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一話 アウトロー出身

 深夜、市街地から離れた山奥の洞窟に足音が向かう。

 足音の主の男性は深く溜息をつき、途方にくれていた。何故こいつが勇者なのか。

 洞窟にはかつて悪鬼として名を連ねた盗賊の少女が監禁されていた。


 洞窟は暗く、カビ臭さが充満している。

 隅の方に雑巾のような薄汚いボロ布をまとい、癖の無い銀色の髪をした虚ろな青い目の少女が座り込んでいた。

 錆びついた足枷と首輪、手錠で身体は繋がれ、柔らかな髪は床に届くほど伸びきり、顔の右半分を隠してる。

 年齢は十六歳前後だろうか。

 その少女は一見、アルビノにも見えた。


「おい、これは嘘だと信じたいが神託でお前が勇者だとお告げが出た。魔王討伐に成功し次第、今までの罪状を帳消しにするとの通達だ」


 銀の髪を鷲掴みにして、少女の鳩尾を蹴り飛ばした後に、汚物を見るような目で男は言った。

 男の口元には薄ら笑いが浮かんでいる。


「あ?何かの冗談だろ?」


 彼女は呻きながら顔を上げる。

 髪が退けられ、顔の右半分が露わになった事によって、青い瞳だと思われた右目は明るい紅色である事が分かった。

 また、暴行を受けた跡が中性的な顔にはある。


「明日、日が昇る頃にお前を監視する男が来るはずだ。その男と旅に出ろ」


 それだけ残して男は去って行った。

 洞窟には途方に暮れる勇者だけが残る。

 これはきっと夢だ。魔王だとか勇者だとかよく知らんが、神託とかいう奴のお陰でシャバに出れるとは思えん。

 そう思い彼女は横になり眠りについた。



 時は進み、早朝、東に陽が昇る頃に再び洞窟に足音が向かった。

 二十代前後と思われる、痩せ型で長身の男が黒い波打つ長髪を靡かせて朝靄の中を優雅に歩いていた。


 服装は浮世離れしており、乳白色の刺繍が入った白い導士服の胸元には、オリエンタルな装飾のブローチを飾っている。

 そして何よりも彼の顔立ちはあまりこの近辺では見かけない容貌だった。

 顔の彫りは浅く、なだらかな輪郭は細面である。

 細い鷲鼻が見るからに神経質そうだったが、金色にも見える琥珀色の瞳は知性に満ちている。

 また、長く尖った耳が長髪から時たま覗いていた。

 端正ではあったが、どこか女性的な雰囲気だった。


 一方、まだ日の光も入らない洞窟で彼女は眠っている。これから繰り広げられる運命も知らずに。

 導士服姿の男が洞窟内に入ってきても気付く様子は無い。   

 彼は勇者の傍にしゃがみ、そっと声をかける。


「おはよう、今日から一緒に旅をさせてもらうよ」


 勇者は眉間に皺を寄せながら、ゆっくり体を起こすと長い銀の髪を掻き上げ、あくびをかみ殺した。

 その様子を見て、黒髪の男は隣で微笑を浮かべた。


「お前が例の…国から派遣された監視員か?」

「えっ、何の事だろう?見張ったりはしないから安心して。私の名はネーレウス、魔術師を務めている」

「あぁ?ネーレネレ?」


 まだ寝ぼけているらしく、勇者は眉間に皺を寄せて男を睨みつけた。


「酷い間違え方だ。ところで怪我をしているけど大丈夫かい?」


 ネーレウスは勇者の身を拘束している物を解いた。


「大丈夫だ」


 そう言いながらも勇者はよろめいた。

 立ち上がったものの、鳩尾に負った怪我の痛みで表情が更に険しくなっている。


「可哀想に、重症だね。君の名前はなんて言うの?」


 治癒魔法を詠唱すらせずに彼は使った。


「エルザ。元盗賊だ」


 勇者ことエルザはぶっきらぼうに返事をした。



 こうして奇妙な二人だけの旅は始まった。



「装備を整えないといけないね。また怪我をしてしまうよ」

「装備を揃えるほどの金がまだ無いし無理だろ。煙草すらまだ買えやしない」

「軍資金を国から預かっているからそれを使ったらいいと思うよ。街に着いたら半分渡すね」

「そりゃどうも。囚人の手前、そこまで待遇は良くないと思っていたんだがな」


 話しながら歩いていると、二人は市街地へ着いた。

 時刻は昼頃であり、疎らに仕事休憩と思わしき住民が石畳を歩いている。

 エルザを凝視する住民も中には居たが特に彼女は気にしていないようだ。


「そうだ、装備の前に服を新しくした方がいいと思う。軍資金で買っておいで、一人の方がいいならここで待ってるから」


 ネーレウスは軍資金の入った皮の袋を渡そうとしたが、エルザはそれを受け取ろうとしなかった。


「どっちでもいい。別にこのままでも問題無いだろう?」

「怪我してからだと遅い。君一人だと買わなさそうだから着いていくね」


 結局、渋々といった形でエルザが折れ、洋品店で服を買った。

 若葉のような色に染色された綿のシャツと、見るからに地味で平凡な灰色の細身なズボン、丈の長い皮のブーツである。

 みすぼらしさという点では前と変わっていなかったが、清潔感という点ではかなりマシになった。


 そして武具屋に行って装備品を一式買った。

 くすんだ藍色に染色され、袖の無い皮の軽鎧とグローブ、ウールの野暮ったい外套、真鍮製のゴーグルをエルザは防具に選んだ。

 更に武器に短剣と大量の弾丸、三丁の拳銃に散弾銃を一丁買い、それらを持ち歩く為に黒い革製の飾りの無いホルスターもつけた。


「君は…変わってるね。銃器を使う勇者なんて初めて見るよ」

「こちとら元盗賊だからな、長剣だとか魔法だとか使いこなせるわけが無えだろ。ああ、あと金貸してくれ。煙草を買う」

「この軍資金、結構な額で私も使い道に困ってるくらいだから、気にしなくていいよ」


 ネーレウスは軍資金が入った革の袋を渡し、雑貨屋へ向かうエルザの後ろ姿を眺めている。

 暫くして、雑貨屋からは悲鳴のような物が微かに聞こえてきた。

 それを遠巻きにそのまま彼が待っていると、素知らぬ顔をしたエルザが戻ってきた。

 雑貨屋を出てくるや否や煙草を咥えるエルザ姿はさながらチンピラであり、勇者というよりは、むしろ、現囚人という言葉の方がよりしっくりきていた。


「あーシャバの空気より煙草のがうめえ」


 エルザは煙草を吹かし、更に悪態を吐いた。


「それにしても雑貨屋のババア、私が悪鬼の盗賊だとわかるとビビって煙草の一箱もロクに買わせてくれやしねえ。良い弾…例えば当たると爆発するような弾も、この片田舎じゃ売ってねえしクソだな。あればかなり捗るんだが」


 煙が細長く漂っている。

 ネーレウスはしばらく彼女を眺めながら、なんて不思議な子なんだろうかと考えていた。

 銀の髪、赤と青のオッドアイ。勇者らしからぬ言動と装備。

 彼は風変りな勇者に興味をそそられ、胸のときめきを感じた。


「おい、何こっち見てんだ」


 エルザは訝しげにネーレウスを睨みつけている。

 彼は漂ってくる煙に目を細めた。


「なんでもないよ」


 何なんだこいつは、やっぱり監視してるじゃねえか。そう言わんばかりに思わず彼女は煙を吹き出した。


「とりあえずお昼ご飯食べてから、どういう経路で魔王の元まで行くか考えよう」


 ネーレウスは大衆食堂の前までエルザを連れて行った。

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