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五話 怪しい魔物の群れ

 青灰色の曇天によって仄暗い、くすんだ草原では、不審な影が蠢いてエルザを囲っている。


 木がそのまま人型になり全身を芽吹かせている種類や、三メートルはありそうな岩石を掘り出して更に岩で手足を付けたような姿、それとは別に更に大きく六メートル前後の大きさの結晶が連なる石英で出来た傀儡(くぐつ)

 バラバラの種類のゴーレムが大量に集まって群れを成していた。

 足元には、ゴーレムの破片と思われる石の欠片や木片が散乱しており、この数分以内に既に何体か倒されたのが分かる

 また、鳶色をしたエルザの身の丈程の鳥の様な魔物が遥か上空を飛んでいた。

 昨日の魔物と同じだろうか、よく見ると銃痕が生々しく残っている。


 明らかにこの国には居ないはずのゴーレムまで紛れて…恐らくどこかに召喚士が居る。

 ネーレウスはそう確信した。

 そして、それだけではなく、この曇天の中で上空を飛ぶ魔物に違和感を感じて訝しげに見上げる。


「なるほどねぇ…」


 何らかの意図を感じ取って発せられたぼやきは、どこにも聞こえていない。



 ネーレウスが近くに居る事や、上空を飛ぶ巨大な鳥のような魔物の存在にエルザは気付いていない。

 我先にと言わんばかりに、エルザを叩き潰そうとするゴーレムの群れをいなす事に、全神経を集中させている。

 すなわち、彼女の視界は大量のゴーレムに覆われ気付きようがない。


 またもやカウントダウンの後、爆発音が地響きを立てる。

 最早、あまりの数でどのゴーレムが爆発したのか不明瞭だが、恐らくエルザの銃撃でヒビの入ったゴーレムの物であろう。

 エルザは爆発の正反対の位置に駆け、近くの石英のゴーレムの膝に向けて拳銃で撃つ。

 しかしヒビしか入らず、ゴーレムの巨大な白っぽい手はエルザを叩き潰そうとした。

 また、背後からは岩石のゴーレムの砲撃もあり、一人で戦うには攻撃の数が多い。

 回避は困難に見えたが、彼女は大きく跳ねてそれを避け、ゴーレムの膝の全く同じ位置に弾丸を当てた。

 機械よりも精密な射撃により、一回目の射撃によるヒビ割れは広がり、石英のゴーレムの片足が砕け散る。

 白い破片が舞う中、ついに一体の石英のゴーレムはバランスを崩し緩慢に倒れた。


 それでも、まだ優勢ではなかった。

 奇妙な詠唱の声と同時に、白い光を放つ魔法陣が草原に展開され、ゴーレムが召喚される。

 止まない猛攻にエルザは劣勢を強いられて、若干の疲労を感じている。


「まだ増やそうってのか。おもしれぇ」


 拳銃を両手に構える。二丁拳銃だ。

 轟々たる怪音を立て迫り来るゴーレムを確実に撃つ。

 背後のゴーレムの砲撃とほぼ、同じタイミングである。

 避けきれなかったゴーレムの砲撃はエルザの右肩を掠り、服を裂いた。

 血が急速に滲んだが、今は気にも留めていない。


 そして術者の降参を示すかのように、残った石英のゴーレムは突然消滅する。

 気がつけば、粉々になる物や爆発する物の破片にまみれ、青々と茂っていた一面の草原は遂にぺしゃんこになった。

 雷鳴が遠くから聞こえ、湿気った風がより強く吹く中で、鳶色の鳥型の魔物が逃げていく。


「クソッ弾切れか」


 負った傷の痛みで眉間に皺を寄せ、エルザは忌々しげにホルスターに拳銃を仕舞った。

 避けるはずの攻撃が思ったように避けられず、酷く不機嫌そうである。

 傷をかばいながら、来た道を戻ろうと踵を返しかけたが、ふと、鳥型の魔物の身体から落下するペンダントが視界に入り、拾いに行った。


 ぺしゃんこになった雑草の中に、使い古された金色のロケットペンダントが落ちている。

 蝶番が見えないほど精巧な作りをしていて、どこかの貴族の紋章が彫られていた。

 血が滴る右肩から手を離して左手で懐に入れ、エルザはニヤリとした。

 血の汚れがロケットペンダントに付着したのは言うまでもない。


「流石に置き引きはどうかと思うよ。よくその大怪我した状態で動けるね」


 ネーレウスは呆れた顔をしてエルザに近づき、治癒魔法をかける。

 さっきとは打って変わって、今のところ彼はまだただの治療係である。


「なんだよ、まーたお前居たんか。まあいい地図を見せてくれ」

「まさかあの鳥型の魔物を追いかける気?」

「さあな。いいから地図をよこせ」


 エルザは地図を確認しながら爪を噛んだ。


「…なるほど、廃城の方か。ところで、あの鳥型の魔物、ヌオビブ村の貴族の紋が入ったペンダントを落としていったぞ。中々使い古された代物だ」


 血生臭くなったロケットをエルザに見せびらかせられ、ネーレウスは顔をしかめた。

 いつかもっと大きな怪我をするに違いないと思っているらしい。


「あまり良い予感はしないね。その貴族に関する調査をした方が良い気がする。さっきの魔物達は明らかに君が攻撃する前に敵意があったし、そうなると昨日の魔物の群れも恐らくは…」



 暗雲を稲妻が駆け、雨がぱらついてきていた。

 追い風が吹き荒ぶ中、二人が外套のフードを被り、急ぎ足で歩いていると、ようやくヌオビブ村が小さく見えてきた。

 石造りの外壁に黒く錆びた門が取り付けられており、陰気臭く二人を呼び寄せている。


「とにかく、イーメン町の時は時間が無くて移動魔法使ったけど、普段は極力歩いて行こう。また今回みたいに情報が手に入る事があるかもしれない」

「まあ良いアイテムが降ってくるかもわからんしな。ところで治癒魔法を使っても痛みは消えないんだな」


 負傷していた右肩をさすりながら、冗談を口ずさむエルザにネーレウスは哀れみを帯びた眼差しを送る。


「ああ、まだ痛むのか。かなり深いようだったから筋肉組織がまだ治っていないのかも。皮膚の方が修復が早いから見た目では分からないけど…とにかくあまり動かさない方がいいよ」


 ヌオビブ村の門がいよいよ近づいてきたところで門番の制止の声が聞こえる。


「おい!そこの二人組!止まれ!」


 門番の男はいかつい鎧に全身を覆われていて分かりづらいが、かなり体格が良さそうだ。

 エルザはともかく、ネーレウスが一撃食らったら一溜りも無さそうな程、差はある。

 ネーレウスの体付きはそれなりに長身ではあったが骨格からして痩せ型である。

 揉めた時にいつでも出せるようにエルザはホルスター内の拳銃に触れた。

 神託でこそ、勇者という扱いであったが実情は盗賊のままである。


 雨が横殴りに降ってきており、せめて屋根のある所に入りたい。

 その一心が彼女を凶行に駆り立てている。


「何者だ?フードを取れ…って例の勇者か。上部から極秘で話は聞いていた。通れ、長居は無用だ」

「そりゃどうも。ところで宿を探してるんだがあるか?」

「さあね!何せヌオビブ村には踏み入った事は無い。イーメンの雇われ門番だからな」


 エルザとネーレウスは門番に軽く会釈をし、門を跨ぐ。

 暴風雨は着実に強くなり、雷が轟音を立てて落ちた。

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