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四話 一難去ってまた一難

 場所は代わり、二人は街灯が立ち並ぶ大通りに居た。

 最後まで取っておいたと思わしきフサスグリのパイを歩きながらも満足げに頬張るエルザを眺めつつ、ネーレウスは彼女に関する憶測を続けた。


 母親が病気になり高価な薬が必要になったので、花売りだけでは生計が立てられなくなった?

 行商人の言った事が真実なら、身体能力も加味して恐らく人間ではないが、魔族にしては魔術を扱う気配が無い。


 彼の中で、エルザが迫害され続けているという憶測の存在は大きくなってきていたが、子供の甲高い嫌な声が喧騒に混じって聞こえ、憶測は遮られる。


 音の出所は人だかりに囲まれていた。

 二人が人々の間を縫って探ってみると、少年に掴み掛かられている桃色の髪の少女の悲鳴だと分かった。

 生まれついた物だろうか、少女は赤い鉤爪をしている。

 ネーレウスの憶測は確信に変わった。

 この地では殆どの亜人や魔族は忌避され、エルザはこの地で迫害され続けてきた。


 彼の目の前でエルザは外套のフードをより深く被り俯いた。

 怒りのあまり唇を震わせたが堪え、周囲に存在を悟られないようにしたが無駄な行為に終わった。


 不意に後ろから叫び声が飛んできたからである。


「おぉーーい!!!!こんな所にも半魔がいるぞ!!!半魔の癖にエルフ様と歩いている!!!煮殺せぇえぇ!!!」


「エルザ!!!」


 瞬く間に、エルザは野次馬の中心部に引きずり出され、赤い鉤爪の少女の足元に転がりこんだ。

 ネーレウスが伸ばした手は届かず、勇者の名前を呼ぶ声は沸き立つ雑踏の(どよめ)きで掻き消されてしまう。

 数の暴力を不意打ちで喰らい、流石に避けきれなかったようだが、素早く体勢を立て直し、桃色の髪の少女を庇いながらも暴行の嵐を避け、更に引き金を引く。

 威嚇発砲である。


「蜂の巣になりたくなければ十秒以内に目の前から消えろ。十、九、八、七…」

「あの女、ただの半魔じゃねえぞ!!指名手配犯だ!!!!」

「とは言ってもただの女だろう?!これだけ男手があるんだ!!殺せぇえぇ!!!」


 襲い掛かろうと沸き立った野次馬は突如、三半規管のコントロール感覚を失ったかの様にその場に倒れ始める。

 立ち上がろうとした者も居たが、ふらついて立てないらしく、ひっくり返ったゼンマイ人形のように手足をバタつかせていた。


「…え?なんだこれは」


 ギョッとして息を飲む少女に抱きつかれながらも、エルザはネーレウスの眼光が恐ろしく冷たく、研がれたナイフよりも鋭く光るのを見逃さなかった。

 濃い魔力の残影が彼女の背筋を凍らせる。

 ネーレウスの魔法によるものであったが、彼以外、エルザ含め誰も何が起こったのか理解が追いついていない。


 ただ、ネーレウスが野次馬を倒したという事実だけが少女とエルザの脳裏にこびりついた。


「エルザ、君の言う通りだった。早くこの町を出よう。そこのお嬢さんに怪我がないか確認したらすぐに」

「あっ、ああ。怪我はなさそうだ」


 エルザの思考は、目まぐるしい一連の動きに囚われる。

 なんなんだ、ネーレウスは動いてもいないのに何故あの連中は倒れた?

 今回も何らかの魔法だろうが、今までの無詠唱での魔法といい…何者だ?東方のエルフという割には魔力の雰囲気があまりにも悍ましく冒涜的である。

 今起こった物への理解が追いつき始めた事により、冷や汗が余計に背筋を伝わるばかりか、掌にまでじっとり滲んできていたが、エルザは強い意思を持って動揺を隠した。


「助けてくれてありがとうございます」


 結局何が起こったのか最後まで理解しないまま、恐怖心で浮き足立った少女は早口で礼をして足早に去っていった。

 その様子からこの場を一刻も早く去っていたいというのが2人に伝わってきてしまった。


「分かっただろう?殺さなければ殺されるんだよ。さっきの子供は運が良かった。私があの子供より小さかった頃はもっと平和だったんだがな、いつしかこの町を追われるようになった」


 エルザの言葉にネーレウスは悲しそうに頭を垂れた。


 イーメンの町を抜けた二人は、平原の馬車道から外れた所にある小さな岩に腰掛けて休憩していた。

 まだ日が落ちる時刻ではないものの、曇ってきておりどこか薄暗さを感じさせ、湿り気を帯びた風が音を立てている。

 低空飛行する鳥達と自分達以外に生き物の気配は感じられず、エルザは退屈そうだ。


「夕立が降ってきそうだ。早めに次の街に着いた方がいい」


 煙草を咥えながらエルザは立ち上がり伸びをした。


「そうだね、さっきの出来事みたいな事が次の街でも起きなければいいんだけれど…本当に申し訳ない事をしてしまった」


 殺さなければ殺される。それはどれほど辛かっただろうか?

 エルザが好戦的になった原因をイーメン町での出来事で察し、ネーレウスは心の底から同情した。


「大丈夫だ、多分城下町だけだろうよ。ヌオビブ村は名の知れた貴族が統治しているから多分平気だろう。それに…実は私は半魔かどうか分からないんだ。何せ半魔でもこんな醜い妙ちくりんな容姿の奴は見た事が無い。馬鹿な連中にはそう見えるらしいが…」


 エルザはまた新しい煙草に火をつける。

 湿気った風が吹き、燻る紫煙をより重たげにした。


 疲弊した様子で再び歩き始める二人の頭上をふと、何かが唐突に掠めていった。

 その’何か’をエルザが目で追っていくと、さっきまで鳥以外の気配を感じられなかったにも関わらず、遥か彼方にひしめく不審な影が映る。

 風の音に紛れて聞こえなかった重鈍な足音と不審な影がのろのろ大きくなっている事から近づいてきているのが分かる。


「おい、あれ昨日も居たよな?魔物の種類こそ違うが…」

「よく種類まで分かるね。気配が増えていってる気がするけど。どうやら君が昨日大暴れしたのを根に持ってそうだ」

「腕試ししたかっただけだって!今回も手は出すなよ?」


 予想の斜め上の返答を返され、ネーレウスが頭を抱えている間にエルザは不審な影に向かって駆け出してしまった。


「ここまで好戦的だと少し灸を据える必要がありそうだ」


 ネーレウスが台詞を言い終わった数分後、遥か彼方では何かが崩れ落ち、地響きを発生させる。

 どうやら静止も間に合わずにエルザが何かを倒したらしく、ネーレウスは困惑した。


「どうしたら良い物だろうか、徐々に分かってくれればいいけど」


 ぶつぶつとボヤきながら、またもや詠唱も無くネーレウスはテレポートした。

 行先は不審な影の付近である。

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