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ss #010  作者: 柳田喜八郎
1/9

ss #010 < Chapter,01 >

挿絵(By みてみん)


 一向に収束する気配のない英雄ブームのさなか、その日はやってきた。

「面倒くせぇなぁー……今年は中止にしてくれれば良かったのに……」

「ぼやくなロドニー。さすがに今年は逃げきれん」

「地方任務を言い訳に棄権するわけにもいかないのよねぇ……」

 薄暗い廊下で話し合う三人。彼らの耳にも割れんばかりの歓声と勇壮な入場テーマ曲は届いている。

「大会に出るだけなら別にいいんですけど、竜退治の英雄が地方の支部員に負けたらどうするつもりなんですかね? 騎士団的に、それってけっこうマズイんじゃあ……?」

「お前は負けるつもりなのか?」

「いえ、勝つ気で戦いますけど……参加者のリスト見ても、聞いたことがない名前ばっかりで……」

「ああ、それは俺も気になっていた。例年なら貴族の子弟と名の知れた士族ばかりが出てくるのだが……」

「それって、これまでずぅ~っと地区予選が八百長試合だったってことでしょ?」

「やっぱりそうなんですかね?」

「副隊長もそう思うか」

「それしかないでしょ? 今回は全国生中継されるから、誤魔化しきれないと思ったんじゃないかしら?」

「ってことは、今回は……」

「叩き上げの猛者しかいない、ということだな……?」

 ベイカー、グレナシン、ロドニーの三人は、難しい顔で唸る。

 ただでさえ仕事が山積みなのだ。パパッと戦ってサクサク終わらせて、本部に戻って書類の山を切り崩すことに労力を注ぎたいのだが――。

「さあ! 皆様お待ちかね! 特務部隊の入場です! 世界最大のドラゴンに真っ向勝負を挑んだ我らがヒーロー、人狼族のォォォ……ロドニイイイィィィ~・ハァドソオオオォォォーン!!」

 格闘技の大会ではおなじみの、独特な抑揚をつけた入場コール。ロドニーは両手で頬を叩き、姿勢を正してカーテンをくぐる。

 開ける視界。全身に浴びる歓声と、真正面から照らされるスポットライト。

 ロドニーの目に飛び込んでくるのは、国内最大の闘技場に集まった五万人の観衆である。例年設けられる貴族専用の桟敷席を廃止し、可能な限り席数を増やしたらしい。階段や通路部分にも立ち見客がずらりと並んでいる。

 あまりの歓声に圧倒されながらも、ロドニーは事前の打ち合わせ通り気さくな笑みを見せ、両手を振って歓声に応える。

「続いて登場するのは、竜をも欺く美貌の策士! 特務部隊副隊長、アリジゴク族のォォォ……セレン・ギ・エト・ティイ・グレンアシイイイィィィーンッ!」

 珍しく正式名称を呼ばれ、グレナシンは肩をすくめた。

「そこ、略称で良かったのに」

「ロドニーは略称なのにな?」

「ねえ?」

 カーテンをくぐり、こちらも打ち合わせ通り、優雅にお辞儀をしてから投げキッス。王宮式部省から指定されたキャラクターに沿った演技をしなければならず、特務部隊の面々はなにかと苦労をしている。

「そして最後は、特務部隊の最終兵器! 反則級の巨大魔導砲をぶちかましたあの男! 特務部隊長、スァイトゥオオオォォォー・ベェェェイカアアアァァァーッ!!」

 そこまで巻き舌ビブラートを利かせなくても良いのでは?

 そう思いながらカーテンをくぐり、剣を抜いて胸元に構え、誓いの言葉を口にする。

 気さくなヒーロー、美貌の策士、女王に全てを捧げた忠実な騎士。式部省の指示書によれば、三人はそういうキャラクター設定になっている。本人たちの素の言動を知る者にとっては、合っているようで合っていない、微妙なムズ痒さを感じる演技である。

 三人は司会者によるプロフィールの読み上げを聞きながら闘技場の中を半周し、それから用意された席に着く。特務の前に入場した各隊の代表選手と軽い会釈や握手を交わし、ルール説明、注意事項、対戦カードの抽選方法などのアナウンスをぼんやりと聞き流す。

 そして壇上に騎士団長と王宮式部省の担当事務官が上がり、順番に開会の口上を読み上げていく。いいかげん聞き飽きたテンプレートご挨拶が終了すると、音楽隊による国歌の演奏があり、最後に五発の空砲。


 これにて毎年恒例、騎士団全部隊代表者による『夏季武術大会』が開幕した。


「さあ! 第一試合は誰だアアアァァァーッ!?」

 司会席の真上に取り付けられた巨大モニターに映し出されるのは、抽選箱に手を突っ込むマルコの姿である。箱の中には参加選手の名前が書かれた紙が入っている。同一部隊での対戦を回避するため、三つの箱にランダムに振り分けられている。誰がどの箱に放り込まれているかは、振り分けた本人にも分からないシステムだと説明されていた。

 慎重に紙を取り出したマルコは、カメラに向かって名前を読み上げる。

「東部国境警備部隊、ラウ・ダオファン! 西部国境警備部隊、マイキー・テッサリオス!」

「おおーっと! これは初戦から熱い! 東西国境警備部隊対決だあああァァァーッ!」

 名前を呼ばれた二人が立ち上がり、闘技場の中央、特殊結界を張ったリングに向かっていく。

 この試合は武器も魔法も自由に使える。出場選手には《銀の鎧》がかけられているため、全力で戦っても致命傷を負うことは無い。各部隊から三名ずつ選出された選手が一対一で戦い、最後まで勝ち抜いた一人だけが表彰されるシステムだ。敗者復活戦や三位決定戦は無く、シード枠や会場を盛り上げるための特別対戦カードも用意されていない。すべての試合が現場抽選で、トーナメント表のようなものは一切存在しない。

 つまり、本当に誰と当たるか分からないのだ。

 魔法属性や使用武器の相性次第では、特務の三人も無様に初戦敗退する可能性がある。

 いったいどんな試合になるのか。

 誰もが手に汗を握る第一試合は、冒頭から想定外の対戦となった。

「行くぞ! 《バスタードドライヴ》!」

「ハッ! そいつは無駄だぜ?」

 ラウ・ダオファンはナイフ使い。速度強化の魔法を使って速攻を仕掛けた。

 対するマイキー・テッサリオスは魔導式猟銃の使い手だった。彼は試合開始と同時に《スパイダーネット》と呼ばれる魔弾を自分の足元に乱射。これは粘着性のある網で野生動物を絡めとる非殺傷魔弾で、地方の農村支部ではごく一般的な装備である。

 足を踏み込めば絡めとられるネバネバゾーンで半径三メートルの安全圏を確保。それから《シープス》という麻酔効果のある魔弾を使った。

 ラウ・ダオファンは火炎系魔法での攻撃を試みるが、マイキーは《シープス》の高速連射で弾幕を張り、相手に狙いを定めるだけの時間と体勢を作らせない。そしてそのまま弾数の多さで押し切り、麻酔弾の豪雨を浴びせる。

 いくら殺傷能力の低い麻酔弾といえども、こうも連射されては防ぎきれない。《銀の鎧》の耐久限界直前でレフェリーストップがコールされ、ラウ・ダオファンは一撃も当てることなく初戦敗退した。

 ざわつく場内。特務の三人も顔を見合わせ、他の選手らと同様、属性と武器相性について話し合う。

「まずいぞ。飛び道具が相手では近接武器は役に立たん。魔導式短銃を主力に考えたほうがいいかもしれんな」

「でも、装填時間が長いのは使えませんよね? 俺の、最初から一撃必殺用にチューンアップされてるんですけど……?」

「《デスロール》と《ティガーファング》はあきらめろ。おそらく、使わせてもらえない」

「狩猟用の麻酔弾とは考えたわね。あれ、殺傷力が低い代わりにチャージタイムほぼゼロで連射できるのよね……」

「《クリームパイ》と《カンナビス》なら連射可能だが……」

「朝っぱらから全国生放送でアヘ顔勃起はマズイんじゃないかしら? お茶の間の空気が凍るわよ……?」

「ガンギマリのジャンキー状態にするのもマズイと思うんですけど……?」

「だよな? 俺はなぜこんな銃を装備しているのだろうか……」

「深夜のテンションって怖いわねー」

「マフィア相手なら容赦なく使えますけど、公式戦では無理ですよね……」

「ああ、大誤算だ。困ったな」

 具体的な対策が一切浮かばないうちに、第二試合の対戦カードが決まってしまった。

 モニターに映るマルコが二枚の紙に記された名前を読み上げる。

南部国境警備部隊(シュプリームス)、トロフト・ブルーマン! 南部治安維持部隊(ジョグトロット)、ペルマ・ルアン!」

「第二試合は南部対決だアアアァァァーッ!? 海賊退治の達人、シュプリームス最強の純血魔族(ノスフェラトゥ)! 前回優勝者トロフト・ブルーマン!! いったいどんな戦いぶりを見せてくれるのか! 対するペルマ・ルアンは今年入団の新人! 十八歳の完全無名ルーキーだぁぁぁーっ! 学生時代の公式試合出場記録なども一切見当たりません! 彼は何者なのか!? ジョグトロット代表に選ばれた実力を、この場で余さず見せてくれぇぇぇーっ!!」

 煽る司会者。だが、立ち上がってリングに向かう彼と、見送る仲間の顔を見て誰もが気付いていた。


 南部治安維持部隊(ジョグトロット)の代表選考は、他の部隊と真逆の基準でおこなわれている。


 ジョグトロットは戦闘力に特化した部隊ではない。捜査も追跡も人海戦術で、個の能力より団体行動が重視される。だからこの大会で優勝したことはなく、二回戦に進んだ回数も片手の指で数えられるほど。どうせ負けるなら言い訳が立つようにと、新人の中から完全無名の市民階級者を選んできたようだ。

 予想通り、結果はトロフト・ブルーマンの勝利に終わった。しかし、そこは前回優勝者の余裕か、トロフトはペルマが戦いやすいよう剣ではなくナイフを使った。本来の戦闘スタイルを封印し、騎士団員養成科で教える基本の型通りに足を運んで、ペルマに攻撃させてから自分が動くことで『間一髪躱している』ように見せかけていた。

 戦いなれている騎士団員の目には『ヒヨッコに指導してやる先輩』として映っているが、スタンドを埋める一般市民らは、これを『そこそこいい試合』と思って観戦していた。


 若い騎士が恥をかかないように。

 故郷の親御さんや部隊長の顔に泥を塗らないように。

 けれども手加減しているとは分からないように。


 絶妙な立ち回りを見せるトロフトに、選手一同、声にならない唸り声を漏らしていた。まともに戦うより、こちらのほうがよほど難しい。トロフトが『いい試合』を見せて勝利したことで、他の選手たちには、先ほどの試合とは方向性の異なるプレッシャーがかかっていた。

「隊長、ヤバいですよこの空気。場合によっては、全力を出したらそのほうが恥ずかしい、みたいな……」

「ああ。誰と当たるか分からんが、明らかに格下の相手とマッチングした場合は注意が必要だな」

「アタシ、そういうの本当に苦手なんだけど……」

「奇遇だな副隊長、俺もだ」

「俺だって手加減とかマジで無理ですよ」

「稽古をつけていると分かって良いのなら、いくらでも手加減できるのだが……ううむ……」

 そんな会話をしているうちに第三試合の対戦カードが決まり、名前を呼ばれた選手たちがリングに上がっていく。

 次のカードは北部と東部の治安維持部隊対決。どちらの選手も正統派の剣術を用い、相手を捕縛するために《緊縛》、目くらましに《閃光》、間合いが開いた場合は《火炎弾》を放った。全く同じ戦闘スタイルで、なおかつ実力はほぼ互角。押しつ、押されつの激しい攻防を繰り広げたこの対戦は大いに盛り上がり、スタンドのテンションは一気に押し上げられた。

 最終的には北部の選手が勝利したが、観客は双方に惜しみない拍手を送っている。

「うへぇ~……いろんな意味で難易度が爆上がりしていく……」

「ヤダもう、何これ。スタンド席スッカスカでやってた去年までのは何だったの……」

「クソ……こんなに客が入るなら、売店の経営権を買っておくんだった……!」

「儲け損ねたわねー。これだけ騒いで汗かいてれば、みんな途中でタオルとかTシャツとか買いに行くはずよ?」

「一番安いポップコーンとフライドチキンの売り上げだけでも、軽く一千万は行きますね、これ」

「そこにビールやソフトドリンク、応援グッズ、マルコや俺たちの公式ブロマイド、騎士団オリジナルグッズの売り上げが加わると……クッ……億単位の儲け話をみすみす逃すことになるとは……っ!」

「でも、今だけよねー」

「来年はまたスッカスカですよ、どうせ」

「ああっ! 一度きりのビッグチャンスだったのにっ!」

 悔しがるベイカーだが、いつまでも売店の収益について考えてはいられなかった。

南部国境警備部隊(シュプリームス)、ウルラート・ガルシア! 特務部隊(ジリオンスターズ)、サイト・ベイカー!」

 響き渡るマルコの声に驚き、バッと顔を上げる。

 ウルラート・ガルシアはシュプリームスの副隊長である。魔法属性は毒と幻覚。彼は水陸どちらでも活動可能な海蠍族で、種族特性として魔法攻撃がほとんど通らない。そして最悪なことに、彼の武器はカスタムメイドの可変機構銃砲バンビーナ。ベイカーのBeauty & Stupidとほぼ同系、『社会的に死ぬタイプの弾』を発射する。

 カワイコちゃんvs.恋の奴隷。これは現在想定しうる組み合わせの中で、最低最悪の対戦カードだった。

「なんつー組み合わせで引くんだよマルコぉっ!」

「完全に18禁コンテンツじゃない!」

「どちらが勝ってもコンプライアンス違反だぞ……っ!」

 特務部隊の三人同様、シュプリームスのほうも気まずい顔で何かを話し合っている。

 しかし、コールされてしまったからには仕方がない。ベイカーとガルシアは硬い表情のままリングに上がる。

「ガルシア副隊長、まさかとは思いますが、本気ですか?」

「もちろんだ。サンライズコーストの愛すべきクソ野郎どもは、僕が勝つほうに全財産を突っ込んでいるからな」

「そうですか。では、俺も全力でヤらていただきます!」

「どちらがイッても、恨みっこなしだ!」

 試合開始のゴングと同時に、二人は同時に銃を抜く。

「魔弾装填! 《クリームパイ》!」

「魔弾装填! 《ロリポップ》!」

 短時間チャージでは可変機構銃砲そのものに変化はない。双方、短銃形態のまま撃ち合う。

「うおおおぉぉぉーっ!」

「るあああぁぁぁーっ!」

 一発でも食らえば社会的に死ぬ。ベイカーもガルシアも、これまでに経験したどの戦いよりも気迫に満ちていた。

「さすがは特務部隊長! なんという高速連射!!」

「ガルシア副隊長もとんでもない腕前だ! これが『南天一番星(シュプリーム・スター)』の実力か!」

南天一番星(シュプリーム・スター)から無限星界(ジリオンスターズ)への昇進者はいないと聞くが……実際のところ、どちらが強いのだ? 本当はシュプリームスのほうが強いという噂もあるが……?」

「なあ、これ、魔弾に魔弾を当てて撃ち落としているよな!? 二人ともどういう動体視力してるんだよ!?」

「どちらも精神攻撃系の魔弾か。どのような効果の弾か、公表されていないのが気になるな……」

 詳細を知らない選手らは真剣な顔で観戦している。だが、事情を知るシュプリームス、特務部隊、近衛隊の面々は気が気でなかった。ベイカーの《クリームパイ》は撃たれれば強制勃起してしまう『性的刺激を与える魔弾』だし、ガルシアの《ロリポップ》は魔弾の射手、つまりはガルシアを『最愛の彼氏』、自分を『カワイイ彼女』、今いる場所を『シャワーを浴び終えたベッドルーム』と思い込む質の悪い洗脳系。人によって効き目に強弱はあるが、直撃すれば社会的に無事ではいられない。

 二人は正確な射撃を続けながら、徐々に魔法攻撃を織り交ぜていく。

 ガルシアは幻覚作用のある毒を、ベイカーは《雷火》を。

 海蠍族に攻撃魔法は通らない。ベイカーは自分に向かって飛ばされる蠍の毒を火花放電で迎撃しているのだ。

「うわ……隊長が守りに入ってる……」

「仕方ないわよ、雷撃が効かないんだもの。この弾数を掻い潜って剣の戦いに持ち込むのは不可能だし……」

「んん~……大技発動させるほどの隙はねえし、隊長は呪符なしゴーレムは作れねえし……」

「このままガルシア副隊長の魔力切れを待ちたいんじゃないかしら?」

「それ、かなり無理ゲーじゃないですか? 海蠍の体力って半端じゃないですよ?」

「そうなのよね。このままじゃ勝ち目ゼロなんだけど……」

 そんな心配をする部下たちの前で、ベイカーはとっておきの秘策を披露する。

「発動、《バスタードドライヴ》! そして追加発動……《狂装》っ!!」

「えっ!? マジかよ!?」

「嘘でしょ隊長っ!?」

 ベイカーは《狂装》を使った。

 同じ系統の強化魔法《雷装》が雷の鎧、《火装》が炎の鎧なら、《狂装》とは何を纏う魔法呪文か。それは当然、言葉通りのモノである。

「ウォオオオオオォォォォォアアアアアァァァァァーッ!!」

「なにを……っ!」

 今のベイカーは、目の前の敵に攻撃するだけの狂戦士と化している。

 狂気の鎧を纏った人間にためらいは無い。作戦も無ければ段取りや定石、論理的な対応動作も皆無。正確無比な射撃テクニックですべての攻撃を迎撃していた相手が、突然力任せの強行突破スタイルにチェンジしたのだ。ガルシアはこの変化に対応しきれなかった。

「ぐふっ……!?」

 回避行動・防御動作ゼロ。魔弾ロリポップを全身に浴びながらの正面突破攻撃。

 ベイカーの左アッパーカットが、ガルシアの右脇腹をえぐる。

「ハアアアァァァッ!!」

 《狂装》発動状態のまま立て続けに打ち込む拳と足技。ベイカーは《バスタードドライヴ》によって攻撃速度を強化し、身体の軽さゆえの打撃力不足を補っている。

 海賊船への強行突入を得意とするガルシアであっても、この状態のベイカーには敵わない。なぜならベイカーは『発狂した素人』ではなく、『殺意以外の雑念を捨てた戦士』だからだ。基本の型から外れた動作をしていても、鍛え上げた体幹には一切のブレが生じない。打撃も斬撃も最短最速、最大破壊力でヒットさせる動作が体に染みついている。とにかく速く、鋭い。

「うっ! クソ……このっ! ……っ!」

 ここから先は一方的な勝負だった。

 約三分間続いたベイカーの攻撃と、ガルシアのギリギリの防御。《狂装》の魔法効果が切れるころには、ガルシアは立っているだけで精一杯といった有様だった。

「あー……クソ……ここまでフルボッコにされるとはなぁ……」

「……よし……なんとか凌ぎきれたか……」

「ベイカー、最後に聞かせてくれ。なぜロリポップが効かない? 直撃していたはずだが?」

「簡単な話です。恋心よりも殺意が勝る。別れ話にありがちなことでしょう? 精神攻撃を受けると分かっているなら、あらかじめそれ以上の魔法をかけておけば問題ありません」

「なるほど。君もド修羅場を潜り抜けてきたということか……」

「それはもう、これまでに何度も。世界で最も恐ろしい刃物は、女性が手にした果物ナイフであると断言できます」

「ああ、僕にも覚えがある。あれは本当に恐ろしい。なにしろ、刃物を持ち出された時点で男の負けが決まっているからな……」

「ガルシア副隊長、貴方とは仲良くなれそうです」

「終わったらプライベート端末の番号を教えてもらえるか?」

「もちろん、喜んで」

 南部と中央の遊び人同士、妙なところで意気投合してしまった。

 二人はフッと笑い合い、銃を収め、剣を構えて向かい合う。

「では、ここからは正統派で行きましょう」

「ああ、そうだな。いざ尋常に……」

「勝負ッ!」

 極細のレイピアで突き込むベイカーと、ゆるく湾曲した海賊刀で斬り込むガルシア。異なる剣術の達人同士の真剣勝負に、闘技場は大いに盛り上がる。

 冒頭の魔弾の撃ち合い、中盤の打撃戦、そして最後は魔法なしの剣術勝負。これ以上ないほどエンターテインメント性の高い試合運びに、出場選手は一人の例外も無く冷や汗をかいていた。


 お願いだ、もうこれ以上難易度を上げないでくれ。


 出場選手は三十六名。一回戦だけであと十四試合あるのだ。こんなに盛り上げられてしまっては、明らかに格下の相手と当たっても『適当な消化試合』にはできない。『そこそこいい試合』か『いい試合』以上の見物でなければ、場内の観客、テレビ中継を見ている全国の市民から「あの選手はたいしたことがない」と言われてしまう。

 自分は誰と当たるのか、どんな試合運びができるのか。必死に考える出場選手たちの目の前で、ついに決着がつけられた。

 ベイカーがガルシアの喉元に切っ先を突きつけ、ガルシアは剣を放して両手を上げる。

 レフェリーがベイカーの勝利を宣言すると、闘技場が揺れた。観客の歓声と立ち上がる動作で、ほんの一瞬、確かに足元が揺れていたのだ。

「うっわ、マジかよ!? 仮設スタンドならともかく、ピッチのほうまで!?」

「人間の動きで地面が揺れることもあるのね……信じらんないわ~……」

 互いの健闘を称えるハグ。それからガルシアはベイカーをヒョイと肩車し、どの席に座る客からも顔が見えるよう、リングをゆっくりと一周した。

 正々堂々と戦い、勝者を称え、観客の期待にも応える。

 ガルシアは初戦敗退という対戦成績でありながら、この瞬間、男女を問わずとんでもない数のファンを獲得していた。

「さっすが『サンライズコーストの色男』。魅せ所を知ってるわぁ……」

「トロフト先輩が『サザンビーチのナンパ師』でしたっけ?」

「ええ、そうよ。で、残る一人、ジミー・ウォンが『エノク島の人間核弾頭』」

「一人だけノリが違う……」

「いかにもトニーの弟って感じよね」

「ですね。奴とだけは当たりたくないです」

「てゆーか、この二つ名って誰が決めてんのかしら? アタシたちと近衛隊のは式部省の広報官がイメージ戦略の一環として考えてるみたいだけど……」

「入場の時にコールされてるんだから、団長がOK出してるってことですよね? 色男とかナンパ師とか、アリなんですね」

「一番ヤバイ二つ名つけられちゃったのって誰なのかしらね?」

 ロドニーとグレナシンが参加者名簿を広げていると、その間に次の対戦が決まった。

「西部治安維持部隊、ヒース・ロジャー! 東部国境警備部隊、イサム・タム・キタウ!」

 リングに向かう二人と、名簿に記された二つ名を見比べる。

「ヒースが『カラカラ砂漠のオアシススマイル』で、イサムが『肉ピザ大好き大食漢』?」

「あっらぁ~ん、たしかにオアシスって感じの癒し系顔してるわぁ~。ヒース君、ちょっと好みかもぉ♡」

「イサムのほうも見るからに肉ピザ好きそうな体型してますけど……あの重量でどう戦うのか、気になりますね」

「ここに出てくるくらいだから、ただのおデブじゃなくて筋肉も詰まってるんだろうけど……手持ちの武器、剣でも銃でもないわよね?」

「ナイフしか持ってなさそう……?」

 ナイフ使いと言えばシアンやゴヤのように引き締まった体型で、素早い身のこなしの男を想像する。重量級のスモウレスラー体型では、長槍を装備しても剣士とは戦えなさそうなものだが――。

「……なに? あれ……」

「えーと……?」

 試合開始早々、誰も知らない謎の武器による攻撃が行われた。

 見た目はおもちゃのヨーヨーである。糸の部分が自在に伸び縮んでいるが、伸縮動作を見る限り、ゴムやナイロンワイヤーではない。糸の部分は《緊縛》の鎖同様、魔力で造られたものであるらしい。

 そして何より気になるのがアタックの瞬間だ。ほんの一瞬だけ人間の頭蓋骨のようなものが出現し、対戦相手に噛みつこうとしている。

 あまりにも不可解な武器に、闘技場内がざわつく。するとすかさず、場内放送で解説が入った。

「おぉーっとぉぉぉーっ! こ、これはあああぁぁぁっ! イサム選手のためだけにカスタムメイドされた特殊魔導兵器、《グラトニー・スカル》だあああぁぁぁっ! イサム選手が手にしているヨーヨーは、なんと本物の人骨から削り出されています! この骨に餓死者の霊を取り憑かせ、対戦相手に噛みつくことで呪いをかけるのだとか! 皆さんご覧ください、この超高速のヨーヨーさばき! 触れれば呪われる人骨ヨーヨーによる、攻防一体の無敵の間合い! ヒース・ロジャー選手はこの呪いのヨーヨーを掻い潜り、イサム選手に攻撃を入れることができるのかあああぁぁぁーっ!?」

「の、呪いのヨーヨー……っ!?」

「そんな特殊武器を使う奴がいたのか!」

「触っただけで呪われるんじゃあ、剣で叩き落とすのも危ないかもしれないよな!?」

「あんなのどうやって攻略すればいいんだ!?」

 司会者の説明に怯える観客。霊的能力を持たない選手たちも見るからに動揺しているが、ツクヨミの『神の眼』で霊体を見ることができるグレナシンは、イサムの武器を鼻で笑っていた。

「なぁ~にが餓死者よ。アレに憑いてるの、イサムのご先祖様よ。悪霊でも何でもないわ」

「え? そうなんですか?」

「先祖代々そういう設定でハッタリかまして、人を怖がらせて荒稼ぎしてきたんじゃないかしら。先祖の霊もセコイ顔してるもの」

「うわ~、インチキ霊感商法かよ~」

「見なさいよ、あの余裕面。多分アイツ、自分以外の霊的能力者に会ったことないわよ。一度でも見破られたことがあったら、こんな大勢の前であんなお粗末な武器振り回してらんないでしょうよ」

「あれ? でも、気のせいでなければ対戦相手のヒースって奴……ビビってませんよね?」

「そうね。もしかしたら、彼にも見えてるのかしら?」

 オアシススマイルのヒース・ロジャーは動じることなく剣を構え、ガチガチと歯を噛み鳴らす半透明の頭蓋骨を観察している。

 この武器の軌道は読みやすい。伸縮自在の魔力の糸を使っていても、動き方は普通のヨーヨーと同じ。途中でありえない方向にカーブしたり、空中で静止することはない。普通のヨーヨーと違う点は糸が長めに伸びることと、伸びた先で霊による呪詛攻撃が行われること。落ち着いてその二点に注意を払えば、あとはどうということも無い武器である。

 ヒースは軽く三歩後ろに下がり、両手を掲げて魔法を使った。

「発動! 《バーティカルガイザー》!!」

 両手から出現する大量の水。これはその名の通り『垂直に噴き出す間欠泉』に見える水の魔法で、本来は攻撃用ではない。火災現場や土木工事で重宝されるタイプの魔法呪文だ。しかし、そんな魔法でも使い方次第では武器になる。

 ヒースの手からあふれ出す水の量は常識的なレベルを超えていた。

「がぶっ……だぶべっ! あばばばばばばっ!」

 噴出した水は綺麗な放物線を描き、イサムの頭上へ。圧倒的水量を真上から浴びせられ、イサムは溺れながら転倒。水に押されてリング上を転がっていく。

 この大会に『場外』という判定は無い。リングの四辺は特殊結界で閉ざされていて、観客席に攻撃魔法や呪詛、銃弾やナイフが飛んでいかないよう、きっちり密閉されている。

 そんな閉ざされた空間内で大量の水を出現させればどうなるか。それは当然、その場に溜まるに決まっていた。

「ひっ! ひいいいえええぇぇぇ~っ! た、たた、助けて! 俺は泳げないんだあああぁぁぁ~っ!」

 バシャバシャともがくイサムの姿に、観客は大爆笑した。

「なんだあいつ! 変な武器持ってきた割に、全く役に立たなかったじゃねえか!」

「みっともねえなあ! それでも騎士か!」

「ひっこめ肉ピザ野郎! 少しは痩せろ!」

 イサムが降参を宣言し、この試合はヒースの勝利となった。

 だが、大いに盛り上がる観客たちとは裏腹に、選手たちは真剣な顔で対処法を考えていた。

「副隊長、ぶっちゃけトークいいですか?」

「なによロドニー。アンタがぶっちゃけてないことってあったかしら?」

「俺、雷獣と当たったら多分負けます。十五メートル四方の密閉空間で《雷陣》とか使われたら逃げ場がありません」

「アタシの場合は……そうねぇ? 雷獣も怖いけど、同じ属性の昆虫系種族がいたらかなりヤバいかしら。対戦相手の能力次第では、マッチングした時点で敗北決定ね」

「マルコのくじ運を信じるしかありませんね……」

「アンタ、マルちゃんのこと信じられるの? あの子、さっきからドンピシャでヤバイ組み合わせしか引いてないわよ?」

「何の呪いですかね……?」

 モニターに映るマルコは、次の抽選箱に手を突っ込んでいた。ガサガサと下のほうからかき回し、名前の書かれた紙を一枚ずつ取り出す。

北部国境警備部隊トレアドール、ロック・ディー・スコルピオ! 中央治安維持部隊ピースメイカー、エディー・ビスマルク!」

「うおおおぉぉぉーっ! ここで登場! 優勝候補の一人、極寒の地に荒れ狂う猛毒の蠍、ロック・ディー・スコルピオ!! 昨年に引き続き、今年もその強烈な毒針攻撃を見せてくれるのかあああぁぁぁーっ!?」

 名前をコールされた時点で、対戦相手のエディーは仲間に「ごめん」と声をかけている。

 そう、マッチングした時点で敗北が決定したのだ。

 二人はリングに上がり、試合開始の合図とともに剣を交える。

 どちらも使用武器は騎士団の標準装備品だ。剣の長さは同じで、体格も運動能力もほぼ同じ。双方の間合いや動作に大きな違いは無い。だが、一つだけ異なることがある。


 ロックには二本の腕のほかに、毒針を備えた長い尾がある。


 斬り結ぶたび、ロックの身体の後ろから鋭い毒針攻撃が繰り出される。エディーにしてみれば、完全な死角から『三本目の腕』で斬り込まれているようなものだ。避けるにも防ぐにも尋常ならざる反射神経と集中力を要する。

 ロックの手元に集中すれば足元や頭上から毒針が。毒針を警戒すれば激しい剣戟に競り負ける。どちらにも注意を払おうとすれば、生まれた隙を容易に突かれる。

 このような状況で一発逆転の策があるとすれば、それは魔法による攻撃なのだが――。

「く、この……《火炎弾》!!」

「効くか!」

 ロックは避けなかった。防御もせず、真正面から《火炎弾》を食らう。しかしロックにダメージは無い。その理由は、ネーディルランド国民なら誰もが知っていた。

「はあああぁぁぁっ!」

「うっ! ぐっ! くぅ……っ!」

 毒針で滅多刺しにされるエディー。意地だけで戦い続けているが、もう誰の目にも彼の敗北は見えていた。

 ロックはその外見と『スコルピオ』の名が示す通り、蠍族の人間である。海蠍のガルシア同様、攻撃魔法が効きづらいという種族特性がある。同じく魔法防御力が高いこの二種は、事あるごとに比較され、どちらがより優れているか論じられることが多い。


 海蠍が水陸両棲の種族なら、陸にしか住めない『ただの蠍』は海蠍に劣るのか。


 答えは否だ。

 海蠍は海中で襲われれば陸に上がり、陸で襲われれば海に逃げ込む。強敵に出くわした際、海蠍には『逃げる』という選択肢がある。だが蠍族には『戦う』以外のコマンドが存在しない。

 戦って戦って、戦い続けて死ね。

 そんな言葉が『美学』として語り継がれるほど、蠍族は戦闘に特化した種族なのだ。

「ストップ! ストーップ! 両者、攻撃をやめてください! これ以上はエディー・ビスマルク選手の命にかかわると判断し、ロック・ディー・スコルピオ選手の『判定勝ち』といたします!!」

 本日二度目のレフェリーストップ。

 あまりに容赦ない攻撃に、選手も観客も、青ざめた顔で押し黙ることしかできない。

 医療スタッフに運び出されていくエディーはピクリとも動かず、その顔は紙のように白かった。

「……副隊長。俺、もし勝ち進んでもロックが相手だったら棄権します」

「そうしてちょうだい。アンタが抜けたら、片付かない仕事が増える一方だわ……」

 ロックとエディーがいなくなったリング上では、運営スタッフがリングの整備を始めている。ここで一旦、特殊結界を張り直すらしい。

 戦い終えた選手たちはメディカルチェックを受けるため、奥に引っ込んでしまう。ロドニーはベイカーに相談したいことがあったのだが、次の対戦カードが発表されるまでは席を離れることができない。

 そわそわとマルコの抽選を待っていると、ここでマルコの奇跡的に最悪なくじ引きの才能が発揮された。

「特務部隊、ロドニー・ハドソン! 近衛隊、ヴィクトル・ベイカー!」

「マ・ジ・カ・ヨォ~……」

「あっらぁ~……あの人、たしか隊長の親戚よね……?」

 雷獣対策を一緒に考えてもらおうと思っていたのに、その前に雷獣に当たってしまった。それもベイカー家の人間だ。間違いなく強い。

「ま、やれるだけやってらっしゃい」

「はい……」

 トボトボとリングに向かうロドニー。その姿を見送りながら、グレナシンも溜息を吐く。

「やれるだけって言っても……残ってるのって、ほとんど雷獣なのよね……」

 近衛隊は三人全員が雷獣。そのほかの部隊も攻撃力のある隊員を選抜した結果、かなりの確率で雷獣が代表入りしている。ロドニーが言ったように、リング全域を覆いつくすような広範囲型魔法を使われたら逃げ場がない。

「……アタシ、初戦敗退するかも……」

 肩をすくめてぼやくグレナシン。しかし、ぼやいているのは彼だけではない。他の選手たちも同じように溜息を吐き、ぼやき、難しい顔で首を横に振っている。

 みんな分かっているのだ。

 運よく二回戦に進めても、サイト・ベイカーやロック・ディー・スコルピオ、トロフト・ブルーマンがいる。あんなバケモノどもに勝つ方法は、どこを掘っても出て来やしないということを――。


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