五十四話 ツンデレ令嬢からのプレゼント
洋品店を出た二人は路地を進み、建物の裏手に入っていった。
そのまま人気のない細い道を入っていくと、メイヴィスは紙袋を抱えたエルザの腕を掴んだまま、看板が掛かっていない、重厚感のある扉を押し開けた。
その先にはサロン風の空間が広がっており、菫の香油の香りに包まれ、座り心地の良さそうな革張りのソファや、艶やかな背の低い机が来客を待ち構えていた。
壁際にはガラスケースに飾られた剣や、宝石等が眩く輝いている。
「お待ちしておりました、お嬢様。随分と可愛らしいお連れ様を同伴されていますね。本日は何をお探しでしょうか?」
紺色のワンピース姿の店員が棚の影から静かに現れると、愛想よくメイヴィスに話しかけた。
「えぇ、そうね。この子の装備でも…と思って」
メイヴィスは慣れた口ぶりで返事をすると、奥に進んでいく。
「さ、座って。…前のお仕事を考えると…光物、気になるわよね?」
”前のお仕事”とは紛れもなく盗賊稼業の事を指している。
メイヴィスは辺りをきょろきょろ見回す田舎娘、もとい勇者をソファに座るように促した。
この奇妙な威圧感に逃げられない空気が漂い、エルザに諦観の表情が浮かんだ。
「何が似合うかしらねぇ…」
その悩まし気な声がソファの横に落ちた瞬間、ハンガーラックの車輪の音が聞こえた。
「こちらをお持ちしました。どうぞごゆっくりご覧ください」
女中はカラカラとラックを引いて持ってくると一礼した。
エルザの眼前に置かれたラックには、彼女が身に付けているものとは一線を画す素材で作られた防具が所狭しと並べられていた。
「…これはミスリルと…端っこのはアダマンタイトか。うわ、竜鱗まであるな……これが栄えてる国の店…」
「…なるほど。ただ、生憎今の装備も私は中々気に入ってるんでな」
半ば独り言のような声を静かな店内に響かせ、エルザは暫く物珍しそうに防具を見ていたが、やがて横に首を振り、肩を竦めた。
「あら。折角、施しを差し上げようと思いましたのに」
その声を聞いて、メイヴィスは合わせようとしていた防具をラックに戻した。
「それに…恐らくこの防具は…気軽に受け取れるもんじゃない」
そう言ちるエルザを尻目に、呼びつけられた店員がガラスケースの中からリボンと小さな白い石のついた髪飾りを取り出していた。
ラックが脇に退けられ、代わりに鏡がソファの前に運ばれていく。
「なら、こんなのはどうかしら?少しはちゃんとした見栄えになるのではなくて?」
鏡の前で髪飾りを見せると、メイヴィスはざんばらな銀髪に櫛を通してそっと結い上げ始めた。
変わっていく髪型を眺めている内に、エルザは次第にくすぐったい気持ちになり、その感情に堪えきれず笑いそうになった。
しかし、鏡越しにメイヴィスの視線を感じ、僅かに振り向いた。
「…ねぇ、エルザ。最近、鉄の町、クテトウの様子がおかしいそうよ。私のお父様からもう聞いたかしら?」
メイヴィスは世間話でもするような口ぶりで、話を切り出し始めた。
人形遊びのように髪を結っていた指先が止まる。
「…あ、そういえば」
エルザは大人しく様々な髪型に様変わりしていく様子を眺めながら、小さく返事をした。
「ここ数年、その町で奇病…のようなものが流行っている、というのは把握していまして?」
メイヴィスはなおも柔らかな銀髪を弄りつつ、話を続け、作りかけのシニヨンをつつこうとするエルザの手を制止した。
「説明があったが…聞いたような聞かなかったような…」
手持無沙汰そうに、一房の残った髪をいじくり回していると、エルザは聴取の時、出されたビスケットに夢中になって話を聞き流してしまっていたのを、ふと思い出した。
「…ここで話を掘り返して良かったのだわ。…さて、出来たわよ。前よりもすっきりしたでしょう?」
一つ溜息が漏れた後、メイヴィスはそのすまし顔を綻ばせた。
今や、鏡の中には上品に髪を纏められたエルザの姿があった。
銀色の髪は絹糸のように輝き、白磁のような肌が手入れの行き届いた人形を思わせる。
しかし、その顔立ちは瞳の色以外には目立った左右の差がないばかりか、無性的とも中性的ともつかない不思議な印象を与えていた。
「…この髪飾りは、その…私なんかが付けてても…」
眼前に映る自分自身に、エルザは開口したまま呆然としていた。
「ふふっ、鏡の前で考えてみてはいかがかしら?…さ、迎えがそろそろ来ましてよ」
それだけ言うと、メイヴィスは店員に何かを告げてから、膝の上で固く握られた白い手を引いた。
促されるままに紙袋を抱えて立ち上がるエルザの背後で、帳簿が閉じられる音が小さく聞こえた。
「なんか…変な店だったな…これ、支払いとかどうなってるんだ?」
返りの馬車の中で、エルザは腑に落ちない様子でメイヴィスに訊ねた。
「貴女達と違って、その都度払う必要はありませんのよ」
メイヴィスは静かに微笑んだ。
「…その、ありがとう」
エルザは車輪の音にかき消されそうな程に小さな声で、礼の言葉を呟いた。
夕日に照らされながら揺れる、メイヴィスのブロンドヘアがまるで絵画の人物のように見え、どこか遠い人物のように感じられた。
やがて、馬車が中庭の近くに止まり、二人は降りた。
植え込まれた薔薇や金木犀の木々を通り過ぎていくと、別邸の玄関の前には待ちくたびれた様子の見慣れた影が見えた。
「エルザ!どこに行ってたの?…その髪飾りは?」
ネーレウスはいそいそと二人の元に詰め寄ると、どこか湿っぽい眼差しでエルザの髪飾りと腕の中の紙袋を見つめた。
「ごきげんよう。はじめまして、推薦魔術師殿。これはこちらからの…ささやかな贈り物でございましてよ」
返事にまごついて口籠るエルザを横目に、メイヴィスは上品に礼をした。
「…そうですか、こんなご丁寧に。……よく似合っているね」
ネーレウスは一瞬口を噤んだが、柔和な笑みを浮かべた。
「そ、そうか…?」
そっぽを向いたまま、エルザはいつになくぎこちないまま返事をした。
「うん。やはりご令嬢ともなると随分審美眼があるんだねぇ…」
張り付いたような笑みを浮かべたまま、ネーレウスの視線は髪飾りから離れなかった。
「メイヴィスさんだったかな?君のお父様から聴取の時に話は伺っています。どうもありがとう」
「…エルザ、行こうか。今日は疲れただろう?」
そう言葉を続けた後、ネーレウスは大きな紙袋を預かって、エルザと共に別邸に入っていった。
別邸に帰っていく勇者一行の背後ではメイヴィスが小さく手を振っていた。
【番外編:勇者達が立ち去ってから】
エルザが帰ってから、メイヴィスは迎えに来た女中に今日の出来事について話していた。
金木犀や薔薇の香りの漂う中庭にはこの二人の影だけが細長く伸びている。
「折角仲良くなれるチャンスだったのにー!変な態度取っちゃった!」
「お父様は暴れ馬なんて言ってたけど、めっちゃ可愛い子じゃん!ねぇ、貴女も見かけたわよね?あの真珠のような肌…柘榴石とサファイアの目…絹のような髪…」
メイヴィスは狼狽える女中に熱く語り掛けた。
唐突に現れた旅の勇者に好意を抱くあまり、頬は紅潮しており、話は白熱していく。
「でもあの隣の奴、気に入らないわねぇ…。推薦魔術師だったかしら?…エルザちゃんを傷ものにしたら許さないんだから!…大体男のくせに頭髪をあんなに伸ばしてふしだらな事この上ない…」
メイヴィスの話はまだ終わらず、今度は同行している男についていかに不服かを女中に熱弁し始めた。
「お嬢様!落ち着いて!」
辺りに人の気配がない内に、まだ続きそうな愚痴を切り上げさせようとして女中は苦心していたが、メイヴィスの勇者への熱心過ぎる思いは収まる様子はない。
歩みを進めながらも、この情熱は続き、王城内にある高官用の宿舎に帰っていく二人の影はなおも姦しく揺れていた。




