魔導師と刻紋。
目が覚めると俺の乗っている馬車の前には大きな門があった。
二十メートルはあるであろう外壁に囲まれたオリニア王国、その中心である王都を出入り出来る四つの門のうちの一つである。
「ん...。」
「おう、目覚めたか。」
「うん。」
俺たちの馬車は門の前に出来た行列に並んでいる。
王国に不審な者を入れないための検問を行う際に入国希望者が並んで出来る列だ。
行っているのは王国の兵士で、騎士と呼ばれる階級の者達でそれなりに腕は確かなので怪しい輩が門から王都に無理やり侵入することはとても難しく、どうしても侵入したい場合は二十メートルの絶壁を越えたりでもしなくてはならない。
もっとも、王都内を巡回してる衛兵達も強者揃いなのだが...。
フィロードは何度も王都に来てるので割とスムーズに通れるというが、他の者達はそれなりに取り調べなどを受けたりする必要があるのでまだ王都に入れるまで三十分から一時間程かかるだろう。
それまで暇なので雑談したり、王都でのスケジュールを確認したりした。
気付いている人もいるだろうが、俺はフィロードと打ち解けていて言葉も砕けている。
勝手に無礼かましてるわけではない。
鍛錬中に堅苦しいのはナシだと言われて始めは抵抗があった。
しかし、俺の相棒なんだから気にするなと言われてなんとかまぁ気安く話しかけられるようになった。
他の先輩衛士達ですら敬語を使うので今でも抵抗が無いわけではないが...。
「次だ!」
門番の騎士に呼ばれて進む。
「...おや?フィロードさんじゃないですか!」
「おう、この前の戦争ぶりだな!」
「そうですな!先の戦いでは本当に助かりましたよ!」
このオルニア王国と少し北にあるアイザーン帝国は対立関係にあるのだが、俺が転移してくる前の戦争にフィロードはオルニア側として参加していいて、活躍したので割と有名人である。
それ以前にも戦争に何度か参加しているというが。
「助かりましたじゃねぇよ!鍛錬が足りねぇ!俺が居なかったらどうするつもりだったんだよ!」
「...ははっ...そうですね...申し訳ありません。」
「おうおう、わかればいいんだよ。」
この通り騎士様相手にも容赦なくものを言う。
まぁ、そこが良いところでもあるが。
「...ありがとうございます。あ、検問はいいですよ、私がどうにかしておきますから。」
「おう、すまんな。んじゃリオン、行くか。」
「え...は...?良いんですかこんな緩々で...。」
「命の恩人だし良いんだよ少年。」
緩々な騎士様は笑みを浮かべて言う。
恩人なら顔パスでいいんだな。
「ところでフィロードさん、この少年は?」
「あぁ、弟子のリオンだ。こいつ才能あるからもうお前より強いかもよな!ハハハッ」
いつ弟子になったのだろうな。
鍛錬中は散々「相棒だから」と言われたのに。
突っ込んでも無駄なので俺は無視する。
「いやぁ流石に冗談キツイですよ...え...マジ?」
愉快に笑った騎士はフィロードと俺の顔を交互に見た後、汗をかきながら苦笑いを浮かべて聞いてきたが、俺たちは無言で通り過ぎたのだった。
────────────
王都に足を踏み入れると、これはまたデカイとしか表現しようのないところだった。
十メートル以上の建物が隙間なく立ち並んでいて、多くの人々で溢れかえっている。
大通りは馬車や竜車が通行しており、食べ物の屋台があったり、路上にお店を開いてる人もたくさん居る。
そして、もちろん普通の人間だけでなく、竜人や獣人といった他種族の者達も行き交っており、もうお祭りでもしているかのようである。
「いやぁ、いい街だ。そう思わないか?」
あちこちに目を走らせる俺をフィロードは横目でニヤリと笑って問いかけてくる。
「まぁ、なんていうか...凄いね。」
「種族関係なく笑顔の絶えないこの街は最高だよ。そのうちお前にもわかるさ!」
楽しそうに話すフィロードにつられて俺も笑顔で返したりと会話した。
そうこうするうちに俺たちは王都の中でも中心に位置する城の近くのとある建物の前に着いていた。
外装は白くとてもシンプルだが、とてもデカイ建物だ。
扉は両開きになっており、一歩中に踏み入ると僅かに肌がピリッとするような感じがした。
「おやおや...巨大な風のオドを感知したかと思いきやフィロード殿じゃないかの。」
「おう!あんたもだいぶ老けたな、ロンダム爺さん。」
「爺さんとな、おぬしの方が長い年月を過ごしてるじゃないか。」
フィロードがロンダムと呼んだ男...いや、爺さんは王都でも有数の魔導師であり、複数の魔術師を弟子にしているとんでもない人だとフィロードから聞いている。
魔導師は魔術師の中でも魔力の量、質はもちろんだが、使える魔法の種類や威力といった技量の面でも秀でている者達に与えられる称号だ。
そして、光適正である魔導師であるロンダムに今回は紋章を刻んでいただきに来たわけだ。
「この少年に刻めばよいのか...うむ...!?」
右手には刻印があるので、なんとなく左手の甲を差し出す。
それに触れた瞬間、ロンダムは驚愕の表情を浮かべた。
「どうした、ロンダム殿?」
「こやつ...予想以上にとんでもない量の魔力を持っているぞ!本当にオドなのかこれは?!」
「...なに!?」
次いで驚愕したフィロードは振り返って俺の顔をじっと見てきた。
ロンダムもじっと見ているもんだから調子狂うったらありゃしない。
しかし、とんでもない量となると少し...いや、かなりワクワクするというか。
「ふむ...とりあえず刻むとするかの。」
少し考え込んだロンダムは右手を俺の左手の甲にかざして呪文を唱え始める。
「────聖なる光よ。彼の者の力を示して刻まん。『刻紋』」
俺の左手の甲は緑色の光に包まれ、フィロードの左肩にあるものと同じ紋章が浮かび上がった。
「最初に感じた魔力はおぬしではなく少年のものじゃったのか...それなら当然適正は風じゃろうな。」
「ほう、俺の魔力もとんでもないもんかな?」
「いや、どうやら溢れ出していた分だけでおぬしのと勘違いする程じゃったからの...こやつは底知れぬ少年じゃな...。」
「えっと...俺ってそんなに魔力あるんですか?」
「そんなにって量じゃないぞリオン!俺でもそこいらの人間族の魔術師なんかの数十倍以上の魔力量なんだからよ!」
「うむ、少年の魔力量はワシの数百倍はあるのう。」
「爺さんの数百倍?!...俺は魔法を諦めて武術に専念するかな。」
ロンダムによると、どうやら俺は魔力量が途轍もないらしい。
あの自由奔放なフィロードが拗ねる程に。
それにしても...これはもう異世界での無双が確定したようなものだよな。
守界の刻印による絶大な力とはこれなのかな?
世界などパパッと救ってしまって元の世界に戻ろう。
満足して勝手に先の事を考えていた俺だったが、話はそれだけでは終わらなかった。
「しかしのぉ...非常に残念なのじゃが...。」
はいそうです待ってました。
どうせ、絶大な力とか言っておいて何か不利な点あるのだよ。
ロンダムという魔導師の申し訳なさそうな顔を見ればわかる。
俺は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「...ゲートが狭くて魔法で出せる威力の限界があるようじゃの。」
要するに魔力のタンクは途轍もなくデカイのだが、放出する口が小さくて一気にドバーンと出来ないのである。
「...限界ですか...それでどのぐらいの威力が出るんですか?」
「うむ、まぁ小山を吹き飛ばすぐらいであろうかの。」
うん。
十分強そうなので普通に大丈夫だと思った。
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しばらく談笑した後、俺たちはロンダムの家だと判明したデカイ白外装の建物を出て街を歩いていた。
「フィロード、あれ何?」
俺は屋台で売っている串に肉が刺さった食べ物を見つけて気になって聞いてみた。
見た目はただの焼き鳥のように肉をいくつか刺してあるのだが、サイズが問題だ。
一つ一つがまるで二百グラムのハンバーグのような大きさだ。
食い切れるのかアレは。
「ほう?ラントプス肉の串焼きが気になるのか...あれは美味いぞ!」
「へぇ...」
「そういや、爺さんと長話してて昼メシがまだだったな。買ってくか!」
フィロードはまるでコンビニでおにぎりを買うような軽さで屋台に向かっていく。
繰り返すが、肉がとんでもなくデカイのだ。
「おっちゃん、二つよろしく!」
「あいよ!」
他の客に紛れて注文し、銅貨を数枚渡して串焼きを貰ってくる。
村での収入はほとんどないが、戦争に参加して稼いでいるので大丈夫だ。
ちなみに参加する理由は稼ぎだけでなく、アイザーン帝国が気に食わないからだという。
なんたって男は幼い頃から戦力として育てられ、女は子作りから食料調達まで雑用をやらされるというからだ。
厳重な警備を行っている帝国の事情を何故知っているかというと、フィロードが帝国に潜入し実態を報告するという任務で実際に目にしたからだ。
帝国に潜入するのはさほど難しいことではないというが、一般人では到底無理だろう。
そんなわけで戦争に王国側としめ参加しているのだ。
「ほらよ!ん...うめぇぞ。」
俺に一本渡すや否やフィロードは自分の分の串焼きにかぶりつく。
それにならって俺も豪快にかぶりつく。
「...美味い!」
ラントプスがどういう生き物なのかは残念ながら知らない。
旨みが凝縮していて少し感じの硬い肉だが、とても美味しい。
無駄な脂がほとんど無い赤身の肉なので赤身肉が好きな俺は少し好感が湧く。
願わくばタレか何か欲しかったが、そのままでも美味いから気にしないようにする。
「お、気に入ったようだな。この肉少し硬ぇから女子供には若干不評なんだが、どうやらお前さんはもう一丁前の男のようだな!ハハハッ」
何か少しからかわれているような感じがしたので無視して食べる。
「...うん、美味い!ところで、ラントプスってどんな動物なんだ?」
「ん?あれだよ。」
フィロードが指を指す先を見てみると、ラプトルのようなやつが天井に吊るされているのが見えた。
「え、あれ食えるの...!?」
「そりゃあ食えるだろ。お前も手に持ってるじゃねぇか。」
「あぁ...まぁ...。」
明らかに食べる側にしか見えないやつが食われてるんですが。
しかし、あの見た目で草食動物らしいのでまぁ問題ないのかな?
しばらくして気にしないで食べることにした俺と、笑顔で肉にかぶりつくフィロードは次の目的地である武器屋に向かって歩き出すのであった。
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一方、同時刻の王都で。
「はぁ...はぁ...っ...。」
すすけたマントを羽織った一人の少女が路地裏を駆けていく。
中にはボロボロのワンピースを着ており、焦げ茶色の長髪はそのままで放ったらかしである。
そして、手には大切そうに何かを抱えている。
「居たぞ!こっちだ!!」
一人の男が少女を見つけたと同時に他の仲間と思われる男達に呼びかける。
一人の逃げる少女に対して五人程度の男達が追う。
「...っ!どうして...!」
体の小さい子供が一人通れるかどうかという隙間に少女は身を何とか入れて表の通りに出る。
「くっ、逃がすか!回って表に出るぞ!」
男達は引き返して走り去って行く。