十七話 勇者になりたくない勇者
エルザと消えた盗賊団以外にも人の気配が石橋付近にあった。
勇者一行とすれ違った三人組の冒険者である。
団子のような盗賊団の塊を、銀髪のガンマンが造作もなく散らしていく様子を目視した所だった。
「なんだよ…あれ。まるで魔物じゃないか…」
最も銀髪のガンマンが散らしていた、というのは剣士の男しか目で負えていない。
アーミョク町と石橋を繋ぐ馬車道の並木の陰で彼等は、思い思いに考察を述べあっていた。
魔法使いの少女はこの顛末の一部を眺めており、僧侶の女性に宥められてもまだ、攻撃を仕掛けようとしていた所だった。
しかし、盗賊団が撤退してしまい手持ち無沙汰になり、退屈そうにしていた。
「あともう少しで詠唱が終わりそうだったのに!あーあ、盗賊団行っちゃった」
頬を膨らませる魔法使いの少女の周囲には魔力の痕跡が漂っている。
「またの機会に攻撃はお願いするよ。とにかく石橋に行ってみよう」
その場を纏めて剣士の優男は、ヒントを得る為に石橋へ向かおうとした。
しかし、ヒントは自ら冒険者三人組の方へ近づいてきていた。
血塗れになった外套のフードを深く被った人物とすれ違い、三人は大きく目を開く。
フードからはみ出た銀髪には血が付着していた。
エルザは三人に目もくれずに来た道を辿っていたが、何者かに呼び止められ、振り向かざるを得なかった。
外套のフードが外れ、返り血で赤く染った彼女の白い頬と赤と青の瞳が顕になる。
「待ってくれ、そこの半魔!何故戦っていた?」
剣士の優男の静止を振り切り、赤毛の魔法使いの少女は声を張り上げた。
「どうせ盗賊団の仲間でしょ?!逃がさないんだから!」
少女の詠唱の声と、可憐な見た目にそぐわない魔力の気配が漂い始める。
「チッ…なんだよ、踏んだり蹴ったりじゃねえか」
「盗賊団とはどういう関係で何者だ?」
銃口を突きつけられてもなお、剣士の男は怯む様子も無く、冷静に質問を続けた。
「無関係だ。撃たれたくなければ退け」
エルザは剣士の男を睨みつける。
銃口を下げる気配は無い。
「あなた、神託の勇者でしょう?イーメン町の教会本部で聞きましたよ」
剣士の男の質問に僧侶の女性が答えた。
場の空気の導線には火が付き、今にも大爆発を起こしそうだ。
「…そうらしいが、勇者になんざなりたくもねえよ。五秒以内に失せろ。五…四…三…二」
しかし、唐突にカウントダウンは止まり、銃口は下げられる。
不意にエルザは木々と同じ高さまで背後に跳び、数メートル離れた所に着地した。
地中から漏れた微かな殺気を彼女は察知していたのだった。
地鳴りが周囲を襲った瞬間、さっきまで立っていた位置には巨大な岩石の手が生成されている。
詠唱を終えた少女の物だ。
「えっ?!絶対に外さないと思ったのに…何あの動き。大地の精霊の力も借りたのになんで…」
人ならざる動きを見せつけられて動揺する少女に、血濡れのエルザは銃口を向けた。
「そこのガキ、殺される覚悟も無く襲撃するなよ?」
躊躇の無い銃声に慄いて、少女は固く目を閉じる。
僧侶の女性と剣士の男が少女の方に気を取られた瞬間、エルザは馬車道を駆けた。
「…あれ、生きてる。生かされた…?どういう事?」
目を開け、地面にめり込んだ銃弾に少女は怪訝な顔をして、僧侶と剣士の方を見た。
ありとあらゆる悶着に苛立ちながらも、アーミョクの街を駆け、エルザはその後宿屋に戻ってきていた。
出掛けている事にネーレウスが気付いていない事を祈り、忍び足で彼女は借りた部屋に向かう。
この血塗れの状態を見たネーレウスの反応を想像して、彼女の祈る気持ちは強くなるばかりだ。
一歩、二歩…足音を立てずにエルザは廊下を進み、奇跡的にも気配を悟られずに借りた部屋のドアを開ける事に成功する。
ネーレウスに気付かれずに部屋に戻れた事に安堵して、彼女は血で汚れた装備を床に脱ぎ散らかした。
銃のホルスターを外し、更に背負っていた散弾銃と機関銃も床に下ろす。
ふと、装備を全て外したところで、ズボンのベルト通しに括りつけたゴーグルにまで血が跳ねている事に気付いて、彼女は汚れを素手で拭った。
指先も血で汚れており、この行為は見るからに無意味そうだ。
「石橋に居た時に血の汚れをなんとかした方が良かったな。固まって取れねえ」
エルザが溜息をつき、煙草に火を点けたタイミングでノックの音に続きドアが開く。
「もう帰ってこないかと思った、仲間じゃないから。…随分血塗れじゃないか」
エルザの視界に陰鬱に目を細めるネーレウスが映る。
心臓を強く握られるような感覚が彼女を苦しめた。
縮こまっているエルザの隣に、ネーレウスは座ると懐から取り出したハンカチを彼女に渡した。
「ネーレウス…本当に悪かったよ、反省してる。お前がここまで気にするとは思っていなかった」
彼に渡されたハンカチで顔を拭った事によって、彼女の膝元に固まった血のカスがポロポロ落ちる。
「私も酷い態度を取ってしまったから…ごめんね。でも、エルザの事をもっと知りたいよ」
エルザは相変わらず、黙りを貫き通したがっていたが、次第に観念した様子でぽつぽつ話し始めた。
「…元々私は母さんに拾われたんだ、森の中で倒れていた所を。だけど母さんは私を可愛がってくれて、花売りをしたりして暮らしていた。これで分かるだろう?半魔かどうか分からないと言った理由が。半魔ってのは人型の魔族か魔物とのハーフを指すんだ」
無表情にただ、あった事柄をエルザは述べていたが、膝の上の掌は固く握りしめられていた。
彼女の言葉は他人事の様に続く。
「…でも、母さんは病気になった。高価な薬代と生活費を花売りだけで稼ぐ事は難しくて、貴族主催の闘技大会に出て賞金を稼いで凌いだりしていた」
「それから、その次の年に半魔狩りが施行されて、花売りが出来なくなって盗みを働くようになった。でもその内、病気の治療が上手くいかなくて母さんがいなくなると、孤児院に入った」
「身寄りが無くなった私を孤児院から拾ってくれたのは、貴族の闘技大会で私を負かした男で盗賊団の首領だった。子供だったから盗賊団ではあまり良い顔はされなかったけど、首領だけは世話を焼いてくれた。」
「でもそれも長くは続かなかった。身内の謀反によって国を追放されかけて、首領と逃げ回っていたが…私は捕まった」
エルザの生い立ちにネーレウスは静かに耳を傾けていたが、話が終わって質問を投げかけた。
「その盗賊団の首領は今はどうしてるんだい?」
もうこれ以上は自身について話したくないらしく、エルザは首を横に降った。
彼の直感は、盗賊団の首領が既に亡くなっていると告げる。
「もう寝る。特に面白くも無い話だろう?」
素っ気なく、エルザは新しい煙草を吸い始めた。
紫煙が狭い部屋に漂う。
「…話してくれてありがとう。もう少しここに居てもいい?」
エルザの今までの言動に合点がいき、ネーレウスは余計に彼女に興味を持った。
「好きにしたらいい」
煙草を吸い終えてエルザは横になった。
まだ彼は部屋を出ようとしていない。
暫くして眠りについたらしく、彼女の寝息が聞こえてきた。
「おやすみ、エルザ」
ベッドから降りてもまだ、エルザの部屋に残るネーレウスの姿があった。
閑静な時間だけが淡々と過ぎ去っている。
やがて、翌朝を迎え、部屋が明るくなりはじめてもネーレウスは場所を変えていない。
また、いつの間にか眠るエルザに導士服が掛けられている。
装備や銀色の髪に付いた汚れはもう見当たらない事から、彼が汚れを取った事が分かった。
寝返りの頻度が高くなるエルザを、彼は床に座り込んで観察していた。
モゾモゾ掛けられた導士服が動いている事からエルザは今にも目覚めそうだ。
ふと、彼女の大欠伸が聞こえる。
「…うーん……お前まだ居たのか」
起き上がってもなお、相変わらず目覚めが悪そうにエルザは二回目の大欠伸をした。
「まあまあ…ところで、この町にもう少し残って盗賊団の調査をしようと思うんだけどいいかい?嫌な予感がする」
「構わんよ。今まさに丁度そうしよう思っていたところだ」
銀の髪も解かさずに、軽鎧や外套等の装備を身に付け始めるエルザを尻目にネーレウスは導士服を羽織る。
そして、急ぎ足で二人はアーミョク町の方へ向かった。




