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五十一話 事情聴取

 翌朝になり、エルザは天蓋のカーテンから差し込む朝日で目を覚ました。

相変わらず廊下に人の気配は無く、静かだったが、外からは時刻を伝える鐘の音が鳴っていた。


「……うー、ふかふかベッド…」


 隣のベッドに座っている白い影を、エルザは瞼の隙間から見た後、もう一度目を瞑った。

そのまま彼女が心地良い夢の世界に再び戻ろうとした時、自身を呼ぶ穏やかな声が耳に入った。


「エルザ、おはよう…って、起きて起きて。事情聴取午前中からだって」


 ネーレウスはエルザを起こそうと、天蓋のカーテンを開けた。


「事情聴取?あ、そういえば…」


 目覚めた彼女の目には、見慣れた道士服姿のネーレウスと、卓上で残ったままの軽食が映る。

寝ぼけ眼を擦りながら起き上がり、ベッドの下に転がっていた防具を音を立てて身に着けると、エルザは小さくなった軽食の山からパンを一口齧った。

もごもごとした咀嚼音も束の間、扉の向こうから、ノックの音と外鍵が開錠される音が聞こえた。


「おはようございます。事情聴取の件について、お迎えに参りました」


 扉越しに聞こえる声に彼女の眉間に皺が寄る。


「本当は君にもっと早く説明しときたかったんだけど…ほら、寝てたから…」


 ネーレウスは苦笑の表情を浮かべ、ベッドから降りて扉を開けた。

廊下には、紋章付きのサックコートを着た士官の男が立っている。


「私はラオサ監査局から派遣された案内係の者です。神託に選ばれし勇者殿と推薦魔術師殿にお目に掛かれた事、とても光栄に思います」


 欠伸を噛み殺した末に、持っていたパンを食べ終える勇者をまじまじと見ながら、この迎えに来た士官は挨拶を続けた。


「これより各自別室にて事情聴取を行いますので、何卒よろしくお願いします」


 案内のままに、勇者一行は長い廊下を進んでいく。

昨夜と変わらず、壁際には調度品の数々が煌びやかに飾られていたものの、どこか無機質であり、歩いていても誰かとすれ違う様子はない。

エルザは隣に居るネーレウスの方を横目に見たが、その表情からは彼が何を考えているのか分からなかった。

 先導は続いていき、そのまま二階に進んでいくと、士官は扉の前で立ち止まった。


「勇者様はこちらにて、お話を我々に聞かせて頂ければと思います」


 士官は淡々と、事務的な声色で告げた。


「あれ?ネーレウスは一緒じゃないのか?」


 思わずエルザは重く閉ざされた扉の前で尋ねた。


「…魔術師殿は別室にてお話を伺いますので」

「ただいま神託の勇者殿をお連れしました」


 士官が声を張り上げて戸を叩くと、瞬く間に扉が開かれた。

腑に落ちない様子でエルザが室内に一歩踏み入れようとしたところでネーレウスが励ますように声を掛けた。


「また後でね。エルザ」


 エルザは小さくなっていくネーレウスと士官の影を一瞬見送った後、正面を向いた。

室内は応接間のように彼女には見えた。

背の低いテーブルを挟むように置かれたソファにはギルバート少佐が腰掛けており、隅に置かれた机では、書記官らしき気難しそうな中年が書類を用意していた。

 壁際のワゴンから漂う美味しそうな匂いに気を取られそうになりながらも、室内の女中に促されて、エルザはソファに座った。


「本日は何卒よろしく頼み申す。勇者殿。朝食は食べたか?」


 僅かに口角を上げながら、ギルバートは落ち着かなさそうに辺りを見回す勇者に食事を勧めた。

女中はいそいそと動き回り、彼女の返事が落ちる前に分厚いビスケットやジャム、コーヒーがそれぞれ置かれていく。


「…まあ、さほど重要な話という訳ではない。いくつか簡単な事実確認をしたいだけだ」

「アーミョクの死食鬼を倒したのも貴女か?」


 ギルバートは腕を組み、ビスケットにジャムを塗る勇者を眺めた。


「あぁ、そうだ」


 手を止めてエルザは頷くと、用意された朝食を食べ始めた。

今や彼女の視線は皿の上しか見ていない。


「…過去に法を逸脱した集団との接触が確認されているが」


 食べかすが床に落ちていく様子を気にも留めず、ギルバートは次の問いを投げかけた。


「それは誤解…とも言い難いが、今は無関係だな」


 エルザは次のビスケットにジャムをたっぷり塗りながら返事をした。

呑気な勇者と裏腹に、隅では紙を滑るペン先の音が聞こえてくる。


「ふむ。それは結構なことだ。では次に…同行の魔術師殿とはいつ頃から行動を共にしている?」


 ギルバートはそう言った後、湯気の立つコーヒーを一口啜った。

かつて、バネッサ司教にも似た内容を訊ねられたのを思い出し、エルザは僅かに訝しんだ表情を浮かべた。

返事を待つ書記官の懐疑的な視線が、その姿を刺した。


「いつって…旅の最初からだな。なんでも東の国から派遣されたらしいが…」


 困惑したまま、エルザは出されていたカップに口を付けるも、苦みに涙目になり、咳き込んだ。

一連の振る舞いにギルバートは吹き出しかけそうになるも、女中を手招きし、ミルクや砂糖を持ってこさせた。


「…派遣か。バネッサ司教の供述とも矛盾は無い。了解した。では、彼は今までどのように戦闘に関与していた?」


 この問い掛けは彼女の困惑の色を更に強めた。

ギルバートと隅に座る書記官はじっと、赤と青の瞳を見る。


「そう言われても…あまり戦っているのを見たことが無いんだよな。前に魔王城に行くのに必要な石板を回収するのに、行った遺跡で…敵を凍らせているのを見たくらいか?あとは…本当にあいつがやったのか分からないようなものか」

「…あ、なんか知らないうちに敵が砂になってたり、急に敵が倒れたのとかあったな…」


 奇妙な圧迫感に包まれたまま、旅の最初の方の記憶を辿りながら、エルザは気の抜けた調子で纏まらない内容を伝えた後、ジャムを塗ったビスケットを頬張った。

突如、紙を撫でるペン先の音は止まり、隅に居た書記官は顔を上げた。


「砂?」


 その書類の山からは、唸り声が上がる。

ギルバートが詳しく尋ねようとしたところで、もごついた声が返ってきた。


「私も詳しくは知らない。その現場を見せてもらえなかったからな」


 それだけ言い終えると、エルザはビスケットを咀嚼しながら肩を竦めた。


「なるほど。次の質問に入る。貴女(きじょ)がキアキ町で使用した罠についてだが…どのように作成した?また、魔術師からの指示によるものか?」


 ネーレウスに関する話が終わったかと思えば、次の話題に変わった。

ギルバートと書記官の目が一層鋭く光る。

 エルザは答えづらい話に、一瞬気まずそうな顔をした後、コーヒーにミルクと砂糖を入れた。


「……あーそれは、その…ただ、ネーレウスからの指示ではない」


 曖昧な返事をしつつ、エルザはゆっくりとコーヒーをかき混ぜた。

ミルクの模様が浮かんでいた中身が穏やかな色味に変わっていくのを見つめながら、教会の盗品やネーレウスの抜け毛で作った事をこの場で話すべきか、決めかねていたのだった。

その場を誤魔化すように甘くなったコーヒーが飲まれていく。

 沈黙が続く中、彼女は“人前に出してはいけないよ”という、ネーレウスの声を思い出し、どうにかそれらしい返しを捻り出した。


「具体的な製法については…日用品でも作れる。踏むと爆発する…とだけ」


 そう伝えた後、エルザはカップの中身を飲み干し、皿に出ていたビスケットを完食した。


「ふむ。もう少し…詳細を聞かせてくれると助かるのだが。設計図等は無いのか?」


 少佐は腕を組み直し、正面を静かに見据えた。


「設計図は…もう手元にはない。企業秘密なんでな」


 脳裏にはあの罠の精密な図案が過るも、それを無視して、エルザは黙秘を貫いた。

黙りこくる姿を尻目に、書記官とギルバートは目だけでやり取りをした。


「…なるほど。それならば仕方があるまい。本来なら未認可の罠を使用した件について咎めなければならぬが…。貴女(きじょ)の功績は評価するべきだ」

「そこで申し出がある。国境付近にある町、クテトウへの調査を依頼したい。もし引き受けるなら、未認可の罠利用への罰則は無し、死食鬼の件での報酬も上乗せするが…」


 彼女の眼前に映る、腕組みしたままの中年は腹に何かを抱えたような笑みを浮かべた。


「…あぁ、そういう事なら。うちとしては万々歳だ」

「ところで…おかわりはあるか?」


 その思いがけない提案に、エルザは二つ返事で頷くと、ワゴンを眺めた。


「…全くこのお嬢さんは。好きなだけ食べていいぞ」


 その声と共に、ワゴンからお代わりのビスケットが皿に並び、湯気の立つコーヒーがカップに注がれていく。

事情聴取を終えて、エルザは嬉々とした様子でビスケットと甘いコーヒーを堪能した。

 食事に夢中になり、調査内容についての説明を真面目に聞かない勇者の傍には、少佐と書記官の苦い話し声だけがあった。

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