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四十四話 勇者は地雷をクラフトするようです

 朝になり、扉を挟んで聞こえたのは、修道女達の忙しない足音と噂話だった。

エルザは寝ぼけ眼を擦り、伸びをする。


「今日の司教様の話長かったわね……昨日のキアキの大雨、凄かったらしいわよ」

「騎士団の到着が遅れたんですってねぇ…で、いざ着いてみたら誰も、それこそあの例の魔物すら居なかったそうよ」

「バネッサ司教の推薦で高位魔術師が呼ばれたらしいけど…その人が追い払ったのかしら?騎士団の人に情報を伝えてくれれば良いのに…」


 ベッドの上からはふにゃついて間の抜けた声が上がる。

眠気がまだ覚め切っておらず、その姦しいお喋りを耳に入れつつもう一度瞼を擦ると、エルザは脱いでいた防具をのそのそ着始めた。


「…朝っぱらからうるせぇ……」


欠伸と独り言を漏らしつつ、ベッドから飛び降りると、下段で手帳のメモと睨めっこするネーレウスが彼女の視界に映る。


「おはよう、エルザ」


 落ちた声は穏やかだったものの、彼は手帳に目を向けたままだった。

メモ書きは増えており、明け方から思案に明け暮れていたことが伺える。

しかし、椅子の上に掛けられた白い道士服が、仮眠も同時に取っていた事を伝えていた。


「なんだ、起きてたのか。修道女がお前の事噂してるな」


 エルザはまだぼんやりした調子でベッドの下段に腰掛け、そして体半分だけ寝そべった。

床に放り出された脚が彼女の眠気を物語っている。


「…そうみたいだね」


 寝起きそのもののテンションを隠しもしない、気だるげな返事にネーレウスは苦笑いすると、手帳を閉じた。

そして、道士服を着るとエルザに起き上がるよう促す。


「朝ご飯なくなっちゃうよ。ほら、行こうか」


促されるままに渋々エルザは起き上がると、ブーツの紐を結び直し、髪を手櫛で乱雑に梳いた。

 そして、二人は借りている部屋を出て廊下を進んでいく。

食堂では、焼いたパンの匂いといつもの賑やかな子供達の声で溢れていた。

 配膳台で貰った朝食を食べていると、親し気に手を振る三人組が目に入る。

それは、空きの目立つテーブルの片隅で朝食を食べる勇者一行を見つけたリヒト達だった。


「ネーレウスさん!今、凄い噂になってるみたいですけど…電報でも見出しになってるし…」


 二人の正面に座ったリヒトは小声で話しかける。


「…そのことだけど…取り逃がしてしまったよ。随分逃げ足が速くてね」


 こいつが強いのは今に始まった話ではない、と思いながらエルザはバターを塗ったパンを口に運ぶ。

そんな噂話よりも朝食の方が彼女にとっては重要だった。

 リヒトの隣で、事も無げに話すネーレウスを訝しんだ後、ユーリアは周囲に人が居ない事を確認してようやく口を開く。

彼女の皿はまだパンや焼いた卵、ソーセージで埋まっている。


「あの、昨日のキアキ町の雨は…ネーレウスさんが…その…」


 そこまで言って台詞は途切れた。

彼女の脳裏では、バネッサ司教が警戒していた事と“魔王が起こしたとされる洪水”と“それを救った方舟”についての伝承が過る。


「あぁ、たまたまだよ」

「君も知っているだろう?天候の操作は…高位の魔術師や神官がいくつか儀式をしないと発動しない。つまり、そんな即時に展開できるものではない」


 ネーレウスは呑気に意見を述べる。


「どうやって死食鬼と戦ったの?見たかったなぁ…」


 ユーリアが腑に落ちない一方で、シャロンはソーセージにフォークを突き刺したまま、ネーレウスを純粋な眼差しで見つめる。


「普通に攻撃魔法を撃っただけだよ。そんな難しくない」


 はにかむネーレウスの横で、エルザは「魔法だって当たんなきゃ意味がない」と言い掛けた。

その飲み込んだ意見は次第に「当たるように誘導すればいい」等と、設計した地雷についての思考に変化していく。


「さて…昨日の件について、司教様に話さないといけない。今は事務室にいるかな?」


 当惑しきった様子のユーリアの視線に、ネーレウスは微笑を返す。


「えーっとそうね。今は執務されてると思うけど…討伐の件を伝えるくらいなら恐らく大丈夫かと」


それだけ言うと、彼女は食事をようやく食べ始めた。


「司教様もネーレウスさんも忙しいなあ…俺達だけ手持ち無沙汰かあ」


 卵を食べながら、もごもご感想を述べるリヒトにエルザは目配せをする。


「あぁ、そうだ。リヒト。この後少し良いか?」

「いいけど、また特訓か?」


リヒトはパンを飲み込むと頷く。


「勿論」


 ニヤリとするエルザに、リヒトが僅かに嫌な予感を覚えたのは言うまでもなかった。

やがて、そうこうしている内に、朝食を食べ終えた五人は食器やトレーをぞろぞろと返却した。

そして例の如く、子供達の授業へ向かうユーリアを見送る。


「ユーリアも忙しいね。では、私も司教様の所に行ってくるよ」


 ネーレウスはそう言って、この場を後にする。


「よし、二人共行ったな…」


 エルザは去っていく後ろ姿を確認した後、腕を組んだ。


「エルザ、まさか…?」

「エルザお姉ちゃん…?」


 声は被る。

シャロンは不思議そうに小首を傾げ、片や、リヒトは昨夜の泥棒勇者を見ていた故に、たじろいた表情を浮かべる。

 彼が制止しようとした瞬間には、エルザは颯爽と歩みを進め始めている。

黙って着いてこいと言わんばかりに遠ざかっていく背を二人は観念した様子で追った。

廊下は子供達と修道女が行き来しており、進むのも一苦労である。

 どうにかこうにか人混みを掻き分けて、二人がなんとかエルザに追いつくとそこは教会の裏庭外れだった。

大木の枝に飛び乗り、生い茂った葉の影から地雷の材料を持ってくるエルザの姿を発見するも、最早、その身体能力に突っ込みをする気すら湧かず、二人は頭を抱えた。


「見たいんだろう?完成品」


 誇らしげな表情を浮かべた後、エルザは手際よく“例の罠”を組み立て始める。

ブリキの箱の中から一番小さい物を選び、短剣で穴を開けたかと思えば、踏まれた際の圧力がそのまま芯に伝わるようにバネを垂直に立て、中に砂利で高さを出しながら、中心に燭台の芯が立つように取り付ける。

 次に、コルク栓の一部を削ぎ落し、切り込みを入れると、薬剤の小瓶の封をし直した。

そして、中に肥料とランプオイルを混ぜた物をバネを覆うように押し詰めていき、その上に薬剤の入った小瓶を逆さにしてコルク栓が燭台の芯に刺さるように被せる。


「これってあの、踏んだら爆発する怖い罠よね…?」


 戦々恐々としながら、シャロンはその手際を見守っている。

次に、エルザの指先はポーチから紙を取り出し、中から“一本の黒い抜け毛”を摘まんで慎重に肥料の中に埋め込んでいく。


「これ、まさかネーレウスさんの髪…?」

「瓶の中身は漂白剤か…。抜け毛、本当に入れるんだな…」


 シャロンが狼狽える横で、リヒトには最早、見慣れた人物の抜け毛に苦笑いする事しかできなかった。


「昨日、魔力は体内にもある…って聞いたから、つい…こう、な?試してみたくなるだろ?」

「まあ見てなって。これで、踏んだ時にコルクが割れて薬剤と触れるはずだ」


 そう言いながら、エルザは細工されたブリキ缶の蓋に紐を通して瓶底に固定して、満足げにその例のブツを見つめた。

罠、というにはあまりにも小さな物体を二人はまじまじと観察する。


「なあ…これで完成なのか?」

「さあな。やってみないと分からん」


 リヒトの質問に返って来たのは、曖昧な返事だった。

しかし、それも束の間に、エルザは罠を遠くに設置するや否や、板に向かって石を思いっきり投げつける。

 次の瞬間、不自然なまでに黄金色をした閃光が一瞬走ったかと思えば、小さな破裂音とガラスの割れる音が穏やかな裏庭の空気を裂いた。

そして同時に、辺りには奇妙なほどの冷気と湿気が立ち込める。


「まあ、こんなもんだろう。試作だから小さく作ったが…本番が楽しみだな」


 エルザは得意げな様子で、爆発跡に漂う煙を眺めた。


「ねぇ…抜け毛だけよね?魔力媒体……これは…」


 シャロンは開いた口が塞がらないようだった。


「なんかすごいのか…?」


 その反応の理由がよく掴めず、エルザは小首を傾げる。


「凄いも何も…抜け毛一本だと魔力媒体としては少なさそうなのに…ちゃんと成立してる…」

「あと、その…魔素の質が…見たことがない。…普段はこんなの、ネーレウスさんから感じなかったような」


 続いて唸り声が落ちる。

そこにはさっきまでの怯えは過ぎ去り、代わりに爆発の跡を覗き込むような幼い興味の眼差しがあった。

 その台詞を聞いて、リヒトが不思議そうに尋ねる。


「魔素の質?」

「うん、その…底が見えないというか重たい感じがする…あと……しょっぱい」

「しょっぱい?…味なんてあるのか…?」


 予想外の解説に、エルザは解せないという顔をしながら、更なる疑問を零す。

まさかここで味覚について言及すると思わなかったのだった。


「例えだよ!匂いっていうのかな…うー、説明が難しい…」


 眉間に皺を寄せ、身振り手振りを交えた必死の説明も、魔法が苦手な二人には殆ど伝わっていないようだった。


「俺、そこまで詳しく分かんないけどなあ…味、かあ…」


 この返事をどうにか理解しようとしたものの、彼の中で謎は深まっていったようだった。


「私もだな…まあでも、あれだ。子供の方が感受性が豊かって言うしな」


そして、その横でそれっぽい理由を付けて頷いた後、エルザの台詞は続く。


「おっとそうだ、これは黙っといてくれよ?全員共犯だからな」


 そう言い終える頃には、口元に一本指が添えられ、悪ガキのように口角は上がった。


「俺達にまでなすりつけるなよ!」


 憤慨しつつも、リヒトは思わず噴き出した。


「エルザお姉ちゃん…その、怪我しないようにね。死食鬼にその罠使うよりもネーレウスさんと連携した方が良い気もするけど…」


 爆発跡から目を逸らし、シャロンは心配そうにエルザの顔を見上げる。

小さな手はもじもじ彼女の防具を摘まみ、これから繰り広げられる戦いの行方に気を揉んでいるようだった。


「あー、それなんだが、昨日取り逃がした死食鬼。この後ネーレウスがそいつに見つかったら…また逃げられる可能性が高い。あいつは十分にやったよ」

「確かに…」


 その懸念点に戦闘への私見が展開され、二人は渋々頷いた。


「今度は私が一人で行く。それなら…まあ戦いやすいだろう。司教様は連携しろと言っていたが…“確実”じゃない」

「それに…ユーリアはともかく、この爆弾があの二人にバレてみろ。火を見るより明らかだ」


 あの二人、とは他でもない、地雷の設計について制止したバネッサとネーレウスの事である。

エルザはまだ不安げな二人を尻目に煙草に火を点けた。

 そして一本吸い終えると、彼女の手先は細かく動き、てきぱきと材料をブリキ缶に詰め、罠の量産を始めた。

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― 新着の感想 ―
地雷を思いつくエルザの異質な発想はともかくとして、魔素が “しょっぱい”とはずいぶん冒涜的な匂いがしますね。 製造工程もよく描けていて、下調べの綿密さを味わえました。
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