五十九話 隠された横穴
坑道に向かった二人は魔物が出るという場所を探し回った。
天井に吊るされたランタンが岩肌と木製の古い柱を照らし、石が大量に散乱した地面からは湿った土の匂いが漂っていた。
圧迫感のある細い坑道の奥からは一定のリズムを刻む採掘の音が響き、この坑道にまだ息がある事を告げていた。
「うーんもっと奥か?今のところは普通の坑道だな」
呑気に湿った岩肌をつつきながらエルザは小首を傾げた。
辺りには精々、蝙蝠が住み着いているだけで、野生動物や魔物の足跡は僅かにしかなかった。
「魔物がこの辺りから出ると聞いていたけど…どこかに仕事をしている人がいるよ。…奇妙だね」
エルザが周囲を観察する横で、ネーレウスはランタンを持ったまま、岩肌を伝う採掘の音の出どころを探した。
しかし、音の源を注意して探ろうとしても、反響した音の位置は曖昧だった。
立ち往生するのを止めて、二人が坑道を進んでいくと封鎖された無数の横穴が目に入る。
「昔は結構採掘してたっぽいな」
エルザは足を進めながら、崩落した横穴に目を向けた。
「…結構事故も多そうだね」
――人身売買があったとして、もし隠れ蓑にするなら…魔物被害ではなく、崩落事故でも良かったのではないか?何より、あのギルドで聞いた“煙館”と“報酬”という単語。
この横穴を見て、ネーレウスの脳裏にはそんな疑念が浮かぶ。
そして、結論が出そうになったところで、唐突にエルザの声が上がった。
「向こうに人が居るな」
エルザが指した先には、床に置かれたランタンに照らされてツルハシを振る鉱夫達の姿が小さく見えた。
二人がそのまま歩くにつれて、採掘の音と灯りが徐々に近づいていき、掘り広げられた採掘場に辿り着いた。
「ん?…新入り、じゃないな。おたくらは…冒険者か?随分若いな…」
近寄ってくる気配に気が付き、手前で採掘を続けていた白髪の目立つ鉱夫が振り向いた。
同時に他の鉱夫達の手も一瞬止まったかと思えば、全員の視線が勇者一行に向き、その目からは哀憫の色が見えた。
手は止まらず、途切れた硬質な音が再び響いていく。
「悪い事は言わねえ、この辺りの討伐ならやめておいた方が良い。被害は変わらないし無駄だろう」
手前の鉱夫は顔を拭うと、ツルハシを振った。
「それは…どういうことです?」
その言葉にネーレウスは眉を顰めた。
「近頃はまるでだめだね。真面目にやってる奴が損をする」
鉱夫は岩肌を見つめたまま返事をした。
採掘の手は止まらず、石の破片や赤っぽい鉄鉱石の欠片がぽろぽろと地面に落ちていった。
「近頃?魔物の所為でしょうか?」
ネーレウスは困惑したように言葉を続けた。
その横で、エルザはこの会話する二人の目を盗んで鉄鉱石の欠片を拾い上げ、観察した。
「そうさな…出るっちゃ出るが…」
鉱夫は歯切れ悪そうに、それだけ言って口を噤んだ。
「出るっちゃ出る…?人が減る程に魔物被害が出てるって聞いたが」
エルザはそう言いながら、拾った欠片を一瞥して元の場所に戻した。
「うん、そうだったよね。ギルドにて、他の冒険者達から“報酬を受け取った”という話を聞いたのですが…討伐の場所はここではない、と?」
ネーレウスは静かに訊ねた。
「あぁ、そいつらは多分…討伐の報酬じゃなくて…」
鉱夫は口籠ると、採掘の手は早まり、足元には石や鉄鉱石の破片が積もっていった。
周りの鉱夫の採掘の音も重なって、ツルハシが合唱しているようだった。
「わかりました。…エルザ、行こうか」
この曖昧な答えに、人身売買が発生しているという確信をネーレウスは抱いた。
二人がこの採掘現場を後にしようとしたところで、鉱夫は手を止めて重い口を開いた。
「…この辺りは、崩落しかけの横穴が迷路みたいに連なっとる。もう使っとらんが…行くなら巻き込まれねぇようにな」
苦々しく危険を伝えた後、鉱夫はツルハシを握った。
「迷路…?…そうですか、親切にありがとうございます」
ネーレウスは鉱夫の表情に違和感を覚え、その忠告が何かの示唆のように思えたものの、静かに礼を述べ、エルザと共に採掘場を去った。
足取りを進めるにつれて、採掘音の反響は徐々に遠ざかっていき、靴音に掻き消されていった。
次第に背後にあった採掘場は見えなくなり、まだ封鎖されていない横穴や枝分かれした脇道のある道に出た。
疎らにぶら下がった灯りも、この一帯のものはどれも点いておらず、ネーレウスが持っているランタンだけが煌々と輝いていた。
「迷路ってこういう事か…」
そう呟くエルザを連れて、ネーレウスは真っ暗な横穴を一つずつ確認していった。
しかし、そのどれもが岩や錆びた鎖で封鎖されており、物音すらしなかった。
「変だね。こんなに掘り進めているのなら…普通は奥の方で採掘するはずなのに。全部が崩落したなんて事もないだろうし…」
いくつか横穴を確認した後、ランタンに照らされた横顔には困惑した表情が浮かんでいた。
「魔物被害じゃないのか?あの辺り、魔物か野生動物の足跡がある」
その疑念の声にエルザは腑に落ちない様子で、木の柱の根本や横穴の入口を指した。
「良く分かるね…。それにしては…物音一つしないような」
なおも首を傾げながら、ネーレウスが示された場所をランタンで照らしていると、唐突に隣から声が上がった。
「…この横穴、なんか様子がおかしいな。風の通り…っていうのか?」
封鎖済みの横穴の前に立ったエルザは中を覗き込んだ。
入口を封鎖する鎖は、少し錆びついていたものの、まだ風化はまだ進んでいないように見え、穴ぐらの少し先には道を塞ぐように岩が聳えていた。
「他の所は、鎖もっと錆びてたよなあ…」
他の横穴とは違う点に違和感を覚えたエルザはそう言いつつ鎖をくぐり、付いてきたネーレウスと共に、道を塞いでいる岩を調べた。
「…なんだこれ。岩に…ひっかき傷…?」
エルザは視界に映る岩肌の端に、何かが擦れたかのような奇妙な横線を見つけ、その場所にしゃがみ込んで傷に触った。
「エルザ、離れていて。…これはもしかして…」
ネーレウスはエルザをその場から離れさせると、岩を壁の方に押し込もうとした。
が――岩は微動だにしなかった。
細腕にはこの岩はあまりにも重く、整った顔には気まずそうな笑みが浮かんだ。
「ぶふっ…なるほど、押せばいいのか。…本当に動くのか?」
エルザは背中を震わせた後、岩を力いっぱい押した。
その瞬間、岩が鈍い音を立てて動くと同時に通路が現れ、冷たい空気が流れ込んだ。
「…最初から君に頼むべきだったか。…多分、ここに何かあるね」
金色の瞳が暗がりの先を真っ直ぐに見た。
「ん?魔物の討伐は?」
キツネにつままれたような顔になりながら、エルザは訊ねた。
「…今は後回しにしよう。私達は“魔物の討伐”をしに来たんじゃなくて、“魔物が出るという坑道の調査”に来ているのだから。一体この先には…何があるんだろうね?」
ネーレウスはそう答えると、隠されていた道を歩き始めた。
二人の前方からはどこからともなく人の声とも、獣の唸りともつかない不気味な声が反響していた。




