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十一話 欲深き伯爵

 転移先はどこかの城の大広間であり、身の丈の何倍もありそうな巨大な窓から日差しを確保していた。

 照明は窓からの日差しのみで、ジメジメして埃っぽく、カビや苔が生えていた。

 かなり広い室内の端には鉄くずや石の塊、石英が、ノヴァク伯爵の邸宅よりも高い天井に届きそうな程積まれている。

 窓の風景は揺らぐ水面を写しており、あの廃城である事が分かる。


「やべえなこれ…体が上手く動かん…。食事になんか盛られてたなこりゃ」

「大丈夫?…じゃなさそうだね」


 ひそひそ話しながら、ふらついているエルザにネーレウスは肩を貸し、ノヴァクを睨みつけた。


「それにしても城下町では本当に半魔狩りが盛んであるが、半魔自体は配下にしてしまえば非常に役に立つ。この召使いも半魔、特に変身能力と召喚魔法に優れていてなあ。鳥や猫に化けて脅威である貴様等の監視に役に立った」

「特に勇者、貴様の身体能力は私にとって脅威だ。過去に貴様ら半魔を排除する法律を執行させ、本来なら王族の配下になるはずだった貴様を城下町から排除する事しか出来なかったが今は違う」

「ある組織からこの半魔の召使いという優秀な駒を手に入れたからな」


「遺言はそれで終わりか?」


 銃声が響いた。

 しかし急所を狙った弾は当たらず、弾き返された。

 物理攻撃は無効化されている。

 結界だ。

 銃撃の反動は、エルザに肩を貸していたネーレウスにも伝わった。


「もう立っているだけで、やっとであろう?勇者よ、ここで死ね」


 ノヴァクに結界を張り続けながら、アロイスは更に詠唱を続け、鉄くずや石の塊の山からゴーレムが錬成される。

 ゴーレムの群れはノヴァクとアロイスを隠した。


「エルザ、じっとしてて。無理に動かなくていい」

「いや、お前が下がってろ。何もするな」


 ネーレウスから離れ、エルザは襲い掛かるゴーレムに散弾銃で応戦したが、その動きは呪いと麻痺薬により確実に鈍っていた。


 ここぞとばかりに迫り来る砲撃をフラフラしながらも紙一重で避け、更にゴーレムに銃撃していく。

 至近距離からの射撃により、いくつかのゴーレムはヒビが入り、またあるゴーレムは粉々になった。

 そしてその破片の先、大広間の端にアロイスが見え、エルザは散弾銃で急所を狙う。

 しかし弾は掠りもせず、アロイスの詠唱と共にゴーレムの群れが再び生成される。


 巨大な手はエルザを叩き潰そうとし、別のゴーレム達が砲撃を乱射した。

 集中砲火である。

 しかし瞬く間にそれは弾き返された。

 ネーレウスが無詠唱による結界をエルザに張っていた。

 流石に見ていられなかったらしい。

 事実、彼は結界で砲撃の流れ弾を防いでいた。


 衝撃も無く、無傷である事からエルザはネーレウスが何か施したと思い、怒鳴りつけた。


「邪魔するな!!!」


 突然カウントダウンの合唱が聞こえ、ネーレウスの返事は掻き消された。

 ゴーレムは爆発と誘爆を繰り返し、硝煙が立ち込める。

 天井が持った事が奇跡的だ。

 その猛撃の中でも、張られ続けられた結界によりエルザは無傷であった。

 降ってきたゴーレムの破片によって、結界はピリピリした光を放っている。


 結界の瞬きがアロイスの目に映るや否や、彼は素早く詠唱し、地響きと共に結界の真下から食虫植物の怪物を呼んだ。

 結界はボールか何かを被せたような形状だろうか。

 アロイスのこの読みは当たり、エルザの下半身は食虫植物の牙にかかった。


「ネーレウス!!結界を解け!!!ぶつかる!!!」


 次の瞬間、彼女は大声で怒鳴りながらも、食虫植物に咥えられたまま、宙を浮く。

 流石に回避出来なかったようだ。

 食虫植物はそのままエルザを地に叩きつけようとしたが、無駄に終わる。


 地面との接点に近づくと共に、その捕虫葉は急速に萎び、枯れた。

 ネーレウスがまた何かをしたらしく、エルザは怒鳴りつけようとしたが、息が切れて声が出ない。

 近付いてくる詠唱の声が彼女の耳に入る。

 地に伏して、絶え絶えではあったが散弾銃に左手で触れた。

 詠唱の声の主に踏みつけられながらも、彼女の視界の端にゴーレムの群れの一部が写った。

 アロイスによって結界が張られ、その外にはゴーレムが数え切れない程に再来している。

 

 ネーレウスは無事だろうか?

 一瞬、エルザの脳内に不安が過った。

 

 重低音を響かせ、何かが落ちる音と同時に、急に日差しが照りつける。

 天井が遂に吹き飛んだようだ。

 自身の名を呼ぶ聞きなれた声にエルザは安堵を覚えた。

 土埃と靄が立ち込める中でネーレウスはエルザを探していた。



 結界の中、倒れるエルザを踏みつけ、アロイスは疑問を投げかける。


「何故動ける?解かれないように返ってきた時の為の解呪法も指定せず、捨て身で呪いをかけ、葡萄酒に麻痺薬を仕込んだにも関わらず…何故だ。まあいい、甚振(いたぶ)って殺してやる。撃たれた分の倍返しだ」

「……筋肉が全てを解決してくれた。これが全てだ。慢心は命取りだぜ?」


 左手に持った散弾銃を構えられ、素早く詠唱し始めたが、既に遅い。

 詠唱も終わらぬまま、アロイスは射殺された。

 術者が消え、結界が消滅していく。


 残るはノヴァクだけになった。

 無理矢理立ち上がったエルザにネーレウスは駆け寄り、背後から支えた。


「もう大人しくしててね?次は足元にも結界をしっかり張った方が良さそうだ。まさか地中から来るとは思わなかった」




 ノヴァクの目が映した最後の風景は、執念深く散弾銃を構えようとする勇者を制止し、更にその目元を己の掌で隠すエルフの男である。


「エルザ、まだ君は見るべきではない」


 たじろき、後ろに下がり逃げ出そうとするノヴァクに、ネーレウスは冷ややかな視線を送った。

 彫刻のように端正だったノヴァクの相貌は恐怖で歪み、原型を留めていない。


「待ってくれ!!!私にはまだこの国を支配するという野望が」


 欲深き伯爵の台詞は遮られ、断末魔が耳障りな程、大きく響き渡る。


「…グギャァァアアァアァッッ!!!!!体がァァ!!体が……かわく…」


 エルザが悲鳴の理由を理解する術は無い。

 魔力の残影はネーレウスを中心に波打つ様子が、エルザにも感じ取れた。


「終わったよ、どうしようか?」


 ネーレウスは優しげにエルザに話しかけるものの、途方も無い魔力の濃度との落差を生み出し、彼女の背筋をぞっとさせる。


 ノヴァクが居た位置に塩とも灰ともつかぬ奇妙な砂の山がある。

 エルザにはそれがノヴァクであるようにしか思えなかった。

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