2話
――現在。
さてさて今どこにいるのか気付いた遠花だが、分かったところでこの状況から逃げられる訳でもない。今までの経験上、巻き込まれてしまった世界の話が完結するまでは脱出できない事は分かっていた。つまり今回ならば、ネズミであるお嫁さんが、太陽・雲・風・壁に結婚を申し込み、最終的に同族であるネズミの処に嫁いでいくという話である。
しかし現状を見て遠花は思う。
(なんか話と逆じゃない?っていうか、みんな人だし!擬人化しすぎだよ!)
このままだと、どんな話になるのやら全く見当がつかない。次第に混乱していく遠花は、頭を振って何とか落ち着けようとするが、この混乱にさらに追い打ちがかかる。
「あれ?そういえば音珠美さんと一緒にいる、その可愛い子はどちら様なのかな?なんか姉妹、兄弟って感じがしていいよねぇ~」
「そういえば、確かに」
「うんうん、それは僕も気になってました。お嬢さん、お名前をお聞かせ願えますか?」
「あの…えっと…」
「あれ?どうしたんですか?まさか自分の名前が言えないって訳じゃないですよね?」
朝陽が遠花に質問をすると、それに追従するように残りの三人も遠花の事について問いただしてきた。
混乱する遠花だが、ここで何も答えられないでいるとさらに悪い状況に巻き込まれてしまう。何故かそんな予感が有った遠花は、一度音珠美の方を見た。
思わず遠花と音珠美の視線がぶつかり、お互いなんとなしに頷いた。
「あの、すいません。僕…じゃない。私の名前は蔵元遠花といいます。私は――」
そこまで言うと遠花言葉を切り、音珠美の方を見やった。見られた音珠美の方も次に何をするのか分かっていたみたいで、
「遠花とはちょっとした友人なの。ちょっとしたって言っても私は親友だと思ってるんだけどね。私が今日皆さんとお見合いするって話を聞いて、私の事を心配に思ってくれたみたいで……。だから一緒に立ち会うっていうのは出来ないけど、何かあったらすぐに話を聞いてもらえるようにって、近くのお部屋で待機してもらってたの。
実を言うと、今日のお見合いにまさかこんなカッコいい人たちが四人もいるなんて思ってもなかったから…。だから私どうしたらいいのか分からなくなっちゃって、それで会場の部屋を飛び出して遠花のところまで逃げてきちゃったの」
「そういう訳で、突然部屋に入ってくるなり音珠美に飛びつかれた私は、一体何が起きたのやら分からず、ちょっと混乱してしまった訳です。
そんな状態な時に、さらに皆さんみたいなカッコいい人たちが現れたので、さらにビックリしちゃって、混乱してしまったんです。
スミマセン。本当ならもっと早くにごあいさつすべきだったのに……。でも本当なら私なんか出てこず、音珠美の力だけで何とかして欲しかったんですけどね」
なんてアドリブを入れつつ、遠花と音珠美はこの場の収拾を図ろうと試みた。これが上手くいくかはさておき、あの一瞬視線を合わせただけで、ここまで演じきってしまう二人には驚きである。
それでも、色々穴だらけな返答であるのは間違いない。
「そうだったんですか。遠花さんって友達想いなんですね」
しかし二人の言葉を真に受けた風越が納得してしまった。そして一人が納得すれば、
「そういうことだったのですか」
「確かにお見合いと言われ会場に来てみれば、相手が四人。それは驚いても無理がない事だ」
「そうだね。それは仕方がないかも」
三雲は首肯だけで答えていたが、他の三人の意見と同意という事である言う事だろう。特に何か言う訳でもなく、遠花と音珠美。二人の様子をじっくりと見ていた。
「それならそうとちゃんと私にも言っておいてくれないか!音珠美が急に飛び出して行ってしまうから、こちらも驚いてしまったじゃないか」
「だってそう言うけどねお父さん。急に連れてこられてお見合いだって言われたら、これくらいしか出来ないじゃない。むしろ、突然連絡して来てくれた遠花が凄いわよ。本当に感謝するよ」
「そんなことないよ。確かに急すぎてビックリしたのは間違いないけどね」
二人があははと笑う。
「ともかく見合いはまだ終わってない。早速続きをしに行くぞ」
急かすように音珠美の父がその場の皆に会場に戻るよう促すが、
「お父さんゴメン。皆さんと先に行ってて」
「駄目だ。そんな事をすれば、お前また逃げてしまうだろう」
「そんなことない!」
「いいや、信じられるもんか!」
売り言葉に買い言葉。このまま口喧嘩に発展してしまいそうな雰囲気の中、
「それなら私が音珠美を連れていきますから」
「しかし…」
音珠美の父はそう口ごもってしまう。
「大丈夫です。私がしっかり音珠美を会場まで連れて行きますよ」
「…そうか。じゃあ遠花さん。音珠美をお願いしますよ。くれぐれも逃がさないようにしてくださいね」
「はい!わかってますよ!」
ここまで断言されてしまえば、信じるしかない。というより信じてしまった。会って間もないというのに、音珠美の父は遠花の事を信頼し、後の事を遠花に任せた。遠花もそれに答えるよう快活に答え、それに満足した音珠美の父は、お見合い相手の四人を連れて会場に戻って行った。
「はぁ…」
音珠美以外が会場に戻って行くのを見届け、思わず体から力が抜け溜息が出る。なんで突然こんな事に巻き込まれなきゃいけないんだ!そんな気持ちが優先する。でも確かめないといけない事がある。
「あの…ありがとうございます。話しを合わせてくれて」
そうこの人についてだ。
「別にいいです。そこはもう諦めてますから。それより音珠美さん」
「はい!」
「聞きたい事が有るんですがいいですか?」
「はい!あ、あの……なんでしょうか?」
見た目は少年のような風貌ではあるが、一応歴とした成人女性だ。遠花は一連のやり取りを見て、なんとなくだが音珠美さんの現状について知った。
「なんでこんな事になってのか…。それを教えて頂けませんか?」
しかし、自分の予想だけで動くのは危険。そう判断した遠花は音珠美に短い時間だが、詳らかに話させることにした。
「あの…はい。分かりました」
遠花の問いかけに少し戸惑った様子を見せたものの、最後には返事と共に首肯で賛成の意を見せた。
「えっと改めまして、私の名前は音珠美と申します」
「僕は蔵元遠花。よろしくね」
お互いの自己紹介を今更ながらに終えて、遠花は音珠美に話の続きを促した。それに応じ、音珠美も話を続ける。
「遠花さんがご覧になった通り、今日は私の為に開かれたお見合いの真っ最中なんです。
今回のお見合いは父が勝手に計画して実行されたお見合いで、私自身としてはそこまで望んだお見合いではないんです」
「そうですか。…そういえば音珠美さんていくつなんですか?多分私よりは年上じゃないかなと思ってるんですけど…こんなお見合いとかやるような人だし」
「えっと…私は今年で二十四ですね」
遠花は音珠美の年齢を聞いて驚いた。確かに年上であろうと考えていたが七歳も離れているとは思わなかったからだ。確かに音珠美の容姿だけ見れば、自分と同年代。下手すれば自分がやってように年下扱い出来てしまう容姿なのだ。それがこれで二十四になる歴とした成人女性なのだ。驚かずにいる方が無理という話だ。
「そ、そうなんだ、ハハ…。私と七歳違う」
遠花の驚きの言葉は尻すぼみに小さくなり、最後の方はほとんど誰にも聞かれる事は無かった。もし聞かれていれば、拗ねた音珠美をあやすだけで相当時間を取られていただろう。
「えっとそれでですね、私の父は会社を経営しているんですが――」
(なんか…ここからは分かりやすい展開になりやすそうね)
音珠美のその一言目で、遠花はこの後の展開をなんとなくだが予想していた。例えば倒産しそうな自社の為に、格上の企業の御曹司あたり嫁いで倒産の回避をする。逆に自社と同列もしくは少し上くらい御曹司と結婚させ、相手企業を取り込んで自社をさらに発展させようと企てている。そんな感じの事を考えていた。
そう思っていた遠花だが、
「一妻多夫の王国を作れ!って…」
「はぁーーーー!?」
あまりの返答に叫んでしまった。
「って!いやいやいや!さっきの前振り関係ないでしょ!」
あまりの話の飛び方に遠花は全力でツッコむ。
「そんな事は無いですよ!だってうちの会社は赤ちゃん向けの商品を取り扱ってるんですから!」
「いやいやいや!それおかしくない!その場合一妻多夫じゃなくて一夫多妻にするんじゃないの!?そっちの方が子だくさんな家庭になるじゃないですか!それのほうがアピールできるんじゃないの!?」
「それはそうかもしれませんが、それはそれで色々問題がある気がしれませんか?それなら逆に一人の女性を複数の男性が奪い合う状況のほうがカッコよくない?な、発想に至ってしまったんですよ!私の父は!」
音珠美の話を聞いていて遠花は頭が痛くなってきた。つまり音珠美の話をまとめてしまえば、あそこにいた四人の男性は、一人を決めるためのものではなく、全てが音珠美のところにやってくる予定となっている人たちとなる。
「…帰っていいかな?あんなカッコいい人たち楽しい生活が待っているような人のお世話をするほど僕は暇じゃないんだ。早くお買い物に行かないと狙ってるワンピがなくなっちゃうんだ~」
「待って下さい!待って下さいよ~遠花さん!」
「ええい離せ!離せ!僕は決めたんだ!今回の事は見なかった!音珠美さんって人は知らないんだ!」
「いーーやーーでーーす!好き好んで受けたお見合いじゃないんです!私だって、私だって結婚するなら、好きになった人と二人で!二人で!一夫一婦で結婚したいです!」
「それなら今会場にいる中から一人選んで結婚したらいいじゃない!よし!これにて解決!僕は目的のお店に向かう!」
小柄の身体を駆使し、どこにあるのか分からない程の力で遠花の逃避を妨害し部屋に抑えつけようとする。
ただ音珠美の、
「片思いだけど、私にだって好きな人はいるんだもん!」
この一言を聞いて遠花は逃亡する事を止めた。そのかわり、面白いものを見つけたと猛禽類の顔負けの笑顔で音珠美の事を見た。
「へぇ~…。好きな人。好きな人がいるんだ~。へ~どんな人なの?」
「あの、その…」
「早く言って下さいよ!その答え次第で僕が音珠美さんのことに手を貸すか貸さないか決めますから」
「ええーーッ!そんなのズルイです!」
「フッフッフ。この場のイニシアチブは私が握っているのです!さぁさぁ!言ってごらん音珠美。あなたの好きな人の事、僕に言ってごらん!」
会って間もないというのに遠花と音珠美は、何年来の友人のように打ち解けていた。なんでそこまで打ち解けているのか謎ではあるが、ノリノリで音珠美の事を攻める姿は、さっきまで虚構であった親友という言葉が、本当にも聞こえるような関係に見えた。