……夢でみた、あれは、そういう意味だったの!
啓示が降りません、と〈聖女〉は語っていた。これまでは、戦場がわかっていた……これからは、わからないでしょう、と。
事実、そのせいで魔族との戦いは苦しくなった。魔族は守りの薄い場所に、あるいは後背からあらわれて、戦場を支配したからだ。
――でも、それだけなの?
そんな力だけで、〈聖女〉と崇められるのだろうか?
「ずいぶんと拍子抜けする話だな」
「この力の価値を、おわかりでないとは。領主様は、戦をなさったことがおありでないのですか?」
「クリャモナの領主は、戦に生きるものだ。我が父も、弟も、戦場に散った」
「なるほど、その程度だったから、ということですね」
領主は表情を変えなかったが、神官長が声をあげた。
「ヴァレイン、控えなさい」
「ことは〈聖女〉様の沽券にかかわります。それは女神様の、ひいては神殿の権威にもかかわる話です。ここは譲れません。〈聖女〉様さえいらっしゃれば楽に勝てるなどという馬鹿げた思い込みは、捨てるべきなのです。戦うのは〈聖女〉様ではない。我々です。〈聖女〉様にくだるであろう女神の啓示さえあれば、魔族に先回りして兵を配することもできる。罠も仕掛けられる。大掛かりな魔法を準備することも可能です。その価値が、おわかりにならないとは、嘆かわしい」
「いや、待たれよ副司殿」
今度は王子が割って入った。
「なにを待てと?」
「これまで、俺は〈聖女〉の力がそんなものだと聞いたことがない」
「ですから嘆かわしい、怠惰であると指摘しました。殿下でしたら、宮殿の書庫にある古い記録をご覧になれるでしょう? 必ず、記されているはずです。〈聖女〉様の導きにより戦場を決し、有利に戦った、と」
「いや……見たことはあるが……〈聖女〉は魔族に対して魔法も使ったはずだ」
「それは、その代ごとの〈聖女〉様によります。初代の魂を受け継ぐという点では、どの〈聖女〉様も同じといえますが、先ほども申し上げましたように、道具ではないのです。それぞれに個性がおありです。攻撃が得意な〈聖女〉様もいらっしゃれば、守りが得意な〈聖女〉様もいらっしゃる。僕たちの〈聖女〉様は――」
ここで、ヴァレインはまたアリスティアを見た。
彼女の眼を覗き込むようにして、彼は告げた。
「――とても、おやさしいかたです。そのお力も、未だ完全に開花したとはいいがたい。攻撃を期待していたかたは、落胆していい。彼女の力は、魔族を直接攻撃するためのものではない。こんなにも苦しんで、こんなにも孤独で、それなのにすべてを赦そうとする〈聖女〉は、ほかにはいない。あなたがたは、この〈聖女〉様を得たことを誇りに思うがいい。そして〈聖女〉様、あなたは嘆いてもいいんですよ。あなたを理解もせず、使い捨てようとする人々に囲まれていることを」
アリスティア、とヴァレインは声に出さずに口を動かした。
「わたしは――」
知らずに声を発してしまったアリスティアは、ヴァレイン越しに王子を見た。
王子は、なにか考えているようだった。おそらく、魔族の襲撃を予知することができたらどう動けるかについてや、ヴァレインが言及した古い記録を確認せねばといったことだろう。
ヴァレインは、静かだ。いいたいことはもうすべて口にした、というところか。
向き直ると、領主もなにか考えているような顔をしていた。王子と似たようなことだろう――かれらが揉めるのは、考えかたが近いのに立ち位置が違うからだ。
――なにを発言しようというの。
ヴァレインに唆されるまま、自分の身を嘆くの?
――わたしは……。
力が開花したとはいえないから、大神官は時期尚早だといったのだろうか。やはり、まだ名告り出ない方がよかったのでは? だって、力があるといっても……戦えないのだから。
皆、がっかりしたに決まっている。
――でも、これがわたしなのだし。
もう、〈聖女〉だと明かしてしまったのだから。
アリスティアは腹を決めた。
1)「どんな力があるかは、自分でもわかりません」と、ヴァレインの話を否定も肯定もしない。
2)「まだ魔族の襲撃を予知したことがありません」と、ヴァレインの話を否定する。
3)「魔族がどこに来るかを探り当てましょう」と、ヴァレインの話を肯定する。
そういうわけで三択です。
1が、ヴァレインの説明は説明として、自分は今のところ無能だよ〜、みたいな宣言になります。
2は、そんな力、今まで使ったことないです! っていう正直な全否定。
3はヴァレインの説明に乗っかって、じゃあやってみましょう〈聖女〉だもん! と前のめりの展開になります。
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