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ss #010  作者: 柳田喜八郎
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ss #010 < Chapter,02 >

 メディカルチェックを受けていたベイカーは、担架に乗せられたエディーを見て溜息を吐いた。

 ああ、今回もやってしまったか。

 医務室の全員が同時にそんな顔をする。これはロックが大会に出場するようになってから毎回恒例、お約束のようなものだ。一応手加減はしているらしいが、ロックの手加減は非常に雑で、レフェリーストップがなければ後遺症が残るレベルで毒素を注入してしまう。自発呼吸があるのなら、今回はまだ軽いほうである。

 集中治療室に運ばれるエディーと対照的に、無傷のロックは医務室の前でのんびりとコーヒーを飲んでいた。疲労回復用のドリンク剤すら不要というのだから、どこまでもバケモノじみている。

 ベイカーはロックに近付き、踵をそろえて挨拶する。

「ロック先輩、お疲れ様です」

「よう、サイト。初戦突破おめでとう」

「ありがとうございます。ロック先輩も、分かり切っていたことではありますが……」

「相手がお前やトロフトでなければ勝って当然だ。今回はキールを出さなかったんだな?」

「はい。今回の人選は式部省のほうで決められたものでして……」

「ま、ドラゴン退治の後だから仕方がないか。次の大会には何が何でもあいつを出せよ。俺が穴だらけにしてやるからな」

「お手柔らかにお願いしますよ。そちら同様、予備人員のいない隊なんですから」

「わかっているさ。ところで、医務室にモニターはないのか? 前回はあったよな?」

「選手が興奮して治療にならないので撤去したそうです。ロビーのほうにあります。見に行きましょう」

「ああ」

 連れ立って出て行こうとする二人に、ガルシアとトロフトが声をかける。

「僕らもご一緒させてもらおうか」

「いいよね、サイトくぅ~ん♪」

「あ、はい……」

「後輩いじめはほどほどにな、トロ」

「ロッ君ほどじゃないって♪」

 ロック、トロフトの二人は王立高校の同期生である。騎士団員養成科の寮ではこの二人と一つ年下のベイカー、キールの四人が同室で二年間を過ごした。クールで無表情なキールがいじりにくいキャラである分、小柄で表情豊かなベイカーが暇つぶしのオモチャにされていたことは想像に難くない。

 ベイカーは背の高い先輩二人に両側から肩を組まれ、宙に浮いた状態でジタバタしている。

「せ、先輩! 降ろしてください!」

「ヤダ♪」

「トロ、面白いからこのまま持っていこう」

「そうだねロッ君♪」

「うんうん。いつ見ても、君たちは仲がいいな」

「ガルシア副隊長!? 本当にそう見えます!?」

「ああ、パパとママとチビッ子みたいで可愛いぞ」

「パパとママ!? えっ!? どっちがママ!?」

「サイトちゃあ~ん♪ トロママでちゅよ~♪」

「悪い子には、ロックママがお尻ペンペンしちゃいまちゅよ~」

「ひいっ! こ、怖い!」

 高校時代のノリのまま、彼らはテレビの置かれたロビーのほうへ移動した。するとそこでは、選手に同行してきた支部員たちが画面に釘付けになっていた。

 ガルシアは荷物持ちとして連れてきた隊員、アドルフ・ヒムラーとベンジャミン・アッカーマンに声をかける。

「ヒムラさん、アッコちゃん、今どうなってる?」

「大変だぜウルルン。特務のハドソンが押されてる」

「近衛のヴィクトル・ベイカーって奴、雷獣のくせに妙な魔法の使い方するんですよ。なんで雷獣が氷の剣なんか持ってるんだか……」

「ベイカー隊長、この方、ご親戚ですか?」

 ガルシアに問われ、ベイカーはイカの干物のようにぶら下がったまま答える。

「父の妹の子供、つまり俺の従兄です。ベイカーの姓を名乗ってはいますが、元は嫁ぎ先の商家の名前を持つ市民階級者でした。高校入学の折、士族・貴族クラスに入学できるよう俺の父と養子縁組を。戸籍だけを見れば俺の『兄』ということになります」

「それで氷の魔法を使うということは、叔母上の嫁ぎ先は雷獣族ではない?」

「ええ、スノウエルフです。ヴィクトルは冷気や氷で雷撃の方向を自由に操ります。どちらか一方の属性だけでは弱いのですが、両方を組み合わせて使うことで攻略不能の《コンダクタンス・フィールド》を構築します」

「ほほう? それは雷獣の目から見ても攻略不能なのかな?」

「絶対に無理とは言いませんが、難しいと思います。電気抵抗が限りなく低い状態にされてしまうので、狙った方向に雷撃が飛びません。想定外の方向に拡散します」

「なるほど……テレビ画面では床が凍結しているだけに見えるが、あれはただの氷でなく、常に電気が流れた状態なんだな?」

「はい。あれが《コンダクタンス・フィールド》です。直接踏めば感電しますよ」

「だから地面に降りないのか。いや、風属性のハドソン隊員だからこそ、何の苦も無く空中移動できているが……これは攻略法が分からないな? 冷気で地味に体力を奪われるのもつらいところだし……トロちゃん、君はどう見る?」

 階級の上下を問わずあだ名で呼び合う慣例のあるシュプリームスでは、部下も上官も当たり前に意見を言い合う。問われたトロフトは空中を素早く駆け回るロドニーの動作を見て、ニヤリと笑った。

「僕の場合、防寒も絶縁も《白金の鎧》でオールオッケーですけどね♪ こんなにチョロチョロ走り回りませんって♪」

「純血魔族は便利だな。僕たちは《銀の鎧》が精一杯だっていうのに……」

「とかなんとか言って、海蠍なんてはじめから攻撃魔法効かないじゃないですか」

「まあな。しかし、あそこまで凍結されてしまうと移動が難しい」

「飛べないのなら、《バスタードドライヴ》で強引に走るしかありませんけど……氷ですからね?」

「車輪が空転しそうだな」

「ホントそれです」

 ロドニーは空中に圧縮空気の足場を形成し、三次元的に駆け回ることでヴィクトルの《雷火》と《氷の矢》を回避している。しかしそれらの魔法は消費魔力も少なく、長時間にわたる連射が可能である。高速両手撃ちによって弾幕を形成するヴィクトルに、ロドニーのほうから攻め込む手がない。その場を一歩も動いていないヴィクトルと走り続けているロドニーとでは、消耗の度合いが違いすぎた。

「これ以上は無理だな。大技で形勢逆転を狙うしかない」

「ロッ君が今のロドニー君の立場だったら、ここで使える大技って?」

「前提から破綻しているぞ。俺はそもそも、こんな状況に追い込まれない」

「おー、さすがロッ君♪ 強気だ~♪」

「トロなら何をする?」

「ま、僕も追い込まれる前に速攻かけちゃうほうだけどさ。もしもの話をするなら、そうだなぁ……?」

 タイミングを計っているようなロドニーの動作を見て、トロフトは口角をキュッと上げる。女子受け満点のナンパ師スマイルは、こんな時でも健在だ。

「まず、発動中の魔法の強制解除かな? 守りの堅い子を口説くには、はじめに帽子とか手袋とか、スカーフやショールの一枚でもいいから、とにかく何か脱がせちゃわないとね。どこか一か所でも素肌があらわになると、心理的なガードも綻びてくるモノなんだよね~♪」

「さすがはサザンビーチのナンパ師。例えがソレか」

「そうでなければ、もっと大胆にガバッと押し倒しちゃうかな? まあロドニー君の性格からすると、ガバッといっちゃうほうが濃厚かもね~♪」

「段階的な攻撃ではなく、一撃必殺を狙う、と?」

「たぶん外してないと思うよ? ロドニー君も僕と同じくらい、エロくてエモいセンス持ってるからさ♪」

「お前と同じって、それ、相当だな……?」

「彼はエロだね、間違いないよ」

「そ、そうか……」

 ナンパ師トロフトはロドニーが空中で回避動作を行うごとに、何かをカウントしている。トロフトが指を折るタイミングとテレビ画面とを見比べて、ロックもベイカーもガルシアも、ロドニーが何をしているか気付いた。

 すでに仕掛けは用意されている。

「まさかあいつ、密閉空間で……っ!!」

「決まれば一撃必殺、外せば自滅か。君の部下はなかなか無茶なことを企むな」

「ヴィクトルが仕掛けに気付いているかどうかが問題になるが……」

「こればっかりは、向こうの予備知識次第だよね。ロドニー君の悪運を信じよう♪」

 凍結したリング上で、ヴィクトルは淡々と攻撃を続けている。ベイカーによればヴィクトルは熱くなることがない性格で、いつも静かに佇んでいるタイプだという。ロドニーは喧嘩口上で相手を煽って仕掛けさせ、カウンターで急所を狙う戦い方を得意とする。ヴィクトルのようなタイプは崩しづらく、ペースをつかむことができずにいる。

 だがそんな中でも、ロドニーは一つずつ確実に、一発逆転の布石を積み上げていた。

「……やっぱりだ。ロドニーのやつ、圧縮空気の足場を消していない。逃げ回りながら、作った足場をヴィクトルのほうへ蹴り寄せている……」

「今ので百個目。これはもう、確実だね……!」

「自分で出した冷気と磁場が仇になったな。皮膚感覚が鈍っていては、わずかな変化には気付けまい」

「動きが変わった! 仕掛けるぞ!」

 空中を逃げ回っていたロドニーが、ヴィクトルに向かって剣を投げた。ヴィクトルはそれを氷の盾で防ごうとする。

 その一瞬の隙に、ロドニーは超・大技を発動させた。

「《猛烈爆弾低気圧(ハイパー・ボム・サイクロン)》!!」

 圧縮空気によって徐々に上げられていた気圧が、ロドニーの魔法によって急降下する。

 この魔法は自然現象を再現する技ではあるが、ここは特殊結界で密閉されたリングの上。何の制限も無い場所でなら猛烈な嵐を巻き起こす魔法でも、ここには雨を降らせるだけの水分も、雷雲ができるだけのスペースも無い。

 ならば何が起こるか。

 それは見た目だけでは分からない、非常に難解な現象となる。

「う……な、なんだ……これは……!?」

 よろめき、体を震わせるヴィクトル。しばらくすると彼は小さく悲鳴を上げ、自分の身体を抱きしめるようにして苦しみ出した。

 ロドニーはその様子をリングの上空、結界に触れるギリギリのところからじっと見つめる。しかし、審判からのストップが入らない。そしてヴィクトルも、一向に諦める素振りを見せなかった。

「おい! もう降参しろ! これ以上はマジでヤベエ! お前、死ぬぞ!」

「ぐ……うう……なめるな。私が、こんなもので……!!」

「そういう痩せ我慢でどうにかなる問題じゃねえっつーの! 審判! なんでまだ止めねえ!? これ以上やらせたら本気で死んじまうぞ!?」

 ロドニーがレアすぎる上級魔法を使ったせいで、審判団には危険性が伝わっていなかった。この技の危険性に気付き、試合を止めたのはマルコと騎士団長である。

 二人は司会席に駆け下り、マイクをひったくってアナウンスする。

「試合を中止してください! これ以上はヴィクトル選手の命にかかわります!」

「騎士団長判断により、この試合はロドニー・ハドソンの勝利とする!」

 突然のアナウンスにざわめく観客。状況が理解できていない医療チームに任せていたのでは手遅れになると判断し、マルコと団長がリングに駆けあがる。

「ヴィクトルさん、見えますか!? 私が今何本指を立てているか分かりますか!?」

「あ……う、うぁ……あぁ……あー、ぇあ、あー……」

 ヴィクトルの目はどこも見ていない。左右の眼球が異なる方向を向き、口から漏れ出る声もまるで意味をなさない音の羅列と化している。脳への血流が阻害されている可能性があり、非常に危険な状態だった。

「医療チームに、潜水病の治療経験がおありのドクターはいらっしゃいますか!? 彼は今、気圧の急低下によって潜水病と同じ症状に陥っています! 早く処置せねば障害が残ってしまいます!」

「せ、潜水病……ですか!?」

「こんな平地で、どうして!?」

 潜水病とは、急な気圧変化によって血液中に気泡が生じてしまった状態をいう。その気泡が血管を塞栓すると、その先の臓器に血液が送られなくなってしまう。その場では軽い体調不良程度に思えても、何の処置もせず放置すれば末端部の壊死や神経系の障害を引き起こすこともある大変恐ろしい症状なのだ。

 ロドニーが使った魔法に『気圧を下げる効果』があったこと、ここが結界によって密閉された特殊な環境であったことを理解し、医療チームは直ちに酸素マスクを用意。ヴィクトルを専門医のもとへ搬送した。

「客席の皆様にも説明させていただきます。ただ今の試合で用いられました魔法は……」

 マルコの説明で、観客もようやく状況を把握した。しかし、命にかかわるほどの事態となってもロドニーを非難する声は上がらなかった。なぜなら試合中の二人の声はずっとマイクで拾われていて、ロドニーが「降参しろ」と言った理由がはっきりしたからだ。客席で囁かれたのは身の程をわきまえぬヴィクトルの蛮勇と、審判団の能力不足である。

 大会運営スタッフとともにリングを下りるマルコとロドニー。リング上に残った騎士団長により、この先の試合は初戦で敗れたガルシアが審判団に加わることが宣言された。

 テレビ画面越しにいきなり指名を受けたガルシアは、荷物持ちのヒムラとアッコに尋ねる。

「僕は選手としての出場手当しかもらっていないんだけど……あとでギャランティの交渉をしたほうがいいかな?」

「まあ、ダメもとでしょうけどね?」

「酒の一杯くらいは奢ってもらえるんじゃないでしょうか?」

「ん~……オッサン二人で高い酒飲んでも、あんまりおいしくないんだけど……」

 サンライズコーストの色男には帰りを待つ女が百人単位で存在するのだ。幼女から老婆まで年齢も容姿もばらつきはあるが、筋骨隆々とした上司のオッサンと飲むよりは、さっさと地元に帰って残念会でも開きたいところであった。

 ガルシアはやれやれと肩をすくめ、ベイカーに言う。

「部下のメンタルケアは念入りにな。こういうのは後に引くぞ」

「はい……」

「ところで、君はいつまで干物のようにぶら下がっているつもりだ?」

「はあ、その……俺としては、自分の足で歩きたくて仕方がないのですが……」

 両側から肩を組む先輩二人は、ベイカーを自由にするつもりはないようだ。ニヤニヤと笑いながら、ベイカーをぶら下げたまま意味も無くその辺を歩き回る。

「先輩! やめてください! いい加減に……うわあっ!? ちょ……わあああーっ!」

 ブランコのように前後にブンブンと振り回される。

 完全に遊ばれている特務部隊長の姿に、運営スタッフや観戦していた支部員たちも、思わず笑みをこぼしてしまう。


 女王の愛人。

 大富豪の跡取り。

 剣も魔法も最強クラスの使い手で、商才も音楽センスもあるパーフェクトイケメン。


 人から妬まれる要素ばかりをこれでもかというほど寄せ集めたベイカーを、あえて『普通の後輩』として扱ってくれる先輩たち。彼らのおかげで、この場にいる支部員たちの目はずいぶんと好意的なものとなっている。竜退治以降、まるで別の次元の生き物のように扱われていたベイカーにとって、これは大変ありがたいことではあるのだが――。

(タケミカヅチ! いるだろう!? なあ、頼む! 先輩たちの頭の中身を読んでくれ! これは絶対に、俺のためを思ってのことではないよな!?)

 心の声で尋ねるベイカー。すると彼の中にいる軍神タケミカヅチは、ロックとトロフト以上にニヤついた声色で返してきた。

(ロックは乳首攻め、トロフトは玉揉みでお前に変な声を上げさせようと企んでいる。実に素晴らしい先輩たちだな)

(やっぱり! どう考えても、俺の好感度を上げてくれるわけはないんだよ、この二人は!)

(えぇ~ん、助けてタケミカヅチ~、何でもするからぁ~! とでも泣きついてくるのなら、助けてやらんこともないが?)

(誰が言うか! ひっこめクソ軍神!)

(そうかそうか。まあ頑張れよ)

 器の人間関係に干渉する気など毛頭ないくせに、わざわざ怒りを煽ってから消える。実に軍神らしい性格のタケミカヅチに、ベイカーはもう一度問いかける。

(……本当に悪ふざけだよな?)

 タケミカヅチは答えない。「分かっているくせに」とでも言いたげに頭をポンポンと叩き、今度こそ完全に気配を消してしまった。

 憎むに憎めず、信頼するには危険な先輩。そんな二人に両脇をくすぐられながら、ベイカーは心に誓う。


 いつか絶対ぶちのめす、と。


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