10. 二日目
続きです。
いつものように、最後に選択肢があります。
アリスティアにとって、大神殿二日目の朝が来た。
目覚めは――だるさとともに、訪れた。なにも考えたくないし、やりたくない。起き上がるのも嫌だ。もうずっと寝ていたい。
昨日はあのあと、乙女の世話係だという女性が来て、身体を拭いたり、着替えを手伝ったり、食事を持ってきたり、それが口に入らなくて残してしまうと――自分が食事に手をつけられないなんて、アリスティアには想像もできなかったが、それが現実だった――柑橘で香りをつけたお湯を持ってきたり、かいがいしく世話を焼いてくれた。ひとりではまともに歩けなかったので、御不浄にも連れて行ってくれた。
こんなの、はじめてだ、というくらい身体に力が入らない。
そうやって面倒をみてもらう合間は、ずっと寝ていた。
こんなに寝たら夜はもう寝られないんじゃないかと疑ったけれど、夜もやっぱり寝てしまった。起きていられないのだ。
……で、朝になってもやっぱり、起きたくないという状況だ。
魔力の不用意な供与で、こんなに消耗するとは。
――今朝も、静かだな。
まだ夜は明けたばかりのようだ。窓の外に見える空は、独特のしらじらとした色をしている。
昨日見た窓とは少し違うと考えて、大神官の部屋ごと寝台を占拠してしまっていることを、思いだす。
――そうだ。次こそ大神官様に、横になってもらわなきゃ。
そう考えたら、なんとか起き上がることができた。まだ少しくらくらするが、そのうち慣れるだろう。
神殿の建物がいくつもかさなった向こうには、うっすらと街並みが見えた。淡い、眠たげな水色に浸された、王都の朝。
この部屋は、高い階層にあるようだ。二階よりは高そうだし、三階くらいだろうか?
アリスティアは、室内に視線を巡らせた。昨日も見たけれど、ものが少ない部屋だ。たくさんあるのは本くらいだ。
よく考えれば、しげしげと部屋の中を見るのも失礼な気がする。
――外に出ても、大丈夫かな。
ゆっくり立ち上がろうとしたとき、扉が開いた。
「アリスティア」
入って来たのは大神官で、名を呼ばれたのは――うまく立てずに、ころんでしまったからだ。
「お、おはようございます」
床にぺたんと座った状態で、アリスティアは大神官を見上げた。
「おはようございます。けがは……ないようですね」
「大丈夫です。思ったほど、足に力が入らなかっただけです」
「それを『だけ』とはいいませんよ」
大神官がさし出してくれた手に右手を添え、左手は寝台に乗せて、アリスティアは立ち上がった。
力を入れるのに遠慮はしない。ここで立ち上がりそびれたら、たぶんまた、抱き上げられて寝台に逆戻りだ。
努力の甲斐あって、なんとかうまく立ち上がれた。しかし、見上げてみれば、大神官の表情は曇っている。
「手助けしてくださって、ありがとうございます」
「わたしがうまく加減できなかったせいで、こんなに長引かせてしまって、申しわけないです」
――そう来ると思った!
大神官は、なんにでも責任を感じてしまうひとだ。
孤児院の小さな女の子で、まさにこういう感じの子がいたので、アリスティアはよく知っている。大神官の方がずっと気もちを隠すのがうまいが、まぁ、それは生きて来た時間の差というものだ。
考えかたの根っこは同じだろうと考えて、アリスティアは掴んだままの手に力をこめた。
「でも、大神官様、おっしゃったじゃないですか。わたしの力が、役に立ったんですよね? あの場所で、あのひとを助けるために」
「ええ」
「だったら、相応の対価です。おかしいことはないですよ。誰かを元気づけるために、わたしがちょっとくたびれた。当然じゃないですか? わたしひとりだったら、なにもできなかったんですから。むしろ、役に立ててもらった実感があって、嬉しいです」
一気にまくしたてると、それだけでまた息切れしてしまった。
大神官は眼をしばたたいて、それから、いつもの笑顔になった。
「役職で呼んではいけませんよ」
「あっ。……わかりました、〈教導師〉様」
「今後はわたしも気をつけますが、あなた自身にも気をつけてもらえるよう、魔力の扱いかたを、早急に覚えてもらわねばなりません」
「はい。教わりたいです」
どうせ、アリスティアがどんなにいっても、自分を責めるひとは責めてしまう。だったら、アリスティアにできるのは、そうなる原因を減らすことだ。
つまり、自分で自分の魔力の面倒をみられるようになれば、大神官がひとりで背負っている責任を、分け合うことができる。
――ただでさえ、たくさんの責任を負ってらっしゃいそうだし。
この上、未熟な弟子のせいで迷惑をかけるわけにはいかないと、アリスティアはひそかに心の中でこぶしを握っていた。
「まだ体力が戻っていないようですが……今日から〈試練の乙女〉の教育がはじまるのです」
「教育ですか?」
「はい。女神の教えや、初代聖女の実績、魔族と戦う方法などについて、学んでもらいます」
ですが、と大神官は首をかしげてアリスティアを見下ろす。
もっと休めといわれない内に、あわてて声をあげた。
「興味あります! わたしが育った孤児院では、そういう教えを学ぶ機会がなかったので、なにも知りません」
「そうですね……では、今日からはじめましょうか。無理のない範囲で」
「ほかの皆さんと、一緒に学ぶんですか?」
1)「そうですね。〈試練の乙女〉は皆、同じことを学びますから」
2)「いえ、あなたはわたしが教えます」
今回は初の二択アンケートです。
いつものように、twitter のトップに固定しておきますので、ご投票のほど、よろしくお願いいたします!
https://twitter.com/usagi_ya
選択肢は、もっと増やそうか迷ったのですが、まぁこれは個人授業かそうでないかで分けよう……というわけで、二択!
そして今回もまた盛大に選択肢の先まで書いてしまったのですが、あっ選択肢ここにするつもりだった、と戻ったときに消してしまったので……どちらが選ばれても「もう書けてるボーナス」は発生しません。
くっ。