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15. 宮殿

アンケートにご参加ありがとうございます。

前回アンケートの結果、アリスティアは歴史の勉強を希望することになりました!

https://twitter.com/usagi_ya/status/1226119264035168256


というわけで、主人公には意欲のほどを語ってもらいます。

「歴史を学びたいです」


 アリスティアの答えに、王子は意外そうな表情をした。

 そういう変化がいちいち印象に残るなと思って、気がついた。


 ――神殿に、表情がわかりやすいひとがいなかったんだ……。


 大神官を筆頭にして、感情が伝わってこないひとばかりだったように思う。

 それと比べると、王子の表情は豊かだ。なにか、こちらの心まで揺り動かされるような心地がする。


「なぜ、歴史を?」

「なにも知らないからです……わたし、ほんとうに知らないんです。自分が暮らしていた小さな、小さな世界のことしか、わからなくて。魔族のこともですけど、この国の外のことも知らないまま、今日まで来てしまいました。そもそも、この国のことだって……どんな国か、なにも知らないんです。だから――」


 説明していて情けないと思ったが、でも、それが事実だった。

 アリスティアの暮らしに、国の歴史など関係なかった。孤児院の皆のお腹をいっぱいにして、ほどほどに仲良く楽しく過ごせるように心を砕いていればよかったから。

 でも、この都に居場所を求めるなら、それでは不足だろう。ことに、今のように王宮と神殿の板挟みになる状況で、なにも知らないままでは不安だ。

 なにがどうしてこうなっているのか。原因もわからず表面だけ見ていては、あやまった結論に飛びつきかねない。


「なるほど、常識から鍛え直したいということか」

「――はい」

「文字は読めるのか?」

「読み書きは、神官様が教えてくださいました」


 王子は、ふわりと笑った。なつかしいものを思い出すような、綺麗な笑みだった。


 ――ああ、神官様のことを思いだしてらっしゃるんだ。


 ほんとうに、王子はあの神官を慕っていたのだろう。そう思うと、なんだか不思議な気分だ。

 あの神官様が、王宮付きの偉い人だったなんて。


「そうか。そうだな。老師が子どもに読み書きを教えないはずがないな」


 声まであたたかい。

 アリスティアも、また孤児院のことを思いだしてしまう。戻りたいな、と思ってしまう……。


「わかった。考慮しよう」


 王子のその言葉を最後に、会話は止まった。

 馬車が目的地に着いたのだ。

 扉が開き、王子がまず降りる。そして、今度はアリスティアの手助けをすることなく、大股に歩み去った。待っていたらしい部下になにか指示をしている。

 当惑するアリスティアに、扉の横に控えている従僕が声をかけた。


「降りろ」


 王子がいたときと打って変わって、偉そうな態度だ。

 転ばないように注意しながら、アリスティアは馬車を降りた。介助なしに段差を降りるのは、ちょっとした挑戦だったが、なんとかなった。

 馬車が停まっているのは広大な前庭の中央だった。噴水に、左右対称の植え込み。美しい彫像、日が暮れれば光が入るのであろう灯火台。

 そして、正面にそびえる広大な城館。


 ――なんて美しいの。


 神殿がなにもかも簡素だったのに比べ、ここは、すべてが豪奢だ。アリスティアが想像もしたことがないほど、手が込んだものが詰まっている。

 あたりの景色に見とれているあいだに、従僕はアリスティアになんの指示も残さずいなくなり、馬車も走り去った。

 素早く王子について行くべきだったか、とあわててそちらを見れば、黒い服に身を包んだ女性が歩いて来るところだ。アリスティアと視線が合うと、彼女はそこで立ち止まった。

 よくわからないまま、アリスティアはそちらへ歩み寄る。女性は厳しい顔つきでアリスティアを見ていたが、じゅうぶんに近づいたところで、ひとこと告げた。


「遅いですよ」

「申しわけありません!」

「声は小さく」

「……はい」

「王子殿下から、あなたに部屋を用意するよう申しつかりました。案内します。ついて来なさい」


 ただ真っ黒いと思えた服は、目を凝らせば、複雑な織りの生地で仕立てられていることがわかる。肩掛けは透かし模様の入った美しいものだ。結い上げた髪を留める飾りは艶やかな黒真珠――だと思うのだが、宝飾品に詳しいわけではないから、そうじゃないかと見当をつけただけだ――神殿とは対をなすような、黒で統一した装いだ。

 淡い金髪がひと筋、申しわけなさそうに風にそよいでいる以外、一分の隙もない。


「アリスティアといいます。よろしくお願いします」

「わたしはベレナスです」


 ベレナスと名乗った女性は踵を返し、アリスティアの問いには答えないまま歩きはじめていた。

 置いて行かれると困る。アリスティアは、彼女のあとに従った。


「あの……わたしはこれから、どうなるのでしょう?」

「お部屋へ案内します」

「お部屋に着いたあとのことです」

「殿下の御心次第です」


 知りませんよといわれたも同然だ。


「〈試練の乙女〉としての務めは、こちらに置いていただいても、果たせるのでしょうか?」

「存じ上げません」

「では、わたしはなにを――」

「あなたは部屋でおとなしく沙汰を待つことしかできません。その部屋には、これから案内します。それと、なにを訊いても無駄です。わたしはなにも存じません」


 アリスティアは会話を諦めた。そうこうするあいだに、ふたりは建物の中に入っていた。

 きらきらとかがやく広間を左に避け、廊下に入る。

 廊下といってもこれがまた豪勢な、これはほんとうに廊下なのですか、と確認したくなるような眺めだ。広いし、天井は高いし、いたるところに彫刻や絵画が飾られ、どうやって火を灯すのかといぶかしむ位置に並ぶ灯火台もまた、意匠を凝らした美しいもの。

 すべてが、アリスティアに語りかけてくるようだ。


 ――おまえは、ここにふさわしくない。


 わかってる、とアリスティアは思う。身をすくめ、前を行くベレナスのしゃきんと伸びた背筋を眺めながら、わかってるわかってる、といいわけがましく思う。


 ――しかたがないじゃない、連れて来られてしまったんだから。


 なぜ、王子はこんなことをするんだろう。

 神殿に対する人質のようなものだといっていたが、そもそも〈試練の乙女〉になにか利用価値があるのだろうか?

〈聖女〉ならともかく、アリスティアはただの候補に過ぎず、知識を授けられたわけでも訓練を受けたわけでもない。

 なにか誤解があるのではないだろうか……とはいえ、それを申し立てるべき場面はもう過ぎてしまった気がする。


 先導役が遂に足を止めたのは、宮殿のかなり奥まった場所にある部屋だった。階段を登ったから、二階にある部屋だと思う。

 孤児院で寝ていた部屋――もちろん寝台を並べて、たりないぶんは藁を敷いて、全員がひとつの部屋で寝ていた――と同じくらいの大きさだ。

 大きな寝台と姿見、箪笥、小卓と椅子、窓辺には美しい曲線で形作られた寝椅子もある。


「こちらです。では」

「えっ」


 なにかもっと説明はないのかと引き止める暇もなく、ベレナスは扉を閉じてしまった。

 はぁ、とアリスティアはため息をついた。


 ――こうなったら、楽しむしかないか!


 時間は止まらない。

 王子が老師と呼ぶ神官に、なにか教えらしいものを受けたかといえば、これがそうだ。


 ――時間は止まらないんだよ、子どもたち。


 口癖のように、彼はいった。


 ――だから、どう時間を過ごすかは重要だよ。


 くさくさ思い悩んでも、前向きに興味をもって楽しんでも。時間は止まらない。同じように、人の上を流れていく。

 どうせなら楽しく生きられるといいね、といわれて、子どもたちはうんざりした返事をしたものだ。

 だって、あんな田舎の孤児院で、なんの楽しいことをみつけられるだろう。

 毎日毎日、同じような暮らしがつづくだけ!

 それでも……と、今ならアリスティアにもわかる。


 ――その同じような毎日を、むやみにありがたがるようにとか、そういう意味じゃなくて。新しい気もちで、楽しんでいくことができれば、その方が人生はずっと楽しい。


 だったら今、なにが起きるかわからないこの状況だって、思いきり楽しんでしまえばいい。

 ちょっと難しいけれど……不可能ではないはずだ。


 ――まず、お部屋を探検しましょうか!


 絨毯は分厚くて、なんだか雲の上を歩いてでもいるかのようだ。孤児院の寝台よりも寝心地がよさそうだし、ぴょんぴょん跳ねても音もしない。

 すごいすごいと思いながら、アリスティアは寝台に近寄る。柱に精妙な彫刻がほどこされているし、座ってみると絨毯の百倍くらいふかふかだ。逆に寝られないかも、と不安になる。

 窓の外には、木々が見えた。神殿の中は、あまり高い木がなかったが、宮殿は森に囲まれているようだ。

 寝台の足元の方にも窓があると思って覗きに行くと、それはただの窓ではなく、露台に通じる扉だった。

 鍵はかかっていなかったので、思いきり開けてみる。


「……うわぁ」


 ほんとうに、周りは森だ。立派な木がたくさん生えている。

 木の枝を伝って脱走もできそうだなと思っていると、下から声がかかった。


「誰?」


 声のした方を見下ろすと、そこには子供がいた。

 ふわふわの、お日様みたいな金髪。こちらを見上げる顔は白く、中性的な容貌だった――少年か少女か、どちらであるにしても美しい。


 ――こんなところにいるのだから、きっと王族か貴族なんだろうなぁ。


 迂闊に話しかけてよいものか、悩ましい。

 とはいえ、アリスティア自身が清々しいほどの平民なのにこの場にいるのだから、相手も平民……という可能性はなさそうだな、と身なりを見て考える。その子どもは、遠目にもあきらかに高級そうな、手のかかった服を着ている。


「こんにちは」

「あなた、誰?」


 子どもの方は、質問をひるがえす気がないらしい。

 ま、小さい子ってそういうものよね――と、子ども慣れしているアリスティアは納得したが、どう答えるかが悩ましい。

 王子の采配でここに連れて来られた自分の立場が、よくわからない。宮殿の住人の皆が皆、歓迎してくれそうな気もしないし、なんとなく、曖昧にしておきたい。


「まず、あなたが自己紹介をしてくれないかしら?」


 すると、子どもは微笑んで答えた。


「内緒だよ」

「あら。じゃあ、わたしも内緒」

「内緒内緒。いいね。ねぇ、この宮殿に部屋はたくさんあるけど、ひとつずつの部屋に意味があるって知ってる?」

「そうなの? 知らなかった。教えて?」


 子どもはうなずいた。


「教えてあげる。その部屋はね……」


1)もうじき死ぬひとのための部屋だよ。

2)魔界への扉があるんだよ。

3)王子様が好きになったひとのための部屋なんだよ。


 今回も三択です。

 アリスティアが案内された部屋の意味とは? ……なんなんでしょう、気になります!


 アンケートはいつものように、ツイッターの方でよろしくお願いします!

 https://twitter.com/usagi_ya/

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