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五十八話 冒険者ギルド

 夜の帳が降り、朝が訪れた。

時刻を告げる鐘の音が聞こえてこないばかりか、窓の外には人の往来は見えず、町全体に漂う空気は明るくなってもなお不穏なままだった。


「…町の調査か。にしても肌寒かったな…王都のあのふかふかベッドが恋しい…」


 隅のベッドで丸くなっていたエルザは、ようやく起き上がると身体をぽきぽき鳴らし、床に散らばった防具や銃を装備した。


「寝心地は良かったよね、確かに。…朝食を外で摂って、町の様子を確認しようか」


 その寝起きの悪さにネーレウスは苦笑を浮かべた。

そして、エルザの支度が終わると二人は宿を後にした。



 広場に出ても人は疎らにしか居なかった。

時たますれ違う住民の顔は虚ろであり、生気を感じられなかった。

日が出ているにも関わらず、勇者一行以外の人の声はなく、町そのものが床に臥せているようだった。


「…いやー誰も居ねえ…」


 干からびたサンドイッチを手に持ったまま、エルザはぼやいた。

周囲には若者どころか子供の影すら見当たらず、人といえばすり減った石畳の上を老人がとぼとぼ歩いているだけだった。

この勇者一行を凝視しながらも、目が合いそうになると住民はすぐに視線を逸らして立ち話を拒んでいるように見えた。


「…王都で聞いた通りだね。働き手が異様に少ない」


 ひっそりとネーレウスは人の流れを観察し、呟いた。


「鉄の町…なんだよな。それにしては…」


 エルザは遠くに見える製鉄所に視線を向けた。

霞がかった空を背景にコントラストを描く、無数の真っ黒な煙突からは、煙が僅かにしか立ち昇っていなかった。


「…人手不足の所為か。でも…切羽詰まっているのなら、他所の町に製鉄の人員の募集を知らせて、呼び寄せればいい気もするけれど…今まで通った町でそんな情報は見かけなかった」

「まるで、人をわざと遠ざけるかのようにね」


 ネーレウスはそう述べると、腕を組んだ。


「なあ、奇病に関するのは…書き込みないんだな」


 サンドイッチを食べ終えると、エルザは掲示板を指差した。

そこには、文字の風化した張り紙がピンで止められ、大量の走り書きがつらつらと並んでいた。


「そうだね。何かしら注意事項の一つや二つあるものだと思ってたけど…やはり奇病はただの感染症じゃない。伝染するようなものなら、外部の人間を向かわせたりしないだろう?」


 ネーレウスは書き込みの数々を追っていき、ふと、端にあった張り紙に目を止めた。


「見て。魔物に関する情報があるね」


彼の節くれだった指先が示した先には、魔物の討伐依頼がいくつか書き込まれていた。

破れかけの用紙の薄ぼけた書き込みから分かる出没日時や場所は大雑把であり、エルザは小首を傾げた。


「…冒険者ギルドを少し見てみようか」


 ネーレウスは掲示板から地図を確認すると、エルザを連れて広場から去っていった。

二人が石造りの街並みを進んでいくと、紋章と剣が描かれた古ぼけた看板が視界に入ってきた。

 そして、その扉に手を掛けると錆びついたベルの音が響いた。


「初めて入ったがこういう感じなのか」


 エルザはもの珍しそうに、周囲をきょろきょろと見渡した。

少ないランタンに照らされた埃っぽい室内は、儲けなどないかのように寂れており、入口近くのカウンターには、待機する退屈そうに時計を眺める太った女の姿があった。

奥からはどこか甘ったるい煙草の煙が漂い、先客が居る事を示していた。


「まあ、立ち寄る必要が今までなかったからね。一応、ここで討伐依頼とかが受けられたりするらしいけど」

「…奥の人達は旅の冒険者かな」


 そう言いながらネーレウスは騒がしい気配の方を見やった。

視線の先では、無数に並ぶ丸いテーブルの一角を占領する若い男達が、けばけばしい女を膝に乗せたまま賭博に明け暮れていた。

そのテーブルの周りに立てかけられた剣や盾、杖の数々から、この一行は冒険者のようだった。

酒と煙草の匂いと下種染みた喧しさに端正な顔が歪む。


「お、博打と酒か。いいねえ」


 隣の険しい表情に気が付かず、呑気に端の円卓をエルザは舌なめずりをしながら眺めた。


「…やめてね」


 ガラの悪い一行に混ざりたそうなエルザを抑え、室内を観察した後、ネーレウスは受付の方に行った。


「あの、すみません。少しお聞きしたいことが…魔物の討伐依頼についてなんですが、広場の掲示板で見かけまして…詳細を伺いたいなと」


 この問い合わせに受付の太った女はどこか冷めた様子で、目の前の勇者一行をじっと見つめた。


「…魔物?…あぁ、あの鉱山の事ね。依頼は随分前から出てるけど…詳しい事はあの張り紙に乗ってるのが全部さね」

「…あんたらは旅の冒険者かい?」


受付は警戒した面持ちでそっと訊ねた。


「えぇ、まあそんなところです」


 ネーレウスはこの態度に違和感を覚えながら、当たり障りない返事をした。


「そうかい…受けるなら好きにしたらいい。倒せたら証拠でも何でも持ってきたらいい」

「…それから、暗がりには気を付けて」


 受付はそれだけ伝え、再び退屈そうに時計を眺め始めた。


「そうですか、わかりました。…もう一つ質問ですが、あの台座…転移魔法のアクセスポイントですよね?」


 話を切り上げようとする受付に、ネーレウスは入口の脇の雑然とした一帯を指した。

そこには、樽や木箱が乱雑に積まれ、埃を被った石の台座が放置されており、魔法陣が刻まれた足場の一部が何かで殴られたかのように欠けていた。


「あぁ、あれは…まあ、今は物置さね」


 無関心そうに受付は答えた。


「物置?随分変わった使い方をしますね…分かりました」

「行こうか…ってあの、エルザ?」


 ネーレウスが聞き取りを終えて振り向くと、そこには誰もいなかった。

目で探した先には賭博に興じる冒険者達を遠巻きに見物するエルザの姿があった。

そのまま呼びに行こうとした時、奇妙な会話が彼の耳に入ってきた。


「…いやー、報酬でボロ儲けだな!…さて、煙草も切れたところだ。昼から裏の煙館で洒落こもうじゃねえか。今なら奢るぜ?」


 それはガラの悪い一角でのやり取りで、室内に響く下品な笑い声と相槌を打つ女の猫撫で声だった。

エルザを呼びに行くのを止めて、ネーレウスが注視し続けていると、奇妙な点が浮かび上がった。

この博打に励んでいた冒険者達は、その語気に反して目の焦点が合わないばかりか、手が小刻みに震えており、病人のように見えた。

 “煙館”という単語に引っ掛かり、観察をネーレウスが続けようとした次の瞬間。


「…おい、後ろ。余所者がいるぞ」


 虚ろだった視線は一斉にネーレウスとエルザの方を向き、騒がしい会話が唐突に止まった。


「なんだ?余所者が居ちゃいけねぇのか?」


 エルザは冒険者達の方を睨むとリボルバーに触れた。

一触即発と思われたその時。


「エルザ。ヒントは手に入ったよ、行こうか」


 金色の瞳がテーブルの方を静かに睨んだ。


「…わかった」


 その声を聞いて、エルザはトリガーから指を離し、肩を竦めた。

そして、扉のベルを鳴らして冒険者ギルドを後にした勇者一行は、眼前にそびえ立つ切り崩された山を見つめた。

その山こそが、きな臭い件の地帯であり、かつて栄えた鉱山だった。

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