夢?
『助け..て...』
暗い中、女性の声が聞こえた。
「誰だ...?」
返事はない。
体を動かそうにも体の感覚すら掴めない。
意識だけが漂っているような不思議な感覚に困惑する。
声の主を探そうにも周囲に広がっているのは暗闇だけ。
見つけたいと思えば思う程に自我が薄れていくような感じがして...でも、恐怖を感じるという事はない。
しばらくすると、再び声が聞こえてくる。
『...五年...後...に...闇...が...』
途切れ途切れの言葉を最後に俺の意識は遠のいて...
やがて途絶えた。
────────────
こそばゆい感覚と共に俺は目を覚ました。
「...っ...草...?」
幼い声が口から漏れた。
俺は草が生い茂っている森の中にいた。
周囲を見渡しても木々や草花...それと蛍?のような発光して飛び回っている生き物...
「...は?」
頭がおかしくなったのか?
俺はさっきまで自分の部屋で机に向かって参考書をひろげて...
(ん...寝落ちて夢でも見ているのか...?)
だがしかし、夢にしては随分とリアルだ。
すぐ側にある草を毟ってみたが感触もハッキリしているし匂いを嗅いでもきちんと青臭さを感じられた。
おまけに頬をつねっても痛い...。
「夢...なんだよな...?」
とりあえずいろいろと確認してみる。
今は西暦2048年...俺は大学に入学したてで...ん...?
自分の名前がハッキリしない...
それどころかここ最近の記憶しかない...気がする。
俺の名前は『リオン』...
そんな気がした。違和感しかないのに。
記憶が曖昧で本当の名前どころか歳や親の名前...何もかも思い出せない。
でもまぁ夢ならいつか覚めるだろう。
そうに違いない。
ひとまず立ち上がって周囲を見渡した。
木々の奥には木々が...森が永遠と続いていた。
「誰かいるか?」
周りに人がいるか確認しようとしたところで大事なことに気が付いた。
声が...おかしい。
自分の声には変わりないが幼いような気がした。
だが声だけじゃない。
手や足もどう見たって小さいし短い。
さっき立った時に感じた違和感もこれか。
「若返ったのか...俺は...」
ため息をつきながら呟いた。
夢とは寝ている間に脳が記憶を整理しているときに見るものだと思っていたんだが...どうして若返ったのだろう。
若返り願望?いやいやまだそんな歳じゃない。
きっと昔の記憶に影響されただけ。
...だと思っていた。
(なんだこいつら...)
蛍だと思っていた生き物達に近付いてみたら体長が15cm近くもあるんだが。
見た目は羽が付いた...少女...?
ちょっと待て...昔の記憶に影響されたんだろうがなんだろうがこれは明らかにおかしい。
どう見たってこれは童話や神話に出てくる妖精と呼ばれる生き物にしか見えない。
でも、そんなものを見た事はない。
なんでそんなものを見ているのだろう。
これは夢なんだよな...一体どうしてこんなリアルな...
と、思っていたその時だった。
「おい!何ジロジロ見てんだ!」
妖精が怒鳴った。否、妖精に怒鳴られた...。
「うわっ!?」
びっくりして俺は尻もちをついた。
「なんだよ、失礼な奴だなぁ!」
「しゃ、喋った!?」
「ったりめーだろ!妖精様だぞ?」
妖精は随分と偉そうに俺を見下している。
するとこちらに向かってもう1匹の妖精が来た。
「もう、カタリーちゃん!人間は危ないから近づくなってって大人達が言ってたでしょ!」
「だーいじょーぶだって!ほら!こんなマヌケが危ないと思うか?」
「いいからっ!離れよっ!ね?」
会話の様子を窺っていると俺はどうやらマヌケらしい。
それと俺...というか人間は嫌われている...。
マヌケとは失礼なのはどっちなのやら...はぁ。
でも、喋れるならいろいろ聴けるかもしれないからなるべく慎重に質問してみようか。
「あ、あの〜...ちょっといいですか...?」
「なんだ人間?」
「だからっ!カタリーちゃん!離れよっ!」
「っ!引っ張るなよ...だったらレミだけ離れとけよ...」
「う〜っ...」ムスッ
「はぁ...で、なんだ?」
レミとかいう妖精さんが落ち着いたようなので質問してみる。
「えっと、ここはどこなんでしょうか?」
「はい?」
「いやだから...ここはどこ...?」
「ぷっ...あははは!聞いたかレミ!!自分の場所も知らずにのこのことこんな森の奥深くまで...!」
「...」
場所を聞いたら笑われた。
そんなにおかしいとこなのか...ここは...。
そして妖精とはこんなにウザイもんなのか。
カタリーとかいう妖精は笑いが少し収まったところで再び話し出した。
「いいよ...っ...教えてやるよ...くくっ...ここはオルニア大森林...の奥地だな!」
カタリーはいまだに笑いを堪えているが気にしないでおこう。
オルニア大森林と言っていたな。
オルニア...うむ、聞いたことがない。
はて、ここはどこなのだろうか。
「どうしたんだ、呆けた面して?」
「いや、オルニアなんて聞いたことがなくてな。」
「へ...?!」
「...?驚いてる様だけどオルニアなんて聞いたことないな...そ
んなにおかしいかな...?」
カタリーの表情が変わる。
「...いや、おかしいも何も...森を出たらオルニア王国があるし...世界でも有数の大国だぞ...?」
そして、レミも我慢出来ないのか再び騒ぎ出した。
「っ!カタリーちゃんやっぱりおかしいよ!!」
「...そうだな、迷い子...いや、もしかしたらもっとタチが悪いような気がするな...」
「《異端者》...」
レミがそう呟いた途端、カタリーの表情が重くなる。
「ま、まさか...な。私たちじゃ手に負えないかもしれない。」
急に真剣な表情に変わって話し出したかと思いきや
そのまま背を向けられてしまう。
「あ、ちょっと!待ってくれよ!」
だが、気づいた時には目の前にはもう妖精達の姿はなかった。
迷い子?異端者?去る前に言っていた事について考えてみる。
しかし、やはり聞いたことはない。
表情からして俺が知っている迷い子とは意味が違うのだろう。
考えるだけ無駄だ。
これからどうするか考えなくては。
俺はその場に立ち尽くした。
夢だと思っていたものからは一向に覚めず。
それとは逆に目は冴えていくばかりだった。
(ここは...どこなんだろう。)
騒がしい妖精が去り、森は再び静寂に包まれた。