07.体力をつけよう
どうやら、鑑定魔法は成功したようなのだが体の様子がおかしい。
貧血のような状態になり、立ち上がれなくなってしまったのだ。
「まさか一発で成功させるとはな。たいしたやつだ。
これは、大き目の銅鉱石だな。成功祝いに、これはお前にやろう。
んで、なんでお前が倒れてるか分かるか?」
「わ……分からない。起き上がろうにも体に力が入らないんだけど?」
「そりゃ、体力と精神力が少ないからだ。鑑定魔法のような中位魔法は
意外と精神力を使う。ましてや、疲れてて体力が減っているときは
余計に精神力をごっそり持ってかれちまうのさ。まあ、あえて教えなかった
のは、身をもって知ってもらうためだな」
いやそれ最初に知りたかったわ……。
ってか、鑑定魔法は中位魔法って、魔法の中にもランクがあるのかい!
「精神力は体力の向上と共に、上がっていくが、魔法を発動させた方が
上昇しやすい。客の前でぶっ倒れられても困るし、お前はしばらく
体を鍛える方が先だな」
しばらくヘクソンの家で休ませてもらい、やっと体が動かせるように
なったところで、今日は帰ることにした。家の前で気が付いたのだが、
今までなにも書かれていなかった、表札に『エイジ』と書いてあったのだ。
ん!?どういうことだ?俺の名前を知ってるのはダンとヘクソンだけのはず。
でも、家までは教えてない。そうか……この世界で自分の名前を名乗ったのは
今日が初めてだったのか。もしかしたら、それで表札が勝手に変わったのかも
しれないな。魔法の表札なのか、この世界はそういう作りなのか……。
部屋に入り、装備を外してベッドに倒れこむ。
ああ、昨日も満身創痍になってたな……。明日からは体力作りをしよう。
よく考えてみれば、この身体は40代くらいのおっさんの身体なんだよな。
体力が衰えているのも無理はないか。
次の日、俺は鑑定で入手した鉄鉱石と、ヘクソンからもらった銅鉱石を手に、
武器屋へ来ていた。
「よう。また買い取りをお願いしたいんだが」
「いらっしゃいませ。あ、昨日のお客さんですね。
武器の調子はどうでしたか?」
「やっぱり鉄製は重いな。だが、これで命拾いしたよ」
「そうですか。おそらく、振っていくうちに身体にちゃんと馴染んでいくと思いますよ。
買い取りの品ですが、本日は鉄鉱石と銅鉱石ですね。
今回は鉄鉱石の量が昨日程ありませんでしたので買い取り金額は、
合計で5銀貨となります」
「銅鉱石ってのは大きくても安いもんなのか?」
「ええ。このあたりで比較的多めに銅鉱石は取れますし、
なにしろ出回っている数が多いので……ご期待に沿えず、すみません」
なんだ、結構大きめの鉱石だったから、また銀貨がっぽり稼げるのかと
思ったら、銅は安いのか。ヘクソンのやつ、どうでもいいアイテムを
俺に鑑定させやがったな……。
「いや、気にしないでくれ。そうだ、この青銅のナイフを1個くれ」
「はい、こちらでしたら、30銅貨ですね。もう2本目を使われるのでしょうか?」
「ん?これは俺じゃなくて他のやつに渡すんだよ」
「そうでしたか。では、こちらをどうぞ」
俺は、30銅貨を青年に支払うと青銅製のナイフを
受け取った。これはダンに渡すつもりなのだ。
ダンは何も装備しておらず、また地下下水道に潜ったとき
いつもの棒きれでは頼りないと感じたので、ちょっとだけ
金に余裕があるうちに渡しておこうと思っていた。
再び、地下下水道の掃除のために集合場所にやってきた俺。
そこには昨日までいた他のおっさんたちの姿は無く、ダンと
説明係のおっさんだけが待っていた。
「今日はお前ら2人だけだな。言っておくが、2人に減ったからと言って
最初から多く支払うことは無い。紙に書いてあったとおり、1人10銅貨
しかやらんぞ」
……このクソケチ親父め。もう少し強くなったら言ってやろう。
俺とダンは黙って棒を受け取ると、地下下水道へと入っていった。
入るなり、さきほど買った青銅製のナイフをダンへ渡す。
「おいダン、これあげるから使ってみろよ」
「おお!?良いのか武器なんか貰っちまって」
「ああ。今日はネズミ狩りが仕事みたいなもんだし、
1人よりも2人で戦った方が早いだろ?」
実は、昨日の段階で地下下水道内部の掃除はほとんど終わっていたのだった。
当然、説明係のやつは掃除の成果を確かめに来たことはないので俺たちが
言わない限り、格安の報酬でこの仕事は街の掲示板に貼られるづけるだろう。
人食いネズミとの戦闘は剣に関して初心者の俺にとって、良い訓練相手になる。
基本的に突進しかしてこないので、かわして、斬りつけるという基本的な
動作で倒せるのだ。今朝から、剣の素振りなんていう苦行も始めたのだが、
ネズミ相手に戦っている方がよっぽど実戦的だと思う。
たまに不確定アイテムも落とすので、小銭稼ぎをしつつ、戦闘訓練もできて
体力作りにもなる。
ダンの方はというと、割と体力は俺よりもあるらしく、何匹か倒していくうちに
武器の扱い方にも慣れてきたようでサクサクと倒せるようにまでなっていった。
夕刻の鐘が鳴ると報酬をもらって、俺はヘクソンの鑑定屋で今度は鑑定魔法の
修行をする。毎日何かしら不確定アイテムはネズミから入手できるので、
魔法の修行にも最適だった。
しかし、何回やっても1日1回魔法を発動させるだけで俺は動けなくなってしまう
のだった。
朝起きて街の内部をランニングする。パン屋でおばさんからパンを買う、
ダンと一緒に地下下水道でネズミを相手に戦う、夕方からは魔法の修行……
俺は1か月ほどこの流れで同じことを繰り返していったのだった……
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体力をつけるため、忙しい日々を過ごし始めて1ヶ月が経った。
心なしか筋肉も少しずつ付き始めたのか、鉄のショートソードが
重く感じることも少なくなってきていた。
鑑定魔法の方も、1日に2~3回は発動させることができるようになってきている。
「……インスペクション!
おお!!ヘクソン!今日は4回やっても倒れてないぞ!」
「ふん。やっと体力も精神力もついてきたって感じだな。
よし、今日から正式に弟子として認めてやる。しかし!
まだまだお前に給料はやらん。生活費は自分で稼げ」
「ええ!?厳しいっす師匠!」
「当たり前だ!……だが、ここ1ヶ月ほどやってきておかしい
と思ったんだが、お前の鑑定魔法で失敗したことってあったか?」
ヘクソンに言われるまで気にしたこともなかったのだが、
よくよく考えてみると初めて鑑定魔法を発動させた時から
今日まで何回も使ってきたが、1回も鑑定自体を失敗したことが
無かった。前に、『俺の場合5回に1回成功』とヘクソンが
言っていたのを思い出す。
「確かにそうだな。前に5回に1回くらいって言ってたよな?」
「ああ。今でもそれは変わらん。これは修行してどうにかなる問題じゃない。
鑑定魔法自体、そういう性質なんだよ。
なのにお前が発動させる鑑定魔法は1回も失敗を起こさない。
もしかすると精神力をひどく消費するのはそれが関係してるのかもしれんぞ」
「え?それってつまり、精神力の使い方を調整すれば倒れることなく
1日に何回も魔法が使えるってこと?」
「いや、調整はできないだろう」
俺とヘクソンが魔法について熱い議論を交わしていると、
いつからそこにいたのか分からないのだが、1人の剣士らしき
男が店の中で俺たちのことを見ていたのだった。