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六十五話 町の裏稼業

 辿り着いた場所はもぬけの殻だった。

この奇妙な空間には檻があり、中には犬のような魔物がひしめいて唸り声を上げていた。

壁際の暗がりには他の通路に繋がっている穴がいくつか見えた。

獣臭に思わず顔を顰めながら、場に残った餌袋の数々と小さな鞭を一瞥した後、エルザは手掛かりを探した。

地面には、真新しい猿のような足跡が残っており、あの人語を話す奇妙な魔物の行く先を示唆していた。


「…しかし、何を企んでいるんだ?」


 そう呟きながら、手掛かりの示すままに足早に歩みを進めていくと、岩肌は徐々に狭まっていき、曲がった道や坂に差し掛かった。

やがて、前方にある分岐した道からは威嚇する犬のような魔物が現れたかと思えば、一吠えして逃げていった。

 ――誘導みたいだが、あの犬っころを追い続けていれば…飼い主が見つかるに違いない。

エルザはそう確信して、すかさずその後を追った。

湿った地面に足を取られ、道はますます細くなっていく。

道行は不安定になり始め、ランタンが照らす先では天井から小石が不規則にぱらついてきていた。


 いくつか角を曲がったと思えば、エルザは唐突に手掛かりを見失い、立ち往生した。

そして、真横に小さな穴を見つけた次の瞬間、乾いた音が響く。

コンマ秒後、空気は震え、視界が急激に白むと同時に、坑道の天盤は崩れた。

大量の土砂や岩の数々が流れ込み、狭まった通路は跡形もなく消え、エルザもまた下敷きになったかのように思えた。

 しかし――立ち込めた煙と土埃の中から咽た声が聞こえた。

エルザは着火音の後、考えるよりも先に後ろに駆け出していたのだった。


「間一髪だったが、同じ手は二回も通用しない…ってなんだあれ?」


 かすり傷と熱傷を負いながらも、エルザは立ち上がって周囲を見渡した。

ランタンの照らす先には、犬のような影と共に必死で逃げていく小さな人影があった。

魔物だと思っていたものは亜人であり、それは異様なほど、肌が黒く――文字通り影が逃げているようだった。

 その影に向かって、エルザは手に持っていたランタンを素早く投げた。

金属がぶつかる鈍い音が続いたかと思えば、打撃の衝撃と悪くなった足場で転んだ亜人は取り押さえられ、横では犬のような魔物が鳴き喚いていた。


「なるほど、ゴブリンか。にしても、こんな風貌じゃあ目視できねぇなあ…たまげた」

「…で、吐いてもらおうか」


 見張りと罠を仕掛けた存在の正体に、エルザは一瞬呆気に取られつつも、あの小さな設備の数々と猿のような足跡に奇妙な納得感を抱いた。

同時に、ネーレウスの行方について手掛かり掴めたと言わんばかりに、口角が徐々に上がっていった。


「……何をだ?町で流行ってる薬物についてか?それについてなら、おれは知らねぇ。ここで管理を任せられてるだけでさぁ」


 捕縛されたゴブリンは渋々口を開いたかと思えば、片手で吠えていた魔物を宥めた。


「はぐらかすな。夕方以降、人を見ていないか?」


 エルザは小さな首根っこを掴みながら、険しい表情で詰問した。


「…人?その時間帯から先は鉱夫共と姐さんだけだな」


 鬼気迫る表情を意にも返さず、ゴブリンは困惑した様子で答えた。


「は?…どういうことだ?」


 “ネーレウスが鉱山で行方不明になったに違いない”という想定が崩されて、エルザは目を見開いた。

顔は徐々に青ざめていき、取り押さえていた腕から急速に力が抜けていく。


「大方、おたくらはこの町の調査に来たんだろう?で、昼間仲良く行動してた男とはぐれたもんで…探しにきたと」


 ゴブリンはエルザの手から抜け出すと、逃げもせずに地べたに座り込んで、待機させていた魔物を撫でた。


「あの兄ちゃんは…エルフか何かに見える。ああいうのは高く売れるんだ、他の国でな。しかも、西方ではあまり見かけない顔つきだろう?下手したら金貨千枚は下らない価値ってわけだ。…そんな一生遊べる額、この辺の連中なら、なんとしてでも欲しがるだろうよ」

「姐さんは強そうだが…逃げた方が良い。金持ち共の玩具になりたくなけりゃな」


 その言葉に眉間に皺を寄せるエルザを無視して、事もなげに言い終えると、ゴブリンはそっぽを向いた。


「……で、どこに居る?…もうオークション会場か?」


エルザは声を荒げた。


「さあな!…たーだ、こっちにゃ来てないね。それだけは間違いない」


 ゴブリンがそう言い放った途端、一触即発の空気が立ち込めた。


「…何か知っているな?」


 苦虫を噛み潰したような表情でエルザは薄汚れた胸倉を掴んだ。

しかし――


「…本当に行方は知らねぇなぁ。…だが、予想は付く」

「あの兄ちゃんは…ここいらの薬物の調査に煙館まで向かったんじゃねぇか?多分だがな。…ただ、調査に向かった連中は全員薬漬けにされて他所にポイだ」


 返ってきた言葉は妙にそれらしい憶測だった。

宙吊りになってもなお、ゴブリンは飄々とした態度を崩さずに、濁った眼でエルザを睨み返した。


「煙館はどこだ、案内は?」


 焦燥は頂点に達していた。

エルザは取り押さえていた手に力を籠めながら、もう片方の手をリボルバーに伸ばした。

ピリついた、腹を探り合うような沈黙が続く。


「…行ったら殺される。場所も言えねぇ」


 ようやく重く閉ざされた口が開いたかと思うと、ゴブリンは静かに首を横に振った。

その刹那、冷たい殺気がそのこめかみを襲った。


「…今ここで死ぬか、選べ」


 真っ黒な頭に銃口を突きつけたまま、エルザは微動だにせず、引き金に指を掛けた。


「下っ端だが、おれは情報を持っている。この鉱山の全ての横穴も、どこが国外に通じているのかも…。おれはここの王様だ。殺したら全ての情報はパーだ」


 鬼気迫る状況にも関わらず、ゴブリンは不敵な笑みを浮かべた。

唐突に銃声が響いたと同時に、黒い肌の真横を一閃の熱が掠めた。

怯んだ魔物がけたたましく吠える横で、ゴブリンは銃口を見つめたまま、慄きに染まっていった。

 そして、エルザが何かを告げるより先に、観念したようにつらつらと曖昧な自白が始まった。


「…今の時間なら…裏通りでまだ開いてる店があるだろう?そこだ。それから、兄ちゃんに…あの地図は古いやつだと伝えた方が良い。本当の地図はおれしか知らねぇってこった」

「ほら、姐さんが欲しい情報は全部話した。捕まえるなら…今は見逃しといてくれねぇか?…まだ魔物の世話があるし、どうせおれはここから出られねぇ。そういう決まりなんでな」


 そこまで言い終えるとゴブリンはようやく地面に放り出された。

吠えていた魔物が即座に駆け寄り、不安げに黒い肌を舐めた。

 エルザは振り返らずに、来た道をとてつもない速さで駆けて行った。

目的地は裏通りにある煙館だった。


 土臭さに満ちた空気を抜けて、町に戻った頃には搔いていた汗はとうに冷え切っていた。

夜の通りに響いていたのは石畳を往く一つの靴音だけではなかった。

黙々とその場所を探して進む中、微かに漂う甘ったるい悪臭が鼻につき、エルザが出元を探っていくと、まだ照明の点いている騒がしい店が目に入り、薄い唇がニヤリと上がった。

 件の煙館、裏通りの店がここだという確信がエルザの中にはあった。

重い扉に真っ白な手が掛かり、ベルの音が鳴ったその瞬間、赤と青の瞳はその光景を凝視した。

艶めかしい女達が毒を持った花のように咲き乱れていたのだった。

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