1 彼女の場合
予約忘れてました。
最初の印象は、特徴のない男の子だった。とにかく影が薄くて、目を離したら消えそう、って子供心に思う位の。
彼が施設に来たのは、十二月の終わり頃、丁度クリスマスで皆が浮足立つ頃だ。そういえば私がここに預けられたのも、丁度その位の時期だったっけ?年齢も同じで、似たような境遇。それでも最初は一人でいる事が多くて、部屋にいるか縁側で一人、何をするでもなくボケーッとしている姿を良く見かけた。なんとなく、お爺ちゃんみたいだな、って思う。
「ねえ、―――君。将来、やりたい事とかってあるの?」
「僕は、特に無いかな。ずっと、明日より先の事なんて、考えられなかったから。今日は生きていられるかな、明日も朝になったら起きられるのかな、そんな事ばかりが頭にあったしさ」
半年も一緒に過ごした頃、やっと普通の会話が出来るようになった。それまでは話って言っても、うん、とかそうだね、とか。相槌みたいな言葉しか、返してくれなかったっけ。
吐き気がした。どうして自分の子供なのに、大切にしてあげられないのか、って。私にはまだ先の事だけど、子供が出来ればきっと大切に育てるし、そうありたいと思う。私は親の顔を知らないからこそ、そう思うのかもしれないけれど。
それでも、私に出来る事なんて、殆ど無い。だって、私も子供なんだから。
私は、本当の両親の顔を知らない。私が知っているのは、私を十年間育ててくれた、とある町の老夫妻だけだ。
その二人が住んでいたのは、お母さんの実家だった。駆け落ち同然で家を飛び出したにもかかわらず、いきなり帰ってきて、生まれたばかりの私を置いて行ったらしい。お母さんは写真が嫌いで、学校の卒業アルバムなんかは全部、処分していた。突然家を飛び出して音信不通になったくせに、いきなりの帰省。泣いてばかりだった私でも、お祖父ちゃんの胸に抱かれると、すぐ泣き止んだそうだ。施設に預けるつもりだったのが、私がすぐ懐いたせいで、預けられなかった、といつだったか聞かされたっけ。
お世辞にも裕福とは言えない家庭だったけど、私はそこが好きだった。学校から帰れば、いつも今日はどうだった、楽しかったかい?と尋ねてくるお祖母ちゃん。家の裏にあった小さな畑では、お祖父ちゃんが野菜の手入れや収穫をしている。収穫した野菜の一部が私達のおかずとなる。優しいだけじゃなくて、私が悪い事をすれば、当然叱ってくれる。学校の授業参観にだって、脚が悪いにもかかわらず、毎回参加してくれた。そんな二人がいなくなったのは、本当に突然の事だった。
毎週金曜日になると、三人で買い物に出掛けた。歩いて二十分位の所にあるスーパーで、明日は何が食べたい?といった事を話しながら。
事故だった。歩道に突っ込んできた車から逃がす為に、二人で私を突き飛ばして。記憶にある限りでは、二人は最期に笑っていた。私を安全な場所に避難させる事に、成功したから。
一人になった私は、引き取り手がいない事に気付いた。お父さんの親戚からは厄介者扱いされ、お母さんの方は祖父母以外に連絡の付く相手がいなかったからだ。私は、二人に助けられたから、無理にでも笑って過ごした。そうしないと、命を張って守ってくれた二人が、悲しむだろうから、と。とにかく、悲しかった。二度と二人の温かい手に触れられない、あの優しい手で頭を撫でてもらえる日が、二度と無いと考えたら。
施設に預けられたのは、二人のお葬式が終わった半月後だった。私以外に六人いたけれど、同い年の子はいない。一番年が離れていて五歳、近い年齢の人だともうすぐ十二歳って言ってたっけ?
そう、君に出会ったのは、その二年後。覚えてるかな?君がふらっと出掛けて行って、帰って来なかった日の事を。寒空の下で、君は一人、膝を抱えて座ってたよね。それを見つけたのは、私。君の心は、あの雪のように冷たくて、体まで冷え切ってた。一年間、私はずっと君の傍にいたよ。そろそろ、心の雪は溶けたのかな?