表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/58

20. 聖痕

アンケートにご協力ありがとうございました。前回アンケートの結果!

https://twitter.com/usagi_ya/status/1238799259169767424

「白一色の、飾り気のない」天井が選ばれました。


では、白い天井の下で目覚めたアリスティアのその後を、どうぞ!

 アリスティアが眺めていた天井は、白一色の、飾り気のないものだった。

 りん、と鈴の音が聞こえる。やわらかなその音は、目覚めてからずっと、かすかに響きつづけていた。


 ――わたし、疲れてる。


 なぜこんなに疲れているのか、考えられない。呼吸をするのさえ億劫だ。もう一回眠れたらいいのに、と思う。


「アリスティア」


 名前。

 自分の名前のはずなのに、どこか遠い。浮き上がっているような――いや、逆だ。


 ――わたしが名前からはずれかかってるんだ。


 それがどんな意味をもつのかすら、今の彼女には考えることが困難だったけれど。

 呼び声が、繋ぎとめた。


「アリスティア」

「……い」


 反射的にした返事は、声にならなかった。それでも、返事をすることで、なにかがおさまった感があった。あるべきところに落ち着くとまではいわないが、ついさっきまでの浮ついた感じは消え去った。

 逆に、身体の重さと厭わしさは強まってしまったが。


「目が覚めましたね」


 大神官の声だ。そうだ、呼んでいたのは大神官だ――それさえ、よくわからなくなっていた。

 漠然とした恐怖が、アリスティアをじわりと包む。

 ここから抜け出さなくては。でも、どこから?


「アリスティア?」

「はい」


 返事ができたことに、ほっとした。


 ――わたしは、わたしだ。


 ほかの誰でもない。わたしは、わたし――でも、誰?

 ふたたび、不安が滲む。心を侵食されていくような、そんな感覚がある。


「水を飲みましょう。身体を起こせますか?」


 大神官の声にうなずいたが、それがやっとだった。とても動けそうにない。手を貸してもらってすら、身体中がみしみしと痛んだ。

 背中に枕を当て、なんとか身を起こした体勢をたもてるようになったところで、アリスティアはつぶやいた。


「ごめんなさい、頭がぼうっと……してしまって……」


 ささやくような声は、自分のものとは感じられなくて。

 水を飲むために持ち上げようとした手も、どうしようもなく重たくて。遠くて。思うようには動かせなくて。

 アリスティアは、泣きたいような気もちになった。

 いや、そうではない――泣くのが当然なのに、そうできない自分を遠くから眺めているような、そんな気分だ。

 幼い子供のように、水を飲ませてもらっている。

 それはわかっているのに、情けないとか、申しわけないとかいう感覚がない。まったく自分のことではないようだった。


「……怖い夢は、みませんでしたか?」


 尋ねる大神官の声もまた、どこか遠い。


 ――夢?


 人々の罵声と、炎。煙と、苦しみ。

 アリスティアはそっと視線を落とした。

 あれは夢なのだろうか。なんだか、自分の身に起きたことのように思われてならない。


「アリスティア」

「はい」


 大神官の声が、少しだけ近くなる。


「今日から、あなたは〈聖女〉です」


 アリスティアは、眼をしばたたいた。言葉の意味が、理解できない。

 自分は〈試練の乙女〉だった……そう、ただ人数を満たすだけのために参加した、誰にも期待されていない、ひょっとするといなくてもかまわない、そんな程度の。ほかの乙女たちとは違うのだ。


「まだ……〈聖女判定〉を受けてないです」

「そうですね。ただ、あれは形骸化した儀式に過ぎません」


 大神官と、視線が合った。

 澄んだ眸には、なんの感情もないように見える。


「やっと、こちらを見てくれましたね。アリスティア」

「すみません」

「謝る必要はありません。今のあなたは、この王国の――いえ、この地上に生きる誰よりも、重要な存在なのです」


 それでは――とアリスティアは思う――まるで、偉くない方がかならず謝るべきであるような。偉ければ、なにがあっても澄ました顔をしていればよい、というような……。


「でも、申しわけありません」


 頑固に主張したその声に、謝っているような殊勝さはない。これはこれで本末転倒なんじゃないかとあわてるアリスティアに、大神官は、ふわりと微笑んだ。


「やっと、あなたらしい顔になりました」

「え……」

「いろいろなことが起きて、お疲れでしょう。ですが、きちんと認識していただかねばならないことがあります。中でも重要なのは、あなたは実質上すでに〈聖女〉である、ということです」


 アリスティアは黙っていた。

 沈黙を意図したわけではなく、単に、なにを口にすればよいかわからなかったのだ。


 ――〈聖女〉? わたしが?


 そんなはずはない、と思う。同時に、それはそうだ、とも思う。

 昂然と顔を上げ、自分を(そし)る声にも動じることのなかった、あの――。


 ――あれは、誰?


「アリスティア」


 あれは自分ではない。

 自分ではなくて、あれは――。


「あなたには、聖痕があります」

「聖痕……?」


 言葉は知っている。聖なる者にあらわれる、聖なる(しるし)。だが、それだけだ。

 孤児院にあった絵本で読んだことがあるだけだ。聖痕をもって生まれた赤ん坊が、長じて〈聖女〉となる物語……。

 でも、自分にそんな痣はない。


「無実の罪で処刑された初代〈聖女〉は、おのれの魂を十二に分けました。その魂の欠片(かけら)ごとに、生まれ変われるように。〈聖女〉の魂の欠片は、聖痕に宿ります。先代の〈聖女〉は、右足に聖痕がありました」

「でも、わたし、そんな」

「聖痕は、あなたの左胸に生じました」


 ――生じた?


 アリスティアの疑念を読んだように、大神官は深く頭を垂れた。


「あなたが悪夢から目覚めたとき――胸をかきむしったのを覚えていますか?」

「……痛くて」

「そう。わたしはあなたの手を掴みました。血が出るほどの力だったので、止めようとしたのです。ですが、少し、間に合わなくて」

「でも、わたし」


 さっきとまったく同じことを、アリスティアはつぶやいていた。でも、わたし。そんな。

 そんなもの、身に覚えがない――そういいたかった。

 失礼、といって大神官はアリスティアの服の襟元に手をかけた。倒れたときに着ていた服とは違うな、とぼんやり思う。襟が立っていて、前のあわせは紐を通して結んである。その紐を、大神官はほどいて、ゆるめた。

 娘らしく羞じらうべきなのだろうと思ったけれど、やはりまだ、他人事のようだ。自分の身体が、自分のもののように思えない。

 でも、こうして見下ろせるのは、これが自分の身体だからだ。

 遠慮がちにひらかれた襟のあいだから、傷ついた皮膚と、紫色の痣のようなものが見える。

 控えめな乳房がふくらみはじめたあたり、身体の中央よりは少し左寄り。

 大きさはだいたい、てのひらの四分の一くらいだろうか。それは不思議な文様で、どうにも形がさだまらず、ちらちらと動いているようだった。あり得ないと思うのだが、それでも、輪郭を固定することができない。見えているのに、見えていない。光っているようでもあり、黒ずんでも見える。


「こんなの、なかったです」

「ええ。わたしの目の前で生じました。奇跡です」


 ――奇跡?


 そんなことが我が身に起きるとは、考えたこともなかった。

 この痣が、奇跡。〈聖女〉の証? 誰かほかのひとだったら、信じられただろうか――たとえば食堂で出会った乙女たちの誰かに痣が浮かび、〈聖女〉と認定されたと聞かされたら?

 それなら信じられそうだ。


「魔族との邂逅や、厳しい状況が、〈聖女〉の魂を呼び寄せたのでしょう」

「そんなことが……」


〈聖女〉とは、生まれつくものだと思っていた。

 そうでなくても、まさか自分がなるだろうとは、思いもよらなかった。

 まったく実感がなくて――でも同時に、あのひとは〈聖女〉だったから、とも思った。


 ――今はおまえに、託す。


 あれは夢?

 現実ではない。アリスティアは、あんな光景を見たことはない。衆人環視のもと、火にかけられる乙女の姿を見たことなど、ない。

 だから、自分の記憶であるはずはなく――。


「聖痕が――〈聖女〉の魂の欠片は、一代にひとつ。この世に今いる〈聖女〉は、あなただけです、アリスティア」


 気づくと、痛いほどの沈黙が室内に満ちていた。

 ずっと鳴っていた鈴の音も途絶え、静寂は絶望的なほどの重たさだ。


「わたし……」


 ようやく絞り出した声は、泡のように儚く、途切れた。

 大神官は無言でアリスティアの服を直し、その白い胸もと――今は布に覆われているが、聖痕が刻まれているはずの場所――に、服の上からそっとくちづけた。


「……あ」


 思わず声をあげると、大神官は少しすまなそうな顔をして答えた。


「祝福と、忠誠を。本来は布越しではいけないのですが、そういうわけにもいきませんから、これでお許しいただけますか?」

「も、え……いや、え……」


 なんといっていいかわからず、アリスティアは口ごもった。

 当惑を見越していたのだろうか、大神官はためらわずに言葉をつづけた。


「あなたを、お守りします。かならず」

「とんでもないです」


 ようやく言葉が出た。びっくりし過ぎて、不意に、現実感が戻ってきた。

 そうだ、自分が〈聖女〉だなんて、とんでもないことだ。万が一、それがほんとうだったとしても。


「わたしが〈聖女〉なのだとしたら、お守りするのは、わたしの方です……よね?」


 大神官はわずかに眼をみはり、それから、顔を伏せた。

 礼をとっているのだと気づいて、アリスティアは身の置き場に困った。困るもなにも、身動きができる状況ではないのだが。


「あの……まだ、〈教導師(サパータ)〉様とお呼びしても?」


 ひとつずつ、確認していかねばならない。

 どんなに現実味がなくても、今のアリスティアは〈聖女〉扱いされる身だ。〈聖女〉には、〈聖女〉にふさわしいふるまいがあるはずだし、そんなのまったく知識にない。教えてもらわねば、どうしようもないのだ。

 顔を上げた大神官は、いつもの慈愛に満ちた微笑をたたえている。アリスティアが〈聖女〉であることなど、とうに受け入れているようだ。


「そうですね。こういった事態は滅多にないことなので、決まりはありません。ふたりきりのときは、名を呼んでいただいてもかまいませんが――あなたが〈聖女〉であることは、まだ公開されていませんし、そのままであれば、不審に感じる者もないでしょう」


 公開されないと聞いて、アリスティアは少しほっとした。それなら、なにかの間違いだったという結末であっても困らない。


「これから、どうすればいいのですか?」

「まずは体力を戻していただきます。その間に、できる範囲でいろいろと学んでいただくことがあります」

「はい」

「そういえば、殿下に聞きました。歴史を学びたいとおっしゃったそうですね? それももちろん、学んでいただきます」

「あの……敬語っぽいの、できるだけ、やめてもらえますか。落ち着かなくて」


 なるほど、と大神官はうなずいた。


「そうですね。以前と変わりない方がよいでしょうし、気をつけます」

「それから……」

「はい?」


 アリスティアは、知らずにこぶしを握っていた。


「確認したいんです。わたしが〈聖女〉であることは、間違いないんですか」

「はい。大神官として保証します。間違いありません」


 大神官の眸に曇りはない。


 ――このひとは、きっと、必要ならどんな嘘でもつけるひとだ。


 なんとなく、そう思う。だから、アリスティアが〈聖女〉かどうかはこの際、問題ではない。〈聖女〉であるとすることが必要だと大神官が判断している、そのことが重要なのだ。

 アリスティアは〈聖女〉であるべきなのだ。

 大きく息を吸って、アリスティアは眼を閉じた。自分は〈聖女〉だと、容易に受け入れられるはずもないけれど……でも、それが必要なら。できる範囲で、やってみるしかない。


「わかりました。そのことが公開されるのは、つまり皆に知られるのは、いつですか?」

「その点については調整中ですが……」


 大神官の言葉は途切れ、ややあってから、こうつづいた。


「あなたが〈聖女〉であることを、いつ、どこまで公開するかについては、意見が分かれているのです」

「そうなんですか」

「あなた自身の意志がどうであるかも、確認させてもらえますか?」

「わたしの意志?」

「ええ。それを実現できるとは約束できませんが、聞かせてほしいのです」


 なんて残酷な誠実さだろう、とアリスティアは思う。でも、やっぱり――大神官は、必要ならなんでもできるひとだ。その必要とはきっと、彼自身の栄誉栄達などとは関係なく、この世のため、人々のためになることなのだろうと思うから。

 許せる。

 力になろうとまで思える。


 ――わたしも、誠実でなければ。


 アリスティアは、ゆっくりと口を開いた。


1)「〈聖女〉であることは公開したくありません」

2)「人々の救いになるなら、いつでも公開してください」

3)「まず〈教導師〉様のお考えをお聞かせください」

白い天井なので大神官が来る……と見せかけて違う展開にしようかという、よからぬ考えを少々もてあそんだりもしたのですが、それはアカンやろと思い直して踏みとどまりました。

大神官のように誠実に!


というわけで、次の選択肢はアリスティアが〈聖女〉という立場をどこまで明確にしたいか、という質問への回答です。

アリスティアの希望を大神官に伝える機会です。

ぜひご投票ください。


いつものように、twitterのアンケートでお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ