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七十五話 違和感

 疲れ切ったネーレウスを他所に、冒険者三人組との賑やかな再会とメイヴィスを交えたどんちゃん騒ぎは続いていった。

エルザがビールを飲み過ぎた事によって、ジョッキが足りなくなった店内で軽い騒動が起き始めたり、酔っ払ったメイヴィスが冒険者三人組と意気投合し始めたり、騒がしい会話は留まる事を知らない。

テーブルはなおも、ジョッキのぶつかる音が響き、戦術談義やパーティメンバーの構成についての考察等、盛り上がりを見せていった。

 しかし、次第にへばったネーレウスが心配になったエルザと、ユーリアの「もうそろそろシャロンは寝る時間ね」という一声によって、楽しげな集まりは解散し、勇者一行は宿屋に戻ってようやく一息ついた。

静まり返った室内には、騒ぎの余韻があった。


「…ベコ村の時ぶりに大人数だったな」


 そう言いながらエルザは窓を眺め、そのままにベッドに寝転んだ。

外はすっかり暗くなっており、月が高く昇っていた。


「そうだね」


 喧噪から今度は耳鳴りに襲われながら、ネーレウスは道士服を脱ぐと、くたびれた様子で近くに腰掛けた。


「…なあ、皆、旅についてきてくれそうだったのに…なんで断ったんだ?なんか訳アリなのは理解してるが…」


 その声の後、外した装備一式が床に落ちる鈍い音が続いていった。

エルザの中で抱いていた疑念はまだ燻っていた。


「大所帯だと…移動もしずらいだろう?それに、完全に安全な旅…というわけでもない」

「…むしろ君は、良かったのかい?」


 ネーレウスは何か言いたげに俯き、喉の奥に言葉がつっかえたように口籠った。


「何がだ?」


 エルザはきょとんとした表情を浮かべた。

この質問の意図を掴めていないような素振に、ネーレウスはますます言いよどみ、思案した面持ちを見せた。


「いや、なんでもないよ。…ところでエルザ」


 何か言いたげな声が上がり、金色の瞳と赤と青の瞳はしばし見つめ合った。

恥ずかしそうにエルザが視線を外そうとしたところで、節の目立つ細い指先が銀色の髪を指した。


「……髪型、似合ってるね。可愛いよ。…あのお嬢さんの手腕が少し妬ましいくらいだ」


 胸の内に秘めていた気持ちを、ネーレウスがようやく口にすると、気まずいような、くすぐったいような沈黙が訪れた。

エルザはその言葉を聞き間違いかと思い、首を傾げたかと思うと、急に起き上がって纏められた髪を眺めて、恥ずかしそうにそっぽを向いた。


「その……ありがとう」


 それは返事というには、あまりにもか細い囁きだった。


「…髪型、上手く自分でできるか自信がないんだよなあ…やり方は教わったけど…」


 目を逸らしたまま、照れ隠しのようにエルザは続けた。

髪の結び目についていた髪飾りに触れると、癖一つない絹糸のような銀髪がさらさらと肩に落ちていった。

そのまま不慣れな手つきで、エルザはもう一度、髪を紐で括ろうとしたものの、指の間からは纏まり切らない髪が零れた。


「あの、エルザ…?手伝うよ」


 ネーレウスは乱れた髪を食い入るように見つめた。


「いや、いい」


 そう言って、エルザが顔を僅かに紅潮させながらも、諦めずに髪飾りと格闘していくと、ようやくメイヴィスがやったのと同じような髪型――というには少し不格好なポニーテールが出来上がった。


「変じゃない…?よな?さっきみたいに纏まっていないというのはそうなんだが…。こりゃいつぞやの例の罠でも作る方が簡単だな」


 エルザはぎこちなく前髪を撫でつけた。


「変じゃないよ。さっきよりも…その、君らしい」


 ネーレウスはそこまで言って、これ以上は目のやり場に困ると言わんばかりに視線を外した。


「…なんだかさっきまで考えていた事が馬鹿みたいだ」


 エルザは、らしくないネーレウスを見てそう呟くと小さな笑い声を上げた。

同時に、抱いていた疑惑を掻き消すかのように、脳裏には、煙館での出来事や、さっきの酒の場で完全に伸びていた姿が浮かんできていた。

次第に髪を弄るのにも飽きたのか、思い出したかのように言葉が続く。


「…それにしても、この石がまさかそんな狙われるようなもんだったとはなあ…」


 不格好な髪型を放置してエルザは寝そべり、ポケットから取り出した彗光石をしげしげ観察した。

半透明で白っぽい色味の石は、光に翳すと薄ら七色の光を反射している。

その様子がどこか幻想的に思え、傾けたり色々石を弄って見入っていると、半透明の石の向こう側が僅かに歪んで見える事に気が付き、興味を唆った。


「見た目はただの綺麗な石なのにな。どうやってエネルギーなんて取り出すんだか…」


 独り言のような呟きを漏らしながら、顔に近付けてまじまじと観察している内に、エルザは指先にピリつきを感じ、石を胸元に落とした。

その瞬間、心臓の血の巡りが早くなるようなざわつきが起こり、何事かと思って、もう一度表面を観察しようとしたところで、隣から穏やかな声が聞こえた。


「…エネルギーか……」

「そうだね。眺めている分には危険ではないし。ウラン鉱石なんかとは違って…」


 ネーレウスは苦笑しながらも、彗光石を取り上げずにそう答えた。


「ウラン?」


 この奇妙な単語に、エルザは思わず聞き返した。


「あぁ、なんでもないよ。さて、もう遅いから寝た方がいい。…私は少しまだ調べないといけない事があるから」


 その声はどこかはぐらかすようだった。

ネーレウスは立ち上がると、机の上にあったランタンのネジを回して火を小さくした。


「ガキ扱いするなよ」


 薄暗くなった室内で、視界に映る揺らめく長身の影に、エルザは悔しそうに顔をむっとさせたものの、口元は笑っており、素直に毛布を被ると瞼を閉じた。

次第に、隣のベッドからは寝息が小さく聞こえ始め、ネーレウスは息を吐いた。

「最近、エルザと居ると妙に気が緩む。気を付けなければ」と、内心で思いながら、固まっていた身体を伸ばした。


 夜が更に深まり、寝息が小さないびきに変わった頃、涎の垂れた寝顔を確認すると、ネーレウスは机に向かい、宙を指先で裂いた。

その動きで召喚した異空間から“坑道で拾った魔物の卵”を取り出し、観察し始めると、低い唸り声が上がった。

ランタンの小さな炎に照らされた表面は鈍い光沢を放ち、ぬらぬらした質感は怪しげだった。


「…これは…よく見るとあの坑道に居た爬虫類ではない。竜族?…どこから入手したのやら……それに魔力の供給源は…」


 訝しげな声をネーレウスは抑えきれずに漏らし、脈打つ卵の調査を続けながら、あのゴブリンをもっと問い詰めるべきだったと後悔した。

卵の内側には、何者かによって施された術式と魔力の揺らぎが目に入ったのだった。


「一旦、これは保管しておこう…。パメドで何か分かるだろうか」


 次の瞬間、殻には霜が密集していき、表面の脈動は消えたかと思えば、深い溜息に続くように、凍った卵は異空間に仕舞われた。

ネーレウスは眉間に皺を寄せ、疲れ切った表情で窓を眺めた。

外は相変わらず奇妙なほどに静まり返り、風の音しか耳にすることは出来なかった。

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