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六十六話 勇者は仲間の為に煙館までカチコミするようです

 エルザは眼前の光景と甘ったるい悪臭に足を止めた。

店内は薄暗く、男の肩に身を寄せる娼婦達や、下品な笑い声、湿った吐息で埋め尽くされ、どんちゃん騒ぎに包まれていた。


「いらっしゃいませ…本日はどういったご用件でしょうか?」


 向かってきた給仕の男が訝しむような、値踏みするような目でこの珍妙な白髪頭の客に声を掛けた。


「東洋のエルフの男が来ていないか?」


 エルザは険しい顔のまま、率直に要件を伝えた。


「エルフ…?はて何のことでしょうか。少々お待ち下さい」


 給仕は不可解そうな表情を浮かべると、奥の扉へ去っていった。

その瞬間、この珍妙な客に気付いた男性客達は徐々に騒めき立ち、舐めるような視線を向けた。


「おい、なんだあいつ…こんな夜更けに新入りか?」

「ヒヒヒ…もっと熟れてからじゃねぇとなぁ…」


 背後で重なっていく嘲笑に、エルザの眉間の皺は余計に深くなった。

しかし、侮辱への苛立ちは直ぐに消え去り、「…まさか、ハニートラップに引っかかったのか?」という一抹の疑念が生まれ、そっと自身の胸元を見つめた。


「あぁそうか、やっぱり大きい方が…」


 それは誰にも聞こえないような声だった。

溜息を吐き、エルザが立ち往生していると、端から誰かが立ち上がるような音がした。


「冒険者じゃ稼げねぇからこっちに来たんだろ?」


 男性客の一人が、この未成熟な勇者に食って掛かり、しなやかな体躯を壁際まで押しやっていった。

酒臭い息が吹きかけられ、汚い手が真っ白な肌に触れようとした瞬間、小さな打撃音が響いた。

膝打ちを喰らって客は昏倒し、周囲が一斉に騒めき立った。

少しして奥から戻ってきた給仕が雑踏を治めていき、状況について咎めた。


「…これは一体?」


 給仕は倒れた客とエルザを交互に見た。


「知らん。でも、よくあるだろう?こういうのは」

「…で、エルフの男は居るのか?知り合いからここにいると聞いたんだが…」


 エルザは何も知らないような素振で肩を竦めると、給仕を真っ直ぐに睨んだ。


「…当館では個別の来店履歴についてはお答えしておりません。申し訳ございません。夜分も遅い頃でしょうし、もうどこかでお休みになられてるかと」


 給仕は伸びた客を席に寝かせながら答えた。

拉致が明かない状況に、エルザの指先がリボルバーに伸びたその時。


「…それ以外に何か要件は?さ、折角ですので…お飲み物でもいかがでしょうか?」


武器に触れた白い手元を僅かに見た後、給仕は微笑みながら、空いている席の方を見やった。


 様子を見る為に席に着いたエルザは注がれたブランデーに口を付けた。

すると、視界の端に下卑たような目つきで口角を上げる給仕の表情が映った。

嫌な予感がして、周辺の様子をそっと観察すると、奥にある扉から甘ったるい悪臭が漂ってきた。

――この奥にネーレウスが居るのか?

そう思い、潜入の隙を窺うと、給仕は他の客や娼婦諸共、伸びている男性客に構い始めた。

そして、ここぞとばかりにエルザはすかさず気配を殺して忍び寄り、扉を僅かに開いて滑り込んだ。


 奥の部屋は目を背けたくなるような生々しい様相を呈していた。

その有様にエルザは僅かに足が竦むような感覚を覚えたものの、その嫌悪感を振り切って、いかがわしい煙の先を食い入るように覗き込んだ。

しかし、豊満な娼婦の間やカーテンの影にネーレウスの影はなく、ある疑問が脳裏に浮かんだ。「あの男が…易々と捕まるか?」と。

そのまま、閉ざされたカーテンの裏側まで確認しようとした時、突如、咎めるような声が耳に入った。


「おい、何をしている?」


 このフロアの給仕が訝しむように声を掛けた束の間、白髪頭の侵入者に首を抱え込まれるように締め上げられ、呻き声を上げた。


「…エルフの男がここに来ていないか?」


 問いはあまりにも乱暴で力任せだった。

隅の方を指差しながらも増援を呼ぼうとしていた給仕を、エルザは締め上げて昏倒させると、示された先にあるカーテンの掛かった通路まで、物陰に隠れながら一歩ずつ近付いていった。

やがて、通路からは、次第にボソボソとした話声が耳に入った。


 エルザが慎重にその隙間からその様子を観察すると、通路では、昼間に見かけたごろつき冒険者と筋骨隆々な用心棒が話している様子が目に入り、聞き耳を立てた。


「…ありゃ高く売れそうだよな。東洋産の金色の瞳の…女だったらもっと跳ね上がっただろうな」

「俺達の分け前もあれなら相当貰えるに違いねぇ。…泥酔から覚めたら手枷付きだ。びっくりするだろうなあ!まあ、競売まで潰れさせておくだろうが…」

エルザは耳に入った会話に冷や汗を掻いた。


 焦燥に駆られながらも、身を隠して隙を窺っていると、下品な会話は途切れ、銃声が響いた。

カーテンが揺れた先に、リボルバーを構えた用心棒が立っており、向けられた銃口からは二発目、三発目の弾が放たれた。

壁際に身を引いたエルザは、銃身だけを通路に出し、照準を合わせた。

しかし、引き金に指を掛けた時――脳裏には、血みどろになった自身の姿を見て、悲しそうな表情をするネーレウスの顔が思い浮かんだ。

指先が異様に重く感じられ、躊躇ったその時。


「おい、何の用だ?娼婦志望か?」


 用心棒の男が銃口を向けたまま、歯を剥き出しにして訊ねた。


「ここで捕まっている男を探している」


 通路に踏み込み、エルザは用心棒の腕を捻り上げるや否や、更に奪い取った銃を投げ捨てた。

その隙を狙うかのように、ごろつき共の短剣がその背を狙った瞬間、腕の中で雁字搦めになっていた用心棒が周囲の悪党諸共、壁に突き飛ばされた。

 重い音と共に床に短剣が落ちる音が通路に響いた。


「…で、金の瞳をした東洋のエルフはどこだ?」


 畳みかけるような動作でエルザの銃口がごろつき達に向いた。


「まあまあ!取引をしようじゃないか。女だと高をくくってたが…大した腕だ。…あんた、カタギじゃないね、フリーの盗賊かアサシン?」


 用心棒は両腕を上げ、降参したような調子で立ち上がると口を開いた。

しかし、その目は(したた)かであり、舐めるように体付きや装備を見ていた。


「…さあな。奥に居るんだろう?うちの連れだ。返してもらおうか」


 リボルバーを向けたまま、エルザは微動だにしなかった。

鬼気迫った表情は殺気と苛立ちに塗れていた。


「結論を急ぐな。…そいつの価値を知っているか?暫くは遊べる額な上に…競売に掛ければもっと釣り上がる」

「…で、だ。売上の三割をやる。だから、仲間にならないか?近接も遠距離もいける奴はうちには居ない。幹部クラスも保証できる」

「十秒やる、その間に頷くだけでいい」


 交渉に出た用心棒の男はまだなお値踏みするような目つきで問い掛けた。

エルザが閉口している間にも、足音は増えていき、辺りには通路を挟み込むように大男が疎らに集まってきていた。


「…五秒だ。その間に道を空けろ」


 筋骨隆々の大男達に囲まれながらも、エルザは表情すら変えずに言い放った。


「交渉決裂か。…精々、変態共に可愛がられるこったな」


 敵は雪崩れ込むように襲い掛かった。

ある男はその身体を押さえ込もうとし、またある男はリボルバーを構えた。

銃声が響くその直前、エルザはその銃口を見て身を屈めたかと思えば、敵の銃撃が同士討ちになるように誘導し、壁際にあった木箱を蹴り飛ばして、取り囲んでいた敵にぶつけた。

しかし、増援は完全に減っておらず、死角からの一閃の弾丸がその腿を掠めていき、血を滲ませた。


「ッ…!!」


 灼けるような痛みに足を引き摺りながらも、エルザはリボルバーを引き抜いた。


「何を躊躇っているんだ?…舐めた真似しやがって。もう逃げられねえなあ!」


 用心棒は下品な笑いを浮かべて、エルザの腕を抑えると無理矢理に押し倒した。

無言のまま、睨み合いが続いたのも束の間、鈍い音が響き、頭突きを喰らった用心棒は呻き声を上げて、昏倒した。


「もう一度言う、退け。私の気は長くない」


 その言葉と共に、エルザは銃を構えた。

銃口を向けられた残党達は一斉に殴り掛かり、この侵入者を我先にと取り押さえようとした。

拳と応酬がひしめき合い、肉弾戦は続いていくも、素手の殴打によって、次々に大男達が横倒しになっていった。

 遂に辺りは静まり返り――立っているのが自分自身だけになると、エルザは足を引き摺って通路の先に向かった。

そして、階段を下りていくと、施錠された扉が次第に見えてきた。


「ネーレウス…無事か…?間に合え…」


 エルザはロックピックを懐から取り出すと、ガチャガチャと差し込み始めた。

その手元が普段よりも、滑っているように感じられ、額からは脂汗が滲んでいく。

同時に、先で倒れているネーレウスの事を考えると、胸が苦しくなり、僅かに眉間と鼻の頭が熱くなるのを感じた。

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