好物が目の前にあるが、食べられない。食べてはいけない。
「バン!」
無造作に扉を閉め、部屋の奥へズンズン歩いて行く。
そのまま頭を抱えながら、窓枠をガンッと殴った。
「ハアァ、ハアァ、ハアァ、」
肩で息をしながら、頭を両腕の中に埋める。
こんなに強い欲求は久しぶりだった。
牢屋で格子越しに見たときから胸の中に疼くものがあったが、近づいて、かすかにその香りが鼻を掠めたときはもう少しで、手を出してしまうところだった。
「クイタイ、アノ、ヤワラカソウデ、アカミノアルニクヲ」
理由は分かっている。
彼女は “王の力” を持っている。
しかも、まだ幼く、自分の力のことも知らない。
契約があると言っても、コイツが “王の力” を得るチャンスをみすみす逃す訳が無い。
全力で、俺をけしかけているのだろう。
フウーーっと、深く息をついてから床に座り込む。
少しにやけながら、呟いた。
「やけど、俺はもう、決めたんや」
牢屋で見たあの強い、一直線の瞳は心の中の僅かな迷いを一掃した。
「俺がアイツを一人前まで育てる。」
しばらく考え込んでいると、下の階で、ギャー
ギャー騒いでいる声が聞こえてきた。
重い体を起こすと、刀を立てかけ、荷物を置き、自分でも驚く程汗だくの服を手早く着替えた。
我慢することには慣れている。
それに、弟子が二人になるのだ、しっかりしなけば。
そう考えながら、足早に部屋を後にした。