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11. 食堂

アンケートにご参加くださり、ありがとうございます。

前回の二択は、接戦の結果、ほかの乙女たちと一緒に学ぶことになりました。

https://twitter.com/usagi_ya/status/1220994022933594112


個人授業を回避したアリスティアの向かう先は?

「そうですね。〈試練の乙女〉は皆、同じことを学びますから」

「あの……」


 血を流して倒れていた乙女にも、会えるだろうか。

 そう思ったのだが、言葉にできなかった――助かりませんでした、と返されるのが怖くて。


 ――それに、あの言葉も気になる……。


 魔王、と彼女は口にしたのだ。動転していたから細部は覚えていないが、裏切り、ともいっていた気がする。

 誰が誰を裏切ったというのか。

 でも、これも訊きづらい。どう質問したらいいのかすら、わからない始末だ。


「どうしました?」

「……ほかの乙女たちは、どうしてるのかなと思って。わたしだけ、別行動になってしまいましたし……昨日はだいたい、ひとりで寝てましたから」


 結局、そんな風にごまかしたアリスティアを見てなにを思ったか、大神官はやわらかく尋ねた。


「ひとりは寂しいですか?」


 不意打ちのように訊かれて、返す言葉に詰まった。そうか、と思ってしまった。


 ――寂しいんだ、わたし。


 やたらと静寂を感じるのも、なんだか居場所がない気がするのも。

 これはきっと、孤児院が懐かしいんだ。そんなの当然だよねと、気もちをぐっと引き締める。


「……わりと、それどころではない気がしています」

「たしかにそうですね。今日も忙しくなるでしょうが、体力がなくなっていることを忘れないように。気をつけてくださいね」

「はい。〈教導師(サパータ)〉様もです」

「わたしもですか?」

「今日はわたし、よく気をつけて、寝台に逆戻りしないようにします。もしそうなっても、お部屋をお借りしたりはしません。だから〈教導師〉様も、ちゃんと寝台を使ってあげてください。立派なお布団が、泣いてしまいますよ」

「泣かせてしまいますか」

「そうです。お布団は、〈教導師〉様を待っているんです。寂しがってますよ」


 これで今夜は瞑想ではなく睡眠をとってくださるのではと期待するアリスティアに、大神官は告げた。


「では、昨晩はアリスティアがいてくれてよかったですね。布団も喜んだことでしょう」


 それではくれぐれも体調に気をつけてくださいねと念を押して、大神官は立ち去った。

 入れ替わるように、昨日の女性があらわれた。孤児院から着て来た服は、血の染みが落ちないのでこすっていたら破れてしまった、と謝罪された。むしろ、そんなぼろぼろの服でごめんなさいと謝りたい。

 神殿支給のぱりっとした白い服に着替えたアリスティアは、まず朝食をとるために食堂に案内された。


「今日は〈聖女の御遺灰〉へのお祈りはしなくていいんですか?」

「なにかの行事でもなければ、あの場所へは入れませんよ」


 ――大神官様は毎晩瞑想してらっしゃるようだけど……。


 まぁ大神官なら特別なのかもしれない。行事が服を着て歩いているようなものだろう。

 食堂は広くて、たくさんの人がいた。石造りの場所が多い神殿の中で、ここだけは床に木材が敷き詰められており、壁も腰板を使うなど、あたたかみのある雰囲気だ。ただし、家具も含めて木肌は白っぽいものが選ばれていて、そこは一貫しているんだな、とアリスティアは感心した。

 手入れは石より大変そうだけど、などと、つい管理する側の目線で見てしまうのは、孤児院で自分がそういう役目をしていたからだ。皆、どうしてるかなぁ、とちらっと思う。

 それどころではない、なんていっていたはずなのに。

 料理は自分で皿に盛るのだと、教えられた。大鍋に入った煮込みと、かごに盛られたパン(ルケイア)


 ――こんなの、孤児院で出したら、皆、食べ切れないくらい山盛りにしちゃいそう。


 また孤児院のことを考えている。いいかげんにしなければ。


「席は決まっているのですか?」

「いいえ、好きな場所で食べてかまいません。わたしはもう食事は済ませましたので、これで失礼しますね」


 そういわれて、アリスティアは少し困った。ひとりで食べるのは、なんだか心細い。

 やっぱり、寂しいのだ――そんな甘えたことをいっていられないのは、わかっているのに。

 表情に出てしまったのだろう、女性は少し困ったように微笑んでから、そうですねぇ、と言葉をつづけた。


「もし、ほかの乙女の皆さんとご一緒なさりたいなら、あちらに何人かおいでですよ」


 いわれて視線を向けると、たしかに、見たような顔の娘たちが五人ほど、並んで座っている場所があった。

 明るいところであらためて見ると、皆それぞれに美しく、高貴な感じがする。

 アリスティアは自分を奮い立たせると、料理を盛った皿を手に、そちらへ向かった。


「おはようございます。ご一緒していいですか?」


 はじめに答えたのは、黒髪の娘だった。


「ご自由に。わたしはもう食べ終えたので、失礼します」


 うわ、とアリスティアは思った。黒髪の娘は、言葉通り、食器を持って立ち去った。ほかの四人は、うわぁという顔をしていたので、残ってくれそうだ。


「すみません、お邪魔でしたか?」

「いえ、気にしないで。彼女は最初に来ていたから、ほんとに食べ終えてただけだと思うよ。あなたも〈試練の乙女〉なのよね? 見かけた記憶があるもの」


 答えてくれたのは、栗色の巻き毛の娘だった。髪色自体はアリスティアと近いのに、髪型にこう……隙がない。編んでまとめたところは生真面目さを、少しほぐして肩口に落としたあたりは緩さを醸し出していて、どちらともとれる。髪もつやつやして、まとまりがいい。


「はい、そうです」

「でも講堂には来てなかったでしょう?」


 小さな声で口を挟んだのは、まっすぐな金髪を肩口で切りそろえた娘だ。


「そうです。その前に、呼び出されてしまって」


 大神官が〈教導師〉になった、という話は今するべきか、それとも自然に知れ渡るのを待っていいのか。

 悩んでいると、先に喋った乙女の方が、訳知り顔でうなずいた。


「だってあなた、声をあげたでしょう。無言でといわれていたのに」


 ――そういえば……そうだった!


 私語厳禁と申し渡されていたのに、うっかり、大神官にお礼をいってしまったのだ。それはもちろん、直前にふらふらして、注意されていたことなど念頭から抜け落ちていたせいなのだが……まぁ、いいわけはできない。


「わたしたちは講堂で〈教導師〉様を紹介されたんだけど……あなた、あそこでなにがあったか知っている?」

「詳しいことは……。建物が壊れたのは知っています。なにがあったかは知りませんけど、とにかく、皆さんがご無事そうでよかったです」

「無事っていえるのか、よくわからないけど」


 アリスティアは、一同を見回した。全員、俯き加減になっている。

 あまり、ふれられたくない話題なのかもしれない。でも、なにがあったか知っているかと訊いてきたのは向こうだ。少なくとも、最初に返事をしてくれた娘には、話す気があるだろうと踏んで、アリスティアは尋ねた。


「いったい、どうしてあんなことになったんですか?」

「エオネイアが魔族に身体を乗っ取られたの」

「エオネイア?」

「〈試練の乙女〉だよ。〈教導師〉様を決める場面で態度が豹変して、なんだか変な声で喋りはじめたの」

「……わたしも失礼するわね」


 それまで黙っていた乙女のひとりが立ち上がると、残りの三人も同じように立ち上がった。


「あっ、ごめんなさい。わたし、ほんとに……」

「気にしないで。またあとで」


 そうして、栗色の髪の娘とアリスティアだけが残された。


「あなた、早く食事を済ませた方がいいと思うよ。講義が始まるまで、あんまり時間がないし」

「そうなんですか」

「なにも聞いてないの? 場所とかも?」

「全然……」

「いやだ、あなたの〈教導師〉様、ちょっと怠慢過ぎるんじゃないの」


 それは違うだろうと思ったが、アリスティアは口の中にパンを含んでいたので、返事ができなかった。


「それ、ずいぶん硬いよねぇ。神殿の食事は粗末だって聞いてたけど、想像以上って感じ。わたし、これに耐えられるかわからないわ……」


 そうかぁ、と思いながらアリスティアはパンを噛み締めた。

 アリスティアにとっては、かなりのご馳走で、これを毎日食べられるなんてと思ったけれど。


「まぁ、場所わからないんじゃ困るよね。待っててあげるから、早く食べなよ」

「ありがとうございます」


 どれくらいお行儀よく食べるべきだろう。孤児院では、食べ物は争奪戦だったから、本気を出せば、かなりいけるのだが……問題は、本気はとても見苦しいということだ。

 一瞬考えただけで、アリスティアは本気は出さないことに決めた。

 本気というのは、口の中に勢いよくものを詰め込み、その後、あふれさせないように慎重に噛んで飲み込むという手法なので、どうあっても見た目は異常になる。顔の形を変えるほど食べ物を突っ込むのはやめなさい、と老神官には叱られたものだ。


「さっきの話のつづきだけど、エオネイアっていう乙女、北のリュディケイア司教区の司教様の姪なんですって。だから、なんか偉そうだったんだよねぇ」


 いかにも神殿の関係者ですって感じで、通ぶってるっていうかさ、と乙女は説明する。アリスティアも、彼女のふるまいには自信を感じると思っていたが、そういう背景があるなら納得できる。


「でも、その偉そうな人が、まさか魔族に汚染されてるなんて、思わないじゃない」

「……汚染? って、なんですか?」

「乗っ取られたってことは、魔族と接触済みってことだよ」


 そういうの、汚染っていうんだよ、と乙女は熱のない口調でいう。興味がなさそうというか、他人事っぽさが強い。


「魔族に襲われたということですか?」

「襲うっていうか、ほら。高位の魔族って、乙女を誘惑しに来るらしいからね」


 アリスティアは眼をみはった。そんなことがあるとは、知らなかった。


「じゃあ、わたしたち危険なんですか」

「そうなるわねぇ。でも、下っ端の魔族はただ醜いだけだけど、高位の魔族ってものすごい美形みたいだから、会うくらいは会ってみたくない?」


 アリスティアは、あやうくパンを喉にひっかけるところだった。


「美形で、も……、怖いのは嫌です」

「あははは、まぁね。身体を乗っ取られたりするのは、勘弁よねぇ。でも、さすがに大神殿の中までは来ないでしょ。昨日のこともあるし、汚染された人間が入り込んでる可能性は否定できないから、神官様たち、ぴりぴりしちゃってもう……ずっと部屋に閉じ込められて、飽き飽き。たった一日で、もう乙女やるの嫌になっちゃったよ、わたし」


 目の前で人が魔族に乗っ取られたにしては、ずいぶん呑気な感想だなぁ、とアリスティアは思う。そのエオネイアという娘が血まみれで倒れるところまでは、見ていないのだろうか?


 ――さっさと避難させられたのかな。


 だとしたら、現場に居合わせた乙女たちよりも、あとから駆けつけたアリスティアの方が、危機感があっても不思議はない。


「エオネイアというひとは、無事なんでしょうか」

「無事だったとしても、魔族に乗っ取られたんじゃね。もう、わたしたちは会うこともないと思うよ」

「乗っ取られたら、元には戻れないんですか?」


 さあ、と彼女は首をかしげて微笑んだ。


「それはわからないけど、確実なのは、こうなったら〈試練の乙女〉は降りるしかないでしょ、ってこと」


 魔族を倒すための聖女候補が、魔族に乗っ取られていては、話にならない。


「なるほど……。なんだか、いろいろ怖いです」

「怖い?」

「〈試練の乙女〉ってなにをするのか知らなくて、ちょっと儀式のあいだ立ってればいいのかなって思ってたから……」

「ああ、それね、実はわたしも思ってた! エオネイアには、そんなわけないでしょって鼻で笑われたけど……うわ、もう食べ終わっちゃったの? 早いねー」

「はい! お待たせするのもなんなので」


 正直、本気を出さなくても、それなりに早く食べられるのだ。


「じゃあ行こうか」


 立ち上がったふたりは食堂を出た。

 栗色の髪の乙女はレニィという名前で、王都の出身らしい。贅沢が身についているのも、うなずける。

 しばらく歩いたところで、レニィが立ち止まった。


「あっ。わたし、教材を忘れてきちゃった」

「教材?」

「そう。食事終わってから部屋に戻って取ってくるつもりだったの、喋ってたら楽しくってすっかり忘れてた! 取ってくるから、先に行ってて。このまままっすぐ行けばいいよ、たぶん人がいるからすぐわかる。じゃあね!」


 レニィはなにをいわせる暇もなく、駆け去ってしまった。

 アリスティアは途方にくれたが――


1)この場で、レニィが戻るのを待つことにした。

2)レニィにいわれた通り、廊下をまっすぐ進むことにした。

3)すぐ近くの部屋から、聞き覚えのある声がするのに気づいた。

今回のアンケートは三択に戻ります。

つきあいよく待つか、いわれた通りに先に行くか、身近の情報に気をとられるか、どれかです。

お手数ですが、ご投票いただけると嬉しいです。


なお、前回の選択肢を設定する前に「書き過ぎちゃった」バージョンでは、個人授業が選択されて、


アリスティア「大神官様は、お忙しそうなのに」

   大神官「ええ、あなたの師として忙しくしていますね」


みたいな流れでした。消してしまったので、うろ覚えですが……たしかそのへんまで書いてから「あっ、これ選択肢にしようと思ってたんだった」ってなったんですよね。

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