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四十九話 自称飯炊きの疑念

「なんだ?騎士団か?」


食事を終えたエルザが振り返ると列を成して駆ける影が見えた。

暫くして爪音が止み、隊列の先頭から抜け出した一つの影が二人の元に近付いてきている。

その気配に何事かと、木々が揺れる先を見物していると、ランタンを持った戦士が現れた。


「…昼間は無礼を働いて申し訳ありませんでした」


 兜の下の顔はげっそりしており、事件の後きつく搾り上げられた事が窺えた。


「あ、治癒のスクロール渡してきたやつか。こんな夜中までご苦労なこった。…今さら何の用だ?」


 不可解そうにその面持ちを眺めながら、エルザは肉の脂が付いた口元を手の甲で拭った。


「……本来であれば、死食鬼の件は我々だけで処理すべき事案でした」

「しかし、死食鬼の件について…こちらとしても詳しい話を聴取するべきかと」

「お二人には隊の帰還に合わせ、王都まで同行をお願いしたい。功績に対する謝礼も含め、こちらで然るべき待遇を受けて頂ければ」


 ネーレウスは一変した騎士団の態度に矛盾を感じ、腑に落ちない様子で注視した。

使い終わった調理器具一式を淡々と片付けながら、苦々し気に口を開いた。


「……なるほど。君達の手に余る事態になっている、ということかな?」

「エルザ、どうしようか?…確かにいけ好かないのは私も同じだけど」


 うなだれる戦士を尻目に彼の動きは止まらず、食器類や調味料をなおも仕舞い続けていく。

道具の収納先は例の異空間であったが、騎士団の男はエルザを注視しており、それに気付く素振りはなかった。


「飯も食ったし、金が出るなら別に。ラオサはどうせ通るんだろ?確か」


 現金主義の勇者はあまりにもあっさりと二つ返事で頷いた。


「うん、一応はね」


 ネーレウスは僅かに苦笑しながら、残りの道具も全て異空間に収納した。

その後、辺りから野営の匂いが消え去ると、真っ暗闇の中で戦士が先導し、二人を馬車の元まで案内した。

 軍馬の列に挟まれるように停められた騎士団の馬車は、キアキに潜入した時にエルザが紛れ込んだものより立派な作りをしていた。

ビロード張りの内装を二人が覗くと、中には誰かが乗っていた。

 その人影が騎士団の少佐だと気付いたネーレウスは、その旨と違和感をエルザに告げようとするも、二人は早く乗るように促される。

そのまま座席に座ると同時に扉が静かに閉まり、馬車が動き出した。

車内の揺れは少なく、席は尻が沈むほどに柔らかかったものの、二人にとっては快適な移動ではなかった。

 この少佐に爪先から頭のてっぺんまで、相席する勇者一行を観察されていた為だった。


「探したぞ、貴女(きじょ)が神託の勇者か。死食鬼の件、協力に感謝する」

「私はラオサ城騎士団で少佐を務めているギルバートという者だ。質問が山ほどあるが…まあ今は良い。どうやらうちの部下がとんでもなく無礼を働いたようだったな、重ねて詫び申す」


 話は切り出された。

乾いた血で髪も衣類も汚れたままの勇者に対する注視を止め、ギルバートは思案した様子で目を閉じた。

僅かな月明りに照らされた表情や、顔に刻まれた皺からは歴戦の厚みを感じさせた。

 エルザはこれから始まるであろう事象に、煩雑な先行きを予感して小さな溜息を一つ吐いた。


「しかし死食鬼の損傷ぶりからは…まさか本当にこんな女子(おなご)が倒したとはな…」


 鋭い視線は僅かな貴金属を身に着け、豊かな黒髪を持つ整った風貌の魔術師に向く。


「そして、あれから話は直接聞いている。貴殿が…司教推薦の魔術師だとな」


 敵意こそは無いものの、どこか胡散臭いものを見るようなギルバートの目は崩れなかった。

まるで昨夜のキアキでの件について、訊ねるか否か考えあぐねているようにネーレウスには思えた。


「えぇ、まあそういう事になりますね。厳密には飯炊きとでも言いましょうか…」


 しかし、そんな警戒を気にも留めずに彼は飄々と返事をすると、窓の外を眺めた。

まだ辺りは暗い山道で、闇に紛れた木々が目まぐるしく通り過ぎていく。

馬車の中では沈黙の時間が流れ、坂を下る車輪の音だけが聞こえてくるのも束の間に、山林が後方の闇に呑まれた後に塀を抜け、進行は緩やかになっていった。

辺りの風景は一変し、軒先のランプや街灯の温かい光に包まれたレンガ造りの建物が規則正しく連なっていったかと思えば、休息を摂る人々の息遣いが感じられる町を抜けて、隊列は坂道を登り始めていく。

 エルザとネーレウスが城下町を軍馬達の隙間から確認した時、壁に囲まれた門が近付いてきた。

跳ね橋が軋みながら降りてくると、馬車は城内に入っていった。


「二方には、王都は珍しいか?」


 前を向きなおした二人に、ギルバートは声を掛ける。


「あぁ。何せ田舎育ちなもんでな。隣のこいつはどうか知らんが」


 軽口を叩きながら、エルザは隣に座るネーレウスを肘で小突いた。


「こういった城を目にするのは確か、何ヵ月か前に勇者を迎えに行く手続きを行った時以来だったかと」

「…東の国ではこういった石造りの城は珍しいですね」


 当たり障りのない返事を彼が口にしたところで馬車が止まり、外に立つ中年の執事によって戸が静かに開かれた。


「さて、ここから先は他の者に案内を任せるとしよう。改めて、招待に応じて頂き感謝する」


 ギルバートはそう言って一礼し、馬車に再度乗り込むと去っていった。

そして二人の正面で、恭しく執事の男は胸元に手を当てて小腰をかがめた。


「初めまして。夜分遅くにお越しいただき誠にありがとうございます。(わたくし)はこの城の別邸の執事長でございます。一同共々、勇者様御一行のお越しを心待ちにしておりました」


 いつにない待遇に、エルザは僅かに困惑した面持ちで執事を一瞥して、周囲の庭園を見渡した後、視線を隣に移した。

彼女の視界に映るネーレウスの横顔はまだこの成り行きについて訝しんでいるように見えた。

 二人は無言のまま、執事を先頭に、整えられた石畳や噴水、迷路のように植えられた薔薇の茂みを案内に従って進んでいく。

静まり返った夜の空気に三人分の靴音が響いていった。

 執事長の先導のままに歩みを続け、二人は白亜の館に足を踏み入れた。


「こちらが別邸となっております。客室に着くまでの間、調度品の数々をご覧頂ければと存じます」


 執事長は玄関で立ち止まると、背後に立つ二人に声掛けし、誘導を続けた。

館内は煌びやかな燭台が煌々と灯っており、昼間のように明るかった。

 廊下には深紅の絨毯が敷かれ、無数の絵画や金で縁取りされた陶磁器の壺が壁に飾られている。

長い廊下の左右や調度品に目を向けながら、促されるままに二人が進んでいると、やがて執事長は重厚な扉に手を掛けた。


「お部屋はこちらです。備え付けの軽食やアルコール等、ご自由にお召し上がり下さい。また、何かございましたら、呼び鈴を」


 執事長はそれだけ言って、深々と礼をした。

与えられた客室は完璧に整えられており、エルザは思わずその光景を二度見する。

 毛足の長いラグの上には、見るからに柔らかそうな大きなソファが鎮座しており、その隣の艶やかなマホガニーのテーブルには軽食やワインが所狭しと並んでいた。

 また、高い天井から吊り下げられたシャンデリアが室内を照らし、隅には天蓋の付いた寝台が二台もあった。

狼狽えながらも、今まで見たこともないような空間に胸の高鳴りを感じて、エルザは一歩一歩慎重に足を踏み入れていく。


「では、どうぞごゆっくりお寛ぎ下さい。良い夜を」


 勇者一行が室内に入ったと同時に、扉がゆっくり閉まり、微かな金属音が鳴った。

その物音に、ネーレウスは思わず扉の方を振り向いた。


「外鍵…?防犯とか事故防止の為の決まりだろうけど…ってエルザ?あの、何してるの?」


 突如として響くベッドのスプリングの音が彼の思案を遮る。

室内の様子を見渡していたはずのエルザはベッドの上で飛び跳ねていた。

なお、乱雑に脱がれたブーツがふかふかのラグの上に転がっている。


「まあ、ちょっと待遇が変な気もするが豪華な部屋だ!風呂場もある!」


 この動きが止む気配はなく、呆れの混じった微笑が彼の顔に浮かんだ。


「全くもう…落ち着いて、ね?で、話があるんだけど…」

「…少し妙だとは思わないか?…予め用意された客室、前もって待機していた執事長」


 飛び跳ねていたエルザが渋々ベッドに腰掛けたのを確認すると、ネーレウスは隣に座って話を続けた。


「ん?言われてみれば…?」


 ベッドの縁で足を前後に揺らしながら、彼女は小首を傾げた。


「つまり…初めから体のいい形で我々を捕捉するつもりだった可能性がある。しかし…何が目的だろうね」


 それ以上、言葉は続かなかった。

ネーレウスは深く息を吐き、そのままベッドに痩せた身体を横たえた。


「…まあ、何が目的かは知らねぇけど。どうせ明日分かんだろ。飯もあるし、死食鬼討伐の報酬も出るっぽいし」


 エルザは何も気にしない様子で、テーブルの上の軽食の山から林檎を取り出すと齧り始めた。


「あ、ワインあるけど飲むか?」


そう言った瞬間、コルクの抜ける小気味よい音が室内に響き、芳醇な香りが辺りに立ち込めた。


「遠慮しておくよ。本当に下戸なんだ。それに、せめて身体を綺麗にしてから晩酌を始めるべきだろうに…髪とか酷いよ」


 アルコールの臭気に顔を顰めた彼の様子を気にも留めず、エルザは果物やチーズをつまみに晩酌を始めた。

やがて、この違和感を頭の片隅に追いやろうと思い、彼は一人酒を楽しむ彼女の姿を眺めた。

封の開いていないワイン瓶や軽食がまだテーブルの上に出ており、夜の楽しみと休息がまだ続くことを伝えていた。

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