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二十七話 初めての討伐依頼

「お茶も出せずごめんなさい。お話の方、伺いましょうか。私はベコ村教会の司教を勤めている、バネッサです」


 五人が席に着いてから、老女、バネッサは五人の向かいに腰掛けた。

 シャロンがユーリアの膝の上に座っている以外、五人は一列にソファーに座っている。

 リヒトは暫く黙っていたがやがてぽつぽつ話し始めた。


「トロールの群れの討伐についてですが、イーメンの勇者一行がいなければ成功していませんでした。僕達だけではトロールの攻撃を避けるのだけで精一杯で…あんなに強い群れは初めてだった。なので報酬は受け取れません」

「正直なのはいい事よ。その話、もっと詳しく聞かせてくれる?」

「最初、三人でギリギリ応戦していましたが、唯一治癒魔法が使えていたユーリアが攻撃を受けて気を失った。そのままシャロンと二人で、怪我を負わない様に討伐を続けましたが、その内シャロンともはぐれてしまって…」


 ただ、静かに頷きながら話を聞くバネッサに、リヒトは話を続けた。


「僕一人でユーリアを庇って応戦していたら、イーメンの勇者一行の魔術師、ネーレウスさんがたまたま通りがかって、僕達を助けてくれたんです」

「つまりそれは、殆ど勇者一行に倒してもらったという事なのかしら?」

「はい。勇者一行の魔術師のネーレウスさんが全て討伐しました。それに、ユーリアの怪我も治癒魔法で治してくれて…ネーレウスさん、全部無詠唱でやっていたので最初何が何だかって感じでしたよ!」


 無詠唱、という言葉に一瞬、眉を寄せるバネッサをエルザは見逃さなかった。

 しかし、その表情がエルザの見間違いであるかの様に、バネッサは微笑んでいる。


「そう、それでシャロンはどうしたのかしら?助かっているようだけど…」

 手悪戯をしているシャロンをバネッサは横目に質問を続けた。

「神託の勇者、エルザが助けてくれました」

「イーメンの噂も当てにならないものねぇ…貴方の話を聞いていると、私が旅をしていた時の事を思い出させるわ」


「司教様は前代勇者一行のメンバーの一人でしたよね。今から何年前だったんですか?」


 ユーリアは膝の上に座って手悪戯をするシャロンに注意しながら、過去を懐かしむバネッサに質問を投げかけた。


「そうねぇ、貴方達四人と大体同じくらいの歳だったから…もう六十年以上前になるかしら」


 四人、という言葉に違和感を覚え怪訝な顔をするエルザに、ネーレウス以外誰も気付いてはいない。


「昔話はこのくらいにして、本当は貴方達にもう一つ頼みたい事があったんだけど…勇者様にも聞いてもらいましょうか」


 背筋を伸ばし、熱心な態度の冒険者三人組とは対照的に、エルザの関心は壁に飾られた銃器類に完全に向いていた。

 あの銃イカしてるなあ……等と彼女は考えているに違いない。


「ベコ村の畜産農業についてはご存知よね?近頃、深夜になると何者かに家畜が襲われているみたいなの。姿が見えず、まだ尻尾を掴めなくて…もし良かったら、この逃げ足が速いハイエナ共を退治して欲しいんだけど良いかしら?」


 何かを考えていたようだったが、やがてリヒトはエルザに話し掛けた。


「…俺は手伝ってくれたら嬉しいけど…どうする、エルザ?」


 エルザはニヤリとした。


「条件がある。使用する弾丸の支給、それから…そこにある散弾銃、コルッグM1865を触らせて欲しい」

「面白い勇者様だこと。報酬も支払うし、弾丸も最初から支給するつもりだから安心していいわよ。そこのコルッグなら今夜の討伐で使ってくれて構わない」

「いいだろう。引き受けよう」


 エルザの目は輝き、表情こそ変わっていないものの、その喜びようは周囲に伝わった。

 即決である。


「交渉成立ね。ユーリア、裏手にある修道院まで皆を案内してちょうだい。夜まで待機しててもらって」

「分かりました、司教様。皆、着いてきて」


 膝に乗せていたシャロンを下ろすと、ユーリアは立ち上がり、扉の前に立った。

 そして四人はユーリアを先頭に、列を成して扉から出て行き、修道院に向かった。

 この一室に残ったのはネーレウスとバネッサしか居ない。

 そして、彼も着いて行こうとしたが、背後からの緊迫した声に立ち止まった。

 和やかな空気は一変し、辺りには緊張感が立ち込めた。


「少しお話があるのだけどお時間はいかが?…ネーレウスさん?」


 バネッサは彼を引き留め、右手をスカートのポケットに入れてネーレウスを睨んだ。


「何が目的で、何を企んでいる?」


 バネッサは銃口をネーレウスに突きつけた。

 それにも関わらず、ネーレウスは扉の取手に手をかけたまま、動く気配は無い。


「何も企んでいないよ?ただ、散歩がしたかっただけ」

「嘘を吐くな。三つ数え終える前に答えろ」

「三」

「二」


 取手から手を離し、ネーレウスはゆっくり振り向いた。

 彼の口角が上がる。

 そして銃声が響いた瞬間、彼の姿は消え、代わりに床に水溜まりが現れる。

 扉には風穴が空く。

 床にある水溜まりは瞬く間に人のシルエットを取り、ネーレウスの姿に戻った。

 バネッサは舌打ちする。


「撃つなんて酷い。折角君の身内を助けたのに」

「それとこれは関係ない。何故イーメンの勇者と旅をしている?」

「散歩するにも一人だと味気ないだろう?外界を見る必要があったんだ」


 ネーレウスは飄々と口を濁した。

 ピリついた沈黙が訪れようとしていたが、バネッサに遮られた。


「…まあいい。様子が前とは違うな?もっとあの時は悍ましい目をしていた」

「あの時はああだったけど、普段はこんなものだよ」


 バネッサはじっとネーレウスの目を覗き込んだ。


「そうじゃない……これは…温もりを知った目だ」


 ネーレウスはその台詞に吹き出し、鼻の頭まで真っ赤になった。

 二人の間にあった緊張感は完全に溶けたらしい。


「前までは気付かなかったけれど、人類の体というのは、情緒とよく直結しているんだね。ここの所よく驚かされる。」

「食えない奴め。とりあえず、今夜の討伐についてだが参加しないで貰いたい。若手に経験を積ませる為の物だ」


 バネッサはポケットから葉巻とマッチを取り出すと、咥えて火を点けた。


「まさかとは思うけど、トロールの群れも君が仕組んだのかい?」

「違う。ハイエナ共の正体も分かっていないもの」

「少しリスキー過ぎるのでは?」

「多少のリスクを踏まなければ経験にならない」

「…なるほど。君はそういえば私が見た中で、五本指以内に入る治癒魔法の使い手でもあったか。保険にはなりそうだ」

「要件は以上だ。帰ってもらって構わない」


 素っ気なく葉巻を()むバネッサに、親しげにネーレウスは話しかけた。


「ところで、前のパーティメンバーは元気かい?」

「前代勇者なら魔術師のクソ女と共に、不老不死の為に妙な霊薬を精製したらしいが…あまり深くは知らん。関わりたくもないんでね」

「そっか。君は…何も変わってないね。前よりも鋭さが増したくらいだ」


 ネーレウスはそれだけ言って姿を消した。

 無詠唱の転移魔法によるものだ。


「もしかすると…あの勇者は希望の光かもしれない。しかし、吉と出るか凶と出るか」


 この一室には年老いた僧侶の女しか残されていない。

 台詞と共に吐き出された煙が細く辺りに漂った。


 時を同じくして、教会の外に出たネーレウスは辺りを観察していた。

 一見、その姿は立ち惚けているようにも見える。

 彼の前方には、西日に照らされる中、青い果実を実らせて連なっている葡萄の木があった。

 そしてその向こうにある、山々を背景に遥か彼方まで広がった放牧地では、人程の大きさをした、二足歩行のふわふわした白い鳥が犬に追いかけ回されている。

 また、教会の裏手からは子供の黄色い声が聞こえてきており賑やかであった。


 ネーレウスはそのまま、思索に耽る。

 しかし、牧歌的としか言い様が無い風景に奇妙な点があるとは彼には思えなかった。

 ふと、背後から聞こえたエルザの声に彼の黙想は遮られた。


「おーい、どうしたんだよ。あの婆さんと何話してたんだ?」

「ああ、ちょっとね。君こそどうしたんだ?また煙草かい?」

「まあそんなところだ。修道院に行こう」


 エルザはネーレウスを連れて教会の裏手に足を踏み入れた。

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