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七十六話 新しい旅立ち

 朝を迎え、窓から差し込む薄明かりでエルザは目を覚ました。

隣のベッドは空で、きょとんとした表情でネーレウスを探すと、机に向き合ったまま微動だにしない姿が目に入った。

エルザが起きている事にも気が付かない様子で、コップの水面を静かに見つめていたものの、整った頬にはどこか疲弊の色が滲んでいた。


「んー…何やってるんだ?」


 エルザは欠伸をかみ殺しながら起き上がり、机に置かれたコップを注視した。

寝ぼけ眼に映った水面には、どこかの景色が揺れていたが、ぼやけた視界では知っている場所かどうかすら曖昧だった。


「あぁ、少しね…。アーミョクの方を見ていたんだ。仲間の働きぶりを確認しておこうかと」


 ネーレウスがそう言いながらコップに触れた瞬間、中に入っていた水は跡形もなく消え去った。

そのまま視線は机から、すっかりぐしゃぐしゃになったエルザの纏め髪に移り、口元には緩んだ笑みが浮かんだ。


「働きぶり?…あぁ。あの石の保護か…」


 エルザは瞼を擦り、欠伸を漏らしながら、枕元に転がっていた彗光石をポケットに仕舞い込んだ。


「そうそう」


 ネーレウスは道士服の腰帯を止めながら頷いた。


「パメドには…どうやって行くんだ?次の目的地だろう?」


 そう返すと、エルザは床に落ちていた装備一式を拾い上げて身に着け、酷い事になった銀髪を解き、手櫛で梳かし始めた。

そして、相変わらず慣れない手つきで髪を括り、上からリボンの髪飾りを付けた。


「どうしようか。関所は多分通してくれないだろうし…。まあ、外に出てから考えよう」


 不格好なポニーテールを見て、ネーレウスはますます口元を緩ませたかと思うと、慌ててシャツの襟元を正して誤魔化した。


「そうだな。にしても、朝飯何にしようかなあ」


 その眼差しに、エルザは落ち着かない様子で跳ねていた髪を撫でつけ、もう一度伸びをすると、外套を羽織ってネーレウスと共に客室を去った。

扉の隙間から見える室内からは、昨夜の宴の残り香はなく、ぐちゃぐちゃになった寝台が慌ただしい朝の様子を物語っていた。


 通路を通り過ぎ、階下の広間に出た二人が受付に向かうと、退屈そうに新聞を眺めていた宿屋の主人が話し掛けた。


「…聞いたぞ。なんでもあの連中を始末したそうじゃないか。まさか騎士団の仕向けだったとはな。ここの住民がどれほど摘発されることやら…。自業自得ってやつだが」

「あぁ、騎士団の姐ちゃんから手紙を預かっている。エルフの男と居る、銀髪のガンナーってあんただろう?」


 主人はネーレウスから支払われた銀貨と銅貨を受け取りながら、封筒を一つ差し出した。

差出人の欄にはメイヴィスの名が記されていた。


「なんだろう?っていうかどうやって泊まってる宿を見つけたんだ。まあ、朝飯食べながら読むか…」


 そうぼやきながら手に取った封筒を仕舞い、エルザが押し開きの扉の方を向くと、人気の少ない食堂から肉の油の匂いが漂ってきた。

そして、鼻孔をくすぐられるままに受付を後にした二人は、窓際の席に腰掛けて、ウェイトレスが持ってきた簡素な食事を摂り始めた。

 窓の外から見える、街道を行き交う騎士団を横目に、エルザは焦げたソーセージと冷めた目玉焼きを口にしながら封筒を開けた。

すると、連なった文章には、ごろつきへの聴取で分かった内容が記されていた。


「パメドには“例の隠し通路”経由で行くつもりかしら?

…あの取り押さえた連中の話の限り、様子がおかしいわ。気をつけてね。

これは連中の噂だけど…関所しか機能していないみたいよ。

あの男が居るなら平気でしょうけど…どうも不慣れなところがあるみたいだから。

追伸:髪型、香油を一滴だけ掌に伸ばしてからだと、やりやすいかもね」


 その手紙を読んで、エルザは最後のソーセージを齧りつつ、無意識に髪を撫でつけた。


「…なるほど。…良かったね、コツまで教えてもらって」


 ネーレウスは手紙を覗き見して、僅かに笑った。


「…結構親切だな。メイヴィスって…」


 しげしげと綴られた文面をもう一度眺めた後、エルザは手紙を大事そうに仕舞った。

その内容に目を通している間に、皿はもう空になっており、申し訳程度のソースが残っているだけだった。


「君にはある意味いい友達かもね」

「さ、行こうか。あの国は…少し離れているように思う。転移魔法でもいいけど…」


 途中まで言いかけて、ネーレウスが窓の外を見やると、道行く住人の間を進む騎士団の兵士達と目が合いそうになった。


「…いや、歩いて行こう。あの通路にまだ何かあるかもしれないし」


 内心で、「目立つような場所で流通していない術を使うと、あの老司教が王都に“妙な男”を紹介したことになる」と続けたところで、あの手紙の文面にも引っ掛かりを感じ、言葉を言い直した。



 宿屋を出た二人は街道から町外れの坑道へ向かった。

朝の冷たい空気の中、町の調査をする騎士団の間を縫うように進んでいくと、人気のない山道が現れ、湿った土の匂いと微かな甘い臭いが鼻についた。

足取りを早めた先には大口を開ける坑道の入口が見え、木々に停められた軍馬が呑気に草を食んでいた。


「おや、騎士団が探索してるね」


 ネーレウスはランタンを取り出しながら、坑道の奥を眺めた。


「朝からご苦労だな」


 エルザは冗談を口にしたかと思うと、鼻腔を掠める強烈な臭いに目を凝らした。

その視線の先では、甘ったるい臭いのする大きな木箱を運ぶ屈強な兵士達が坑道から出てこようとしていた。


「…あれ、なんだ?」


 調査の様子に、ヒソヒソと話が続けられた。


「…恐らく詰まっているんだろうね。例の葉が」


 ネーレウスが木箱をじっと観察していると、近付いてきた男が、二人の会話を遮るように声を掛けた。


「何奴だ?…って勇者殿と推薦魔術師殿か。少佐から話は聞いています。いやはや大変でしたね…」


 そう言いながらも、男は目の前の端正な顔立ちに僅かに笑いを堪えた。


「あの、何か…?」


 ネーレウスは木箱とこの下卑た表情を、困惑した面持ちで交互に見つめた。


「何も特に。えぇ。…メイヴィス嬢に文句なら伝えて下さい。いやはや、てっきり我々は貴殿を…そんな初心なところがあったとは」

「羨ましいですなぁ。そんなモテてしまうとは」


 この話を耳にして、エルザはあの煙館での出来事を思い出し、険しくなっていく横顔を眺めながら吹き出しかけた。


「…何の話です?」


 一方、身に覚えのないネーレウスは話の意図が掴めず、眉間に薄ら皺を寄せた。


「おい!そこ、何をしている!」


 別の男がこの騎士団の男を一喝した後、勇者一行の方を向いた。


「…うちの部下がご無礼を。いやはや、勇者様でしたか。私ども、詳しい事情は存じませんが…健闘を祈っとります」


 二人は何とも言えない表情で重そうな木箱を運びながら去っていく騎士団の男達を眺めた。


「…なんか、待遇変わったな。意外とフレンドリーというか」


 エルザは思わずそうぼやいた。


「…そうみたいだね。ま、まあ行こうか」


 ネーレウスは苦笑を浮かべた後、薄暗い坑道に足を踏み入れた。

今ではこの介入によって、吊るされたランタンや人の気配は増え、薄気味悪さはすっかり息を潜めていた。

 それから、二人は騎士団の男達の視線を背に、土の匂いが充満する通路を進んでいった。

歩くにつれて、今やすっかり表沙汰になった例の通路に辿り着き、更に奥に向かっていくと、狭い通路から、悪臭漂う葉の詰まった木箱を運び出す男達とすれ違った。

調査の手はかなり進んだらしく、分岐ごとに岩肌にはチョークで印や走り書きが記されていた。


「…外はあっちみたいだ」


 岩肌に残されたメモを見て、ネーレウスはひっそりと呟いた。


「いやー、にしてもいいんだろうか。人の出入り制限してる国なんだろ?その、外交問題とか…」


 エルザは辺りをきょろきょろしながら、一抹の疑問を口にした。


「…不味い状況になるようだったら、恐らく、騎士団側が私達を止めると思うんだよね。つまり…」


 そこまで言って、ネーレウスは口を噤んだ。

パメド国で何が起こっているのか、という違和感を覚えながらも、二人が岩肌に書かれた印を頼りに進んでいくと、兵士の姿は少なくなっていった。

かと思えば、やがて土の匂いに紛れて緑の匂いが漂い始め、導かれるように歩みを早めていくと、眼前には次第に小さな白い光が現れ、冷たい新鮮な空気が二人の肌を撫でた。

 坑道を出たエルザには、陽の光に照らされたネーレウスの横顔が“知らない何か”を見据えているように感じられ、その表情に一抹の不安が過ったものの、それでも足を止める気にはなれなかった。


 第一章、完結しました!皆様にお届けすることが出来て嬉しく思います。

本当はもう少しスタイリッシュに纏めたかったのですが上手く行かず…orz

なお次回の投稿は三月十五日頃を予定しております。もし良ければ見てやって下さいませ。

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