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ss #010  作者: 柳田喜八郎
6/9

ss #010 < Chapter,06 >

 嵐神バアルの時空間操作を受けない可能性がある者として、真っ先に名前が挙がったのはアル=マハだった。彼は以前も時間停止した世界でピーコックと遭遇している。ピーコックを探すなら、アル=マハを見つけることが最も有効な手段であると思われた。

 しかしベイカーとロドニーが駆け込んだ先、覆面選手Namelessの控室はもぬけの殻だった。


 ハンガーラックには本部職員用の制服一式。

 テーブルの上には飲みかけのコーヒーと、読みかけのまま伏せられた青年コミック誌。

 他には何も置かれていない。


 Namelessのコスチュームも装備品も見当たらないことから、アル=マハは今Namelessとして行動していると推察された。控室で得られた情報はそれだけだ。

「これ以上の手掛かりは無いか。漫画の下にメモの類いは?」

「ええと……何もなさそうです。てゆーか、アル=マハ隊長もエロ漫画読むんですね」

「何系だ?」

「女教師モノです。黒髪・眼鏡・ロング白衣のベタベタ設定のヤツ」

 読みかけのページをバッと広げて見せられて、ベイカーは首をかしげる。

「こういう漫画の女教師は、どうして必ず膝上タイトスカートで黒ストッキングなのだろうな?」

「あ、そういえば。でも実際の科学の先生って、かなりの確率でパンツスーツかロングスカートですよね?」

「だよな? パンツスーツのガードの堅い女性を口説いたほうが、達成感が味わえると思うのだが……」

「この漫画くらいその気になってる女の子なら、即本番イケますよね? なんでグズグズしてんのかな、この主人公……?」

 よほどのことがない限りお断りされない美形の大富豪と、女子のフェロモンを正確に嗅ぎ分けるオオカミオトコの発言である。青年コミックに感情移入するしかない残念な男たちの事情など欠片も理解していない。

 本人のいないところで公開処刑されたも同然のアル=マハだが、状況が状況だった。幸い二人の興味はすぐに逸れ、漫画は元通りテーブルの上に戻された。

「さて、どうしようか。時間停止状態でも携帯端末は使えると思うか?」

「ちょっと怪しい気もしますけど……運が良ければ?」

「とりあえず、やってみよう」

 ベイカーは自分の端末からアル=マハの番号をコールする。

 自分の端末からは呼び出し音が聞こえている。この端末は自分と一緒に時間の流れから切り離されているようだが、相手側に繋がっているかどうかは分からなかった。

「隊長、一旦切って、俺のほうにかけてみてもらえますか?」

 同じく通常空間から断絶された端末同士なら、通話は可能なのだろうか。

 二人は互いの画面がよく見えるよう、肩を並べ、端末を隣り合わせた状態で操作する。

 ベイカーの端末はロドニーの端末へコールしている。しかし、ロドニーの端末にはそのコールは届いていない。

 逆も試してみたが、やはり相手にコールは届かないようだった。

「これは……電波の中継基地局が使えない、ということかな?」

「端末同士で直接通話するならいけそうじゃないですか?」

 ロドニーは端末の設定を切り替え、基地局を通さない旧式の短波帯通信でコールする。すると一秒半ほどのタイムラグの後、ベイカーの端末が着信音を響かせた。

「音声は……あー、あー……うん、ちゃんと聞こえるな。これならアル=マハ隊長にも連絡できそうだ」

 早速試してみるベイカー。

 しかし着信音は二人のすぐ近く、控室内で鳴りはじめた。

「……どこだ?」

「えーと……あ、ここです! ロッカーの中! 鍵がかかってます」

「あー……そうか。Namelessのコスチュームには携帯端末用のホルダーが無いからな。本人が持っているのはロッカーの鍵だけか……」

「これじゃあアル=マハ隊長が無事かどうか、さっぱりわかりませんね」

「仕方がないな、あの人を探すのは諦めよう。ロドニーはグレナシン副隊長にかけてくれ。俺はロック先輩にかけてみる。あの二人も『神の器』だから、可能性はあるはずだ」

「出てくれるといいんですけどね……」

 携帯端末に一縷の望みを託し、それぞれの番号にコールする。

「……あっ! 副隊長! よかった! あの、今……」

「ちょっとロドニー! アンタ今どこにいるのよ! さっさと来なさい! いつもの真っ黒モンスターが大量発生中よ!」

「ロック先輩! ベイカーです! ご無事でしたか!?」

「ちっとも無事じゃない! 闇堕ちだ! 俺とカルアだけでは手が足りない! すぐに来てくれ!」

「場所は地下一階の食堂よ!」

「地下二階の倉庫だ!」

 ロドニーとベイカーは顔を見合わせた。

 オープンスピーカーにしてあるため、互いの通信音声はすべて聞こえている。敵は二か所同時に出現しているようだ。

「隊長!」

「ああ、やむを得ん! 手分けして行くぞ!」

 携帯端末を仕舞い、二人はそれぞれの方向へ駆け出す。

 ここは地上一階・西側入場口近くの控室である。グレナシンのいる地下一階・関係者用食堂は真逆の東側で、闘技場の構造上、一度二階席裏の関係者用通路に出て、南側を回っていかねばたどり着けない。

 また、ロックのいる地下二階倉庫には一階スタンド席下の機材搬出入用エレベーターか、エレベーターに隣接する非常階段を使わねば降りられない。

 場内清掃や設備メンテナンスの職員ならば別の移動ルートも知っているだろうが、年に数回しかこの場を訪れない二人には不確実なルートを選択する余裕はなかった。

 余計な時間と体力を消耗しながら、二人はそれぞれの現場へ到着する。

「副隊長! ご無事ですか!?」

 ロドニーが駆け込んだ食堂にはおびただしい数のモンスターが発生していた。グレナシンは食堂の中ほどでモンスターと戦い、そのほかにもう一人、トロフト・ブルーマンが出入り口の安全を確保している。

 応援要員としてやってきたロドニーを招き入れると、トロフトはモンスターが食堂の外にまで出て行かないよう、扉に結界を張った。

「えっと、あの!? なんでトロフト先輩も!?」

「話せば長いんだけど、非常事態だから詳細説明は省かせてもらうよ。戦時特装、《大量(オオハカリ)》! 《神戸之剣(かむどのつるぎ)》!!」

「マジで!?」

 二振りの光の刀を装備し、闇のモンスターを切り裂くトロフト。

 すでに戦時特装を展開中のグレナシンも、信じがたいほどの超速斬撃で次々にモンスターを撃破している。だが、モンスターはそれを上回る速度で発生していた。

 ロドニーは『修正・削除』能力を発動させ、襲い掛かってくるモンスターを一体ずつ、確実に消去していくのだが――。

「うっわ、キリがねえ! 副隊長! こいつらの発生源は!?」

「厨房のほうみたいだけど、数が多くて確認にいけないのよ!」

「トロフト先輩! その剣の能力は!?」

「《大量》が索敵とデータ解析! 《神戸之剣》は防御魔法や特殊結界を解除しながらの強襲斬撃が可能!」

「なんですかその無敵能力!?」

「でしょ? そう思うでしょ!? でも僕、人間相手にこれ使うわけにもいかないから……セヤッ! ほら! やっぱり僕、モンスター相手なら最強なんだけどなぁ~っ!」

 レフェリーストップで負けたことを気にしているようだが、本人が言うとおり腕前はたいしたものである。グレナシンと呼吸を合わせ、次々と敵を撃破していく。

 ロドニーもトロフト、グレナシンとともに戦いながら、モンスターの様子を観察した。


 二足歩行だが、歩き方や骨格は人間とは違っていて、どこか獣めいた動きをする。

 全身真っ黒な毛に覆われていて、顔は昆虫に似ている。

 攻撃は殴る、蹴る、体当たり、噛みつきなどの原始的な物理攻撃に限られる。


 クエンティン子爵領ではじめてこのモンスターと遭遇して以来、毎度おなじみの相手である。特段、変わった様子は見られない。

 しばらく動きを見ていたが、モンスターは厨房から出てくるなり、まっすぐこちらに攻撃してくる。自分たちに攻撃することが『行動目的』となっていることは間違いなかった。

「トロフト先輩! 戦時特装のままでも《白金の鎧》は使用可能ですか!?」

「もちろん! でもあれ、魔力の消耗が激しいからね! 短時間で決められないと結構ヤバいかも!」

「突破口さえ開ければ、俺が『発生源』を叩きます! 俺の能力は……」

「大丈夫、君の能力については運命の女神から聞いてるよ! 僕が突っ込むから、君は僕の後ろに続いて!」

「副隊長! 援護をお願いします!」

「合点承知の助よ!」

 三人でタイミングを計り、敵の攻撃が途切れた瞬間、トロフトが突撃した。

「《白金の鎧》! 《バスタードドライヴ》!!」

 無敵の装甲に身を包み、光の剣を構え、真正面から突っ込むトロフト。直線軌道上にいたモンスターたちは《神戸之剣》の強襲斬撃になぎ倒され、ほぼすべてが一撃で撃破された。

 トロフトの後に続くロドニー。両側から襲い掛かるモンスターはグレナシンの《天之尾羽張》で斬り伏せられる。

「行っけえええぇぇぇーっ!」

 闇がひしめく厨房へと突入したロドニーは、あらかじめチャージしておいた魔弾、《スターシェル》を発射した。

 この魔弾は強烈な光で呪詛汚染を浄化する。本来は事件現場の後始末に使われるものだが、闇堕ちにもある程度の打撃を与えることは先日の竜退治案件で実証済みである。

 一瞬で消滅する雑魚モンスター。

 何もいなくなった厨房を見渡すと、奥のほうにモンスターの発生源らしきものが置かれていた。

「……は?」

「何よ……あれ?」

「……足……?」

 一番大きな寸胴鍋の中から、人の足がはみ出している。

 鍋の下には燃え盛る炎。

 立ち上る湯気と厨房に漂う肉を煮る臭いに、トロフトは口元を押さえて後ろを向いた。

「……トロちゃん、こういうのダメなら、ちょっと外出てなさい」

「……すみません……」

 閃光弾一発で何もかも浄化できたとは思えない。グレナシンとロドニーは警戒しながら鍋に近付く。

「これ、いったい誰が茹でられちゃってんのよ……?」

「料理人の誰かですかね……?」

 ガスコンロのスイッチを切り、恐る恐る鍋を覗き込む二人。

 しかし鍋の中を見た瞬間、二人の思考は停止した。

「……嘘……」

「……なん……で……?」

 鍋の中に突っ込まれていたのはアル=マハだった。

 熱湯で茹でられて皮膚が白っぽく変色していても、その顔は間違いなくアーク・アル=マハである。

 目と口を大きく見開いた表情で、煮立った寸胴鍋の中で死んでいた。

「ヤダ、ちょっと、なんなのよ、これ……ねえ、ロドニー。アタシ、今、どんな顔してる?」

「え……泣いてます……けど……」

「え? ホント? ……アタシ、泣いてんの? 本当に……?」

 自分の感情すら見失うほどショックを受けている。

 取り乱すグレナシンの様子を見て、ロドニーは幾分か正気を取り戻した。

 自分がしっかりしなくては。

 そう思うことで、どうにか気持ちを立て直す。

 そして気付く。


 この死体は、服装が違う。


「……副隊長。これ、アル=マハ隊長じゃあないと思います……」

「アークじゃないって……だったら、誰だって言うのよ?」

「分かりません。でもこの服、さっき控室にありました」

「え?」

「控室のハンガーに、上から下まで、フルセットでかけられていました。ハンガーラックの下にこのブーツも置かれていました。汚れやすいズボンや肌着はともかく、普通、上着とブーツまで予備を持ってきたりしませんよね? アル=マハ隊長は今、『Nameless』のコスチュームで行動しているはずなんです。だから、たぶん、この死体は……」

 ロドニーは手近にあったサラダトングで、死体の胸ポケットを探る。

 本部職員用の制服を着用している時、アル=マハは必ずここに携帯端末を入れている。

「……あっ! やっぱりあった! 副隊長、この死体、絶対にアル=マハ隊長じゃありません! アル=マハ隊長の端末は、ついさっき、控室のロッカーの中で鳴っていました!」

「じゃあ……これって、どういうことなの? この死体、誰……?」

 よく似た顔の別人だろうか。

 そう思ったグレナシンは、もう一度よく確認しようと正面に回り込み、顔を覗き込む。

 その時だった。

「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁーっ!」

「っ!?」

 突如動き出した死体は寸胴鍋をひっくり返し、グレナシンに襲い掛かる。

 ぶちまけられた熱湯を真正面から浴び、火傷を負った状態で死体に首を締め上げられるグレナシン。襲われたグレナシンも隣にいたロドニーも、まともに反応することはできなかった。

「……え……?」

 自分が立ちすくんだ五秒間でグレナシンは重傷を負ってしまった。そして今、完全に組み敷かれた体勢で首を絞められている。

 その事実に気付いたロドニーは、反射的に死体の顔を殴りつける。

「や……やめろコラァァァーッ!」

 拳に伝わる感触は、しっかり中までボイルされた肉のそれである。生きた人間の感触とは根本的に違っていた。

 これは死体だ。

 動くはずはない。

 ということは、動かしているのは――。

「止まれっつってんだよっ! このクソがあああぁぁぁーっ!」

 ようやく回り出した思考回路。

 これは闇のモンスターの発生源となっていたモノだ。当然、中にはみっちりと『闇』が詰まっている。これまでにも、『闇』が死体を憑代として暴れまわる現場を見てきたではないか。

 いつもの調子を取り戻したロドニーは拳に『修正・削除』の能力を上乗せし、死体に猛打を食らわせる。

 鍋がひっくり返る音を聞いたトロフトも大慌てで駆け戻り、動く死体の首を《神戸之剣》で刎ね飛ばした。

 ロドニーとトロフトによってすべての闇を浄化され、死体はコンクリートの床に倒れて動かなくなった。それでもトロフトは念には念を入れて、転がった首と胴体を何度もしつこく刺し続ける。

「も、もも、もう、動かないよね……? 死体が釜茹でにされてるだけでもホラーなのに……動いて首絞めてくるとか、ホントなんなの……」

「副隊長! 大丈夫ですか!? 今治します!」

 ロドニーは医療用ゴーレムの呪符を起動させ、グレナシンの火傷を治療するように命じる。オオカミナオシ由来の修正能力でも傷の治療は可能だが、この能力は『治癒』ではなく『世界の不具合を正すもの』である。力の制御には恐ろしく集中を要すため、今の自分の精神状態では使用不可能と判断した次第だ。

 医療用ゴーレムの治療を受けながら、グレナシンは涙声で絶叫する。

「もうっ! 本当になんなのよぉ~っ! 本物のアークはどこに行っちゃったの!? この死体誰なの!? アタシこんな怖いの耐えらんないぃぃぃ~っ! 誰かちゃんと説明しなさいよぉぉぉ~っ!」

 泣いて喚き散らしたいのはロドニーとトロフトも同じである。だが残念なことに、こんな状況でも男のプライドがそれを邪魔する。ストレートに感情を表に出せるオカマキャラがうらやましくて仕方がなかった。

「ええと……とりあえず、副隊長の治療が済んだら地下二階の倉庫に行きましょう。ロック先輩とカルアさんが闇堕ちと交戦中です」

「え? ロッ君も時間停止の影響受けてないの!?」

「そうみたいです。ベイカー隊長が応援に向かいましたが、ロック先輩の声、かなり切羽詰まった感じでした」

「ロッ君がピンチになるほどの敵……?」

 ロックとトロフトは高校時代からの大親友である。彼がそう簡単に弱音を吐かないことも、また、吐く必要が無いくらい強いこともよく知っている。

 ロックがベイカーに助けを求めた。

 それはトロフトが危機感を覚えるには十分すぎる事実だった。

「ロドニー君、僕は先に倉庫に向かう。グレナシン副隊長の治療が済んだら追ってきてくれ」

「え、でも……」

 先ほどの《白金の鎧》は本日二度目の発動だ。トロフトは消耗している。連戦可能なのかと目だけで問いかけるロドニーとグレナシンに、トロフトは力強く宣言して見せる。

「安心してよ。僕はそう簡単にくたばるキャラじゃないからさ♪」

 人懐こい笑みでウィンクして駆け出していくトロフト。

 その背が見えなくなってしばらくしたころ、厨房の中に異音が響いた。

「……何の音?」

「何か、叩いているような音ですよね……?」

 ゴンッ、ゴンッと、重く鈍い音がする。

 壁を叩く音だろうか。

 それとも床か天井から聞こえているのだろうか。

 まだ治療が終わらないグレナシンにその場を動かぬよう合図し、ロドニーは音の発生源を探す。

「……? この奥か……?」

 ロドニーが目星をつけたのは厨房の奥、食品庫の扉だった。

 扉のすぐ後ろには何の気配も無い。ロドニーはそっと扉を押し開き、隙間から中の様子を窺う。

「……??」

 食品庫の中にモンスターは入り込まなかったようだ。荒らされた形跡も無く、清掃の行き届いた棚には整然と食品が並んでいる。調味料のボトルも小麦粉の袋も、一つも傷つけられてはいない。

「……ここから……かな?」

 一番奥に、業務用の大型冷蔵庫が置かれていた。

 冷蔵庫の前の作業台には、収納されていたと思しき要冷蔵品の肉や魚、下ごしらえ済みのカット野菜などが丁寧に積み上げられている。

「???」

 放り出されてはいない。せっかくの食材が崩れて台無しにならないよう、きちんとバランスを見ながら積み上げられているのだ。モンスターの仕業で無いことは間違いなかった。

「これって……もしかして、誰か中に逃げ込んでるのか!? おい、何があった!?」

 冷蔵庫のドアをノックするロドニー。

 すると中から聞き覚えのある声が返ってきた。

「ロドニーか!? 開けてくれ! 中からじゃ開けられないんだ! 寒い! 死ぬ!」

「は、はいっ! ただいま!!」

 大急ぎで扉を開けると、飛び出してきたのはアル=マハだった。Namelessのコスチュームを身に着け、アンフィスバエナを装備している。今度こそ本物である。

 アル=マハはロドニーに抱き着き、湯たんぽ代わりに暖を取る。

「あぁ~、あったけぇ~。やっぱオオカミは体温高いな……」

「アル=マハ隊長、メッチャ震えてますけど大丈夫ですか?」

「全然ダメ。寒い。ったく、あのクソ野郎、何が『ちょっと待ってろ』だ……」

「えぇ~と、あの、アル=マハ隊長? 厨房のほうでアル=マハ隊長のそっくりさんが釜茹でになってたんですけど、いったい何が?」

「ピーコックが出た。並行世界の俺が闇堕ちになって、始末に負えないからこっちに投げてよこしたらしい」

「はいっ!? じゃああの死体、本当にアル=マハ隊長だったんですか!?」

「ああ。別の世界の俺だ」

「なんで釜茹でに!?」

「生肉のまま放っておくとすぐに生き返るからだ。茹でてたんぱく質を凝固させれば、復活までの時間が稼げる。と言っても、最終的には生き返っちまうがな」

「あ、もしかして、生き返るのは確定事項……?」

「そのようだ。あっちの世界の俺は、ゴヤとルシファーの力で『不死者』に作り変えられている」

「マジっすか? あいつらの能力でそんなことが!?」

「いいや、奴らだけでは不可能だ。使われたのは奴らの力だが、力を使った神はヘファイストスらしい」

「って、ことは、ええと……えっ!? 他の神の力を取り込むのって、確か、共食いで……っ!?」

「ああ……食っちまったんだとよ、あの二人を」

「ってことは、あっちの隊長はルシファーに呪われて闇堕ちに?」

「いや、そういうわけでもないらしいんだが、俺もそのあたりまでしか説明を聞いていない。ピーコックの話が終わらないうちに、ヤツが復活してきやがってな。もう一度ぶっ殺して茹で始めたところであっちの世界のヘファイストスが追ってきて、何かバアルとトラブってたようで……何とかするからここで待てと言われて、冷蔵庫の中に突っ込まれて三十分以上も……」

「三十分? アル=マハ隊長の体感では、『時間停止状態』でどのくらいの時間経過が?」

「まともに計ったわけではないが、だいたい一時間くらいは経過したと思う」

「一時間!? 俺の体感では二十分くらいしか経ってませんよ!?」

「それなら、お前は俺がここに隠れた後に呼ばれたのか。他に誰がいる?」

「ベイカー隊長とグレナシン副隊長、シュプリームスのトロフト先輩、あとはトレアドールのロック先輩とカルアさんです」

「さっき外で戦っていたのは?」

「副隊長とトロフト先輩ですけど、トロフト先輩はロック先輩の応援に向かいました」

「セレンは?」

「寸胴鍋の熱湯をモロにかぶったんで、今は厨房で治療中です」

「……俺の死体は?」

「トロフト先輩が首を刎ねて、厨房の床に……って! ああっ! ヤバいっ!?」

 湯たんぽ代わりにしていたロドニーを放し、アル=マハは駆け出す。

 グレナシンの悲鳴が聞こえたのはその時だった。

「セレン!」

「副隊長っ!」

 蘇った死体に襲われたに違いない。

 二人はそう思った。

 だが、厨房に移動して最初に目にしたのは、グレナシンを後ろから抱き締める不死者の姿だった。

「……え?」

「チッ……」

 虚を突かれるロドニーと、忌々しげに舌打ちするアル=マハ。

 なぜそのような反応になったかといえば、不死者の行動が想定外だったからだ。彼はグレナシンを羽交い絞めにしているわけではなく、あくまでも『強く抱き締めている』だけなのだ。

 真後ろから抱き着かれているグレナシンからは見えていないだろうが、アル=マハとロドニーには、生き返った彼が歯を食いしばって涙を流す様がよく見えていた。その目にも表情にも、はっきりと理性が見て取れる。今の彼は闇堕ち状態ではない。

「……セレン、そのまま動くなよ。今のそいつは、とりあえず安全だ」

「あ……アーク……本物……よね?」

「ああ、本物だ。俺も、そっちのそいつもな」

「え?」

「おい、並行世界の俺。分かっているだろうが、それはそっちの世界のセレンじゃない。勝手に私物化するな。そいつは俺の……」

「俺の?」

「俺の何ですか、アル=マハ隊長!?」

「あー……セレン、お前、ロドニーに何を吹き込んだ?」

 何を言ってもその後の人間関係がゴチャつきそうな場面である。アル=マハは慎重に言葉を選ぶ。

「その、ほら、あれだ! そいつは俺の友達だ! そっちの世界に連れて行かせるわけにはいかない!」

「あ! そうですよね! お友達デスヨネー!」

「チッ。こんな状況でもガードが堅いわね……」

 さきほどのアル=マハの舌打ちと、グレナシンのこの舌打ち。両方聞いてしまったロドニーは内心『両想いじゃないんですか?』と言いたくて仕方がなかったが、どうにか言葉を呑み込んだ。

 そんなやり取りを黙って聞いていた不死者は、溜息とも深呼吸ともつかない息を吐き、ゆっくりとグレナシンから手を放す。

「……こちらの世界では、まだ特務部隊は無事なんだな」

 解放されたグレナシンは、振り向きながらナイフを構えた。

「それ、どういう意味よ?」

「俺の世界の特務部隊は事実上解散している。マガツヒ化したロドニーに、ベイカーが食われちまったからな」

「ふぅん? そっちはそういう並行世界なのね。で? そっちの世界では、アタシは何をしているの?」

「死んだ。ベイカーが食い殺された現場で、民間人を逃がすために盾になって……」

「その人たち、ちゃんと逃げられた?」

「ああ。全員無事だった」

「そう……犬死で無かったならそれでいいわ。それで、アンタがそんな体になっちゃったのはどういう事情? アンタ、確かに首切られてたわよね? なんで生き返るのよ?」

「俺にもよくわからない。俺は闇堕ちに襲撃されて死にかけていたんだ。意識を失って、目が覚めたら何もかも終わっていた。なぜ死なない身体になっているのか、ヘファイストスは何も教えてくれないし……」

「殺しても死なないなんて、何したらそんな風になっちゃうのかしら……?」

 ピーコックから途中まで事情を聴いていたアル=マハと、断片的ながらもそれを又聞きしたロドニー。二人は不死者の様子に顔を見合わせた。


 本人が何も知らないのは予想外だ。


 しかし、これではっきりしたことがある。アル=マハを不死者にすることを決めたのはゴヤとルシファーだ。そうでなければ本人が知らないことも、まだ騎士団にいることも説明がつかない。

 本人が自分の生に負い目を感じぬよう、ヘファイストスと周りの仲間たちは真実を隠している。そして騎士団長が息子の『仇討ち』をせず手元に置き続けているのだから、団長は何もかも知った上で息子の遺志を尊重しているに違いない。

 ゴヤとルシファーは自らの意思でヘファイストスに食われた。文字通りの『生贄』となることでアル=マハを不死者にし、彼に世界の未来を託そうとしたのだろう。

 だが、どこかで何かが破綻した。

 その綻びの後始末を、並行世界側に押し付けるしかないのだとしたら――。

「おい、並行世界の俺。不死身になった理由が分からないとしても、さっきまでの闇堕ち状態はなんだ? そっちの理由は分かるだろう?」

「ああ。シアンとアシュラだ。奴らが闇堕ちになって、俺とヘファイストスを執拗に狙うようになった。俺は奴らの攻撃を防ぎきれずに、闇に呑まれてあの状態に……すまない、セレン。お前を攻撃したくはなかったのに、俺は……」

「闇堕ち状態だったんでしょ? それならしょうがないわよ。許してあげる」

「ありがとう、セレン……」

 見つめ合う二人をよそに、またも顔を見合わせるアル=マハとロドニー。

 シアンが闇堕ちになる原因なんて、ここまでの話の中に一つしかない。シアンはゴヤを実の弟同然に可愛がっているのだ。何かの手違いで誤った情報に接してしまえば、アル=マハを『弟の仇』として憎むようにもなるだろう。

 アル=マハはロドニーの耳元に顔を近づけ、小声で言う。

「闇のモンスターがシアンとアシュラ、ゴヤとルシファー、俺とヘファイストスの『合作』だとしたら、これまでこちらに現れたモンスターや闇堕ちの謎がいっぺんに解けてしまった感じがしないか? ピーコックがいれば時空間操作で任意の場所と時間に送り込めるわけだし……」

「でもまだモンスターの召喚呪符とか、謎な部分は残りますよ? どうやってそんなもん作ったんです?」

「それに関しては、はじめから怪しい男がいるだろう。シアン非公認ファンクラブの会長が」

「あ、あの人か……」

 ストーカー一歩手前のシアン信者、情報部のナイル。彼なら闇堕ち状態のシアンを見ても『ダークなシアンも格好いい』などと口走りながら味方をしそうな気がする。そして『別の世界からモンスターを召喚する』というありえないクオリティの召喚呪符も、チョチョイのチョイでお手軽作成するに違いない。

 にわかに浮上した『真のラスボス・闇堕ちシアン』の存在。

 ここでもう少し話を聞いておけば、今後闇堕ちが発生した場合、戦闘を有利に進めることも可能となるだろう。

「確認させてもらいたいのだが、そちらの世界では……」

 もう一人の自分に向かって問いかけようとするアル=マハ。しかし、彼の言葉が終わる前に不死者の姿は消えていた。もうどこにも気配を感じない。元の世界に戻されたのだと直感し、アル=マハは首を横に振る。

「……なるほど。俺たちに課された役目は、ヤツの闇を祓うこと『だけ』だったわけか……」


 余計な情報は吹き込まないでくれる? こっちにはこっちの事情があるんだからさぁ。


 この場にいないピーコックの声が聞こえたような気がして、アル=マハは溜息を吐く。

「あのクソ猫……どこまで俺たちをコケにする気だ……?」

「けど、まだ時間停止状態ってことはアレですよね?」

「ああ、ベイカーのほうは戦闘継続中ということだろうな。行くぞ、ロドニー」

「はい! って、副隊長は?」

「セレン、お前はここに残れ。火傷の治療が終わっていないだろう?」

「え!? 本当に!? あの、立ってて大丈夫ですか?」

 グレナシンは肩をすくめ、アル=マハを睨む。

「馬鹿。部下に余計な心配させることないじゃない」

「阿呆。手負いで駆けつけて何の助けになる? 足手まといにしかならん」

「なんで分かったのよ。ロドニーには気づかれて無かったのに」

「なんで分からないと思った? 何年お前を見ていると思う?」

「アンタのそういうところ、大っ嫌いなんだけど?」

「お前のそういう強がりは嫌いじゃないんだがな。時々無茶しすぎるところは何とかしてくれ。心臓に悪い」

「うっさい! この馬鹿!」

「馬鹿で結構。ちゃんと治してから来いよ」

 治療途中で発動解除されてしまったロドニーのゴーレムの代わりに、アル=マハは自分のゴーレム呪符を起動させる。

 食堂の長椅子に横になって治療を受けるグレナシンに見送られ、アル=マハとロドニーはベイカーらの応援に向かう。

 移動の間も、ロドニーの頭にはずっと同じ疑問が渦巻いていた。


 この二人は本当に両想いじゃないのだろうか、と――。


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