16. 脱出
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前回アンケートの結果、アリスティアのいる部屋は「もうじき死ぬひとのための」部屋だということに……。
さて、恐ろしい部屋に案内されたアリスティアは、どうなるでしょう。
子どもは、至福の笑みを浮かべて――こうつづけた。
「もうじき死ぬひとのための部屋だよ」
あたりは静寂に満たされた。
耳に痛いほどのその空気を払うために、アリスティアは無理に口を開く。
「脅かそうとしても駄目よ」
「なんで駄目なの?」
「ひとを怖がらせて面白がったりして……そういうおこないは、必ず自分に戻ってくるものだから」
「そんな規則があるとは知らなかったな」
子どもは真面目な顔でそう答えた。
――どれだけ甘やかされて育ってるのか、ってことよね。
きっと、本来ならアリスティアが喋るのはおろか、会うこともないような、高貴な子どもなのだろう。アリスティアの知らない常識のもとに育つ、知らない世界の住人だ。
こんなに会話をつづけていたら、誰かに聞きとがめられて、叱られるかもしれない。もちろん、叱られるのはアリスティアだ。
「とにかく、嘘をつくのはよくないことでしょう?」
「嘘はついてないよ」
「……え」
言葉を失ったアリスティアに、子どもは告げた。
「人間なんて、すぐ死ぬからね」
まるで、いうことを聞かない若者に道理を含めるような口調で――立場が逆転したかのようだ。
これはもう、放っておいた方がいいのかもしれないと思ったが、それでも、どうしても、黙っていられなかった。
「そんな悲しい考えかたを、しないで」
「悲しい?」
「すぐ死ぬ、なんて。どうせ、って考えかたに繋がるでしょう? どうせ死ぬんだから、どうだっていい……って。でも、それは違う」
「どう違うの?」
「どうせ、って思うと、なにもかも無益に感じるけど、そうじゃない。わたしは、わたしたちは今、ここで生きているじゃない。だいじなのは、そっち。だから、あなたが嘘をついていないとしても、この部屋は、もうじき死ぬひとのための部屋じゃない。生きているひとのための部屋」
子どもは小首をかしげた。そうしていると、ほんとうに天上から遣わされた聖なる幼子のようだ。
孤児院にあった絵本で読んだ――かがやく髪の〈天の御使〉。聖女の生誕を祝福してあらわれた幼子の周囲では、空気は芳醇な香りに満ち、その白い踵が踏んだ大地はただちに芽吹いて緑に覆われたという。
「でも、じきに死ぬよ?」
そのやわらかそうなくちびるから、不吉な言葉ばかりこぼれ出るのが信じられない。
「じきに死ぬとしても、今は生きているし。これからも生きるつもりはあるし!」
「そういうものなの?」
「少なくともわたしはね。そうやって、一日ずつを積み重ねていくの」
食べるものがたりなくてお腹が空いても。大風で屋根の一部が剥がれても。なんとかなるよと元気づけあって、生きてきたのだから。
これからだって、ひとりだって、生きていけるはずだ。
気がつくと、アリスティアは両手を握りしめていた。
――ひとりだって、大丈夫。
それが、自分がいちばん恐れていることなのかもしれない。
孤児院を出るまで、知らなかった。でも、きっと――。
「勇敢なんだね」
子どもの声は、やわらかだった。
はじめて、やさしい言葉をかけられたと感じた。
「そうならいいんだけど」
「僕が勇敢だというんだから、受け入れるといいよ」
「ありがとう」
――やっぱり……王族とか、なのかしらね?
アリスティアをここに連れて来た王子様は、それなりの年齢に見えた。ならば、彼にも妻や子どもがあってもおかしくはないのかもしれない。
そういうこと――自国の王子に妻子がいるかどうか――すらわからないのは困るなぁ、とアリスティアは思った。王宮の事情などまったく関係なかった頃ならともかく、今は困る。
「勇敢なわたしに、教えてくれる?」
「なにを?」
「あなたは誰なの」
子どもは、アリスティアを見上げている。
暫しの沈黙を経て、そのくちびるから問いが漏れる。
「知りたい?」
「ええ」
「ほんとうに、知りたい?」
念を押されて、懐疑にとらわれた。
知ってはいけないことなのかもしれない。それこそ、かつての王太子が放逐されたような、余人には知られてはならないような事情が、ここにはいくつも隠されているのかもしれない。
そして、目の前の子どもが、そういう秘密のひとつだとしたら?
アリスティアの疑念を読んだかのように、子どもはつづける。
「知るべきではないことかもしれないよ。それでも知りたい?」
その言葉が、逆に、アリスティアを奮い立たせた。
「わたしがそれを知るべきか否かを誰が決めるの」
そんなの、誰かに勝手に決められたくない。
子どもは肩をすくめて答える。
「偉そうにしてる、誰かだね」
「誰かの思う通りには、なりたくない」
「そうだね。それは、僕にもわかる」
「理解者ね」
「わかりあえているかは、わからないけれど」
子どもはすぐ近くにある木の幹に手を這わせた。
すると、足元から木の根が突き出して、子どもを乗せたままめきめきと伸び上がった。
おどろきのあまり、声も出ない。
完全に硬直しているアリスティアの前に、木の根は子どもを差し出した。
なんでもないことのように、子どもはそこから露台の手すりへと飛び降り、次いで、アリスティアのかたわらに降り立った。
「ついておいで」
それでいて、アリスティアには目もくれず、歩きだす。
子どもの歩幅だから、追いつくのに苦労はしないが――なぜ追わねばならないのかわからない。なのに、なんとなく追ってしまう。
子どもは美しい飾り棚の前で立ち止まった。
「あなた、さっきの……魔法?」
「魔法以外で、あんなことできるの?」
「いえ……そうじゃなくて」
アリスティアは、魔法の知識もろくにない。魔法ですよといわれれば、そうですかと引き下がるしかないが、それにしても、あんなことができるのか?
――でも、実際、できちゃってるんだし。
そこは確認してもしかたがないと気もちを切り替え、質問の方向性を変えることにした。
「なにをしたいの?」
「この部屋から出してあげるよ。できるだけ穏便に、目立たず」
アリスティアは、肩越しに露台を確認した。さっきの木の根は、まだそこに見えている。穏便でもないし、凄まじく目立っている。
「無理じゃないかな? あと、わたしはここで待っていろといわれていて」
「僕に無理はない。そして、待っていろといわれたらおとなしく待っているのであれば、偉そうな誰かに勝手に人生の道筋を決められても文句はないというのと同じことだよ」
理屈は合っている。
――なんなの、この無駄に口がまわる子!
「それはそれ、これはこれでしょう」
「そういうものなのかな。わからないけど、おまえは面白いから、すぐ死ぬのはつまらない。死ぬのは、もう少し先でいいと思う」
「死ぬ死ぬいわないでほしいんだけど!」
「それなら、もう少し生きていて……と、いえばいいの?」
よくわからないながら、この子はこの子なりにアリスティアの行く末を心配してくれているようだ。
言葉がいろいろおかしかったり、唐突に凄い魔法を使ったり、なにも説明せずに行動をはじめたりするが、まぁ……子どもとはそういうものだ。魔法はともかく。
「その方が、いいけど……あの、なにやってるの?」
「このへんに、隠し通路がないかなと思って」
「そ……それは、わたしが勝手に使ってもいいものかしら?」
「あるものは使わないと損だろう? でも、ないかもしれないな」
アリスティアは頭を抱えたくなった。この子がなにをいっているのか、わからない。
たしかに、子どもらしい妄言ではある。そう、こういうのはよく知っている。知っているはずなのだが、御しきれない。問題なのは――。
「なければないで、作ればいいか」
「やっ……ええっ!?」
子どもが手をかざすと、飾り棚の中央に球形のくぼみができた。まるで、見えない球体を押し付けられたように――それがどんどん広がって、中央は穴が空く。そのまま壁が見えてくる。
飾り棚とその内容物は、きれいな円形の額となって、穴のまわりを飾っていた。
――なんなの、このでたらめな魔法!
アリスティアが知っているのは、ちょっと火をつけるとか、水の流れを変えるとか、そういうささやかな魔法だ。それだって、そういうものがあると存在を知っているだけで、自分で使えるわけではない。見たことだって、あんまりない。
大神殿に来てからでさえ、崩れた石を支えるとか、重傷を負った人を治療しているらしい……とか、見たものはまだ理解の範疇にはあった。それでも、ずいぶん凄いと思ったのに。
木の根を伸ばして二階に上がるとか。
飾り棚の中央突破して穴を開けるとか……。
「よし、これで逃げられるよ」
かがやくような笑顔でアリスティアを見上げると、さあ、と子どもは手を差し出した。
「あの……」
「行こう」
「これは……どこにつづいてるの?」
「おまえは質問が多いね」
咎めるような顔をされて、アリスティアは非常に不本意だ。
質問せざるを得ないような状況を次から次へと作り出しているのは誰だ、という話である。
「訊かないとわからないから、しかたないでしょう」
「それもそうか。はじめに教えたように、おまえはもうじき死んでしまうんだ。でも、ここから逃げ出せば、生きていられるよ」
子どもの眼は、透き通っている。
はじめて、アリスティアはその眼を覗き込み、透明な眸の奥にはるかな炎が見えることを知った。
魅入られてしまう。視線をはずせない。
子どもの眼は、真紅の炎だ。燃え尽きることのない、永劫の――。
そのとき、扉が開いた。
同時に子どもは瞼を閉じ、アリスティアをその深淵の世界から閉め出した。
「乙女、無事か!?」
王子に呼ばれ、はっとした心地でアリスティアは――しかし、王子ではなく、子どもを見ていた。
「あなたは……誰?」
子どもの黄金の髪が揺れる。ふたたび開いた眼は、まっすぐにアリスティアをみつめていた。
「おまえを、助けさせてくれる?」
たよりなげな、ふるえるような声。でも、そんなの嘘だ。
この子の本質は、もっと傲慢な力そのもので。
「くそっ、入れないぞ。セレスティオ、なんとかしろ」
「壁が吹き飛んでも怒らないでくださいね」
「怒るに決まってるだろう!?」
「アリスティア」
呼ばれて、アリスティアははっとした。
部屋の入り口には、王子と並んで大神官が立っていた。ここには来ないだろうといわれていたのに――。
「〈教導師〉様!」
「わたしの名を呼びなさい」
口を開きかけたアリスティアの手を、小さな手が握った。
見下ろせば、子どもの赤い眸は潤んでいる。
「手遅れになるよ。お願い、信じて。僕なら、おまえを助けられる。ここがどんなに危険か、わからないの?」
アリスティアは――
1)大神官の名を叫んだ
2)子どもの手を握り返した
3)子どもの手をふりほどき、露台から外へ逃げようとした
今回も三択です。
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