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六十四話 仲間の捜索

「…はぁっ…そろそろきついな……っ」


 ランタンの灯りが照らす狭苦しい室内には、熱気と荒い息遣いが漂っていた。

長い影は伏せたまま、床が軋む音と共に激しく上下に動いている。

引き締まった腰回りや肩は微かに震え、白磁のような肌からは汗が一滴落ちた。


「にしても…遅い」


 エルザが腕立て伏せを止めて窓を見ると、外は真っ暗だった。

薄ぼんやりと見える風景には、人どころか動物すら眠りこけているかのように動く影はなかった。


「行き先は鉱山だよなあ…崩落に巻き込まれたか…迷ったか…」


 退屈そうに伸びをしながら、エルザは暫く客室をうろうろした後、ベッドに脱ぎ捨てられていたシャツや装備一式を身に着けて、机の上にあったランタンを持った。

宿の備品だろうが、この勇者には知った事ではなかった。


「…探しに行くか。もう日を跨いだ頃なのに帰ってこないのはおかしい。それにあの気配も…なんで見えないんだ?」


 ぶつぶつと続いていた独り言は、扉の閉まる音と共に消えた。

エルザは宿をひっそりと抜け出したかと思えば、大通りを駆けて、昼間に出向いた坑道まで向かった。

辿り着いた鉱山は昼間よりも大きく聳えているように見えた。


「…最初から私を連れて行けばいいのに。まあ崩落とかが心配なんだろうが…」


 真っ暗な件の坑道の入口の前で、エルザは呼吸を整えながらランタンを灯すと、足を踏み入れていった。

内部はネーレウスと出向いた時とは打って変わって、採掘の音も、話声も何一つ聞こえずに、響くのは自分自身の靴音だけだった。

昼間に来た道を辿るにつれて、例の隠し通路のある空間に出たかと思えば、一斉に歯を鳴らす耳障りな音が壁一面から聞こえて来た。

注視と同時に、人ほどの大きさをした、ハサミムシのような魔物はわらわらと湧き出て、捕食するが如く襲い掛かってきた。


「昼間、こんなの居なかったよな?これも人の手が入ってるのか?」


 ランタンを手に持ったまま、エルザは魔物を振り払い、片手が塞がっている事に舌打ちしながら、引き抜いた銃で撃っていった。

銃声が無数に反響していったかと思えば、散らばった死骸と、体液塗れになった地面だけが残った。

 ――魔物は全部倒したが、ネーレウスがこの程度で手こずるとは思えないし…何があったんだ?

轟音と静寂の落差で耳鳴りを感じる中、エルザは他の物音が無いか、聞き耳を立てるもこれと言って手掛かりはなく肩を竦めた。

そして、裏に隠し通路のある、細工の施された岩の前まで行ってから、昼間の話の矛盾に気が付き、首を傾げた。


「…ん?ネーレウスは…確かこれ、自力で開けられてなかったよな?じゃあなんで一人で調査に行ったんだ?」


 疑念を口にした後、ますます眉間に皺は寄っていった。

――つまりこの中は進んでいない?しかし奥に繋がっていそうなのはここしかなかったはず。…転移魔法を使ったのか、あるいは身体強化とかの別の手段で進んだ?

そこまで考えて、崩落の時に、ねとついた奇妙な物体をネーレウスが従えていそうだった事を思い出した。


「瓦礫を支えられるんだから、岩を押すことくらい簡単に見えるが…」


 そう呟いた後、エルザは立ち往生したまま、藪蛇のようにその“奇妙な物体”へと思考は脱線していく。

何故、昼間来た時、この岩を押すのに使わなかったのだろうか?確か、敵でないと言っていたが…本当は従えているわけではない?ならばあれは一体…

そこまで考えて、脇道に逸れた疑念を振り払った後――


「ネーレウス!!どこに居る!?無事かー!?」


 エルザは思いっきり叫んだ。

声は遠くまでエコーが掛かったように響いた後、周囲には再び無音が広がった。


「…返事…ないな」


 一抹の悪い予感が過ると同時に、ランタンに照らされた真っ白な顔からは、ますます血の気が引いていった。

エルザにはこの無音が、ネーレウスが何らかの事故に巻き込まれた事を暗示しているように思えて仕方がなかった。

 そして、口元を真一文字に結びながら、岩を押して、奥へと足を運んでいくと、狭い通路に靴音だけが静かに響き、他には人の気配などないかのように感じられた。

地面に残る轍を辿っていくにつれて、エルザは足元に奇妙な張力を感じ、反射的に後ろに跳ねた。

その瞬間、布が破ける音がして、上からは大量の粉塵と網が降ってきた。


「あっぶねぇ、なんだこれ…麻痺毒と罠?…ぴりぴりするな…」


 粉っぽさに咳き込んだ後、エルザが岩肌をよく観察すると、通路を塞ぐように張られた黒い紐が天井まで繋がっているのが見えた。

更に紐を目で追っていくと、薄っぺらな袋の切れ端が見え、その中には粉塵と網が入っていたようだった。


「…昼に来たときは無かったよな。罠も出来は悪くないが…即席過ぎるし」


 元盗賊目線の感想を続けた末、この罠が「”昼間の何者”かによるものではないか?」という結論に至るまでにはそう時間は掛からなかった。

それから、エルザは足音も立てずにひっそりと先を進めていき、今度は昼間にトカゲのような魔物の群れと遭遇した場所に辿り着いた。

そこで、行く当てについて思案していると、どこからか誰の声ともつかぬ呻き声が聞こえて来た。

 ――何か居る?まさか…ネーレウスが捕まっているのか?あいつに限って?

違和感を覚えながらも、その呻き声の出所を探ると、それは予想よりも近くから聞こえてくるように感じられた。

 エルザは周囲の出入口に聞き耳を立てて、音のする方向を探り当てると、奥にあった横穴に足を踏み入れていった。

気配を押し殺しながら進むにつれ、次第に何かをかみ砕く音やぶつぶつとした低い声が混ざり始めた。

訝しみながらも、足を止めずに静かに進むと、小さな灯りが見え始め、内容が聞き取れるほどにその距離は近付いていった。


「…今日は厄日だ。警備の蟲共も張った罠もどれくらい時間を稼げるか…昼間の女め。あの男といい…どうやって逃げ帰ったんだ?死体の一つもねぇ」


 ぶつぶつとした低い声は何者かの独り言だった。

また、唸り声のように聞こえたのは、動物の鳴き声であり、まるで返事をするように相槌を打っていた。

ネーレウスの行方について、何か知っているかもしれない。そう思ったエルザは、気配を悟られぬように更に息を潜めて、慎重に近付いて行った。


「あの女…でかい声出しおって。捕まえた魔物の躾中だったからに…本当はこんなこともしたくないが…」


 続いていた独り言が途切れ、物音が聞こえた後、遠のいていく“小さな足音”が耳に入った。

その瞬間、エルザは駆けた。

その声の主こそが“見えない気配”の正体であり、“鉱山に向かったと言ったきり、帰ってきていないネーレウスの行方”について知っていると確信したのだった。

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