十八話 掴めない尻尾
アーミョク町の大通りで二人は道行く住民や冒険者の会話に聞き耳を立てていた。
宿場町らしく、盗賊団に足止めを食らった冒険者が通りに点在している。
色々な所を二人が歩き回る内にすっかり日は高く昇っていた。
時刻が昼過ぎになってもなお、食事も摂らずにネーレウスは調査に集中している。
その後ろではエルザが、自身の顔程もありそうな黒いパンのサンドイッチを食べていた。
どうやら食堂で買ったらしい。
完全に昼食に彼女の関心は向いており、サンドイッチの具のソースが口周りにベタベタ付いている事にも気付いていない。
熱心な彼とは極めて対照的だ。
冒険者達の会話は、今のところ盗賊団への愚痴で埋め尽くされて調査の手応えは無かった。
しかし、その中からネーレウスは興味深い内容の会話を小耳に挟んだらしく、じっと聞き入っていた。
踝丈のワンピース姿の女性二人組が会話をしながら勇者一行の数歩隣を歩いている。
「ねー!昨日は盗みの被害無かったらしいよ」
栗色の長髪を結った女性が、面白いゴシップを持ち出したと言わんばかりに、赤毛のお下げの女性に話しかけている。
「どうも誰かが追い返したらしいね。酒場で聞いた話だと化け物じみた動きだったらしいよ、その人。なんでも並木よりも高くジャンプしたんだって!おまけに血塗れでまるで獰猛な獣みたいだったって旅の方が言ってたわ。」
赤毛のお下げの女性も興奮を抑えきれない様子でヒソヒソ返事を返した。
「何それ!そんな人間居るわけないじゃん。半魔でも無理無理、見たことない。っていうか本当に化け物じゃないの?」
会話の盗み聞きを止めたネーレウスは何かを悟り、エルザの方をじっと見た。
「そうだな、本気で跳んだら超えられるかも分からんけど。昨日はそんなに跳んでない」
「ふーん、なるほど。勝手な行動はしないでって言ってるのに…全く」
最後の一口のサンドイッチを飲み込み、噂話を訂正しようとするエルザに、問題点はそこじゃないと言わんばかりにネーレウスはため息をつく。
彼の心労が収まる気配は無さそうである。
それからまた暫くして場所を変えて、大通りの向こうにあるアーミョク町の広場に二人は出た。
広場といっても、屋根付きの大きな井戸と掲示板があるのみで、エルザが見た中では一番質素な作りであった。
人通りはそれなりで、情報を得る可能性は無きにしも非ず。
すり減った石畳の隙間からは雑草が踏み潰され、お辞儀をしながら生えている。
ネーレウスが冒険者の会話を盗み聞きしている横で、エルザは井戸を挟んだ先にある掲示板の張り紙をしげしげ眺め、考え込んだ様子で唸った。
「なるほど、この先の石橋でしかまだ目撃されてないっぽいな。それにしても手掛かりが少な過ぎる」
彼女が眺めていた張り紙には盗賊団の出没情報が書かれていた。
まだインクは色褪せておらず、紙も古びた様子は無かった。
「石橋でしか目撃されていないというのも変な話だね。昨日は結局盗賊団を見たのかい?」
「見たには見たが、出くわした時には住処の情報は無かった。転移魔法で逃げられたからな」
ネーレウスは無言になり、今ある情報から盗賊団の居所を把握しようとしている。
やがて、エルザ自身が元々、この盗賊団と何らかの関係があったのではないかと彼は憶測した。
「それにしても随分熱心だね。どうしたんだい?」
掲示板を見るのをやめて、エルザは黙りこくっていたが、口を開く。
「…昨日の話の盗賊団ってこいつらなんだ。ここに来てまさか会えるとは思ってもいなかった」
「そうか、聞いてごめんね。君の意図がやっと掴めたよ」
この復讐劇を止めるか悩みながらも、他に知っている情報は無いかネーレウスが尋ねようとしたが、ここで二人の会話は途切れた。
通りすがりの冒険者二人組の愚痴に注意を払ったからである。
筋骨隆々の日焼けした男と、如何にも運動をした事が無さそうな野暮ったい眼鏡の男が井戸に近付いてきていた。
片方の男は鍛えられた身体に散弾銃を背負い、もう片方の眼鏡の男は長杖を背負っている。
「盗賊団め、俺らの荷物をひったくった上にまるであぶくのように消えて腹立たしいな。追うにも追えやしねえ」
「出くわさなかった連中が羨ましいですぜ。なんでも二日前から出てるらしいですが…あぁ…腹減ったなあ…」
眼鏡の男が上ずった早口で、筋骨隆々な男に返事をした。
「おめえが荷物から目を離したのがわりいんだろ!ぼさっとしてねえで物乞いの真似でもしたらどうだ?」「ひぃん!しーましェーン!」
やがて、この冒険者一行は茶番を繰り返しながら井戸の前を通り過ぎて行く。
「二日前か…あの廃城での出来事と被っている。何か関係があるかもしれない」
それがこの茶番を見たネーレウスの感想であり、更に考えられうる推測をエルザに伝えた。
「どうやら魔術師か何かが盗賊団に居るようだね。転移魔法って、実は魔力の消費が激しいから普通の人、ましてや魔法に触れた事が無い人は使えもしないはず」
「えっそうだったのかよ、誰でも使えるわけじゃないんか。私が居た頃は魔術師は居なかったと思うんだが…昨日の盗賊団の首領の口ぶりではどうも連中はノヴァクに雇われていたらしい。魔術師はわからん」
珍しく、会話の中でネーレウスは眉間に皺を寄せた。
「その魔術師の出所を叩いたらもっと埃が出てきそうだ。どこでその魔術師を盗賊団に入れたんだろうね?」
間接的な口調であるものの、ネーレウスに問い詰められ、エルザは本当に何も知らないという顔をした。
「まるで見当もつかん。噂話から得られそうな情報はあらかた手に入ったと思うが、先にある石橋の方も調べるか?」
「そうしよう。もしかすると手掛かりが他にあるかもしれない」
井戸を後に二人は去って行った。
そして広場を離れて二人は石橋の周りを黙々と調べていた。
明るい内になるべく手掛かりを探そうと躍起になったが、昼を過ぎて夕方に差し掛かっても手掛かりらしい手掛かりはまるで無かった。
今の所は精々、エルザが昨夜に殺した盗賊の血痕くらいしか石橋には見当たりそうに無い。
石橋の先からアーミョク町を囲うように、夕日で縁取られた山が遠くで連なって霞んで見える。
盗賊団の噂はまだそこまで広まっておらず、何も知らない冒険者達やロバに乗った行商人が疎らに石橋からアーミョク町に向かっていた。
橋の下を流れる川は、人間が落ちたら只事では済みそうにない程度には離れており、調査は困難だった。
石橋の先にある並木の馬車道をくまなく探索してもこれといって変わった物は出てこなかった。
「やっぱり無いな。今日の夜中張り込みを続けたらまた出くわす可能性は無くもないが」
エルザの視力ですら見つからない手掛かりにネーレウスは思案を止めなかった。
「夜まで頑張ってみよう」
彼の台詞にエルザは頷き、二人は日が落ちるまで辺りを探す事にした。
そこから刻一刻と時間が過ぎて夜を迎え、石橋から人通りが少なくなってもまだ手掛かりは無かった。
また、盗賊団が現れる気配もこれといってしない。
「今日で噂しか情報が手に入らないとなると…盗賊団のやつ、ビビって逃げ出したか?まだ粘るとすると一週間は余裕で掛かりそうだな」
エルザは石橋の血痕で汚れていない部分に座り込んで煙草に火を点けた。
「諦めるにはまだ早い。盗賊団の後ろにもっと大きな物がある気がする」
煙に目を細め、ネーレウスは更なる推測を立てた。
二人には諦めるという選択肢はまだ無い。
エルザは復讐心に駆られ、ネーレウスは盗賊団の魔術師の存在が気になって仕方が無いようだ。




