1・放課後
放課後───
秋になり日も短くなってきたが、窓から差し込む西日がまぶしいのでカーテンを閉めておいた。
校庭の方からは、部活動に勤しむ生徒達の声が聞こえていた。
サッカー場と野球場は校庭ではなく別の場所にあるので、今声が聞こえてくるのは陸上部かな?音楽室からは吹奏楽部の演奏が流れてる来る。
私は自分の席でパソコンの画面とにらめっこをしていた。
この高校の1~3年は各5クラスあり、私が所属しているEクラスは通称電脳(electronics)クラスとも呼ばれていた。
電子工学や通信、情報処理等も科目にある。特殊なクラスである。
故に、各生徒の机にはパソコンが常備品として備え付けられていた。
「───まぁ、こんなものかな?」
大きく息を吐き出した後、椅子に座ったまま背もたれにもたれ掛かるようにしながら思い切り伸びをした。
「終わったのか?」
私の隣の席に座り、書類を広げ赤ペンで校正をしていた男子生徒が声を掛けてきた。
彼は普通科の生徒の為、このクラスの備品の使用権限のIDとPASSを持っていない。ゆえに、この場でできる作業には制限がある。
「終わったよ、お待たせ。そっちも終わり?」
「俺のは急ぎじゃない」
私の作業が終わるのを待っていてくれたのよね。優しいね。
でも、それは言わないおくことにした。
彼をいい気分にさせてはいけない。調子に乗られたら困るのは私なのだから。
「これくらいで調子に乗ることはないから、きちんと口にしろよ」
お見通しか、さすが幼馴染み。
「……アイツに友人はいるのか?」
突然会話が切り替わった。
彼の視線がモニターに向いているので、誰の事なのかはすぐに察しがついた。
「私がそうだと思っていたんだけどね……」
───「アイツ」というのは、今私が行っている作業を私に頼んできた同級生の事である。
「頼み事をしておいて、自分はさっさと別の友人と遊びに行くような女が友達か?」
彼の声には、うんざりとしている様子がこめられていた。
確かにそうなのよね~。
何であの時、私も付いて行かなかったのかしら。
いや正直に言うと、あのグループ苦手だからその選択はなかったのよね。
「桃華は、ぼんやりが過ぎる」
「うん、それは否定できないね。友達少な過ぎてよく解らなかったんだけどね」
「笑い事じゃない!」
ごめんなさい。自虐的過ぎました。
私の事、心配してくれているのよね?ありがとう。
絶対に言葉にはしないけど、大好きよ。
ちらりと彼の顔を見上げると、「だから口にしろよ」とでも言いたそうな表情をしているように見える。
幼馴染みの顔は、ものすごく整っているので長く見つめていると恥ずかしくなる。
視線を外して机の隅に置いておいたスマホに目を向けると、着信ランプがついていた。
幼馴染みの顔に再び視線を合わせると、すぐに「確認しなよ」と言ってくれた。
お礼を言ってから、スマホの画面に指を滑らせた。
そう言えば、彼女からそんなに風に気を遣われた事もなかったのよね。
私との会話の最中でも、彼女は好きなときに好きなだけスマホを触っていた。
その多くが美化委員会の委員長からであることは、彼女の口から何度か聞いていた。委員会の仕事を終わらせずに下校してしまうので、問い合わせが多いのだ。
「校内の巡回計画の私の予定を返信するのするの忘れてた」とか「報告書の提出、後でいいかなと思ってたんだけど」等と言っていた。
そして、私に訊いてくる。
「雨の日は巡回に出るの嫌なのよね~。来週の天気ってどうかな?」
「前回私が見廻りに行ったのていつだっけ?」
そんな事は、自分のスマホに聞いて欲しい。
私はお天気お姉さんではないし、彼女のマネージャーでもない。
遊びに行きたければ、やるべきことは終らせるべきである。
《頼んでいた資料見つかった?》
LI◯Eで送られて来たのは、あからさまな催促の内容だった。
資料探しを頼まれたけれど、それをただ渡すだけでは文句を言われているので、私なりにまとめているところである。
実を言うと、そんな作業も嫌いではないし将来的に必要性の高いスキルだと思っているので、黙々と作業は進めていた。
《もう少し待って》
頼まれた作業はほとんど終わっているので、後はプリントアウトするだけなのだが───
どうも今の私には天の邪鬼が取り憑いているらしく、素直に返事をする事ができなかった。
《頑張れ~》その文字の後に呑気な絵文字が続いていた。
少し間があり、写真が送られてきた。
カラオケで盛り上がっている様子が確認できた。そして、同じような写真が3枚送られてきた。
「何だって?」
私がL◯NEの画面を閉じたので、彼が話しかけて来た。
「カラオケで盛り上がっている写真が送られてきたんだけどね」
頼み事をしておいて、楽しんでいる写真を何枚も送ってくる彼女の神経を疑う。
やはり友人だったと思っているのは私だけで、彼女は私の事を都合の良い同級生くらいにしか感じていないのだろうか?
「───どうするんだ?」
「そうね。頼まれたこれは、終わらせるけど。後は少しずつ距離をおくことにしようと思う」
「そうだな。あからさまに離れると、何かしてきそうだしな」
「『何か』って?」
「それは俺にもわからないよ。話を聞く限りだと、相手は精神年齢がお子さまの様だしな。
まぁ、俺も気を付けておくし……桃華の兄貴も、生徒会のメンバーもいるからな。何かあったら相談しろよ。
支度終わったな?よし、帰るぞ」
本音としては、ありがたいの半分。不安を煽らないで欲しいと思うのが半分。
それより、私がパソコンをシャットダウンして身支度をするまで待っていてくれてありがとう。
「……だから、ちゃんと言えよ」
「うん。ありがとう。
でも、一緒には帰らないからね?」
本当は、もちろん一緒に下校したいんだけど。
私達が仲の良い幼馴染みであることは、極力知られたくないのだ。
誰に?
ほとんど全校生徒にです。
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この教室で頼まれた作業をしている間に、彼がやって来たのだ。
「一人か?」と確認されて、頷くと彼は教室の中に入ると私の隣の席に座った。
長い足を投げ出して来て、私の席の前後を脚で囲い込んだ。
逃げないわよ?
でも、そんな風に囲い込みされるとちょっと嬉しいかな?
普段の学校では、接点がないように気を付けて生活しているからね。
「生徒会の方は良いの?」
私の質問に彼は、笑いながら答えた。
「今日は邪魔が入らなかったから、仕事が捗ったんだ。もう解散して、みんなそれぞれの事をしている。
だから、俺は婚約者を迎えに来た。一緒に帰ろう」
「邪魔」って言っちゃうのね?
確かに今日はカラオケに行くって言ってたから、生徒会室には行けないけど。
「まだ婚約者じゃないし、一緒には帰らない」
そう。今の私達の関係は「幼馴染み」。
全校生徒の中でこの事実を知っているのは、私を含めた幼馴染み六人だけ。そして───私以外の五人は、私と彼が将来的に結婚すると思っている。特にこの目の前にいるイケメンは、「それ以外はあり得ない」とすら豪語している。
私も彼を好きなことは自覚している。できる事なら結婚したいと思っている。
でも、高校を無事に卒業するまでは油断してはいけないのよ!
だって、彼は「乙女ゲーム」の「攻略対象者」なのだから。