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七十四話 冒険者三人組とツンデレ令嬢

 店内はジョッキのぶつかる音に紛れて、鉱夫達の騒めきで埋め尽くされており、この奇妙な客に興味の対象は移っていた。


「…騎士団のお偉いさんが、こんな場所に何の用だ?」

「…俺達はヤバい葉っぱなんか持ってねぇよなぁ」

「勇者の呼び出しだろ?ほら、あの坑道の件…」


 どこか下種じみた会話が、隅っこの方でぎこちない雰囲気に包まれた勇者一行の耳に入り、二人は目配せした。

ネーレウスは自分達のいる席の空きとあの二人を交互に見て、その思惑を探ろうとしていたものの、隣からの声に気を取られた。


「…なんだろう?あの二人、何か話でもあるのか?」


 好奇の視線を浴びるメイヴィスに同情しながらも、エルザは小声でネーレウスに話し掛けた。

その視線の先には、ギルバート親子が鉱夫の注目を浴びながら、丸いテーブルの数々を見渡す姿があった。


「どうだろうね?…調査の書面が必要になったとかかな?」


 ネーレウスはそう返事をしながら、内心ではこの結われた銀髪の一件が過り、もやついた感情を抱いた。


「まだ町に居てくれて良かったのだわ。ご一緒してもよろしくて?」


 メイヴィスは鈴の鳴るような声でエルザに話しかけるや否や、返事も聞かずに、向かい合うように席に座った。


「…そりゃいいが…どうしたんだ?書面が必要になったとかか?」


 エルザはこの唐突な登場に困惑した様子で訊ねた。

手元は落ち着かなさそうに束ねられた銀髪を撫で、いつになく浮ついているようにも見えた。


「書面?何の事かしら?…そんな事よりも、髪型、やっぱりいいわねぇ…よく似合ってましてよ」


 メイヴィスは小首を傾げると、呑気に品書きを眺め始めた。


「二人きりのところ、邪魔してすまない。…娘が、勇者様と一緒に食べる!…と言って聞かなくてな」

「随分、この場でも貴殿の話で盛り上がっているようだな…」


 眉を顰めるネーレウスに対して弁明するかのような声が上がったかと思えば、ギルバートはあまりにも自由な娘の姿に疲弊した様子で席に着いた。

その間にも、エルザが頼んでいた揚げ物やビールを運んできたウェイトレスに、メイヴィスは品書きを指差して注文すると、「お父様は?」と訊ねた。


「…適当でいいぞ。全く」


 ギルバートは溜息を吐き、勇者一行を一瞥した。

騎士団の二人の意図が掴めず、エルザは当惑しきったまま、目を白黒させた。


「お、おう。まさか本当に飯食いに来たのか…?」


 エルザは気恥ずかしさを誤魔化すようにジョッキを傾けて、白身魚のフライをもそもそ食べていった。


「たまにはこういう店も悪くなくてよ。あまり行く機会がないのよね」


 そう言いながらも、メイヴィスは落ち着かなさそうなエルザの仕草を見て、表情を緩ませた。


 片や、すっかりだんまりになったネーレウスは、この二人の少女のやり取りを横目に疲れ切ったギルバートの顔色に親近感を覚えた。

お互い腹の奥を探り合うように見つめ合った末に、低いしゃがれ声が上がった。


「あー、まだ公式に決まったわけではないが…あのゴブリンについては、刑が終わり次第、適切な配置に置くことになった。推薦魔術師殿の助言に感謝する」

「…いやはや、しかし、あんなに素早く正確に坑道の地図を書くとは…家みたいなものだとは言っていたが」


 口を開きながら、ギルバートは墓地での出来事や魔物のエサ皿について思い返した。


「娘から聞いたが…パメドに行くのか?」


 そして、ウェイトレスが運んできた食事を一瞥し、ビールに口を付けると、話を続けるように訊ねた。


「…おや、そこまで伝えたつもりはありませんでしたが。まあ…私の考えとしてはそうですね。…随分賢いお嬢さんだ」


 ネーレウスはそう答えた後、髪の結び方について説明を大人しく聞いているエルザを横目に眺めた。


「いっそのこと旅が終わり次第、騎士団に来てくれれば、毎日だって髪を結ってあげるのに…」

「そうよねぇ、お父様?」


 そんな冗談とも本気とも取れないメイヴィスの揶揄いに困惑するもじもじ勇者を見て、ギルバートは苦笑した。

口籠もりながらも、「未来は約束できない」と、エルザが返事をしようところで、突如、ドアベルが響いた。

 出入口に立った三人の冒険者は親し気に会話をしたまま、店内を見渡し、空いている席を探しているようだった。


「…なんだか大変だったね調査!」

「真っ暗だしなー。迷子になるかと思った…」

「司教様も急にクテトウ行きを命じるなんて…何かあったのかしら?」


 この聞き慣れた声に、エルザが振り返ると、見覚えのある、あの冒険者三人組が映った。


「あ、エルザお姉ちゃん!」


 シャロンはエルザの姿に気が付くと、嬉しそうに手を振り、座席の隙間を縫うように駆け寄った。


「知り合い?」


 メイヴィスは、このちまっこい赤毛の少女をまじまじと見つめながら、訊ねた。


「あぁ、そうだ。ベコ村の教会で世話になった…」


 エルザがそう言い終える前に、シャロンは溌剌とした表情で話し掛けた。


「どうしてこんなところに!?…それに、髪型変わってる!あれ、もしかして…?」


 そのまま、好奇心に満ちた眼差しは、整えられた銀髪からネーレウスの方に移った。


「…それは私ではないね。…はぁ」


落胆したような声が漏れた。


「…何はともあれ、君達がよろしくやっていて安心したよ」


 そのまま、ネーレウスは少しくたびれたような微笑みを冒険者三人組に浮かべた。


「こら、落ち着きなさい。エルザ、ネーレウスさん、どうもこんばんは…二人共元気そうで良かったわ」


 慌てて追いついたユーリアが落ち着きのない様子を制止したものの、再会に歓喜したシャロンの話は止まらなかった。


「死食鬼のやつ!討伐したんでしょ?…皆心配してたんだよ!…って、この人は?」


 シャロンは不思議そうにメイヴィスを見つめた。


「皆様ごきげんよう。勇者様のご友人とお会いできて光栄でしてよ。…私、騎士団に務めているメイヴィスと申します。以後お見知りおきを」


 この自己紹介に、ユーリアは僅かに緊張した表情を浮かべ、メイヴィスのブロンドに興味を示したシャロンを抑えた。


「俺とそんな年齢変わらなさそうなのにすげぇなあ…」


 呑気にそんな事をぼやいたものの、このネーレウスの近くに座り、ジョッキを傾ける軍服姿の中年に覚えがあり、そっと眺めた。


「…どうしてそんな人が?…確か、メイヴィスさんとは初対面だけど…」


 ユーリアは慎重に口を開いた。


「…君達は確か…あのキアキの死食鬼の時の、司教殿と共に居た冒険者か」


 ギルバートはそう返すと、静かにビールを飲み干した。


「さて、席も足りぬだろう。仕事もあるので私はこれにて。…推薦魔術師殿、この場はよろしく頼んだぞ」


 その言葉に続くように飲み代が机に置かれた。

去っていく後ろ姿をネーレウスは引き留める事も出来ず、呆然と眺めている内に、冒険者三人組は同じ机の空いている席に座った。

疲れ切ったその心労など素知らぬように、次第に騒がしくも和気あいあいとした空気がテーブルを包んでいく。


「貴方達、フリーの冒険者かしら?死食鬼の件を見たと聞いたけど…」


 メイヴィスはエルザから目を離し、冒険者三人組を見やった。


「あぁ、そうだ。まあ…エルザが討伐した後だったけど。俺はリヒトで、そっちの僧侶がユーリア。赤毛の子はシャロン。普段は三人で、討伐依頼とかこなしたりしてる…って感じだな」


 リヒトはそう答えると、普段共に行動している二人をそれぞれ目で示した。


「…にしても二人共、なんでこんなところに?それに…騎士団のあの人…」


 ウェイトレスを呼び出し、人数分の食べ物や飲み物を頼むと、疲れ切ったネーレウスと、揚げ物をシャロンと分け合っているエルザに訊ねた。


「あー、王都から依頼を受けてな…なんかあの死食鬼の一件でえらい目立ったらしくて。ただ、あの時の討伐よりは楽だったぜ」


 そう答えながら、事もなげにエルザは何個目か分からない揚げ物を頬張った。


「おぉ、出世街道じゃん。すげぇ…」


 リヒトは感心した様子で二人の方を見た。


「まあ、殆どネーレウスが解決したようなもんだが…妙に速かったんだよなあ。探偵にでも…」


 エルザはそこまで言いかけて、何かに気付いたように目を丸くした。

――ネーレウスは“あの石”を狙っている人物か、あるいは組織を追っている?そして、何かネーレウスでなければ気付かない異変が起こり、それが私に関与しているとでも思っている。だから旅を…?


「エルザ?どうかしたの?急にそんな面白い顔して…台無しでしてよ」


 メイヴィスは再び揶揄うように真っ白な頬を突いた。


「あ、あぁ。いや…なんでもない」


 その軽口に反応すらせず、エルザは眉間に皺を寄せて、ちらりとネーレウスの顔を見た。

視界に映った表情はすっかりくたびれており、どこか哀愁すら漂っていた。

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