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ss #010  作者: 柳田喜八郎
9/9

ss #010 < Chapter,09 >

 午後三時、夏季武術大会はクライマックスを迎えていた。

 巨大モニターには決勝に勝ち進んだ二人のプロフィールと、これまでの試合のハイライト映像が映し出される。そして王立騎士団音楽隊によるド派手なファンファーレをBGMに、二人の男がリングに上がる。

 東のゲートからはNameless、西のゲートからはベイカーである。

「さあああぁぁぁーっ! いよいよ! いよいよ本日の最終試合です! まさかまさかの番狂わせ! 準決勝で優勝最有力候補ロック・ディー・スコルピオ選手を打ち負かしたNameless! 一回戦、二回戦で特務部隊員を撃破したこの男が、なんと決勝で特務部隊長と戦うことになろうとは!! なんという運命の悪戯か!! 皆さん、一瞬たりとも目を放してはいけません! この試合、必ず何かが起こりますっ!!」

 国営ラジオ放送のアナウンサー、ジャン・マラン・メルセンヌの声に続けて、双方の応援団はいっせいにコールを始める。

 王宮式部省に指定された通りのキャラ設定で、王子とネーディルランド国旗に向かって剣を掲げて勝利を誓うベイカー。

 観客の歓声に応えるでも貴賓席に挨拶するでもなく、静かに試合開始の合図を待つNameless。

 それぞれの『それらしい仕草』に、何も知らない観客はより大きな声援を投げかける。

「Nameless! このまま優勝を掻っ攫えーっ!!」

「ベイカー隊長ーっ! がんばってーっ!」

「サーイート! サーイート!」

「Nameless! Nameless! Nameless! Nameless!」

 竜を倒した英雄同士の対戦である。どちらが勝っても双方の面目は保たれるので、騎士団長もマルコも、その他の本部職員たちも、どこかホッとした表情でリング上の二人を見つめている。

「……手加減は無用です。全力でいきましょう」

「もちろんそのつもりだ」

 襟元にピンマイクが取り付けられているのはベイカーのみだが、ベイカーの言葉に対してNamelessが大きく頷いたことで、観客にもスタッフにも二人のやり取りが理解できた。そのためリングの周囲にかけられた特殊結界をチェックしていたスタッフたちは、念には念を入れて、さらにもう一枚《魔法障壁》を追加し始めた。審判団もそれを止めず、スタッフからのOKサインを待つ。

 結局、ピーコックによる『巻き戻し』は昼休憩の時点で止まった。抽選箱を運ぶ係の男が突然いなくなったことで多少の混乱は生じたが、それは大会の進行に影響を及ぼすほどのトラブルではなく、すぐに代役が立てられた。

 時間停止状態で負った怪我は何事も無かったかのように消えていて、戦闘による疲労もすっかり回復している。

 互いに万全の状態で戦える。

 それは良いのだが――。

「あ! 準備が整ったようですね! それでは皆さん! 静粛に! どうぞご静粛に!」

 しんと静まり返る場内。

 見つめ合い、呼吸を整える二人。

 リングの前に主審が立ち、右手を上げる。

「レディ……ファイッ!!」

 合図と同時に、爆音の如く声援が押し寄せる。

「英霊招来! 田辺小隊、小山田班!」

「兵員焼成! 鉄甲兵!」

 あまりの歓声にかき消され、初手の技名は観客の耳には届いていない。だが、もしも届いていたとしても、ネーディルランド国民に『田辺小隊』と『小山田班』という日本語は聞き取れなかったに違いない。

 リング上に現れたのは銃剣を構えた日本陸軍兵士の御霊六柱と、武骨なロボット兵二体である。双方、味方を召喚することで手数を増やす狙いだ。

「チッ! 考えることは同じか!」

「雑魚に構うな! ベイカーだけを狙え!」

「とにかく撃て! 英霊の弾で我が器が傷付くことは無い!」

 どちらも敵の首魁を標的と定め、火炎放射と援護射撃を開始する。

 そしてベイカーとアル=マハは神の力を開放した状態で、真正面から殴り合う。

「はあああぁぁぁっ!」

「ゥオラアアアァァァーッ!」

 拳と拳がぶつかり合った瞬間、艶紅色の炎と紫電の光が激しく交錯した。

 剣と実弾は使えない。すべての攻撃に『神の力』を上乗せしているため、剣を振るえばその軌道上数十メートル先までが攻撃有効範囲となってしまう。実弾で銃撃すれば、着弾点では周囲を吹き飛ばす巨大爆発が巻き起こることだろう。

 主な攻撃手段が殴打となるのはニョルズ、アバドンと変わらないが、タケミカヅチとヘファイストスの場合、『兵隊を呼ぶ・創る』という厄介な技がある。殴り合う相手のみならず、側面や背面からの攻撃にも注意せねばならなかった。

「角に追い込め!」

「構うな、虚仮威しだ! 雑兵共の炎で《銀の鎧》は破れん!!」

 タケミカヅチは鉄甲兵の力を正確に読んでいた。

 鉄甲兵の火炎放射は見た目こそ派手だが、実際の火力は《火炎弾》と大差ない。《銀の鎧》で防ぎきれる攻撃であり、特別な回避・防御動作を取ることは時間と体力の無駄である。

 戦況分析はタケミカヅチに任せ、ベイカーはただ最短最速、最大威力での攻撃に専念する。英霊たちは生前の人格がそのまま保存されているため、一人一人が独自に判断し、臨機応変に行動できる。おおよその指示さえ出しておけば、あとは勝手に援護してくれるのが強みである。

 対するアル=マハは、『器』が肉弾戦に専念する点では同じだが、鉄甲兵の制御はほぼ手動だった。ヘファイストスは武神や軍神でなく、鍛冶屋の神である。立派な軍用ロボットを創り出すことはできても、それに搭乗できる英霊を従えてはいないのだ。陸軍兵が立ち位置と攻撃パターンを変えるたび、ヘファイストスは苦手な戦力分析をおこない、鉄甲兵の行動を決定せねばならなかった。

 鉄甲兵の数が二体しかいないのは、リングの広さや製造能力の問題ではない。単純に、これ以上増やすとヘファイストスが制御しきれないだけである。

「なんだなんだあああぁぁぁーっ!? この攻撃魔法は一体何なのか!? ベイカー選手は半透明の兵士を、Namelessは重武装兵のようなロボットを召喚し、それぞれ援護射撃をさせているようです! が! 当人たちは拳で殴り合っている!! 殴り合っているだけなのに、ヒットの瞬間には衝撃波、炎、放電現象のようなものが確認できます! ゴーレム巫術系の攻撃呪文と身体強化系の魔法呪文を同時発動させているということなのでしょうか!? いずれにせよ、騎士団の公式資料には一切記載のない魔法呪文です! この場に解説員がいないのが口惜しい! 誰か! 誰か魔法学者はいないのかあああぁぁぁーっ!?」

 ジャン・マラン・メルセンヌの白熱した実況に、場内の熱狂はより一層煽り立てられていく。

 しかし、この場に魔法学者がいたところで、二人の使用した技を解説することは不可能である。なぜならこれは軍神タケミカヅチと火神ヘファイストスの『神の力』のぶつかり合いであり、ごく普通の人間が使用する『魔法』とは、そもそもの論理体系が異なるからだ。

 彼らの戦いがどのようなものかを熟知するロドニーやマルコ、グレナシン、その他の『神の器』たちは、一般大衆とは別の意味で戦いの行方を注視していた。


 肉弾戦における戦闘力ならば体格、筋力、持久力ほか、ほぼすべての点においてアル=マハが勝る。

 神の力の比較で言えば、軍神であるタケミカヅチが圧倒的優位にある。

 観衆の声援は五分。雰囲気で相手を呑み込むことはできない。

 場所による制約から、戦い方を変えることは不可能。


 これらの条件の中で、はたしてどちらが、どのように勝利するのか。ニョルズとアバドンのように、やはり『器』の性能で決着がついてしまうのか。

 誰もが手に汗を握り、二人の戦いを見守った。

「井上、菊間、藤谷は右! 小山田、佐藤、西田は左だ!」

 タケミカヅチの指示で、六柱の英霊は三人ずつに分かれる。

 かれこれ七十年以上も付き従ってきた英霊たちである。彼らはベイカー以上にタケミカヅチの意図を理解する。移動から攻撃まで一切無駄のない動きで鉄甲兵を囲い込み、ベイカーへの火炎放射を止めさせた。

 ヘファイストスもすぐさま応じようとしたのだが、英霊たちのほうが早かった。

「な……っ!?」

 足止めは三秒で十分。邪魔な火炎放射がやんだ隙に、ベイカーはアル=マハの視界から消える。

 身体能力ではほぼすべての点でアル=マハに劣るベイカーだが、身体の軽さを生かした瞬発力だけは唯一勝っている。ベイカーは己の利点、英霊たちの能力特性などから、タケミカヅチが何を企てているかを察し、次の行動を決めた。


 ベイカー、戦線離脱。

 代わって英霊たちが、六人がかりでアル=マハを襲撃。


 英霊たちに実体はなく、アル=マハを物理的に攻撃することはできない。そして彼らの発射する銃弾も、魔弾と同様、物質的な核を持たないエネルギー弾である。一発ごとの攻撃力は《ブラッドギル》以下。《銀の鎧》が作用している今なら、何人がかりで来ようとも、特別な防御・回避動作は不要である。

 少なくとも、論理的には不要であったのだが――。

「……っ!!」

 相手は元人間。確かな意思を持ち、その目に敵意と殺意を浮かべ、統率された動きで銃剣を突き出してくる。

 これは幽霊だ、避けなくてもいいのだと、頭では理解できていた。

 だが、それでも身体は反応してしまう。

「セイッ!」

 いつの間にか背後に回っていたベイカーが足払いを仕掛け、無防備に開いた脇に六人同時のゼロ距離射撃。同一箇所へ集中砲火を浴びせれば、一発ごとの攻撃力が低くとも、数の力で押し切れる。《銀の鎧》は耐久限界を超えて強制解除。相殺しきれなかった分の打撃を受け、アル=マハは脇腹を押さえて蹲った。

 半ば呆然と試合を見守っていた審判団も、この瞬間、息を吹き返したように慌ただしく動き始めた。

 主審と副審たちが身振り手振りで意見をやり取りし、この試合の勝敗を協議する。無論、ベイカーも英霊も、すでに倒れている相手に攻撃するようなことは無い。審判団の協議が終わるまでの十数秒間、すでに始まったヴィクトリーコールを聞きながら、おとなしく結果発表を待った。

 その間にアル=マハは自力で立ち上がっているのだが、武器を構えることもこぶしを握ることも無く、ふらつきながら両手で脇腹を押さえている。誰の目にも勝敗は明らかだった。

 主審がマイクのスイッチを入れ、判定結果をアナウンスする。

「……えー、Namelessの《銀の鎧》が耐久限界を超え、強制解除されました! 協議の結果、これ以上の試合続行は不可能と判断し、この試合はサイト・ベイカー選手の勝利といたします!!」

 割れんばかりの大歓声。

 司会進行のジャン・マラン・メルセンヌが何か言っているのだが、場内の人間には何も聞こえない。家や職場でラジオ放送、テレビ放送を視聴していた一般市民にのみ、ベイカーの勝利を称え、審判団の判定理由を解説するメルセンヌの声が届いていた。

 Namelessに手を貸し、二人で一緒にリングを降りるベイカー。無意識に滲み出る『とても親しい仲間同士の距離感』に記者たちはNamelessの素性を勘繰り始めていたが、それはまた別の話である。

 なにはともあれ、無事に終わった。

 型通りの表彰式を淡々と済ませ、騎士団員らの『あの魔法は何か』『どこで教えてもらえるのか』といった質問攻めをうまくやり過ごし、ベイカーたちは控室に戻り、帰り支度を整えていた。

 最後の事件はそこで起こった。

「サアアアァァァ~イイイィィィ~トオオオォォォ~……」

 呪いの如く響く、低く野太い声。声の主は準決勝で敗退したあの男、ロック・ディー・スコルピオである。

 彼は控室のドアを細く開け、隙間から片目だけのぞかせて呪いの言葉を続ける。

「うちの母ちゃんたちにぃ~、チアリーディングの衣装をレンタルしたのはぁ~、きぃ~さぁ~まぁ~かぁ~?」

 トロフトのサンドイッチ攻撃に倣い、ベイカーはロックへのメンタル攻撃を仕込んでいた。準決勝でロックと当たった場合に確実に勝てるよう用意したものだが、抽選の結果、ロックと当たったのはアル=マハだった。

 ロックは母と近所のおばさんたちの全力ミニスカ応援を受け、集中力を削がれて玉砕。今はあの衣装をレンタルした『犯人』を捜し歩いているところである。

「母ちゃんの~、たるんだ太腿見せられてぇ~、頑張れると思う奴ぁ手ぇ挙げろぉ~……」

 ロックの重低音ボイスは、声だけで人を呪い殺せそうな超弩級の破壊力を有している。控室の中にいたベイカーとロドニーは、咄嗟に互いを指差した。

 提案したのはベイカーで、実行したのはロドニーだ。どちらの仕業かと問われれば『二人の仕業』ということになるだろう。二人の関係性を熟知しているロックは、二人の反応を見て『どちらも犯人』であると判断する。

「アバドン制限解除! 《超重奈落》!」

「ウェッ!?」

「ギャッ!?」

 突如として発生した超重力により、床に叩きつけられるベイカーとロドニー。

 天使を完全無力化できるアバドンだが、それは制限状態での能力だ。『器』の怒りが頂点に達している時に限りアバドンの能力は完全開放され、すべての神的存在は無力化される。

 ベイカーと一緒に床に這いつくばることになったタケミカヅチは、涙目でアバドンに訴える。

「我は無関係だ! 罰を与えるなら器のほうだけにしろ!」

「貴様それでも神か!? 自分だけ逃げるなよ!」

「知るか、この馬鹿サイト! 其方が悪ふざけばかりしているからこういうことになったのだぞ!?」

「止めなかった貴様も同罪だ!!」

「アバドン! 貴殿も天使なら、どちらが悪いか分かるであろう? のう?」

 タケミカヅチは必死に言い募るが、破壊天使アバドンは半笑いで答える。

「ワタシ、ニホンゴ、ワカリマセェ~ン」

「そう来るかあああぁぁぁーっ!?」

 嘘はついていない。アバドンに日本語は分からない。が、しかし、こちらの世界にいる間はネーディルランドの公用語で会話しているのだ。これは『知るかボケ』をソフトに言い換えた破壊天使流のジョークである。

「サァ~イィ~トォ~。ロォ~ドォ~ニィ~イィ~。ついでにそこの軍神もぉ~。貴様らぁ~、俺の怒りを食らうがいいぃ~」

 建付けは良いはずなのに、なぜかこういう時に限って『ギイイイィィィ~』という不気味な音を立てて開く扉。ゆらりと姿を現したロックが手にしていたものは、問題のチアリーディング衣装だった。

「な、ななな、何をする気だ!? おいやめろ人間! 我は神だぞ! よさんか! ああっ!?」

「やめて! 先輩やめて! それだけは! 人狼族の誇りが! 伯爵家の名誉が! いやあああぁぁぁーっ!」

「やめてくださいロック先輩! 俺がそんなモノを着たら、またファンが増えてしまいます! ただでさえ変態オジサンからのファンレターが多いのにっ! また貢物が増えちゃう! いやっ! らめえええぇぇぇ~っ!」

 諸悪の根源は嫌がるどころか楽しんでいる様子だが、他二名は本気で涙目になっている。

 超重力で身動きが取れない状態で毒針を刺され、首から下は完全に麻痺している。その状態で全裸にされ、それからチアリーディング用のミニスカ衣装を着せられたのだ。中にショートパンツを穿く前提でデザインされたスカートであるため、床に寝かされた状態でも角度によっては色々と見えてしまう。

 だが、隠したくても体が動かない。

 アバドンとロックが仕掛けたこの攻撃は、今日行われたすべての戦いの中で、最も甚大な精神的ダメージを与える一撃だった。

「解毒剤なしで動けるようになるまで、最低五時間だ。貴様らが自力でこの状況を脱することは不可能。せいぜい発見された時の言い訳を考えておくがいい……」

 不気味に光る蠍の目と、その後ろでニヤつく黒衣の破壊天使。能力の発動に『器のマジギレ』という特殊条件が設定されてはいるが、すべての神的存在にとって、破壊天使アバドンが天敵であることには違いない。

 完全に打ち負かされたタケミカヅチは、もはや本気で泣いていた。

「うぅ……なぜ……なぜ我まで……ふんどし返せアバドン……」

「自力で動けるようになったとしても、着替えと携帯端末をすべて持っていかれてしまったからな……」

「この格好で出て行くしかないってことですよね……」

 いっそ意識も飛ばしてくれれば良かったのだが、残念なことに意識は非常にクリアな状態だ。三人はあられもない格好で床に転がったまま、グレナシンとアル=マハに発見されるまでの三十分間、羞恥心と無力感に悶絶し続ける破目になった。

 自業自得と言われればそれまで。しかし、タケミカヅチは強く心に誓っていた。

 次に会うときは、アバドンに『ズボン下ろし』を仕掛けてくれようぞ、と。


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