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三十九話 対策

 食堂は人で溢れかえっていた。

配膳のワゴンに乗っている食事は、この四人を最後に空っぽになっている。

あれだけ騒がしかった子供達も、夕飯を食べるのに夢中で普段よりも口数が少ない。

夕飯の肉団子の匂いが立ち込める人混みの中、どうにか奇跡的に人数分の空席を見つけた四人はやっと食事にありつけたのだった。

 巨大なテーブルの端に五人分の席が向かい合うようにある。


「席がまとまって空いててよかったよなあ」

「えぇ、そうね。皆、空けておいてくれたのかしら?…ほら、シャロン。ちゃんと野菜も食べなきゃだめよ」


 リヒトとユーリアが食事を摂りながら話していた。

そして、二人に挟まれながらシャロンは必死に副菜のピクルスと格闘している。


「…まあ、少しくらい残してもいいんじゃないか?」


 エルザはそう助言しつつ、コケモモのソースがかかった肉団子とチーズを頬張った。

彼女の席は冒険者三人組の向かいにあり、また、銃器類が占領する隣の席には湯気の立つ食事があった。

ネーレウスの分である。

 ちなみに、彼の皿から肉団子が少なく見えるのは、食い意地の張った勇者もとい盗賊に持っていかれたからだった。

配膳の時にどさくさに紛れてエルザが自分の皿にだけ多くよそった事には誰も気付いていない。

ふと、リヒトが何かに気付いたかのように手を大きく振った。


「あ、ネーレウスさん、こっちです!」


 彼が呼びかけた先にはネーレウスが立っていた。

食事を中断して、エルザは銃器を椅子から降ろすと同じように手招きをする。


「…ちょっと待って」


 ネーレウスはそう言いながら、密集した座席の間を慎重に通り抜けていく。


「場所を取っておいてくれてありがとう。…ん?肉団子が一つ少ないような」


 エルザの隣に座ると、そのまま彼女の頬に付いたソースをまじまじと見つめる。


「あー、席料だ。席料」


 バツが悪そうにエルザは目を逸らす。

既に失われた肉団子は彼女の胃袋の中である。


「あぁ、なるほど。いっぱいトレーニングしたからお腹が空いていたんだね」

「…むしろ、もっと食べていいよ」


 そして彼は苦笑しつつも、肉団子のお代わりをエルザの皿に移した。

苦笑いを浮かべる顔の隣で、様子を伺いながら肉団子を頬張る勇者は対照的だった。


「にしても、遅かったな」


エルザは口に物が入ったまま話す。


「少し、昨日の死食鬼の件で調べ物をしていてね」


 黒いパンにチーズを乗せたものを齧りつつ、ネーレウスはそう返事をする。


「調べ物?」

「いくつか気になる点がね…まあ、後で話すけれど」


 そのやり取りが耳に入ると、ユーリアはシャロンへの注視を止めて、ネーレウスの方を向いた。

シャロンの皿にはまだピクルスが手つかずのまま残っている。


「あぁ、そういえば司教様が…その死食鬼について何か言ってたわね。”気を付けて…いつもと違う匂いがする”って」


 そう告げるユーリアに、リヒトは頷く。

彼はもう食べ終わっており、グラスの中の水を呑気に飲んでいた。


「確かに変だったよなあ…」

「アーミョクの町に出た奴といい。昨日のといい。あんなに強い魔物が突然ゴロゴロ出てくるのは…」

「…最近、奇妙な個体が増えてる。というか…魔物が少し強くなってきてるのよね。まるでこっちに攻め入るかのような…」

「俺達三人は教会直属のギルドの依頼で元々魔物の討伐や調査をやっていたんだけど…ここしばらくは資料に無いような魔物も増えてきている」


 ユーリアとリヒトは最近の状況について静かに述べていく。

この話を横目に、監視の目が無くなったシャロンはそっと前に座っているエルザに目配せをした。

 そして、向かい合ったままネーレウスが近況を真剣に聞く隣で、エルザは静かに頷くと、シャロンの皿からピクルスをこっそり摘まんだ。

 彼の隣からピクルスの小気味よい咀嚼音が聞こえてくるのは言うまでもない。


「それは…一体いつから感じている?」


 エルザとシャロンのやり取りを横目に、ネーレウスは興味深そうに口を開く。


「えぇ…と。去年くらいからかしらね…その前からも強い魔物は居たけど…徐々に強くなってきていたのが、ある日を境に…と言ったら伝わるかしら」


 ユーリアはシャロンの様子に気付かぬまま、記憶を辿る。


「なるほどね。教えてくれてありがとう、助かるよ」


 ネーレウスは静かに微笑んだ。

ユーリアは正面の微笑みをじっと見つめながら“助かるよ”の真意を汲み取ろうとするも、シャロンの皿からピクルスが消えている事に気付き、思考を止める。


「ん?ちゃんと食べたの?」

「あぁ、食べてるとこ見たぞ。なあ、シャロン?」


 シャロンの代わりにエルザが適当に返事をする。真相は既に喉元を通り過ぎてしまっていた。


「本当かしらね…?もう…変なところで仲が良いんだから」


 ユーリアは溜息を吐く。

そして、その横でリヒトは直近の状況、死食鬼への対策について語り始めた。


「そうだ。キアキに向かった死食鬼なんだけど、何か戦略を立てた方が良いと思う」

「掲示板に張り出された電報によると――今のところ、住民は避難済み。緊急で騎士団が向かってるらしい。でも…姿が見えないんじゃあ…」


 ネーレウスはその台詞を聞いて言い難そうに口を開く。


「…それについてだけど、さっきの司教様との会議で、今夜私が一人で倒しに行く事になったよ」


 エルザはそれを聞いて一瞬驚いたものの、笑い始めた。


「くくっ…まあ、だろうな。ただ…少し気掛かりだ。昨日は放牧地で見つけるのは簡単だったが」

「てっきりあの時は最初から姿を現していたのかと思ったけれど…どうやって見つけたの?」


 彼女の感想に、ユーリアが疑問を投げかける。


「何、簡単な話だ。草が潰れてガサゴソしている所を音を頼りに撃っただけだ」

「…まあ、何発か無駄にはなったが…」


 エルザは答えながら照れくさそうに頭を掻いた。


「随分目が良いんだね」


 ネーレウスはそう言いながら黒いパンを食べ終えた。


「目は盗賊の命だからな」

「とはいえ、お前…見えない敵をどうするんだ?市街地だろう?私も行くぞ」


 エルザは自分の考えを伝えた後、ネーレウスの皿に鎮座する肉団子を物欲しそうに見た。


「大丈夫だよ。なんとかする」


 その様子に気付くと、彼はそっと肉団子の乗った皿を隣に滑らせ、それから水を飲んだ。


 やがて全員の皿が空になり、五人はぞろぞろと食器を返却台まで戻しに行った。

辺りには相変わらず人が密集しており、他人の会話が聞こえてきた。


「この前、間違えて燭台の掃除に漂白剤を使っちゃって酷い目に遭ったのよねぇ」

「あら、大丈夫?」

「熱くてやけどするかと思ったぁ。目とか皮膚も凄い痛いし…掃除するはずが腐食させちゃったし…」

「なんか聖なる金属だからって使われてるらしいけど…やっぱ危ないわよねぇあれ。ボヤ騒ぎで神の加護どころじゃないわね。怪我無くて良かった」


 エルザは思わず聞き耳を立てた。

彼女の脳裏に、あの消されてしまった設計図が過る。

 ――あとは、炸薬だけか。火元になりそうなものは見つかった。

彼女は僅かに口角を上げる。


「なあ、この後、少し剣の修行に付き合ってくれないか?ネーレウスさんはああ言ってたけど…死食鬼との戦闘で事で気になる所が…ってなんかあったか?」


 声を掛けられてもなお、上の空なエルザを不思議そうにリヒトは見た。


「いや、なんでもない。この後は…全然空いてるな。いいぜ」


 エルザは返却台に空の食器を置くと肩を回した。

しかし、それを見咎めるようにネーレウスが割って入った。


「…疲れているだろうから、少し休んだら?」

「平気だ。昨日の戦闘で気になった動きがあってな。ちょっと見直したい」


 返却台から離れると彼女は小さくストレッチをして、軽く身体を動かしている。


「分かったよ…、でも、ほどほどにしてね」


 そう言ってネーレウスは立ち去った。

向かう先は死食鬼の元である。

 エルザはその後ろ姿を見送りながら、僅かに歯痒そうな顔をした。

あの危険物を作って死食鬼に試したいという気持ちと、本当に一人で行きやがったという気持ちが内心ではせめぎ合っていた。


「さて、行くか。今日は特訓三昧だな。二人はどうする?来てくれたら嬉しいけど…」


 リヒトの提案に、ユーリアは首を横に振った。


「私もやりたい!」

「駄目よ。子供はもう寝る時間。明日にしなさい」


シャロンは乗り気であり、元気よく二人の会話に混ざろうとするも、あっけなく止められる。


「うぅ…分かった」

「私達は今日はもう休んでいるわね。二人共、夜遅いし気を付けてね」


 しょぼくれるシャロンの手を引きながら、ユーリアは寝室に戻っていった。

そして、二人は修道女や子供達の隙間を縫うように進みながら屋外に向かう。

 廊下にはオイルランプが灯り、微かな匂いを放っていた。

エルザは何かを思いついたように、そのオイルランプを眺めた。


「エルザ?さっきからどうしたんだ?…疲れてるなら今日は…」

「いや。むしろ外に出た方が都合がいい。早く行こう」


 リヒトは心配そうに声を掛けるも、それは彼女の台詞に遮られた。

二人が廊下を進むにつれて人は少なくなっていく。

 暫く歩いていると、すっかり静かになった通路を抜け、眼の前には古びた扉が現れる。

取っ手を掴み、戸を押し開けると、夜の冷たい空気が二人の鼻を刺した。

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