13. 馬車
アンケートにご投票いただき、ありがとうございます。
前回アンケートでは、「突き飛ばして逃げようとした」が一位となりました。
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さて、怖い王子を突き飛ばしたアリスティアは、逃げられたのでしょうか?
アリスティアは、王子を突き飛ばして逃げようとした。
しかし、渾身の力で突っ張っても、アリスティアの肩を抱いた王子の手はびくともしない。
「そんなに怯えるな」
王子は一層、アリスティアを抱き寄せた。
自分が涙目になっているのがわかる。
――だって、怖い。
「老師と縁がある者に、無体な真似はせぬよ」
「……」
なにか答えようとしたが、どうしても声が出ない。
アリスティアを抱えたまま、王子は門を通過した。門前には、馬車が待っている。
「ディナーモは遅れる。我々だけ、先に戻る」
「御意」
お辞儀から、流れるような所作で侍従が馬車の扉を開ける。
馬車は、アリスティアが見たこともないような豪華さだった。車輪や、馬に繋げる長柄までもが美しい。もちろん、内装も素晴らしかった。黒に近い深い緑の、毛足の長い絨毯は、足を乗せるのもためらわれるほどの艶やかさだ。
けれど、今はそれを嘆賞する余裕がない。
馬車に詰め込まれてしまう前にと、もう一回、アリスティアはもがいたが、痛いほど腕を掴まれただけだった。
「あまり暴れるなら、安全な場所まで持ち運ぶことになる。自分の足で立って歩いた方がよくはないか? それとも、セレスティオがやっていたように、抱き上げてやった方が満足か?」
アリスティアは、あわてて頭を左右にふった。こんな怖い人に抱き上げられるなんて、とんでもない。
すると、王子はにこりと笑った。
そんな顔をすると、急に若く見える。いたずらをした少年のようだ――アリスティアにとっては、孤児院で見慣れたもの。神殿に来てからは、まったく遭遇していない表情でもあった。
「そうだろう。では、おとなしく乗ってくれ」
アリスティアは、肩越しにふり返ってみた。門の内側は静かで、今しも〈試練の乙女〉が連れ去られようとしていることなど、微塵も感じさせない。
結局、騒動になりようがないのだ、とアリスティアは思った。
――大勢いる乙女のひとりに過ぎないわけだし。
魔力が特殊だとはいわれたが、それがどれくらい珍しいことなのかも、アリスティアにはわからない。十人にひとりなのか、百人にひとりなのか。
千人、万人にひとりの逸材であれば、神殿も本気で取り返しに来るのだろうな、とアリスティアは思う。あの部屋にいた神官が、大声で誰か呼んだはずだ。
それをしていないということは、きっと……そういうことだ。
アリスティアは、うなずいた。
「わかりました。お世話になります」
「性根が座った顔になったな」
王子は笑みを消すと、掴んでいた腕をはなし、代わりに手をさしのべた。馬車に乗り込む介助をしてくれようというのだ。
段差は高くて、たしかに、手を借りないと無様なことになりそうだ。アリスティアは王子の手をとった。
――考えてみると、凄いことになってるなぁ。
王子様にさらわれて、馬車でお城に連れて行かれるなんて。それこそ、おとぎ話の中に入ったみたいだ。
乗り込んだアリスティアを、進行方向に向かって座る側にさりげなく誘導すると、王子自身は進行方向に背を向けて座った。斜めに向き合うかたちだ。
「出せ」
扉が閉まるとすぐ、馬車は動きだした。
「魔法みたい……」
うっかりつぶやくと、王子が眉を上げた。
「魔法?」
「あ、いえ……うるさくして申しわけありません」
「気にするな。なにが魔法だ?」
「あの……わたしは田舎からこちらに来たのですが、馬車に乗って」
くだらない話なので躊躇したが、王子は無言で先をうながす。きらきらした青い眼にみつめられて、緊張は高まるばかりだ。
「その、馬車がですね、とても……揺れたので」
「ああ」
「この馬車は、全然……動いてるんだなと、かろうじてわかる程度なので、おどろきました。それで」
「魔法みたいだ、と?」
「はい」
説明してみると、いかにも田舎者丸出しの感想で、恥ずかしい。でも、アリスティアにとっては、馬車に乗って長時間旅行するなど、はじめての経験だったのだ。全身の骨を揺さぶられるような衝撃がつづき、乗っているだけで疲労困憊した。馬車とはこういうものだと、その一回をもって確信していたのだ。
そこへいきなり、その印象すべてをくつがえされるようなこの体験である。
緊張を上回るおどろきに打たれて、思わずつぶやいてしまった、というわけだ。
王子はまた、面白そうに笑った。肘掛に肘をつき、大きな手で顎をささえ、楽しげにアリスティアを眺めている。
――やっぱり、最初に思ったより、お若いのかも……。
「この馬車は気に入ったか」
「素晴らしいと思います。美しいです」
腰掛けに貼られている生地も、絨毯ほどではないが毛足が長い。模様が織り込まれているのだが、毛足が倒れる角度によって色が変わるのがまた、見飽きない。
「神殿で過ごしたあとだから、もの珍しいのだろう。あそこは、白、白、白、白! だからな」
白、と一回いうたびに、少し声の調子を変えるものだから、アリスティアは笑ってしまった。
すると、王子も笑った。
「そういう顔をしてくれると、助かる」
「……申しわけありません」
「悲壮な顔をされるとな、俺が悪者のようだろう。まぁべつに善人でもないのだが……悪人でもないつもりだ」
実に返答しづらい。
「あの……」
「なんだ?」
「口をきいてもよいお相手ではないと、先ほど、いわれましたが」
「ああ、ザナーリオがいったやつか。まぁ、公的な場ではそういうこともあろうが、ここには俺とお前だけだ。気にするな」
俺とお前だけ、といわれたら、急にまた怖くなった。
すぐ表情に出てしまったのだろう、王子は困った顔をした。こんな表情もするんだ、とおどろくような顔である。
「……だからな、そういう『わたしはもう駄目です』という顔をしないでくれ」
「努力します」
「それより、せっかくだから老師の話を聞かせてくれ」
「あの……神官様のお名前ですけど、ふだんはお呼びするわけではないですから、わたしの記憶違いということもあるかもしれません」
「いや、たぶんそうだろう。最果ての地で孤児院を守るなど、いかにも老師の選びそうなことだ。むしろ、それで別人だったら、あらためてその者とも友誼を結びたいほどだ」
「神官様は……殿下と親しく……お親しく……なさる……? ええと……」
敬語が難しくて、アリスティアは頭を抱えたくなった。
しかし、このとき王子は笑わず、うん、と真面目な顔でうなずいた。
「大丈夫だ。言葉は、伝わればいいんだ」
「……申しわけありません、うまくいえなくて」
「おまえが丁寧に話そうとしていることは、ちゃんと伝わっている。自信を持つがよい」
そういってまた、王子はにっこりした。アリスティアを励ますように。
はじめの印象とは、ずいぶん違う。
王子は乱暴でも居丈高でもなく、きちんと相手を見て、思いやれる人物のようだ。
「……わたしたちの孤児院は、荒野にあるんです。ぽつんと。ほかに人家もなにもなくて、ただ、孤児院だけがあります。そのあたりにはもう、村がなくて。移住しそびれた人たちの家が何軒か残っているだけなんですけど、それも、馬で半日かかる距離だったり……そんな場所です」
「魔族の襲撃はないのか?」
「人が少な過ぎるせいか、わたしが孤児院にいたあいだは、一回も。ただ、神官様は、いずれ来るだろうとはおっしゃっていました。魔族が来たら、大きな子は馬に乗って助けを求めに行くこと、小さな子は静かになるまで床下に隠れていること……ずっと、そうやって教えられていました」
「食べ物はどうやって?」
「商家と契約していて、たまに運んでもらっていました。あと、孤児院のまわりに畑を作って、自分たちで畑仕事もしていました」
そうか、と王子はつぶやいた。
「老師も畑仕事を?」
「いえ、神官様は神殿にいらっしゃらないことが多くて……その、近隣の皆さんがお元気かどうか、巡回なさっていたので」
「そうか。老師ならば、そうなさるだろうな」
「あの……神官様は、殿下の……師? だったんですか?」
「そうだ。王宮所属の神官で、王宮司教という位階でいらした。簡単にいうと、王族を教え諭すお立場だ。かなり難しい仕事だな」
王宮にいる偉い神官として、孤児院の老神官を想像するのは難しい。
アリスティアの知る老神官は、腰か背中が痛くて、いつ洗濯したのかわからない服を着ていて、たまにお願いして着替えてもらって洗濯して……髪も髭もぼうぼうで、風采の上がらない老人だったのだ。
「知りませんでした」
「セレスティオも、一緒に来ていた。……ああ、大神官といった方が、わかりやすいか」
「大神官様も、その……弟子でいらしたんですか?」
「学友ってやつだな」
まさかの展開だ。
この王子と、あの大神官が幼馴染みたいなもので、ついでに、教師が孤児院の神官様……。全然、想像がつかない。
「そういえば……神官様は、昔の話は少しもなさらなかったです」
だから、王宮にいたなんてことも、まったく聞いたことがなかった。
「さもありなん、といったところだ。子どもにして楽しい話でもあるまい」
「そうなんですか」
「気になるか? そうだな……神殿と王宮の確執については、お前も知っておいた方がいいかもしれぬな」
アリスティアは――
1)「気になります」と聞きたがった
2)「本人が話さなかったことですから」と遠慮した
3)「それより〜」と、王子や大神官が子どもだった頃の話を聞きたがった
というわけで、今回は「どの昔話を聞かせてもらうか」です。
総当たりはできませんので、どれか聞きたいものを選んでください。
アンケートはいつものように、ツイッターで。ご参加、お待ちしております!
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