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七十八話 カルト

 二人が似たような建物が立ち並ぶ通りを進んでいくと、目の前には固く閉ざされた教会の正門が次第に現れた。

教会の中からは歪な讃美歌が響き渡り、甘ったるい嫌な臭いが強く漂っていた。


「閉まってるな。なんだこれ、カルトか?」


 この奇妙な雰囲気にネーレウスと顔を見合わせた後、エルザは錆びついた鉄格子の門を訝しむように見つめた。


「…カルトというかこれは…何が起こっている…?この臭いは…」


 青ざめた表情でネーレウスは立ち尽くした。

鼻の奥を刺激する、この悪臭に脳裏ではクテトウ町で流行っていた“例の煙草”の存在が過る。


「ロックピックで開けても良いが…裏口でも探すか?」


 そう言いながら、エルザは青白い月光を反射する高い塀を見上げた。

来客など意にも介さぬように、歪な讃美歌はなおも続き、耳にこびりつく節回しが二人の胸に嫌なざわつきを残した。


「無理矢理入るのはやめておこう。でも…少しここは調べた方が良いかもしれないね。誰かいるかもしれないし」

「入国を厳密に管理しているとは聞いているから、怪しまれないといいけど…」


 ネーレウスは首を横に振ると、辺りをうろちょろしていたエルザを連れて、この宗教施設の裏手に回った。


 大きな塀に沿って足取りを進めるにつれて、甘い臭いに紛れて漂ってくる腐臭が鼻を突き、二人が周辺を見渡すと、荒れた墓地が暗闇の中、ぼんやりと浮かび上がった。

ネーレウスは悪臭に顔を顰めながら、開いたままになっていた裏手の門を潜り抜け、伸びきった芝生を踏んだ。


「…なあ、この墓……」


 エルザは墓標の下で、乱雑に盛られた分厚い土の山を睨んだ。


「穴がまともに掘られていないね。本当にどうしたんだろう…?」


 ネーレウスは喉の奥を刺激する臭いに咽せながら返事をした。

そして、墓から目を背け、教会の方を見ると、消えかけのランタンに照らされた建物の裏口が目に入った。


「入るのか?」


 エルザはロックピックのケースを指にかけてくるくると回しながら、古びた小さな扉を睨むネーレウスの後ろ姿に視線を移した。


「…ごめんくださいと言いたいところだけど…もう少し周りを見てみよう」


 ネーレウスは思案した面持ちで辺りを一瞥すると、エルザと共に墓地と地続きの荒れた中庭の散策を進めていき、やがて無機質な墓標の裏側に現れた、咲き乱れる赤い花の植え込みに目を奪われた。

死者を慰安するかのように整えられた花壇と、荒廃した庭との乖離に違和感を覚え、月光に照らされた花弁に近付こうとしたところで、ふいに視線をこの花畑から逸らした。

視界の先には、中庭の端のほうに建てられた納屋とその横に停められた荷車が芝生の上に細長い影を落としていた。


「これ、花壇にあったやつと同じだよな…?クテトウのと関係あるのか?」


 エルザはその荷車に向かい、月光に照らされた荷台を指差した。

荷車の中にはまだ青々とした、甘い臭いを放つ薬草の束が積まれていた。

ネーレウスはその光景を暫く注視し、もう一度花壇を見やった後、葉を一枚もぎ取って手に取ろうとするエルザを引き止めた。


「…嫌な予感がする。触るのはやめた方がいいよ。さて、少し、誰か出てこないか試してみよう」


 そう口にして、ネーレウスはエルザを連れて踵を返すと、ランタンに照らされた裏戸の前に立った。

そして、次の瞬間、まだなお聞こえ続ける歪な讃美歌を裂くように、扉を叩く乾いた音が響いたが、誰かが出てくる様子はなく、二人は顔を見合わせた。


「…居留守?教会が?まさか全員あの儀式をしているのか?」


 エルザが思わずそう口にしたのも束の間、裏口が緩慢な動きで開いたかと思うと、動きのぎこちない修道士が現れた。

土気色の顔面からは涎が垂れ、目の焦点が合っていない容貌を目の当たりにして、内心でエルザはアンテッドのようだと思った。


「夜分にすみません。…旅の勇者一行です。今夜の宿を探していたのですが…店の方が閉業されているようでして…もし良ければ一泊だけ空き部屋を貸していただけないでしょうか?」


 ネーレウスは物腰低く修道士に訊ねながらも、金色の瞳はその狂気と放蕩に染まった顔貌を凝視していた。


「これはこれは、勇者様方でしたか。…神と“その使い”に感謝…」


 声は呂律が回らず、対面してもなお、濁った眼がどこを見ているのか曖昧だった。

修道士はうやうやしく礼をすると、震える手で狼狽えて立ち竦むエルザの手を取った。


「その使い?」


 聞き慣れない単語に、ネーレウスは口を開いたものの、返事はなく、顔色も変えずに、なおも媚びへつらう萎びた指先を睨んだ。

その瞬間、唐突に修道士が室内に戻り始め、後ろ姿を目で追った。


「…これ、付いて行っていいのか…?」


 エルザはネーレウスにひっそりと耳打ちした。

その訝しむような声色は、異様な雰囲気の修道士に薄気味悪さを感じているようだった。


「…恐らく大丈夫だろう。ただ、あまり長居はしたくないね」


 それだけ答えると、ネーレウスは様子を窺いながら廊下に立ち入った。


「…やっぱ変だよな。何があるのかは気になるが…」


 エルザはいつになく強張った表情を横目に小さく呟くと同時に、軋む床板を一歩進むごとに、背筋が悪寒立つのを感じた。

なおもこの案内は続き、どこまで行くのかと廊下の先を覗き込もうとしたところで、一つの扉が現れた。


「こちらのお部屋をお使いください」


 そして、修道士が緩慢な動作でドアノブに手を掛け、室内を見せた瞬間、その様相に二人は目を離せず、開口した。

月明りの差し込む壁面には、淫靡な天使の絵画と額装された祈祷文が飾られ、寝台の隣には小さな祭壇と香炉が置かれていた。

壁紙にこびり付いた甘い臭いに目を逸らして、二人は暫く顔を見合わせた。


「…勇者様、今我々は神聖な儀式の途中でして…もし宜しければ…参加して頂けないでしょうか…?」


 この勇者一行をよそに更に言葉を続け、修道士は虚ろな目のまま跪くと、エルザの手をもう一度取った。


「儀式…?いや、長旅で疲れてるんで…なあ、ネーレウス?」


 エルザは修道士と渋い顔をしたネーレウスを交互に眺め、この申し出を断ったものの、手が握られたまま離される事はなかった。


「…あの、離していただけますか?やはり…我々は野営をするとしますので。夜分の来訪、すみません」


 痺れを切らしたネーレウスが苦々しくそう告げると、修道士からエルザを引き離そうとした。


「いえいえ、ほんの短い祝福ですので…我々一同、心よりこのお出でに歓喜しております」

「…さあ、お連れの方も共に祈りを上げて下さりますね?」


 噛み合わない会話はなおも続いた。

ネーレウスが踵を返そうと振り返った瞬間――笑顔を浮かべ、印を切る修道士達の姿が目に入った。

気が付けば、二人は狭い通路を完全に囲まれていたのだった。


「…あの甘い臭いの元は…あるのか?」


 エルザはその光景に肩を竦めた後、修道士に訊ねた。


「…あの聖なる甘露の香草ですか?それでしたら…神の使いと祝福と共に…聖堂にて」


 跪いていた修道士は薄気味悪い笑みを浮かべると、エルザから手を離し、廊下を進み始めた。


「エルザ?…まさか…」


 ネーレウスは青ざめた表情で、静かに耳打ちした。


「…調べているんだろう?それにこの異様な儀式も…。いつまでも薄気味悪いのも癪に障るしな」


 周りに聞こえないように、エルザは小さく返事をすると、周囲を警戒しながら修道士の後に付いて行った。

ネーレウスはどうにか引き留めようとしたものの、ここで止めてもあの修道士は、なおさら引かないように思え、緊迫した表情のまま聖堂に向かうこの列に加わる事しかなかった。

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