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六十九話 煙館のごろつき

 目を合わせたまま、誰もすぐには口を開かなかった。

扉の軋む音だけが響き、受付嬢すら微動だにしなかったが――


「てめぇ!昨日はよくも…こっちは商売上がったりだ。落とし前付けてもらわねぇとなあ…!どう払ってもらおうか…」


 唸るような怒声が突如として沸き上がったかと思えば、ごろつき達は眼前の勇者一行の逃げ道を塞ぐように、にじり寄った。

次の瞬間、我慢ならないといった様子の大男がネーレウスの胸倉を掴んで壁に追いやり、睨み合った。

割って入るように、別の男が二人に銃口を突きつける。

 この異様に殺気めいた集団にメイヴィスが警戒し、エルザが応戦しようとしたその時、場にそぐわない、異様に落ち着いた声が、リボルバーに伸びた白い手を留まらせた。


「…あの、まずは…話し合いませんか?」


 ネーレウスは冷静に告げながら、昨夜の酒臭い記憶の断片や、エルザの“助かったぜ”という言葉を反芻した。

王都の目がある中、ごろつきを泳がせながらも牽制するのに相応しい手を思案したところで、胸倉に掛かっていた圧力が強まった。


「話し合い?…ほら、お得意の奇術はどうした?今のままじゃヤられっぱなしになるぜ?」


 嘗め回すようにごろつきはその端正な顔を見た。

薄氷を踏むかのような剣幕の最中、メイヴィスが“奇術”という単語に眉を顰める隣で、一つの声が上がった。


「おい、手を退けろ」


 エルザは眼前の男の腕を締め上げるや否や、そう言い放ち、ネーレウスを掴んでいた太い手首を捩じり、押さえ付けた。

その素振に、堰を切ったかのように、逆上したごろつき達が銃や刃物を向け、騒動に怯えた受付嬢はカウンターの奥に身を隠した。

トリガーに一斉に指が掛けられ、銃口が火を噴いた刹那――弾は何かに弾き返され、床に散らばっていく。

通路には、身を守るかのように、透明な結界の壁が詠唱も無く生成されていた。


「エルザ、今は情報を集めないと。折角メイヴィス嬢が居るのだから」


 荒れた場に低く響く凛とした声が逆鱗に触れ、暴徒と化したごろつきはなおも襲い掛かった。

刃物と罵声、銃声が響く中、ネーレウスが静かに暴徒を一瞥した途端、手足の感覚を失ったかのように集団は膝から崩れ落ちていく。

乾いた金属音の残響と共に取り落とされた銃や刃物には、霜が根を張ったかのように侵食していた。

 金色の瞳がもう一度その大男達を見やった時、メイヴィスが仲裁に入った。


「王都騎士団の名の下に忠告する。この場で…私闘は許可されてなくてよ。例え、悪党に対してであっても」

「……それ以上は、王都での“説明”が必要になるかと」


 そう言った後、視線を“推薦魔術師”の方に向けた。

その内心では、体の制御を失ったかのように手から離れていった凍てついた武器、詠唱のない魔法の数々が得体の知れないもののように感じられていたのだった。


「…参ったな。君は…随分優秀だね」


 言葉に込められた意図に、ネーレウスは僅かに苦笑いを浮かべると、通路にへたりこむごろつきの集団に近付いた。

視界の端には霜の付いた武器を拾おうとする者、緩慢な動きで脱走をしようとする者が映る。


「さて、煙館と鉱山について…教えてもらおうかな」

「いかがわしい女性達を使って…薬物を流行らせているのは君達だね?…そして、この町を鉄産業だけでは立ち行かないようにした」


 投げられた問い掛けにリーダー格の男は歯を食い縛り、睨んだ。


「何の話だ?」


 確証の無い話だと言わんばかりに薄汚れた口元が歪む。

その手足の皮膚は、凍てついたかのような冷たい感覚に蝕まれ、同時に脂汗が滲んだ。


「坑道の魔物は…壊滅的な被害が出るようには私には見えなかった。…そう、例えば、魔物の討伐自体を囮にして、坑道で迷った冒険者を売っている。もしくは被害状況の嵩増しを行っている…とか、ね」


 ネーレウスの話は淡々と続いて行った。


「人身売買に関する証拠はない。当然、薬物についてもだ。随分、あの売女共と愉しんでいた癖に、いけしゃあしゃあと…」


 その返事は鼻で笑うかのようだった。

逃げる手段を失ってもなお、ごろつき連中は下卑たような表情を浮かべたまま食って掛かっていた。


「とぼけるな!昨日、うちの連れを攫ったのはお前らだろ?…金貨千枚だと言ったな?それが何よりの証拠だ」


 エルザは声を荒げながら、大男に掴み掛かった。


「それは言葉の揶揄だ。うちの娼館で…探りを入れてる奴が居たんで取り押さえただけなんでね。おい、これ以上は一般市民への尋問だろう?」


 手足から感覚を失ってもなお、男は睨みを効かせ、余裕の表情を浮かべたものの、額からは脂汗が垂れていた。

四肢の異様な冷たさは鉛のような重さすら孕み始めていたのだった。


「嗅ぎ回られると困る事情があると。…鉱山に何か、魔物以外にも…薬物の流通経路があるね?こんなものを件の坑道の…隠し通路で見つけたのだけれど」


 そう言って、ネーレウスは懐から紙に包まれた“奇妙な甘い臭いのする吸い殻”を取り出した。

この見慣れない物品に、メイヴィスは一言だけ漏らした。


「これは…?普通の紙巻き煙草じゃないわね」


 その吸い型の中身は、一般的な煙草の葉とは色や刻み、全ての形質が異なっていた。


「俺達は知らないねぇ…。これ以上は時間の無駄だ。奇術師さんよ、何を使ったのか知らねぇが、おかしな術を解いてもらおうか。手足が冷えて敵わねぇ」


 男は僅かに顔色を変えたものの、下卑た顔つきのまま凄みを効かせたが、その目にはどこか慄きの感情が滲んでいた。


「…あの地図、君達が泥酔した私から回収したものによると、どうやら坑道は外国に繋がっているらしいじゃないか?」


 なおも問い掛けを続け、ネーレウスは眼前の輩を静かに見つめた。


「俺達はそんな抜け穴なんて…」


 掌握された情報に、ごろつき連中は目配せしたかと思えば、顔を引き攣らせた。


「…薬物の流通元について知っていそうなのが一人、坑道に居た。あの地図は古いと教えてくれた奴だ」


 このやり取りの成り行きを眺めていたエルザは、ようやく口を開き、鉱山がある方角を指した。


「…まだだ、人身売買に関する証拠はない」


 ごろつきの内の一人が威圧するような唸り声を上げ、白髪頭の勇者を睨んだ。


「では…決定的な証拠を見てもらいましょうか。教会の墓地まで、ね。恐らくは…“偽造された死者の墓”があるはずだ」


 ネーレウスは表情一つ変えずに出入口を見た後、言葉を続けた。


「エルザ、坑道まで行って“例のゴブリン”を連れてきて」


 告げられた言葉にエルザは「分かった」とだけ言って、この冒険者ギルドを後にした。

ドアベルの音が一つ鳴り、扉の隙間からは去っていく後ろ姿が見えた。

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