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七十二話 ポニテ勇者を見つめる目

 ネーレウスの視界には、姦しくも微笑ましい二人のやり取りが映っていた。

声も掛けずにひっそりとその様子を窺う長身の影は、監視しているようにも見えた。

墓や木々の向こうでは、そんな事も露知らず、メイヴィスはエルザに革の小さな袋を二つ渡そうとしており、小さな袋が揺れる度に、じゃらじゃらと重い音を鳴らしていた。


「ギルドへの手数料が省けて良かったのだわ。こっちが死食鬼の方で、こっちがクテトウ町の方よ。両方共、金貨が四十枚ずつ入っているわ」


 その掌の上のずしりとした重量に、エルザは目を丸くして、暫く立ち竦んでいたかと思うと、そっと小さな袋の中身をちらりと見た後、報酬の使い道について考えを巡らせた。

――額が大きいな。この町の奴はネーレウスに半分渡すとして、死食鬼の報酬は…好きに使っていいのか。美味しいものや新しい装備、何でも買えるが…。

 予想外の金額に持て余していると、ふと、ある事を思い出した。


「なあ、その…死食鬼討伐の依頼の方の報酬を、ベコ村の教会に寄付したいんだが」


 エルザの声はどこかバツが悪そうだった。

その内心では、世話になったベコ村の教会での数々の出来事、大量の食事を作る修道女達の姿や、孤児達の楽しげな声、教会から拝借した肥料や、折った燭台の芯の数々等が想起されていた。


「…教会に寄付?何か事情がありそうね」


 メイヴィスは静かに頷いて、片方の革袋を預かった。


「…助かる。で服の方は…クテトウの件の方から抜いてもらえると…」


 今度は王都にて、立て替えて貰った衣類について脳裏を過り、エルザはもじもじしたまま俯いた。

同じくらいの年の娘と買い物に行った事が物珍しく、その思い出にくすぐったさを感じていたのだった。


「ねぇ…それよりも貴女、髪飾りはどうしたの?」


 田舎娘のようないじらしい素振を見て、メイヴィスは今にも揶揄い出しそうに不敵な笑みを浮かべた。


「実は使い方をよく知らなくて…それに汚すかもしれないし…だから、その…気に入ってはいるんだが…。下手に触って壊すのも嫌だし…。で、あの、服の方は…?」


 エルザは更に口籠り、目を泳がせた。


「あのふしだr…推薦魔術師殿に何か言われたのかと思ったのだわ。貸してみなさい。服の事なんて今はいいから」


 メイヴィスは懐に仕舞っていた櫛で、手慣れた様子で真っ直ぐに伸びた銀髪を梳かし始めた。

次に、ベルトに付けていたポーチから取り出された髪留めをエルザから受け取り、リボンの裏側についている留め具を閉じたり開いたりして見せた。


「…ほら、それこそ銃器なんかと比べたら、複雑な構造じゃないわよ。簡単でしょう?」


 そう言いながら、腑に落ちない様子のエルザの頭を優しく抑えると、器用に絹糸のような銀髪を纏めて紐で括り、その上から髪飾りを留めた。


「…その紐もあげる。これなら不器用な貴女でも出来るのではなくて?」


 メイヴィスは仕上がりに誇らしげな表情を浮かべ、胸元に垂れた髪の一房を弄る、落ち着きのない白い指先に顔を緩ませた。

そして、あまりにも年相応な仕草に、「なんて可愛いの…もう本当に勿体ない…。大体あの“ふしだら男”も、エルザちゃんの見た目をもっと綺麗に…こう…」等と思わず口走りそうになったところで我に返り、口元を抑えて誤魔化した。

 そのふしだら男もとい推薦魔術師が近付いてきていたからである。


「…エルザ、報酬は受け取れた?」


 エルザがメイヴィスに「ありがとう」と言う前に、ネーレウスが声を掛けた。

同時に、金色の瞳とメイヴィスの緑の瞳が一瞬だけ睨み合う。


「まあな。ただ…死食鬼の方は寄付する事にした。いいよな?」


 その僅かに険悪な気配に気が付かず、整えられた髪に触れながらエルザは訊ねた。


「…うん、全然問題ない。きっと皆、喜んでくれると思うよ」


 そう伝えつつも、ネーレウスの目は結われた髪型に向いていた。


「クテトウ町の方の報酬は半分ずつで分けるのでいいか?」


 エルザはその視線を不思議に思いながらも、この件について訊ねた。


「あぁ、それは私は要らないよ。君が持っていればいい」

「…さて、お腹も空いただろうから、そろそろ何か食べに行こうか」


 そう提案した後、ネーレウスは墓地の出口の方に向かっていった。


「ん?…そうだな」


 このどこか性急な態度に、エルザは違和感を感じて釈然としないまま頷いた後、いそいそとメイヴィスの方に駆け寄って行った。


「……その、ありがとう…髪型…やり方とか…」


 この消え入りそうな声のしおらしさに、メイヴィスは吹き出しかけた。


「気に入ったなら何よりよ。ところでもう出発するのかしら?…夕飯でも、と思っていたのだけど…」


 同時に、緩む表情をどうにかしゃっきりさせながら、そう返したが、その真顔の下では揺れる銀色の髪の触り心地を反芻し、指先が無意識の内に動いた。


「ネーレウスがもう行くってさ。…もっと色々教わりたかったんだが」


 その言葉の後、赤と青の瞳がちらりと墓地の門に立つネーレウスの方を向いた。

長髪をたなびかせるその姿は、よく見ると手招きをしており、急かしているようにも見えた。


「…なんか呼んでるっぽいな。それじゃ、またな」


 それだけ言うと、エルザは門の方に慌てて去っていった。

メイヴィスは「あのふしだら男め」等と内心で毒づきながらも、去っていく後ろ姿に肩を竦めた。

その視界の中では、夕闇の中、仲睦まじそうに揺れる、二人だけの勇者一行の影が伸びていた。


「遅れたな、悪い悪い」


 エルザは門前まで辿り着くと、軽い口調で謝った。


「ガールズトークも楽しいだろうけど…」


 曇り空から漏れる夕日を反射して輝く、結われた銀髪をネーレウスはじっと見つめた。

この眼差しの意味を知る由もなく、困惑した様子でエルザは「なんだよ、そんな待たせてないだろ?」と、返事をしようとしたものの、口を閉ざした。

 そのまま、言葉を交わす事なく、墓地を出た二人は相変わらず人通りの少ない街道を散策していき、石畳の上には二人の足音が静かに響いていった。


「……なあ。このクテトウ町の件…魔王が侵略の為に企ててるとかか?」


 沈黙に耐えかねたエルザは、黙りこくったままのネーレウスになんて事のない半分雑談のような話を振った。

返事を耳にするまでの時間が異様に長く感じられ、風の音と靴音さえも、いつになく目立って聞こえた。


「…魔王はそんな事をしている暇はないと思うよ」


 少しの間を置いて、ネーレウスはエルザの方を向いて困ったように笑い、話題を逸らすように街道の先を見つめた。


「さ、あのお店はやってそうだよ。どうだい?」


 ネーレウスが指した食堂の軒先では、灯りの点いたランタンが薄闇を照らしていた。


「いいな。ビールでぱーっといくか!初めて自分で稼いだ金だしなー」


 漂ってくる美味しそうな臭いにエルザは顔を綻ばせて歩みを早めた。

その横で、ネーレウスは歩調を合わせながらも、歩く度に揺れる纏められた銀髪から視線を外せず、ただ口を閉ざした。

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