4.1
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午前11時。
文也は栗原に駅前にある喫茶店に呼び出されていた。その隣にはなぜか弘子が座っている。
「話って何?」
栗原に向けた文也の質問にすぐに答えたのは弘子のほうだった。
「すごい話よ。聞いたらきっとびっくりするわ」
もったいつけるように弘子は言った。栗原はそんな弘子を笑いながら横目で見ている。他人が見たらすっかりカップルとして成立しているようだ。もちろん弘子が人妻だということは栗原にも教えてある。
「何ですか?」
「聞きたい?」
もったいつけるように弘子が笑う。
「話すために呼んだんでしょ?」
「そうよ。すごい情報なんだから」
「だから何ですか?」
適当に話を合わせながら、文也はぼんやりと窓の外に視線を向けた。ずっと気になっていることがあった。
先日、渋谷で青島と会った時、柿沢の姿を見かけたのはただの偶然なんだろうか。あの後、それとなく聞いてみようと思っていたが、柿沢はいつも朝夕にしか姿を現さないため、なかなか話しかける機会が見つからない。
(柿沢さんは何をしていたんだろう)
そんな文也の気持ちなどお構いなしに弘子は言った。
「ねえ、知ってる? 20年前、あの家で殺人事件があったんですって。殺されたのはあの家に住んでいた家族4人。しかも、今住んでいる人たちと同姓同名なの。どお? びっくりしたでしょ?」
「ああ……なんだ、そのことですか」
「何よ、その言い方。まるで知ってたみたいね。誰かから聞いたの?」
不服そうに弘子が睨む。
「そういうわけじゃないけど」
青島のことは弘子には言わないほうがいいだろう。とても口が堅いタイプには見えない。
「言いなさいよ。誰から聞いたの?」
「さあ、誰だったかなぁ」
文也は曖昧に答えて誤魔化した。「溝口さんは誰から聞いたんですか?」
「誰?」
すぐに横に座る栗原に訊く。
「町内会長さん」
と栗原。どうやら情報を仕入れてきたのは弘子ではなく栗原のほうらしい。
「町内会長? それってわざわざ聞きにいったのか?」
「なんといっても20年も前だからな。その頃のこの辺は電車も走っていない一面田んぼや畑ばかりで、今とは全然違ってたんだそうだ。ここ10年の間に大きく変わって住宅地として開発され、相当変わったらしい。人もずいぶん移り変わったそうだ」
「私も連れてってくれれば良かったのに」
「町内会長も暇でさぁ。さんざん昔話聞かされてきたよ。まったく関係ない自分の子供の頃の話も含めて2時間近く。それでも行きたかった?」
「じゃあ行かなくて良かった。そこまでいくと拷問ね」
そう言って弘子はケラケラと笑った。
「町内会長さんは昔からここに?」
「いや、事件の少し前に引っ越してきたんだそうだ。だからあまり殺された真下一家のことは知らないそうだ。ただ、今あの家に住んでいる人たちが20年前の事件と関係があるのかどうか、町内会長さんも興味を持ってたみたいだ」
「一家惨殺よぉ。怖いわよねぇ。一家惨殺なんてさ。それにしてもあの屋敷に引っ越してきた人たちって、20年前に殺された人たちと何か関係があるの? 親戚?」
いちいち弘子が合いの手を入れるように口を挟んで文也のほうを見る。弘子の口ぶりはどこか楽しんでいるようだ。殺人事件といっても所詮は他人事に過ぎないということだろう。
「あまりそうは思えない」
栗原がきっぱりと答えた。
「どうしてそんなことが言えるんだ?」
「あの家の登記簿を調べたんだ。朝比奈亮平というのがあの家の所有者の名前だ」
「朝比奈亮平? それって誰なんだ?」
「そこまではわからない。ただあの家に住む家族とはまるで違う人が家の持ち主なんてちょっとおかしいと思わないか? それにあの家にはこれまでにもおかしなことがあったそうだ」
「おかしなこと?」
「これは近所の人が目撃したことだけど、半年前、深夜にあの家の塀を乗り越えて人が侵入するのを見た人がいる」
「泥棒?」
「たぶん。そのころ、あの辺りでは泥棒が多発していて、その人はすぐに警察に連絡した。すぐに警察はやってきたんだが、あの家の人たちはそのことについて何も警察に話さなかったそうだ」
「泥棒に気づかなかったのかな?」
「むしろその逆じゃないかって噂だ。泥棒を捕まえたにも関わらず、警察には黙って泥棒を逃がしたんじゃないかって」
「なぜ?」
「その夜を境にその周辺での泥棒騒ぎがピタリと止んだんだそうだ」
「でも、どうしてあの家の人たちがそんな嘘を?」
「それがわからない。警察を避けているのかもしれない」
「文也君のほうで何かわからないの?」
弘子が文也の顔を見る。
「そんなこと言われてもなぁ」
そもそもわかっていたとしても弘子には教える気になれない。
「何よ、一緒に暮らしてるのにそんなこともわからないの?」
「一緒に暮らしてるっていっても、こっちはただの使用人ですから。そんなこと訊けるわけないじゃないですか」
「じゃあ、きっとこの話だって知らないでしょ」
高飛車な態度で弘子が言う。どうせ全て栗原が調べてきた話だろう。
「何ですか?」
「当時、すぐ近所に殺された家の奥さんと仲の良かった人がいたらしいんだけど、事件の直後に逃げるように引っ越して行ったんだって。あんまり不自然だったから、犯人じゃないかって噂されたんだって。どお思う?」
そう言って弘子は身を乗り出して文也を見た。
「どうせただの噂なんでしょ?」
「ずいぶん冷めた言い方ね」
「そんな噂があったくらいなら、きっと警察だって調べたはずです。それで逮捕されなかったってことは、犯人じゃなかったってことになるじゃないですか」
「詰まんないわねえ」
「しょせん噂はただの噂です」
「そう言うなよ。噂だって役にたつことだってあるんだ」
栗原が言った。
「どういう意味だ?」
「俺たちが調べてるのは20年前の事件の犯人じゃないってことさ。20年前に住んでいた家族を知る人から話が聞ければ、ひょっとしたら今、幽霊屋敷に住んでいる人たちが何者なのかも知ることが出来るかもしれない」
「けど、その人は事件後引っ越していったんだろ?」
「それがな――」
と、栗原はニヤリと笑って言った。「その奥さんと親しかったって人が今、川崎のほうにいるらしいんだ」
「ホントなの?」
その話は弘子も知らなかったらしく、目を大きくして栗原に聞き返す。
「名前は河井礼子。当時は旦那の苗字である藤宮礼子と名乗っていた。殺された真下恭子と親しく、よく家にも遊びに行ってたそうだ」
「本当なのか?」
文也も驚いて言った。よくそんなことまで調べてきたものだ。「いったいそんなことまでどうやって調べたんだ?」
「んー、ちょっとな」
もったいぶるように栗原が笑う。
「ちょっとって?」
「それは秘密だ。俺にもいろいろと情報網があるってことさ。実はもう住所だってわかってる。今から行ってみないか? どうせ暇なんだろ?」
「え? 今からぁ?」
と声をあげたのは弘子だった。「別の日にしない?」
「いや、早いほうがいい。弘子さんが行けないなら俺たち二人だけで行って来るよ」
「待ってよぉ。行けないなんて言ってないでしょ。行くわよ」
ふくれっつらをして弘子が答える。「その前にちょっとトイレ行って来る。ちゃんと待っててよね」
弘子は席を立つとバッグを抱えて店の奥のほうへ小走りに駆けて行った。
「おまえは大丈夫だろ?」
栗原の問いかけに文也は店を中を見回し、壁にかけられた時計を見た。
午前11時30分。
どうせ小雪が帰ってくる夕方までは時間が空いている。
「わかった」
そう言って文也は席を立った。




