プロローグ
ずっと書いてみたい、と思っていた作品です。
冒頭部分だけ書いて半年、ずっとプロットのまま放置していましたが……。
最後までお付き合いいただければ幸いです。
春、あなたに出会えて良かった。凍り付いていた僕の体と心を、優しく溶かしてくれたあなたに。
夏、君に出会えて良かった。うつむいていた僕の背中を押して、少し前を向く力をくれた君に。
秋、あなたに出会えて良かった。一人ぼっちで座り込んでいた僕の手を、優しく引いてくれたあなたに。
冬、君に出会えて良かった。夜空の下に座り込んで、一人で泣いていた僕を見つけてくれた、そんな君に。
この物語は、『僕』と『君』が出会った頃の、そんなお話。だから、『あなた』の出番なんて、実は存在しない。だってほら、本当の主人公は『君』なんだから。
「この世界に、あなたの存在する価値はありません」、そんな事、言われる前から知ってる。別に好き好んで生まれてきたわけじゃない。
「あんたなんか、生まなければよかった」、僕に言わないでほしい。勝手に僕を産んだくせに、僕に八つ当たりしないでくれ。
僕の自己紹介なんて、必要ないと思う。ありふれた名前だし、特別誰かに自慢出来る事も無いのだから。
「―――君って、誰だっけ、それ?あー、そんな人、うちのクラスにいた?」
小学校にいた頃の僕は、六年間を通して、誰からも記憶されなかった。出欠確認で名前を飛ばされるのは日常茶飯事で、担任すらもそれに気付かなかった程度には。それでも僕は、それを悲しい事だと思わなかった。本当に悲しい(と、本来は思うべきだった)のは、何処に行っても、僕の居場所が存在しない事だ。
たとえば、自宅。父親の顔を、僕は知らない。生まれた時に他の女とくっついて、行方をくらませたらしい。母親は僕のせいでそうなったと、毎日僕に怒鳴り散らす。食事は良くてコンビニ弁当で、大抵は缶詰やスナック菓子があるだけだった。
寝る場所も大抵が外で、公園の遊具に拾ってきた毛布や新聞紙を並べて、という事が多い。小学生の間はそんな日が続いて、それが変な事だと気付いたのは、母親が死んだあとだった。
どういう風に死んだのか、僕は覚えていない。というか、全く知らない。稼いできたお金の殆どはあの人が遊ぶ事に消えたから、病院に行くなんて選択は、金銭的な問題で出来なかった。六畳一間のアパートで、誰に気付かれる事もなく、息を引き取っていたらしい。だってほら、僕があの部屋に入れるのは、あの人がいない時だけだったんだから。
親類を知らない僕を待っていたのは、養護施設だった。日本に住んでいれば誰でも知っているような大企業の投資で、それなりに設備は整っていた。それでも贅沢をする余裕は無くて、今思えば学校の下宿、って言葉が似合う場所だったように思う。
「今日から皆の友達になる、―――君よ、仲良くしてあげてね」
そこには、僕と同じ位の子供が、十人位集まっていた。皆両親が死んだとか、捨てられたとかでここに来たらしい。それでも、この人たちと友達になるつもりなんて、これっぽちも無かった。どうせここにも居場所なんてない、そう思っていたから。
施設に入った二か月位過ぎた頃、僕は中学生になった。全く知らない場所、誰も知っている人のいない土地。誰かに覚えてほしい、なんて欲求は持っていなかった。ただ一つだけ、僕がここにいてもいいい、そう言ってもらえる場所が欲しかっただけなんだ。
「―――君、おはよ。どうしたの?」
声をかけてきたのは、同じ施設に住む女の子だった。僕と同い年なのはこの子だけで、後は一つか二つ年上か、ずっと年下の子ばかりみたいだ。学区が同じだから、当然中学校も一緒になる。ちょっと早めに施設を出てきたから、朝は顔を見ていなかった。
「あ、おはよ。凄いね、僕に気付いたんだ?」
教室内で、僕に声をかけてきたのは、この子だけだった。窓際の最後尾、そこが僕の席。そんな隅っこにいた僕に気付いた人は、他には誰もいなかったのに。
「何当たり前の事を言ってるの?だって君は、ここにいるじゃない。それよりほら、クラスは一緒で席も近いって、すごい偶然だよね。学校でもよろしくね?」
よく笑う女の子、最初の印象はそんな程度だった。一般的に見れば、可愛い分類に入る顔立ちなんだと、そう思う。実際、彼女の近くにいる男子は、その笑顔に見とれているのか、一瞬立ち止まるくらいだったから。
出来る限り、定期的に更新したいとは思いますが。
如何せん、仕事の都合もあるもので……。