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七十話 中に誰も居ませんよ?

「墓を荒らす気か?雇われの分際で…」


 ごろつき達は項垂れたまま、忌々しげにネーレウスの方を向いた。

凍り付き、床に転がっていた武器を全て取り上げられてもなお、その目には反抗の意思だけが強く残っていた。

カウンター奥では、戦々恐々とした面持ちの受付嬢が縮こまって様子を窺っている。


「…この際…行かなくてもいいでしょう。ここからでも大まかな数は分かる」


 その声に続くかのように、湿度を持った気配が現れたかと思えば、蜃気楼の如く消え去った。

この一瞬の違和感に気付いて、メイヴィスはどうにかその魔力の残滓を認識しようとしたものの、見つけることは出来なかった。

何をしたのか尋ねようとしたものの、ネーレウスの言葉は続いていった。


「何も埋められていない墓は…」


 しかし、全て言い終わる前に、野太く喚く声が重なった。


「どうやってそんなの分かるってんだ?!ホラだ!ホラを吹く気だ!」


 ごろつきは狂ったように騒ぎ、その声を掻き消そうとでもするかのように無意味なあがきを始めた。

沸き上がりつつあった暴動を無視して。


「…個別の墓だけで、二十…七」


 その数を耳にした途端、ごろつきは血の気の引いた顔を引き攣らせたかと思うと、半狂乱の表情で叫んだ。


「嘘だ!こいつは大噓吐きだ!!適当な数を言っている!」


 抵抗は最早意味を持たない。

そう理解していてもなお、慌てふためき、逃げようと藻掻いた。


「…騎士団…君の父君にとって、今は…逃がさない方が都合がいいだろう?」


ネーレウスは口角を上げて、メイヴィスの方を向いた。


「…えぇ。推薦魔術師殿の発言が嘘かどうか…はっきりさせましょうか」

「調査に同行しなさい。脱走は業務執行妨害と見做す」


 僅かに口籠った後、メイヴィスはごろつきの方を一瞥した。

平静を装っていたものの、この“推薦魔術師”の笑みに鳥肌が立ち、どうやって“何も埋められていない墓の数”を知ったのか訝しんだ。

告げられた言葉に逆らう術もなく、項垂れたならず者達を連れて、二人は冒険者ギルドを後にした。

そして、カウンターの奥で呆然とする受付嬢だけが荒れた室内には残された。


 街道では、この逃走事件のほとぼりが冷めつつあり、人通りは疎らになっていた。

誰も口を開かずに足取りを進めていくと、教会の尖塔が見え始めた。

 その広い敷地では、素知らぬ顔をした墓標の数々が曇り空の下でひっそりと列を成し、端の方では墓守の男が熱心に地面を掃き掃除していた。

ごろつきを連れた冒険者風の男女が墓地に立ち行ったのを見て、墓守の男が驚いたような様子で声を掛けた。


「…墓に一体何の用で…?」

「はじめまして。私、騎士団の者です。任意の捜査協力のお願いをしてもよろしいでしょうか?」


 困惑した表情の墓守に、メイヴィスはそう伝えた。


「そりゃ勿論、構いませんが…死人に口なしですよ」


 墓守は頷いたものの、まだどこか不可解そうな面持ちで、この眼前の二人とごろつき連中をしげしげと観察した。


「…あの辺り一帯、誰も眠っていない。ご存じでしたか?」


 ネーレウスは静かに墓標が並ぶ列を指した。


「確かに棺はあの辺りに埋めましたが…そんなことは…」


 この急な問いに、墓守は首を傾げて示された列を眺めた。

盛られた土は他の列と変わらなかったものの、立てられた墓石は異様に真新しく、苔一つ生えていなかった。


「…二十七基。棺の中の密度が異様に小さい」


 その言葉に続くかのように、「あてずっぽうだ…どうやってそんなの分かるってんだ…」と、ごろつきは呟いた。

状況が把握できていない墓守には、沈黙が異様に長く感じられ、風の音だけが大きく耳に残ったように思えた。


「…今、この場で墓を暴いてみても?」


 ネーレウスはようやく視線を墓守に戻して淡々と告げた。


「推薦魔術師殿。棺は…埋められていると。倫理的に…それは…」


 確認するべき状況だと思ったが、道徳心がその行為を許さず、メイヴィスは曖昧な返事しか出来なかった。


「君達としても証拠が欲しいだろう?…では“調査の最中に不審な魔術師が現れて、全員を脅して墓を暴かせた”…とでも言えばいい」


 ネーレウスは穏やかな微笑を浮かべていたが、目の奥には、底知れないものが秘められているような、奇妙な圧迫感があった。

三竦みのまま誰も口を開かず、墓地は重苦しい静寂に包まれた。

その表情に僅かに背筋が悪寒立ち、メイヴィスはたじろいた後、出方を窺うように墓守の方を向いた。


「…本当に空なんでしょうね?協力したいのはやまやまですが…」


 この無言の物々しさに耐えきれず、墓守は唾を飲み込み、視線を逸らした。


「えぇ、空です。…恐らく、人身売買の隠蔽にこの墓地が使われているかと」


 なおも表情を崩さずに告げられたその言葉は、どこか確証めいたものがあった。


「隠蔽?分かりました…いいですよ。あぁ、くわばらくわばら…」


 墓守は溜息を吐くと、道具小屋まで足を運び、スコップを持ってきた。

そして、躊躇うメイヴィスと強張った表情のごろつきを連れて、ネーレウスはその真新しい列に進み、中から近くの墓を指した。

石は傷一つなく、花すらも手向けられた痕跡がなかった。

場所を伝えられてもなお、墓守は足が竦んだように、スコップを持ったまま立ち往生し、動かなかった。


「本当に…掘るんですね?…どうなっても知らないですからね?」


 手は震え、汗を掻いていた。

何かよからぬことが起こるのではないか、という猜疑心を抱き、心の中で祈りを上げた。


「…貸してください。私がやりますので」


 ネーレウスはスコップを受け取ると、盛られた土を掘り始めた。

その動きから目を離せず、墓守とメイヴィスは息を呑んだ。

掘り起こされて退けられた土が徐々に山を作り始め、小石と土をスコップが刺していく音だけが大きく響いた。

全員が黙りこくる中、作業は続いていき、産毛一つない額から薄ら汗が滲み始めた頃――棺の表面が見え始めた。

 口元を僅かに歪ませると、ネーレウスはそのまま被さっていた土を取り除いて、棺の隙間にスコップを差し込んで開けた。

打ち込まれていた釘が引き剥がされていったその瞬間、メイヴィスと墓守は目を見開いたまま、その中身を注視した。

 中には――麻袋が一つ無造作に入っているだけだった。

そこに生々しい臭気はなく、ただ土の匂いしか漂っていない。


「これは…遺体ではない…?」


 どうにか紡ぎ出されたメイヴィスの言葉の裏には、数々の疑念が過っていた。

――果たして…現行の魔術体系の中に土の中の物体を“透視”するような方法があっただろうか?そして、本当に魔法だったのか?それよりも…噂が本当なら…根源的な…。

 ある種の超常現象めいた出来事に、メイヴィスは背筋に悪寒を覚え、半歩だけ後ずさると、穴の中から凛とした低い声が聞こえた。


「…やはり、ね。帳簿上は死んでいるが、ここには誰も眠っていない。…地中の水がそう言っている」


 ネーレウスは汚れ一つない棺の中を観察すると、入っていた麻袋に手を入れて、中から重そうな石を取り出し、感心した様子で眺めた。


「重さを誤魔化しているね。…手が込んでいる」

「ただの行方不明にしなかったのは…曖昧なままにして、この件への調査を少しでも遅らせる為。だから、死者を偽造した」

「…君達の元締めはどこに居る?この手法を教えたのは誰だ?」


 そして、石を元に戻して穴から出て、鋭い眼差しで眼前の悪党達に訊ねた。


「…俺達は雇われだ。もっと上の人間じゃねぇと知らねぇ」


 これ以上は勘弁してくれと言わんばかりに、ごろつき達はその場に立ち尽くした。


「では、薬物はどこから持ってきた?」


 ネーレウスの問い掛けが続く中、目配せしたまま口を噤んだ。

目でのやり取りは続き、やがて、リーダー格の男が観念した様子で顔を上げた。


「パメドだ…。ここの隣国の。あんたらは信じねぇかもしれねぇが」


 それだけ答えると、リーダー格の男は首を垂れた。


「あんなに信心深い国が…?それに今は…人の出入りを制限しているはず。…まさかあの坑道が?」


 メイヴィスは片眉を上げ、連なる鉱山の方を見つめた。

聳える山は何も答えず、雲の切れ目から差し込む光を静かに受けていた。


「…そうだね、繋がっている可能性が高い。エルザが戻ってきたら、詳しい事が分かるだろう」


 一度だけ頷くと、ネーレウスは道士服の裾に付着した土を払い、静かに墓地の出入口の方を見つめた。

視線の先に人影はなく、冷たい風が墓標を撫でた。

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