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三十二話 実戦訓練

 暫くして、朝食を食べ終えた四人はベコ村の外れにある空き地に移動していた。

 岩が転がる草原には朝靄がまだ微かに残り、空気は湿度を持っていたが、空は晴れ渡っていて肌寒さは無い。

 辺りはだだっ広く、戦闘の練習には都合が良さそうだった。


「まず、私は武器をここに全て置く。お前らは全力で掛かってこい」


 そう言いながら満足げに煙草を吹かすエルザの口元を良く見ると、プリンの残骸がくっついている。

 また発言通り、足元には彼女の銃器類と短剣が散らばっていた。


「締まらないなあ」

「私もそう思う」


 リヒトは思わずそんな感想を零し、ネーレウスは思わずその発言に同意した。


「えっ、何がだ?」


 エルザは不思議そうにこの二人を交互に見た。


「口元」


 シャロンはクスクス笑っている。


「口元がなんだって?」

「プリンついてる」


 いよいよ、我慢出来ないと言わんばかりに、シャロンは抱腹した。


「えっマジで?……あっ、ほんとだ」


 怪訝な顔をしていたエルザだったが、口元を手の甲で拭うと、じっとプリンの屑を見た。


「えーっと、気を取り直してだ。とにかくそこの二人は全力で私にかかってくるとして、お前はどうする?」


 エルザはネーレウスの方を向く。


「魔法による攻撃はなるべくやめておこうかな」

「お前がまさか素手でタイマン張れるとは思わんかったぜ」

「素手で交戦した事は無いけれど…フェアじゃないだろう?」


 その場から動かず、ネーレウスは導士服のぶかぶかした袖の中に手を入れた。

 まるで大陸の東端の人々の様である。


「そうか?まあいい、さっさとやろうぜ。手加減は無用だ」


 エルザは咥えていた煙草を吐き捨て、靴底で揉み消した。


「本当にありがとう。でも、そっちは装備は無くていいのか?」


 まさか銃器はおろか、短剣まで置くとは思っていなかったらしく、リヒトはエルザに問い掛けた。


「問題無い。来ねえならこっちから行く」


 エルザが一歩踏み出し、前に立つリヒトの背後へ回ると同時にシャロンの詠唱が聞こえた。

 リヒトはその場から間合いを取り、長剣を抜くとエルザの死角を狙う。

 しかし、剣先の動きは止まる。


「まだ読みが甘い」


 エルザはその剣が振り下ろされる直前に、剣を握る手を押さえていた。

 そしてそのまま、瞬きも終わらない内にリヒトを突き飛ばした。


「な、なんて腕力だ」


 崩れた体勢を戻しながらリヒトは唖然とした。


「まだウォーミングアップにもならんな。もっと全力出していいぞ」


 彼女のせせら笑いも束の間に、微かな魔力の気配が地中から湧く。

 殺気を感じてエルザが高く跳躍した瞬間、大地から突出した硬い泥岩が巨大な手の形を取る。

 飛躍するエルザをそのまま巨大な手が掴もうとしたが、動きは唐突に止まった。

 そして土肌に急速にヒビが入った途端、辺りは急速に冷えていく。

 シャロンの詠唱によって現れた巨大な手はボロボロ崩れ始め、エルザの着地と同時に跡形もなく、粉々に消えた。

 また、辺り一面が乾燥した様な奇妙な感覚をネーレウス以外の三人は肌に感じ取れた。


「中々良い筋をしているね。ただ、もっとこの術式ならもっと短く出来るよ」


 ネーレウスはシャロンの放った魔法に対して感想を述べる。


「どうして。どうして崩れたの?」


 辺りに立つ砂埃を目前にシャロンは目を丸くした。


「さっきの手、泥岩に含まれていた粘土鉱物に細工をしたんだ。ところで今のって攻撃魔法に含まれるのかな」

「よく分からんが、多分含まれないんじゃないか?それにしても本当に暴力に身体を張らないんだな」


 エルザだけが慣れた様子で言葉を発する。


「出来ないわけじゃないけど…あまりやりたくはないんだ」


 ネーレウスの表情に一瞬、陰が差した。


「ねえ、どんな原理で細工したのかしら?すっごく気になる」


 一連の驚きが喉元を過ぎたのか、シャロンは興味

 深そうに目を輝かせた。

 彼の面持ちの変化には気付いていないようだ。


「後であいつに聞いてくれ。まあ大体想像はつかなくもないが。まだ特訓はやるだろう?」

「もちろん」


 リヒトは頷いた。

 シャロンは返事の代わりに詠唱を再び始めている。


「良い根性だ」


 エルザはリヒトとの距離を詰めた。

 そして白い拳が突き出される。

 正拳突きだ。

 リヒトは紙一重で拳を避けた。


「もうちょっと速くても大丈夫そうだな」


 正拳突きの間隔は短くなっていったものの、リヒトが回避しそこなう様子は無い。

 突く、避ける。

 突く、避ける。

 突く、避ける。

 反撃の機会を伺うリヒトだったものの、この攻防は大地から漂う微かな魔力の気配に遮られた。

 足元が揺れ、草っ原に寝そべっていた岩がぐらつく。

 エルザは前方に跳躍し、数十歩は離れた位置に着地した。

 そして、それと同時にリヒトの眼前で地割れが起こり、岩は切れ目に飲まれて消えた。


「避けるタイミングがあと二秒遅かったら落ちてたな」


 彼女の台詞は遠く離れており、三人の耳には聞こえていない。

 リヒトは振り向くや否や着地点へ駆け、剣先を振り翳す。

 しかし、剣は彼女の身体に掠りもしていない。

 回避する為にエルザが身体を捩ったコンマ秒前である。

 剣先は骨張った指先に挟まれていた。

 この数秒間の間に、ネーレウスは転移魔法を使い、彼女の着地点の真横に移動したのだった。

 リヒトは状況が飲み込めず、剣先から視線を外せなかった。


「なんだ、お前。思ったよりは出来るじゃねえか。見た目からして運動能力には期待していなかったが…」


 今の動きは私が避けるよりも早い反応だった。そればかりか…今の動きは私ですら感じ取れなかった。

 エルザはそう心の中で台詞を続き、手に汗を握る。


「出来ないと思われるのは嫌だったんだ」


 飄々と返事をしながら、ネーレウスは剣先から指を離した。

 剣先が地面を向く。


「えっ、さっきまで…向こうに居たよな…?まさか無詠唱の転移魔法?」


 リヒトは思わず後ろを向いて、つい一寸前までネーレウスが立っていた位置を凝視した。


「まあこいつはずっとこうだよ。詠唱してるところなんざ見た事が無い」


 腑に落ちない様子のリヒトにエルザは話し続ける。

 気が付けば彼の隣にはシャロンが駆け寄ってきていた。


「ところで、今の太刀筋を見て思った事があるんだ。ある物が足りていない」

「ある物?」


 リヒトは首を傾げた。


「筋肉だ。そもそもちゃんと飯は食っているのか?良い身体には早寝遅起き大飯喰らいだぜ」


 エルザは睨みを効かせた。


「なん…だと」

「冷静に考えてみろ。そんなひ弱な体格で戦えるのか?鋼の肉体こそが正義だ。筋肉は全てを解決する」


 まあ若干名、当て嵌らない奴もここに居るが。エルザはそう付け足した。


「でも、エルザお姉ちゃんだって別にそこまでガタイが良いようには見えないけど…」


 シャロンは思わず疑問を呟く。


「馬鹿言え、こう見えて腹筋割れてるんだぜ?何なら腕とかも殆ど筋肉だし、背中も凄いぞ」


 ここぞとばかりにエルザはシャツを捲り上げようとしたが、ネーレウスに阻止された事によって彼女の腹筋が公衆の面前に晒される事は無かった。


「…本当にさあ、君にはもう少し恥じらいを持って欲しいところだよ」


 ネーレウスの説教が始まりかけたところで、エルザは開口する。


「まあ、とにかく基礎訓練だな。瞬発力をもっと付けた方がいい」


 この鶴の一声により、地道な訓練は始まった。

 リヒトは黙々と剣の素振りを始めた。

 そこから少し離れた岩の上に座り込み、ネーレウスがシャロンに術式を短くする方法や地質学について教えている。

 この三人を後にして、エルザは地面に置きっぱなしの装備を回収すると、リヒトの素振りに混ざった。

 気がつけば辺りに立ちこめていた朝靄は、完全に消えてギラギラした日光が四人を照らしつけていた。

 そして、時間は着々と過ぎていく。

 淡々と修練を積むにつれて、やがて教会の鐘が遠くから聞こえてきた。

 鐘の音に紛れて、シャロンが伸びをする声が混じった。


「ネーレウスさんって本当に色々な事を知ってる。説明もあたしが前習っていた先生よりも分かりやすいかも」


 色々な事を教わって満足げにシャロンはネーレウスの方を見た。

 よく見れば彼女の手には、記号のような物とそれの説明が書かれた紙が握られている。


「そんな、大した事は教えていないよ。ずっと同じ姿勢だったから疲れちゃったでしょう」

「ううん!身体の疲れも忘れるくらい面白かったんだもの」


 座っていた岩から降りて、シャロンはもう一度伸びをした。


「そろそろ行こう。ユーリアも子供向けの授業も終わった頃だろうし。二人共付き合ってくれてありがとう」


 リヒトは剣を鞘に戻すと、教会の敷地がある方角を向いた。

 教会の鐘はもう鳴り終わっており、遠くから子供のはしゃぐ声が微かに聞こえてきている。

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